著者は語る 週刊文春 掲載記事

もし世界からセックスが消えたら

『消滅世界』 (村田沙耶香 著)

人工授精の技術が発達し、セックスは行なわれなくなった世界――。この世界では珍しく父母のセックスによって生まれた主人公・雨音は、夫の朔と結婚、35歳になったら人工授精を始めるつもりだった。しかし、雨音と朔、互いの婚外恋愛のいざこざから、彼らは男性も妊娠できるという実験都市・千葉を目指すことに。 河出書房新社 1600円+税

「正常も変化してるの。昔の正常を引きずることは、発狂なのよ」

 村田沙耶香さんの新刊長編『消滅世界』の中ほどにこんなセリフが出てくる。これまでもセクシャリティや家族を題材に様々な葛藤を描いてきた村田さんだが、近年はよりSF的な設定を用いた小説にシフトしていた。そんな作品群を象徴するかのような一文だ。

「当たり前と思われている考え方を疑ってみるのが昔から好きだったんです。自分の中で既成概念が覆って、疑い終わった後に世界が変わって見えるのが面白い。新潮に掲載された『生命式』という短編が、そういったタブーに切り込むきっかけとなった作品ですね」

「生命式」では人肉食が普通に行われる世界を作り上げた。さらに一昨年に刊行された『殺人出産』は、10人子供を産めば合法的に人を1人殺せるという設定が話題を呼んだ。『消滅世界』もその流れを汲む作品と言える。そこで描かれるのは「セックスのない世界」だ。

「セックスについての疑問は常に持っていました。人工授精が可能になって処女でも子供は産めるはずなのに、それでも何故セックスをしているのかとか、周囲から性的な知識をまったく教わらなくてもセックスができるのかとか。『消滅世界』にも何カ所かセックスシーンが登場しますが、普段の性描写では使われない言葉で、探り探りセックスをする様子を描いています」

むらたさやか/1979年千葉県生まれ。2003年「授乳」で群像新人文学賞優秀作を受賞しデビュー。09年『ギンイロノウタ』で野間文芸新人賞、13年『しろいろの街の、その骨の体温の』で三島由紀夫賞受賞。他著に『マウス』『タダイマトビラ』『殺人出産』など。

 人工授精技術が飛躍的な進歩を遂げたパラレルワールドが舞台。そこではセックスは古風な習慣であって日常的な行為ではない。特に夫婦間でのセックスは近親相姦としてタブー視され、一方で婚外恋愛は普通に行われるなど、まさに現実とは正常と異常の観念が逆転した、不思議な世界だ。

「いざセックスが消えていく世界を書き始めたら、その世界での家族とは何なのか、夫婦が一緒にいる必要性は、と想像が広がっていきました。書く前は予想もしていなかった事まで消えていき、『消滅世界』というタイトルになったんです」

 主人公の雨音はこの世界には珍しく父と母のセックスで生まれた。そのことで母とは対立するが彼女自身もセックスに惹かれている。

「いろんな価値観が出てくる小説にしたいとは思っていました。恋愛はするけどセックスが辛い人も、女同士で生活している人もいる。主人公の母親は一番私たちと近い考え方を持っています。でもそれゆえに、雨音から狂っていると言われてしまうんですが(笑)」

「週刊文春」編集部

この記事の掲載号

2016年2月4日号
2016年2月4日号
甘利大臣事務所の嘘と「告発」の理由
2016年1月28日 発売 / 定価400円(税込)
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