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すごい人ほど「自虐」がうまい アメリカ大統領のスピーチライターに聞く舞台裏

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アメリカ大統領選の幕が開いた。党の指名を争う候補者たちは、討論やスピーチでユーモアやウイットを駆使し、親しみやすさを演出しようと懸命だ。その「努力」は大統領に選ばれても続く。好感度を上げ、議論や交渉をも円滑にするユーモアを使いこなすにはどうすればいいか。大統領らを支えたスピーチライターに秘訣を聞いた。

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〈ホワイトハウス photo: 藤えりか〉

●ユーモアでわかりやすく

「サーモンは淡水なら内務省の管轄だが、海水だと商務省になる。燻製になるともっと複雑なことになると聞いている」

バラク・オバマ大統領(54)の2011年の一般教書演説の一節だ。省庁の縦割りや官僚主義の打破をそのまま訴えても、なかなか伝わりづらいのが現状。ジョークを利かせた結果、その年の一般教書をめぐる報道はサーモンが席巻、議論が広がった。

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〈ホワイトハウスで記者会見するオバマ大統領 photo: ランハム裕子〉

「ユーモアを活用することで、政策などの要点をより印象づけることができる」。ノーベル平和賞も受賞した元副大統領アル・ゴア(67)のスピーチライターを務めたエリック・シュヌア(45)は、一見取っつきにくい政策や経営方針をかみ砕いて伝える手段としてのユーモアの効用を説く。

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〈エリック・シュヌア氏 photo:藤えりか〉

●自分を笑う

民主党の大統領候補ヒラリー・クリントン(68)の夫で元大統領のビル・クリントン(69)。米国史上初の「大統領のファースト・ジェントルマン」になるべく、妻の応援演説に現れては大歓声を浴び、かつてのインターンとの「不適切な関係」など吹き飛ばすほどの人気は今も健在だ。軽妙な話術や柔らかな物腰は、ウィットに富んだ演説で知られる故ジョン・F・ケネディ元大統領に少年の頃から憧れ、話し方から身ぶり手ぶりまで影響を受けたたまものでもある。

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〈アイオワ州の集会で演説したヒラリー・クリントンとともに現れた夫ビル・クリントン photo: 佐藤武嗣)

そんなビルが2期8年の任期中、頼りにしていたひとりが、歴代大統領でもまれなお抱えユーモアライター、マーク・キャッツ(52)だ。ビルは大統領就任当初は、「ユーモアを完璧にはこなせていなかった。中央の政治家としてあるべきユーモアについて、よくわかっていなかった 」とキャッツは打ち明ける。

初の一般教書演説が「長い」と批判された1993年1月、ビルは財界人らとの会合での演説を準備するため、キャッツをホワイトハウスに招き入れた。キャッツは、「長い」批判を逆手にとり、エッグタイマーを自ら演壇に置く自虐ネタを提案した。だがビルは自尊心を傷つけられたのか不機嫌になり、案を一蹴した。「危うくクビになりそうだったよ」とキャッツは苦笑する。

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〈マーク・キャッツ氏 photo: 藤えりか〉

それでもキャッツはめげずに、いきさつを知らない側近に「大統領にはこれが必要だから」と言ってエッグタイマーを渡しておいた。

当日。演壇に立ったビルは、エッグタイマーなしで話し始めた。だが、とりとめのない話に会場はわかない。ジョークめいたことを言っても、作り笑いのようなものが起きるのみ。

このままではまずいと思ったのか、ビルはポケットに手を入れた。取り出したのは例のエッグタイマー。側近から渡されていたのだろう。聴衆はほぐれ、わいた。

公的な立場にいる人ほど、自分を自ら「落とす」ことで、多くの人たちに身近に感じさせる効果は絶大だ。
キャッツは後日、ビルから手紙を受け取った。

「手助けをありがとう。君はおもしろい男だ。エッグタイマーはすばらしかった」

●自分にはねかえる他虐は避ける

ホワイトハウスの担当記者が毎年開く恒例の晩餐会は、大統領の腕の見せどころでもある。スピーチでいかに笑わせるかが、伝統的に大きな役目だからだ。

初の晩餐会に臨んだビルは、過激なタカ派発言でビルに辛辣なコメンテーターのラッシュ・リンボー(65)に照準を当てた。当時、新興宗教の教団施設への強制捜査をめぐって白人の司法長官が 黒人の下院議員に批判されたものの、リンボーがかばった一件があった。ビルは「批判したのが黒人だったからだろう」と皮肉った。

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〈都内のホテルで語るビル・クリントン氏 photo: 松本敏之〉

一般的にマイノリティーに寛大ではない保守派の思考パターンを風刺したつもりだったが、リンボーは「僕は人種差別主義者じゃない」と反論。結果、ビルがステレオタイプなのではないかという印象を残してしまった。
「他の人をネタにするのは、意地悪に聞こえるし、危険だ 」。キャッツは言う。

キャッツによると、大統領になる前のビルのユーモアはもともと、知事も務めた出身地・南部アーカンソー州で培われた。地元で使い慣れたユーモアは「相手を打ち負かすための棍棒」「憤りを表現し、リベンジするためのもの」。「仲間内」なら通用したということだろうが、中央政治という大きな舞台では、抜本的な見直しを余儀なくされた。

●失敗をうまく認めて率直さを示す

ビルの就任初期は、つまずきが目立っていた。新興宗教の教団施設への強制捜査が多数の死傷者を出し、公約した同性愛者の軍入隊規制撤廃も反対にあい、頓挫。就任100日の節目、厳しく書きたてるメディアの論調を反転させようと、報道官らは「政権運営は順調です」と繰り返したが、批判はやまない。そこでビルは記者らを前に、キャッツが用意したせりふをつぶやいた。

「私の就任100日は(うまくいっていないと言われるけれど)そう悪くもない。(第9代大統領の)ウィリアム・ハリソンは、100日に至らず亡くなってしまったのだから」

言い方によっては不謹慎のそしりを受ける恐れもある。だがビルはまじめに無表情に言うことで、不快な印象を回避した。キャッツは言う。「『政策がうまくいっていない』などとストレートに言ってもダメ。歴史を例にとりながら知的に、思うように進んでいない現状を率直に示すことで、好感度を上げることもできる」

●危機やバッシングを逆活用

最もユーモアに長けた大統領として多くのスピーチライターや専門家らが挙げるのが、共和党の故ロナルド・レーガンだ。ハリウッド俳優仕込みのユーモアやウィットで政敵をもにやりとさせ、イラン・コントラ事件など数々のスキャンダルを経ても、「憎めない大統領」として党派を超えた人気を博してきた。

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〈1985年の日米首脳会談後の記者会見に臨むレーガン大統領と中曽根康弘首相(当時) photo:朝日新聞〉

出色だったひとつが1981年の暗殺未遂事件。銃弾を受け運び込まれた手術室でレーガンは酸素マスクを外し、執刀医や看護師らに「みんな共和党員だといいんだが」と言ったと伝えられる。民主党員の執刀医が「今日は全員、共和党員です」と返したとされるのもさすがだ。

再選をかけた1984年、カーター政権で副大統領を務めた民主党の大統領候補ウォルター・モンデール(88)との討論でも、その力は発揮された。当時56歳のモンデールに対し、レーガンはすでに73歳。司会者に「すでに史上最年長の大統領となっている。危機に際して機能できるだろうか」と問われたレーガンは、顔色ひとつ変えず返した。

「わかっていただきたいのは、私はこの選挙で年齢問題を取り上げたりはしません。対抗馬の(モンデールの)若さや経験不足を政治利用することはありません」。会場は爆笑に包まれ、隣のモンデールまでもが笑った。

「危機や不祥事など困難に直面した時、リーダーが笑いにすれば、さほど深刻ではないのだと人々に思わせる効果がある。その意味でもユーモアは強力な手段だ」。ジョー・バイデンの副大統領1期目にスピーチライターを務めたジェフ・ナスバウム(40)は解説する。

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〈ジェフ・ナスバウム氏 photo: 藤えりか〉

この項の最後に、ビルのユーモア・ライターを務めたキャッツが称賛するケネディのジョークがある。

ケネディは上院議員時代の1958年、報道関係者の団体による晩餐会で、彼の大統領選立候補が可能なのは裕福な実業家の父の資金ゆえだと揶揄する寸劇が上演された。当時、有力な父の陰で軽く見られがちだったケネディは立ち上がり、「気前のよい父」からだとする電報を読み上げた。

「必要でないものには10セントたりとも使うな。圧勝には金は出さんからな」。

息子のためといえど、そうやすやすとは財布のひもを緩めない父の締まり屋ぶりを強調しつつ、自分を別の角度からネタにしてやり返したのだった。

●越えてはならない一線を知る

ユーモアには越えてはならない一線がある、というのはスピーチライターらが口をそろえて挙げる注意点だ。
「ユーモアにはリスクがある。リスクが大きければ大きいほど、うまくいった時の見返りも大きいが、ゆきすぎるとあとで後悔するはめになる」とキャッツは言う。

ビルの次の大統領、共和党のジョージ・ブッシュ(69)は2004年の記者晩餐会でこんなビデオを流した。大統領執務室の机の下などをのぞき込み、「大量破壊兵器がないなあ」とぼやく。イラク戦争の「大義」だったはずの大量破壊兵器が見つからないことへの自虐ネタのつもりだったが、「その『大義』のために戦い命を落とした米国民をだしにすることとなった。起こりうる最悪のジョークだ」とキャッツは嘆息する。

民主党の大統領候補として2004年にブッシュと競り合った国務長官ジョン・ケリー(72)も2006年、大学の講演で「勉強しないとイラクに行くはめになるぞ」と発言、軍人らから怒りを買っている。

●おもしろコメディアンになる必要はなし

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〈アイオワ州デモインで講演するドナルド・トランプ photo: 佐藤武嗣〉

出馬を表明した当初はいわば泡沫候補として扱われながら、今や共和党の有力な大統領候補として快進撃を続けるドナルド・トランプ(69)。もともと言動が過激な不動産王として長年パロディーの対象で、ここ数年はリアリティー番組の主役としてお茶の間に笑いを提供してきた。大統領選に立候補後も移民、難民や女性、障害者らをめぐる問題発言を繰り出すたび、風変わりな髪形とともにメディアにおもしろおかしく取り上げられている。

キャッツに言わせれば、「トランプの場合、彼自身が現象となっている。本人がユーモアを言っているわけではないうえ、言っている自覚もない例外的人物」だ。

とはいえ、露出が増えるにつれ支持率が上がっているのも確かだ。そう言うと、エリック・シュヌアは釘を刺した。

「人々は指導者的立場にあるリーダーに最高司令官たれと求めているのであって、最高コメディアンであってほしいわけではない。ユーモア感覚を持つのと、自分がおもしろおかしくなるのとは違う」 (text by 藤えりか/GLOBE編集部)

2月7日付GLOBE特集「笑いの力」では、さまざまな角度からユーモアや笑いの力に迫ります。どうぞお読みください

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