■一週間で大きな方針転換
組体操の規制をめぐって、ついに国が動き出した(2月5日「馳文科相、『組み体操』中止を検討」産経新聞)。
インターネット上で2014年5月に組体操事故問題に火が付いてから1年10ヶ月。文部科学省は静観の態度を貫き続け、さらにはつい先日の1月下旬の時点でも、「文科省としては独自調査や規制はしない」(1月29日『東京新聞』)ことを義家文科副大臣が表明したばかりであった。それだけに、突然の方針転換と言うことができる。
いったい何が、文科省に方針転換を決断させたのか。その背景に迫った。
■「学校独自に判断すべき」から「文部科学省として取り組むべき」へ
上述の「独自調査や規制はしない」という説明は、副大臣オリジナルの主張ではない。
前文部科学大臣である下村博文氏は在任時に、「それぞれの学校が独自に判断されること」[注1]と述べ、また現在の大臣である馳浩氏も「文部科学省が全て上から指示を出して、ああしろこうしろというのは、ちょっと違う」[注2]と答えてきた。いずれも、現場まかせの態度であった。
それが、一変した。2月5日の衆議院予算委員会で、初鹿明博議員(維新の党)が馳文科大臣に「組体操は中止すべきではないか」と質問したところ、大臣が「重大な関心をもって、このことについて文部科学省としても取り組まなければいけない」と回答したのである(大臣の回答全文については、本記事下部に掲載)。
■超党派による勉強会
文科省にこの急な方針転換を迫ったものは何だったのか。大臣発言の2日前の2月3日に超党派の議員有志が開催した「組体操事故問題について考える勉強会」(2月6日『東京新聞』)が、その方針転換の重大な契機になったと考えられる。
勉強会には、かつて文部科学大臣を務めた河村建夫氏(自民党)や平野博文氏(民主党)らも参加した。国政において組体操事故問題が大きな注目を集めていることが伝わってくる。
勉強会では、これまでほとんど議論されることのなかった新しい話題に、関心が集中した。それは、このところ組体操の規制に自主的に乗り出した自治体(全国的にはごくわずか)の間で、「ピラミッドは5段、タワーは3段まで」が標準的な規制になっている点である。
■低い段数でも重大事故
勉強会で講演した千葉県松戸市立病院の庄古知久医師は、昨年5月に3段のタワーから墜落した小学校6年の男子児童に緊急の開頭手術をおこなった例などを報告した。庄古医師は、低い段数でも重症で運ばれてくる子どもが多くいて、しかも本人の過失がほとんどないと考えられることから、「学校での組体操の取り組みは、すぐに中止すべきである」と主張した。
2015年の秋に話題となった「10段」のピラミッドに比べれば、「3段」はかなり安全性が高いように思われるだろう。だが、タワーの場合には「3段」であったとしても、肩の上に立って組んでいくと、最上段の子どもの足元はすでに2mを超える高さに到達する。
■身体が高い位置で拘束されている
図に示したような、飛行機や肩車は、段数としては「2段」である。だが、たとえば肩車で下の子どもが後方によろめくと、上の子どもは下の子どもに脚をつかまれたまま、後頭部・背中から後方に落ちていくことになる。身体が拘束されているため、自分の力だけで受け身をとることは難しい。
実際に、1983~2013年度における組体操の障害・死亡事例一覧(「学校リスク研究所」参照)を見てみると、段数が少ないながらも事故が起き、障害が残ってしまった事例が、いくつも確認できる。
段数に着目することは、規制を考えるうえで重要な作業である。だが、組み方によっては、「2段」でも十分に危険なことがある。「ピラミッドは5段、タワーは3段まで」という規制を教育委員会がかけることは、前向きな動きとして高く評価すべきであるが、現行の段数制限だけで安心してはならない。
■教育委員会による現行の規制では不十分
「組体操事故問題について考える勉強会」では、いまいくつかの教育委員会が検討・実施している「ピラミッドは5段、タワーは3段まで」が、不十分な規制であるとの見解が多く語られた。
ただでさえ現状においては、ほとんどの教育委員会が規制をしないまま、組体操を放任している。そして規制をおこなった教育委員会でも、とくに明確な根拠もなく、「ピラミッドは5段、タワーは3段まで」とされている。
このような現状があるからには、もはや文科省による積極的な介入が不可欠であり、そしてその規制内容は「ピラミッドは5段、タワーは3段まで」よりも厳しくされるべきであろう。文科省が勉強会後に態度を急変させたのは、「現場まかせではもはや子どもの安全は確保できないと判断した」と読むべきである。
大人の「労働」では、2m以上での高所作業においては、法律で安全策を講じることが求められている(内田良「組体操が『危険』な理由」)。それが、子どもに代わると、「教育」において2m以上の高所で、かつ土台はぐらぐらしているところで作業をすることが、むしろ推奨されている。「教育」だからといって、高いリスクを無視してよいわけがない。5月の運動会に向けて、文科省による教育委員会や学校現場への積極的な働きかけを強く期待したい。
▼参考資料▲
2016年2月5日 衆議院予算委員会
初鹿明博議員(維新の党)の質問に対する馳浩文部科学大臣の答弁
(※以下、内田による文字起こし)
<初鹿明博議員>
(略) 改めて聞きますが、大臣、この際ですから、もうやめましょうよ。文科省として、組み体操、たった一日の運動会のために子供を犠牲にすることはやめようと決断してください。
<馳浩文部科学大臣>
お答えいたします。
前回の委員会でご指摘をいただいたときに、私もビデオをみて、「これは危ないと率直に思った」と申し上げました。
2点目は文部科学大臣が都道府県の教育委員会やか市町村の教育委員会の権限を飛び越えて、教育内容についてああしろこうしろというのは、これはまず控えなければいけないし、そもそも法律にも学校には安全配慮義務があるということも申し上げたと思います。
そのうえで、私も一連の資料等もいただき、また改めて勉強させていただきました。これは重大な関心をもたざるをえません。私はスポーツの指導者、部活動の指導をしておりましたが、たとえばピラミッドというのはですね、周りでサポートしていればよいというものではなく、真ん中にいる子どもはですね、いくらサポートが外にいても中の子どもを救うことはできないんですよね。そしてケガをした状況などをみたら、脊椎損傷であったり、骨折であったり、これは日常生活に重大な影響を及ぼす事故であると言わざるを得ません。そのことが予見可能であるかどうか。そもそも体育の教員であるならば、そういったことに配慮すべきであると思います。ところが、たとえばですね、私がいちばん下にいて、その隣に初鹿委員がいたとしたら、私はかわいそうでかわいそうでですね、初鹿委員のことをかばうためにがんばりますが、つまり、バランスが残念ながら、崩れてしまうんですね。一つの目標を持った部活動でやっているのであるならば、それはまた教育の一環であるかもしれませんが、体育という授業は、すべての子どもたちが、取り組むわけでありますから、そのときに組み合わせによってはですね、不安な状況が起こりうると当然予見するのは、教員の責務だと私は思っております。
これまで、やめる/やめないとは簡単にはもちろん言うことはできませんが、重大な関心をもってですね、このことについて文部科学省としても取り組まなければいけないと、このことだけは申し上げたいと思います。
注1 2015年9月29日、大臣記者会見
注2 2015年12月1日、衆議院文部科学委員会
※本文中の写真は、「写真素材 足成」の素材を利用した。