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”殺しの手袋”『クリムゾン・ピーク』(ネタバレ)

映画 ミア・ワシコウスカ


映画『クリムゾン・ピーク』予告編 90秒

 ギレルモ・デル・トロ監督作!

 10歳の頃、母の幽霊に「クリムゾン・ピークに気をつけろ」との警告を受けたイーディス。彼女の父にイギリスから融資を受ける来た貴族トーマスと恋に落ちたイーディスは、父の謎の死をきっかけに、トーマスと結婚し、彼の生家に移り住むこととなる。トーマスの姉ルシールと暮らしだしたイーディス。だが、その赤い粘土の出る丘が「クリムゾン・ピーク」と呼ばれていることを知り……。

 『パシフィック・リム2』は頓挫中で、現在はテレビドラマ『ストレイン』が絶賛公開中のデル・トロ先生。今作は自身初のゴシックホラー! プロデュース作に『永遠のこどもたち』『ダーク・フェアリー』などがあり、また初期監督作に『デビルズ・バックボーン』という地元南米を舞台にしたホラーがある。さらに傑作『パンズ・ラビリンス』もあるが、20世紀初頭のイギリスを舞台にした、ガチのゴスは初だ。
chateaudif.hatenadiary.com
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 朽ちかけた不気味な洋館、そこに出没する幽霊たち。その幽霊を見ることが出来る女と、洋館に住む謎めいた姉弟……。ゴシックホラーに必須のガジェットはそれぐらいで、そこに怪しげな機械やらアルジェントばりの黒手袋やらホームズやらを放り込み、自作のセルフ・オマージュとおなじみの凝りまくった美術で仕上げる……ああ……なんというか、本当にオタクが作ってる映画ですね……。
 残念ながら全部が噛み合っているかと言うとそうではなく、謎解き要素はそもそも容疑者が二択かつ同じ側なのでサプライズにもなっていない。あの顔面の凹み様、洗面台の砕けっぷりで「洗面台に顔をぶつけたようです」とはどんなヤブ医者でも言わないと思うよ。あまりヘボい謎を入れると、それにすっかり騙されている主人公がアホっぽく見えてくるのが悲しい。作家志望のミアちゃんだが、幽霊ものと恋愛ものしか読んでいないのか、ホームズを読んでるのはハナムだけなのか!

 世間知らずだったお嬢様が、楽しいばかりでない恋愛と恐怖体験によって成長するというお話なので、本ばかり読んでいて若干イモっぽかったミアちゃんは、イケメンであるトムヒに容易く騙されてしまう、という構図はもうどうしようもない。しかし最初はワルだったイケメンには内心に優しさが秘められていて……という少女漫画のような展開になり、そんな光と影、表と裏の二面性を持つエゲレスの繊細な美形に、ブサメン役を押しつけられたハナムはどれだけ活躍し献身しても絶対に勝てないのである。
 そしてそんな繊細なるトムヒさんを抑圧し操る影の黒幕、ジェシカ・チャスティンの大暴れ。お話は「女の敵は女」みたいなことになって、トムヒさんと彼への愛は美しく温存されるのであった……。いやあ、これ、結構古典的な展開なんじゃないか。
 チャーリー”引き立て役”ハナムがヒーローになれないため、ミアちゃんが自力での解決を余儀なくされるので、かろうじて女性の自立みたいなテーマは守られるのだが、どうもこの人は今後もフラフラとイケメンにたぶらかされるんじゃないか、という心配が尽きない。なんと言うか、あまりにキャラの配置が図式的でその役割を超えてこないので、今後の展開があるとしてもその「キャラ」に沿った物語しか思い浮かばないのだな。引用して配置したら満足してしまうオタクの弱点か……?
 そこを超えてきたものがあるとすれば、やはりジェシカ・チャスティンの熱演であり、その彼女を迎え撃ったクライマックスのしばき合いであり、ゴシックラブロマンスのけれん味よりも身体性溢れるアクションものの方がデル・トロ先生の資質には合っているんじゃないかなあ、とも考えさせられた次第。

 最近、長丁場ドラマで多数の要素を詰め込んで昇華させている『ストレイン 沈黙のエクリプス』を見ていたせいもあって、二時間の映画でもやっぱりあれやこれや詰め込みたがってしまうオタク気質は、マイナス要因に感じてしまったな。幽霊も映さずちらっと見せればいいものを、延々と顔を出す、しゃべる……どうですか、カッコいいでしょう、美術すごいでしょう、特撮いいでしょう……まあそれはわかるんだが、そうして盛り込まれたガジェットやテクが効果的かどうかはまた別の話なんである。
 そんな中、トムヒさん発明の採掘機はなかなか格好良くて、これは終盤大活躍に違いない、と思ったらここも壮絶に肩透かしを食らってしまった。絶対、ジェシカ・チャスティンがこれに絡まって高いところに吊るされると思ったのになあ。

 幽霊それ自体は悪でも怪物でもなく、ただかつてあった事象、人の思いの名残を伝えてくる存在である、という設定は『デビルズ・バックボーン』の頃から一貫していて、今作の母親や赤い幽霊たちも、それに沿っている。直接危害を加えてくることはなく、本当に恐ろしいのはその幽霊を生み出してきた生身の人間なんですよ、と言うのは、デル・トロ作品の「悪」の描き方における特徴でもある。
 そうして、今作も幽霊譚としてオチがつく……のだけれど、どうも座りが悪いのは、やっぱり採掘機さんが活躍しないからなんだよなあ。いや、赤い粘土の沼の上に建つ屋敷ということで、その下の粘土を採掘しまくったらどうなるか、ということはちょいちょい伏線張ってたような気がしたんだが……なんで? なんで、お屋敷は最後に沼の底へと沈んでいかないの? ホームズまで引っ張り出したんだし、最後はやっぱりポーじゃない? アッシャー家は崩壊しないとダメなんじゃない? 予算がなくなったのかな……。大風呂敷を畳めないのもオタクの弱点かもしれないが、なんとか『ストレイン』はきっちり完結させて欲しいものであります。