非居住者(外人)による日本国債保有が増えている。
引用:「日銀統計によると、外国人が保有する国債と国庫短期証券の残高は9月末時点で101兆円と、前年同期比で16.5%増えた。国債発行残高1039兆円のうち、外国人の保有シェアは9.8%と2桁に迫る。外国人の保有残高はこの1年で14兆円増加した。第2次安倍政権発足直後の12年12月末と比べると18兆円(22.9%)増だ。日本国債への海外マネーの流入は10月以降も増勢となっており、今年末時点で保有シェアが10%を超す可能性がある。」(日経新聞、2015年12月23日)
以前から気になっていたのだが、これを「外人による日本国債が増えているのは円が安全通貨として信頼されているから」という理解が一部に出回っているが、誤解があるので説明しておこうか。
これと関連するのは以下の事情だ。
引用:「邦銀のドル調達コストが上昇している。外国債での運用を目指す邦銀のドル需要が高まる一方、金融規制強化のあおりで出し手である欧米の金融機関がドルの供給を抑えているためだ」(日経新聞、2015年6月11日)
またニッセイアセットマネジメントがレポートの中で以下の様に述べている。
引用:「ドル需要の引き締まりから、ドルの調達コストが上昇。その結果、ドルを使った円資金調達コストが下がり、低金利の日本国債でも以前より利益を出しやすくなった。」(ニッセイ・アセット・マネジメント、2016年1月14日)
銀行が異なる通貨の資金過不足を調整する取引に外為市場で為替スワップ取引がある。
日本の銀行の場合、通常円資金は余剰でドル資金は不足だから、外為市場の直物でドル買い・円売り(ドル資金獲得・円資金放出)を行うと同時に例えば期間1年の先物でドル売り・円買い(ドル資金返済。円資金回収)という直物と先物を同時に行う。これが為替スワップ取引だ。
ドル買いとドル売りを同時に行うので、為替相場変動のリスクは生じない。異なった通貨間の資金交換取引である。
市場が完全で取引や銀行間の信用リスクに問題がない場合は、金利裁定原理が働いて、例えば期間1年の銀行間マネーマーケットのドル金利が0.5%、同じく円資金金利が0.1%だとすると、直物と先物の為替売買損益を介在することで、ドル資金を円資金を対価に1年間得る邦銀にとって為替スワップ取引によるドル資金調達コストは0.5%になる。 反対に円資金を得る米銀の同取引による円資金調達コストは0.1%になる。
ところが、近年(リーマンショック後)米銀の資産圧縮、自己資本比率引き上げの結果だろうか、日本の銀行を含む非米銀に対する与信枠を米銀は厳しく(タイトに)設定するようになったようで、米銀が為替スワップで放出する資金量がタイト化、ドル資金需給が逼迫するようになっている。
その結果、起こったのが為替スワップ取引によるドル資金コストの「プレミアム(割増)」だ。つまり非米銀(ここでは邦銀)が為替スワップでドル資金を調達すると、米銀は直物と先物の相場差(スプレッド)を金利裁定式が示す値よりもドル資金コストが割高になるように提示することでプレミアムを得るようになった。
つまり非外銀のドル資金調達コスト(=米銀のドル放出リターン)は0.5%ではなく、例えば1.0%になる(プレミアム0.5%)。それでも非米銀が直接ドル資金調達する手段が限られている場合は、プレミアムを払ってドル資金を調達することになる。
米銀は年率1.0%というドルのマネーマーケットより高い利回りでドル資金を放出し、その結果、交換で得た円資金を運用しなくてはならない。この運用先として高い流動性があり、とりあえず民間信用リスクのない短期・中期の日本国債が選ばれるのである(外人の日本国債買い)。
短期のみならず中期国債も今般の日銀によるゼロ金利導入でマイナス金利になったが、仮に米銀の日本国債運用利回りがマイナス0.1%でも、米銀にはドル資金放出の見返りに1.0%のリターンがあるので、差し引きのリターンは1.0−0.1=0.9%となる。これはドルのマネーマーケットで運用する場合の0.5%より高いので、米銀には0.4%分の超過リターンのある取引となる。
100兆円を超えたといわれる外人の国債保有のどれくらいの比率が、こうした為替スワップ取引の見合いによるものなのか、データで確認することがちょっと出来ないのだが、増加分のかなりの部分を占めると私は推測している。
つまり要約すると、外人の国債運用増加の背景には、邦銀の米銀からのドル資金調達の制約、その結果としてのドル資金プレミアム(割増)の発生があるのであって、「円が安全資産だから買われている・・・」というのは、かなりの部分誤解、ナイーブすぎる認識だろう。
近著「稼ぐ経済学〜黄金の波に乗る知の技法」(光文社)2013年5月20日
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