それでも会社は物凄く成長しそうなわけでもない。
業態転換をしたり、新事業をやらないといけないのは明らかだし、父はそのために乾いた咳をしながら今日も働いている。
今週、自分は頭の悪い大学の芸術系の学部から、商学部系の学部へ転部をするための面接をわざわざ大阪で受けた。
教員であろう人たちに、これでもかというほどに父と父が築いたものの偉大さと、それを引き継ぐためにいかにこの学部への転部が必要かというのを話した。
本当は自分は商売なんて好きじゃなくて、性愛を受けたいだけなのだ。
つい最近、会社の口コミサイトというのをac.jpの大学用アドレスで登録をして、読んだが絶望するようなものだった。
何となく心当たりのある父や他の役員への批判なのか悪口なのかよくわからなものが沢山とは言わないが書かれている。
「父は陰では悪口を言われているのに気づいていなくて惨めだ」、「将来性がない」、「未婚の50代の女性役員が、結婚、妊娠した女性社員に厳しい」、「その女性役員の人生には仕事しかなくて興味深い」だとか。
世の中というのは、何処までも容姿が良くてぶら下がる人間にばかり優しいのだということしか結局自分は感じなかった。
そして、容姿が比較的いい体を壊した女性社員などを可哀想になどと言い、優しくするのだろうか。
父は容姿が醜い自分に「男の価値はできることの多さ。懸命に働くこと!」というメールを送っていたが、懸命に働いても文句を言われ、結局キモがられるのではないか。
どうして、痴漢冤罪を恐れ、タクシーや徒歩で基本的に移動しなければいけないのか。
それは世の中がなんだかんだ容姿がキモい父を嫌い、女性 特に若い容姿のいい女を擁護するからだろう。
自分は父よりも容姿が醜いし、大学のレベルも低い。そして小さい頃からずっと内臓の持病をこじらせている。
ニキビ跡やらでめちゃくちゃな皮膚の、酷いパーツやら輪郭の顔、酷い癖毛の髪で面接を受けたのだ。
皆、容姿がいい奴には無条件に優しくするくせをして、自分には金を与えない、優しくしないから優しくされないなどと言うカルトめいたことを言う。
お金を稼いだら容姿が良くなって愛されないのなら、正直金を稼ぐ気力というのは微塵もない。
もし良くなれるのなら、死んでも稼ぐ。
持病はもうすぐ再発するかもしれない。もっと容姿は醜くなるのだろう。
持病で整形なんて期待が持てない中で、容姿が良くなりたい。そして愛されたい。