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被災地のボランティア激減 震災の年の6%に2月6日 19時39分
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去年、東日本大震災の被災地で活動したボランティアは、宮城、岩手、福島の3県で5万8000人余りと、震災が発生した年の僅か6%に減っていることが分かりました。一方、被災地では依然、ボランティアへのニーズが続いていて、受け入れ団体などが継続的な支援を呼びかけています。
東日本大震災の被災地では発生直後から、がれきの片づけや仮設住宅での高齢者の見守り活動など、全国各地から数多くのボランティアが訪れて活動しました。
各地の社会福祉協議会を通して活動したボランティアは、震災が発生した平成23年には、宮城県で49万4015人、岩手県で32万588人、福島県で14万3792人で、合わせて95万8395人に上りました。
ところが去年は、宮城県で2万6627人、岩手県で2万106人、福島県で1万1641人の合わせて5万8374人で、震災が発生した年の僅か6%に減っていることが分かりました。
警察庁のまとめでは、今も行方が分からない人は3県で2500人以上に上っていて、被災地では毎月11日の月命日を中心に捜索活動が続けられています。
また、被災地での漁業や農業の再建支援や、原発事故の影響が続く福島県などでは、依然ボランティアへのニーズが高い状態が続いているということです。
このため、被災地で活動を続けるボランティアの受け入れ団体などでは、被災地への継続的な支援を呼びかけています。
各地の社会福祉協議会を通して活動したボランティアは、震災が発生した平成23年には、宮城県で49万4015人、岩手県で32万588人、福島県で14万3792人で、合わせて95万8395人に上りました。
ところが去年は、宮城県で2万6627人、岩手県で2万106人、福島県で1万1641人の合わせて5万8374人で、震災が発生した年の僅か6%に減っていることが分かりました。
警察庁のまとめでは、今も行方が分からない人は3県で2500人以上に上っていて、被災地では毎月11日の月命日を中心に捜索活動が続けられています。
また、被災地での漁業や農業の再建支援や、原発事故の影響が続く福島県などでは、依然ボランティアへのニーズが高い状態が続いているということです。
このため、被災地で活動を続けるボランティアの受け入れ団体などでは、被災地への継続的な支援を呼びかけています。
「本当に人が足りないと感じる」
ボランティアが減少する一方で、被災地では引き続き支援を求める人が少なくありません。
宮城県南三陸町でワカメやカキの養殖を営む高橋直哉(35)さんは、震災の津波で養殖施設をすべて流されました。しかし、ボランティアの支援を受けながらがれきを片づけ、震災が発生した年の秋には、なんとか漁業の再開にこぎつけました。
その後も、多いときは全国各地から20人ほどのボランティアが訪れ、ワカメを選別したり硬い芯を取ったりする作業を手伝ってもらっていました。
しかし、訪れるボランティアは年々減少して、去年の後半からはほとんどいなくなり、6日もワカメの袋詰め作業を家族と親戚だけで行っていました。
こうした作業は、震災前は地元の人たちが協力して行っていましたが、震災後、地元を離れたり別の仕事についたりする人が相次ぎ、手伝いをできる人がいなくなったということです。
高橋さんは「今漁業をできているのはボランティアの方々のおかげで、感謝のことばしかありません。ただ、どんどん減っていて、去年は本当に人が足りないと感じました。観光を兼ねて楽しみながらでもいいので被災地に来てほしいです」と話していました。
宮城県南三陸町でワカメやカキの養殖を営む高橋直哉(35)さんは、震災の津波で養殖施設をすべて流されました。しかし、ボランティアの支援を受けながらがれきを片づけ、震災が発生した年の秋には、なんとか漁業の再開にこぎつけました。
その後も、多いときは全国各地から20人ほどのボランティアが訪れ、ワカメを選別したり硬い芯を取ったりする作業を手伝ってもらっていました。
しかし、訪れるボランティアは年々減少して、去年の後半からはほとんどいなくなり、6日もワカメの袋詰め作業を家族と親戚だけで行っていました。
こうした作業は、震災前は地元の人たちが協力して行っていましたが、震災後、地元を離れたり別の仕事についたりする人が相次ぎ、手伝いをできる人がいなくなったということです。
高橋さんは「今漁業をできているのはボランティアの方々のおかげで、感謝のことばしかありません。ただ、どんどん減っていて、去年は本当に人が足りないと感じました。観光を兼ねて楽しみながらでもいいので被災地に来てほしいです」と話していました。
感謝気持ち伝えるイベントも
東日本大震災の発生から5年になるのを前に、岩手県陸前高田市で復興を支援してきたボランティアなどに感謝の気持ちを伝え、継続的な支援を呼びかけるイベントが開かれました。
このイベントは震災の発生から5年になるのを前に陸前高田市で初めて開かれ、被災者の支援などに携わってきた全国のボランティアなど、およそ50人が集まりました。
参加者は大津波に襲われて「震災遺構」として保存される予定の「道の駅」で犠牲者に黙とうし、慰霊碑に花をそなえました。このあと開かれた式典で、陸前高田市の戸羽太市長は5年間の街の移り変わりをスライドで紹介し、「皆さんのおかげで復興は少しずつ進んでいますが、街づくりはこれからです。その姿を見届けてください」と述べて、感謝の気持ちを伝えるとともに継続的な支援を呼びかけました。
陸前高田市などによりますと、震災発生後の1年間は10万人近いボランティアが訪れ、去年はおよそ5700人が仮設住宅の見回りなどの支援に当たったということです。
今回のイベントに参加した義援金を贈っている佐賀県の女性は、「復興は5年たってもまだ半ばで、これからも被災地を忘れずに支援を続けていきたい」と話していました。
陸前高田市商工観光課の桑原祥作さんは、「ボランティアの方々は減ってきていますが、未来のまちづくりのために多くの方にこれからも支援を頂きたいと思います」と話していました。
このイベントは震災の発生から5年になるのを前に陸前高田市で初めて開かれ、被災者の支援などに携わってきた全国のボランティアなど、およそ50人が集まりました。
参加者は大津波に襲われて「震災遺構」として保存される予定の「道の駅」で犠牲者に黙とうし、慰霊碑に花をそなえました。このあと開かれた式典で、陸前高田市の戸羽太市長は5年間の街の移り変わりをスライドで紹介し、「皆さんのおかげで復興は少しずつ進んでいますが、街づくりはこれからです。その姿を見届けてください」と述べて、感謝の気持ちを伝えるとともに継続的な支援を呼びかけました。
陸前高田市などによりますと、震災発生後の1年間は10万人近いボランティアが訪れ、去年はおよそ5700人が仮設住宅の見回りなどの支援に当たったということです。
今回のイベントに参加した義援金を贈っている佐賀県の女性は、「復興は5年たってもまだ半ばで、これからも被災地を忘れずに支援を続けていきたい」と話していました。
陸前高田市商工観光課の桑原祥作さんは、「ボランティアの方々は減ってきていますが、未来のまちづくりのために多くの方にこれからも支援を頂きたいと思います」と話していました。