2015年1月31日 東京ビッグサイトにて開催されました創作漫画即売会のComitia115。会場内にセルシスは毎度、様々な「セミナー」が開催されます。この日も3つ行われたセミナーの3コマ目に、電子書籍のBook☆Walkerの依頼で私が登壇し「マンガ家が電子書籍で稼ぐ方法」という題材で話をさせていただきました。
内容はもっぱら、コミティアに参加されている創作漫画同人誌を自主出版されている方に「電子書籍の活用」を勧める案内でしたが、多くの方々にご参加をいただき、話を聞いていただけました。
ただ、即売の開催時間中の企画だったため、「聞きたいけど自分のスペースから離れられなかった」という作家さんも多くいたのではないかと思います。また、私もほぼ「ぶっつけ本番」の談話でしたので、説明が不要領な部分や、あとから補足すべきだったと思った話が多々ありました。
そこで、このセミナーのためにせっかくBook☆Walkerの担当(根岸氏)にパワーポイント・スライドを作っていただいたこともあるので、それを核にセミナーで私が話した内容を補完しながら再現した文章をイベント後に書き起こしてみました。
以下に、その文章をスライド画像とともに記しますので、興味のある方はよければ当日のセミナーを聞いているつもりでご一読ください。
「マンガ家が電子書籍で稼ぐ方法」
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こちらのセミナースペースにおこしいただき、ありがとうございます。
漫画家の中で私は「電子書籍」の配信に乗り出すのが早い方だったと思います。
しかし、断っておきますが、私は「紙の本」が大好きです。
小さい頃から紙の本を大事にするよう教えられ、並んだ本棚を「知」の塊と認識し、読み終えた本を積み上げた時の厚さに満足感を得ながら育った世代です。
だから書く方の立場になってもはじめて作品を収録した同人誌を手にした時も、
商業誌デビューした雑誌が本屋に並んでいるのをみた時も、
初の商業単行本が近所の本屋で平置きされているのをみた時も、
感慨はひとしおでした。
コミティアにこられている皆さんも同様に紙の本が大好きだと思います。
サークルは机の上に重ねた冊子の厚みに、読者はその日の戦利品をつめたカバンの重みに様々な感情を重ねていることでしょう。
しかし、そんな「紙好き」なコミティア常連に次の二つの質問をすると、
大概の人は固まります。
「あなたの書庫にはまだ本を追加して大丈夫?」
「3年前に買って読んで感動したあの本を5分以内に取り出せますか?」
「電子書籍」を「紙書籍」と対峙するモノとして扱われることが多いですが
私は「紙書籍好きだからこそ、併用が活きる電子書籍もある」と考えます。
特にコミティアに参加の作家さんが活用できる「電子書籍」について話をさせていただきます。
そんなわけでこのセミナーは「マンガ家が電子書籍で稼ぐ方法」というタイトルのですが…
あらかじめ断っておきたいのは「電子書籍」の現況。
残念ながら、電子書籍の市場は発展の「途上」です。
紙で流通する商業出版とはまだまだ大きな格差をがあります。
それでも現在はコミティアやコミケで得られる「読者数」レベルには成長しています。そして電子書籍の普及にはまだまだ「伸びしろ」があります。
現在は新しい携帯電話を買えば、まずは「スマホ」を入手することになります。
おかげで、通勤通学の電車の中で新聞や雑誌を読む人はめっきり減り
スマホ画面でSNSを覗いてるかゲームにのめりこんでいる人ばかりです。
これは出版業界にとっては打撃だったようで、現在は底が見えない出版不況になっています。
そのせいなのか、雑誌を離れた独自で作品展開をする作家さんはむしろ増えて、
しかし、よく考えるとスマホというのは立派な「電子書籍端末」です。
これは作家にとっては即売会と同様に読者に向けて作品を発表し「読者数」と「原稿料」を「稼げる」手段になりえます。
即売会がどのように「作家」と「読者」をつなぐ「場」として機能しているかについてはコミティアの会場に通ってられる皆さんには説明する必要はないと思います。最近は商業雑誌と並ぶ新しい作家の登竜門とみることもできることもご存知と思います。
しかし、即売会が抱えるいくつかの難点には気づいてないかもしれません。
難点の一つはサークルスペースの問題です。
即売会の参加者はなんと言っても「新刊」という言葉に敏感です。
サークルは「その日の新刊」があるかないかで本の売れ行きが俄然違いますよね。
できればコミティアには毎回参加の際は「新刊」を用意したいものです。
だから、まじめなサークルさんは年間4冊の本を出します。
コミケにも参加したら6冊。2年で平置きのA5本が机の表面を覆う面積です。
でも、スペースを有効活用しようとして本を立てに置くとスペースを訪れた読者さんは手を出しません。
6冊×2列で本を並べた場合も前列の6冊にしか手を伸ばしません。
前列のうち1冊が売り切れた場所の後ろの本を置きなおすと、途端にその本が売れ出します。
45センチ×90センチの机面の「売り場」としてのキャパは意外と小さいです。
もう一つの即売会の難点は本の価格です。
「同人誌が市販の書籍より高い」のは誰もが知っている情報ですね。
少部数の本の印刷費は割高なのは当たり前ですが、
この差額をある程度本を買う側が負担する「暗黙のルール」が即売会では成り立っています。
「ある程度」を具体的に言うと「創作同人」の場合は1ページ10円くらいです。
20ページの本なら200円。さらに表紙がカラーなら100円上乗せで300円。
本がB5サイズなら400~500円になります。
この価格は200部以上を完売できるサークルには都合がいいです。
印刷費をペイできる上にイベントの参加費プラス、近距離の交通費まで出ます。
しかし、100部が売れるかどうかのサークルは結構苦しい台所事情になります。
料金の安い印刷所で早割キャンペーンを活用したり、コピーの手織り製本で出費を抑えます。
この価格の問題にもう一つ絡んでくるのが「在庫」の問題です。
シリーズものを展開している作家さんは読者から「バックナンバーはないんですか?」と聞かれた経験が必ずあると思います。
完売した第1巻を重版するかどうかはサークルにとっては難しい判断です。
なぜなら初版以上の部数を重版することは滅多にないから。
大体は100部刷るかどうかを迷う場合が多く、初版より割高な印刷費になります。
でも「この本は重版なので」と言って販売価格に上乗せできません。
つまり、重版は初版以上に赤字リスクが高いのです。
さらに、「在庫」についてはもう一つ悩ましいのは本の販売ペースです。
発売開始して1年ぐらいになると本の売れ行きは著しく落ちます。
一回のイベントに搬入する宅急便の隅に3冊忍ばせて、そのうち2冊を持ち帰ることも多くなります。
こういう即売会の持つ難点を解決する手段として、私は電子書籍の活用を提案します。
電子書籍を販売するためにストアに登録できる本の種類には上限はありません。
作者の名前で検索をかければ販売している本の全てが見やすい形で表示されます。
スペース机とは違い、買う側は本の存在を見落としません。
電子書籍を販売する際の価格は大概のストアでは「100円」あるいは「99円」以上なら1円単位で設定できます。
(アップルのiBooksのみ最低価格「50円」から「100円」「150円」「200円」と50円単になっています)
また多くのストアでは「0円」設定の無料本も出せます。
即売会で無料配布本を出す感覚で何か1冊登録して読者への「呼び水」にするのもありです。
そして、電子書籍には「在庫数」という概念はありません。
販売を登録してから、それをなんらかの理由で取り下げるまでいつでも本は買えます。取り下げなければストアが存続する限り本は半永久的に「入手可能」です。
ちなみに作家側が販売を取り下げても、すでに購入した読者の読む権利保障されています。そちらもストアが存続するかぎりいつでもデータをダウンロードして読めます。
では、電子書籍を即売会活動の助力としてどう活用するかですが…
私が提唱したいのは、
まず、紙の本を刷る時は「1年以内に確実の完売できる」であろう部数のみにとどめること。そして、その本が売り切れる頃合いに電子書籍版の販売をはじめます。
紙の書籍が完売したら読者側に「電子書籍で入手できます」と案内を出すことができるわけです。
なんでしたら、自分が出してる電子書籍の一覧が見えるネットアドレス(URL)を記載した名刺を用意するのもありです。
こうすれば、売りにくい在庫を抱える必要なくバックナンバーを確保できます。
そして、このサイクルを繰り返せば、読者の方には「選択の幅」を示すことになります。
「紙媒体で買いたいなら早い目にイベントで」
「電子が欲しいならしばらく待ってからストアで」
ところで、紙の本に比べて電子書籍にはいくつかの利点があります。
電子書籍は紙の本に比べて、まず「ページ設定が自由」です。
紙の本を印刷所に入稿する場合はB5サイズなら本文が4の倍数のページ数、
A5サイズなら8の倍数ページとする必要があります。
電子書籍にはこのしばりはありません。
なんでしたら奇数ページの本を作ることも可能です。
また漫画の電子書籍の各ページはJPEGの画像データなのでモノクロでもカラーでもOK。
紙印刷の場合はカラーは割高ですが、電子書籍はカラーが使い放題。
なんでしたら電子書籍版をだす時はカラーページを増やしたり、
あるいは特定の1コマだけを際立たせるとめに着彩することさえできます。
これらの特徴を用いて紙版にはない特典カラーページなどを電子版につけ紙版を買った読者に電子版も「再度買ってもらう」ことも期待できます。
また、電子書籍はストア登録のデータをいつでも改定が可能です。
紙の場合は印刷所から刷り上がったのが届いたのを確認して、
その段階で誤字脱字や絵が変になってるコマをみつけてももう手遅れです。
あとは、本を売る際にせいぜい正誤表を挟み込むくらいしか手立てはありません。
電子の場合はすぐにデータ修正して登録しなおせます。
修正以降に買った読者には改訂版が届きます。
また、それ以前に買った読者に改訂がを連絡して置き換えてくれるサービスのストアもあります。
さて、ここで少し電子書籍の仕組みを紹介しておきます。
実は「電子書籍」はかなり曖昧な定義の言葉ですが、
個人が書籍を登録できる最近話題の電子書籍のストア、例えば「アマゾンKindle」「アップルiBooks」「角川BOOK☆WALKER」「楽天Kobo」等々について、
いくつかの誤解がまかり通っています。
一つ目は「専用端末がないと読めない」という誤解。
本日のセミナーのこのコマの主催のBOOK☆WALKERさんですが、
BOOK☆WALKERには「専用端末」なるものは存在しません。
前述したように、みなさんがお持ちのスマホが電子書籍端末になります。
全てのストアの本を読める無料のアプリがアプリストアで入手可能です。
(ただしiBooksだけはアップル端末専用なのでandroid版アプリはありません)
また、電子書籍をパソコンでも読める手段を用意しているストアも多いです。
おそらく、現在はご自宅に「電子書籍を読める器材が一つもない」という人はあまりいないと思います。
二つ目は「電子書籍はネットにつながっていないと読書できない」という誤解。
スマホやタブレットのアプリの中にも電子書籍の専用端末の中にも「本棚」があります。読者はその本棚に書籍のデータをダウンロードして、そこから本を開いて読みます。一度、本棚のデータを取り込めば通信を切っても電子書籍は読めます。
でも、スマホなどではデータ容量には限りがあるので、
しばらく読まない本については本棚から削除しておいた方がいいでしょう。
本棚から削除しても、ストアの方ではデータは確保されているので、また読みたくなったら、いつでもネットにつないでダウンロードし直せます。
三つ目の「個人が電子書籍がストアに書籍を登録するには料金がとられる」という誤解。
自力でストアに本を陳列するところまでは一切お金は発生しません。
電子書籍ストアに並んだ本を読者が買った時点ではじめてお金が動きます。
読者が支払った金額の何%かが作者の印税(ロイヤリティ)となり、残りがストア側の取り分です。
印税の総額は月末に集計され、累積である程度の金額を越えれば印税はあなたの銀行口座に振り込まれます。「ある程度の金額」に満たない場合は支払いは翌月に持ち越されます。
つまり、赤字になるリスクは一切ありません。
作家は自分の財布から1円もだす必要はなく、1冊目の本が売れた時点でもう黒字です。
一時期「Amazonから振り込まれるロイヤリティは銀行の取次ぎ手数料で赤字になる」という噂がありましたが、これもまるっきりのデマでした。
では、本の売り上げに対する作家の取り分(ロイヤリティ)についてちょっと紹介します。
本代が100円の場合の収入額を書いていますが、
商業出版で単行本が出た時の印税10%を考えるとかなり「いい金額」です。
「AmazonKindleの利率は70%」という話を聞いている方は多いと思いますが、
これには実は本の価格を250円以上に設定し、さらにAmazon専売に(セレクトに登録)する必要があります。
さて、ここまで説明した時点で、少し疑問に思われた方がいるかもしれません。
こんな「いいことだらけ」の電子書籍に乗り出す人がまだ少ないのはなぜか?
なぜ自分の周りの作家はこぞって電子書籍で本を売り始めていないのか?
まず、一番大きいのは「技術的なむずかしさ」だと思います。
さきほど、漫画の電子書籍のページはjpeg画像だと言いましたが、
電子書籍はjpeg画像やその他ファイルを詰め込んだepubというファイルを用います。(AmazonKindleではmobiが主流ですがepubでもOKになっています)
たとえば、pixivで画像を公開する際にjpegファイルをアップロードしますが
同様に電子書籍を公開する際にストアにepubファイルをアップロードします。
ところがこのepubファイルの作り方がなかなか難しい。
このセミナーの後半でBOOK☆WALKERの担当の方がクリスタでのepub出力を実演します。でも、私も実はコミスタ止まりでクリスタは使ってません。
(epub出力可能なのは「クリスタEX」のみで「体験版」などでは試せません)
ネットを調べればでいろいろepub作成ハウツーを見かけます。
でも「ここの手順が簡単で、問題ないepubはこれでできる」と断言できるところはありません。実は私自身も自分のepub作成手順をネット公開してますが、「それを参考にして自分もできました」と言った人にはまだ一人です。
このepub作成を代行してくれるサービスをしている会社もありますが、
そこらが「電子書籍を始めるのは初期費用が必要」という誤解を生む原因になっていると思います。
なるべくなら自力でやって、販売開始までは費用をかけない方がよいと思います。
そのうち、誰でも簡単にepubを作れるシステムが何か普及するか
あるいは電子書籍ストア側がpixivに画像登録をする手軽さで
電子書籍を登録できる登録画面を装備するようになるか…
(私はBOOK☆WALKERさんにこれを期待しています)
何かハードルを下げる動きがあるはずです。
もうひとつ、電子書籍に乗り出すのに抵抗感を生んでいるのはお金の流れかもしれません。
即売会では現金を目の前で授受するのに対して、銀行に売り上げが振り込まれます。必ず記録に残る収入は大きな金額になると所得税や消費税がからんでくるのでいろいろ考えないといけません。
ただ、幸いといえるかどうか、現在の電子書籍で得られる収入はイベント参加の際の収益レベルです。それ以上、儲かった時の心配は儲かった時点で考えても差し支えないと思います。
さらにもうひとつ、電子書籍に対する抵抗になるのは契約の存在ですね。
「契約」にやすやすと乗ってはいけないことは某魔法少女が教えてくれました。
でも、仮にも出版物を世の中に出し、売れた際の金銭を授受する関係をストアと築くわけです。
作家側は住所&電話番号&本名などはきっちり連絡し、売り上げを振り込んでもらう銀行口座を指定する必要はあります。とりあえず、信用できる会社が運営するストアだけを相手にすればいいと思います。
では、電子書籍を販売するストアをどう選ぶか…
そこらの判断は個々人によって違うと思いますが、参考のために私が選んだストアについてお話しします。
まず私は2011年にGMOが運営するブクログのPubooで電子書籍の配信をはじめました。(ブクログは昨年末ブックオフが株式の全買取で親会社になってるんですね。…ちょっとびっくり)
ここの「電子書籍」は今、一般で言われる電子書籍とは別もので、オンラインでのブラウザ表示とPDFのダウンロードという形態です。EPUBもダウンロードできますが現時点でここのEPUBは右綴じの漫画誌にはなりません。
2012年の秋にAmazonKindleと楽天Koboが日本での電子書籍事業をはじめました。私はこれに真っ先に飛びついて作家の一人です。
Amazonは「専売」する本には高いロイヤリティをつけますが、当時はまだ電子書籍という事業への不信感が強く、PDFファイルを欲しいという人も多かった。だから、パブーの方の存続のためにも私は専売にせずに複数のストアで売ることを選択しました。
2013年にiBooksも日本での営業をはじめたので、アップルユーザーの私は即座に飛び込みました。
ちなみにKindleとiBooksはアメリカの規格。Koboはカナダの規格です。
日本政府の外交政策に不安があったわけではないですが、日本国内の会社でも電子書籍を取り扱いたいと思い、目をつけたのがBOOK☆WALKERでした。
その頃はすでにHonto、Renta、eBookJapan、Kinoppy、ニコニコ静画等々の国産ストアが揃っていました。しかし、いくつか零細ストアが潰れてそこでの購入者は本が読めなくなるという事案も発生していました。
BOOK☆WALKERは以前、仕事をした際に堅実な印象があった角川書店の営業するストア。ここなら「ストアがつぶれて電子書籍が読めなくなる」という心配はないと思いました。
もうひとつBOOK☆WALKERが良かったのは、
「電子書籍専門」のストアでさらに漫画やライトノベルの販売に特化していたこと。
Amazonは楽天は紙書籍と、アップルは音楽やアプリと同じプラットホームで電子書籍を売ってます。
だから、パソコンで見ると書影の横にやたらに余分な情報が画面に表示されます。
でもBOOK☆WALKERでは買う人が買う前に欲しい情報をスクロールせずとも見ることができます。
売るためのキャッチコピー欄があるのもいいですね。
またシリーズの表示も端的で、全部で何巻あるか一目稜線な表示なのでいいです。
そんなわけで、私が今、本を取り扱っているストアは5社です。
新しく出た本を5箇所に登録する手間は結構大変で今はこれで手一杯ですが
要領に慣れればまたちょっと増やすかもしれません。
さて、これまで説明しました通り、自作でepubファイルをストアに登録すれば、
コミティアに来た読者にバックナンバーを入手できる機会を簡単に確保できるわけですが、他にコミティアに縁のない「読者」にも入手のチャンスができます。
特に地方在住だったり日曜が休みではない仕事の方で東京のコミティア参加がむずかしい。それでもこの会場に売られている漫画には興味が有るという読者さんはいっぱいいるはず。せっかくならそういう読者にも本を買ってもらいたいですよね。
でも、実際に電子書籍を作ってストアで販売開始しても、イベントに参加して本が売れていくようには売れません。いくつか、イベント売りの本とは違う点に注目する必要があります。
まず、注目すべきなのは本の値段です。
同人誌を電子書籍化している作家さんの多くは「電子で安く売ると、イベント会場まで来て紙の本を買っていった読者さんに申し訳ない」と考えて、同人誌の値段をそのまま電子書籍にも当ててます。
でもストアの中では大手出版社が出した本と個人が出版した本と区別なく並んでいます。
(…これは自主出版している者にとっての電子書籍のいい点の一つでもでもあるのですが)
そういう並びでは同人誌は異様に「薄いのに高い本」になります。
同人誌の値段は先ほど言いましたように「割高の印刷費を読者が負担する」という暗黙のルールで成り立っています。印刷費が掛からない電子書籍に同じ価格を適応するのは理にかないません。
また、現在の電子書籍端末にとって読みやすいデータのサイズは
例えば印刷所にデジタル入稿する際の原稿のデータサイズに比べて5分の1くらい小さいです。最近の同人印刷は市販の雑誌や単行本に比べても鮮明ですので、解像度が高い同人印刷と低い電子書籍を同じ値段にする必要はないと思います。
私の場合は、値段設定は商業の単行本の値段を参考にします。
たとえば160ページの漫画単行本が500円くらいで売られていますよね。
その比率で考えると、32ページ以下の本なら100円で売るくらいが妥当じゃないでしょうか。
もう一つ注目すべきポイントは本の広報活動の必要性です。
即売会は「何月何日のどこの会場」と分かっているイベントに読者が足を運びます。そして、その会場を回っているうちにあなたの本にたどりつきます。
でも、個人発行の電子書籍は何月何日にストアに並びはじめるかは誰も知りません。「1日24時間、1年365日ストアに並べていればそのうち誰かが見つける」と構えていては毎日膨大な数が発行されている電子書籍の海の中に埋没してしまいます。「自分の電子書籍はここにありますよ」という情報を広める活動がとても大事です。
即売会で無料配布のペーパーや本の巻末に電子書籍情報をのせましょう。
即売会に来る漫画好きの読者は来ないけど漫画好きな友達につながっています。
面白い漫画を紹介された友達は電子で入手可能だと知ればストアの中から探し当ててくれます。
また、ネットでの広報活動しましょう。
ホームページ、ブログ、あるいはpixivで宣伝しましょう。
twitterやfacebookやlineといったSNSにも電子書籍の存在をアピールしましょう。あなたに興味を持ってフォローしている人はあなたの著作にも興味があります。
また、作家情報を登録するcircle.msでも最近はKindle情報を書き込む欄ができてるのにはお気づきでしょうか?
電子書籍はネットとの親和性が強いメディアでもあります。
ネットでの活動が電子書籍の販売に影響を与えることが多いです。
たとえば、私が投稿した画像がpixivで好評価を得た日は電子書籍がちょっと多く売れたりします。
さらにはごく最近の話ですが、
昨年の10月に電子書籍情報のまとめサイト「きんどるどうでしょう」のサイト主「きんどう」氏が「2016年1月8日に「餅」を題材にした漫画の電子書籍を一斉に発売しよう」という企画を持ちかけ、8冊の漫画作品がこれにエントリーしました。その中に、私と砂虫さん(うちの嫁さん)も参加しましたが、
私は年末の冬コミの新刊用に、砂虫さんは本日のコミティアの新刊用に「餅マンガ」そ作成、その本を電子書籍化してエントリーさせました。このネット上の企画が注目を浴びたようで、このエントリー作とともにうちが以前から登録していた本も売れて、今年の1月はそれまでの1ヶ月間の売り上げの平均の10倍の売り上げ記録となりました。
(この販売のカラクリについてはまた別途ブログにまとめます)
これから同様のネット上企画がこの先も出たりすると思いますので、注目していて損はないと思います。
では、最後にちょっと「経済活動」としてのマンガ出版についての話をしたいと思います。
現在は漫画という文化を経済活動として行っている最大の主体はなんといっても出版社です。
出版社は雑誌を定期的に出して、作家に掲載料としての原稿料を払い、
その後に作品ごとの単行本をまとめて、作家には印税を払って書店に本を卸します。
10数年ほど前から出版業界では一部の大手週刊誌を除いて「雑誌は赤字を出しながら発行して、単行本の黒字で赤字を回収する」という形が主流になりました。
つまり「売れる作家の単行本」によって雑誌の経営が回るという形です。
どれくらいの作家がこの場合の「売れる作家」になるのか?
このところは初ロットが2~3千冊の単行本というのも見られるようになりましたが、たとえば5000冊刷られた単行本の場合、7割の3500冊が売れれば単行本自体は黒字になります。その黒字で印刷費、流通コスト、出版社内での編集や営業の人件費、そして作家の印税が賄われます。
しかし、それまで連載の原稿料は赤字のままです。
雑誌を発行した時の全作家の原稿料、印刷と流通のコスト、出版社の人件費など
すべて賄うにはもっと大きな黒字が必要です。
方々の話を聞くと、どうやら単行本の販売数2万部がラインのようです。
2万というのは実は現在、日本にある書店の数と同じです。
書店への配本数はマチマチですが、ざっと言えば、2万部発行の単行本とは
「発売日はどの書店に行っても漫画新刊の棚に1冊はある」というレベルです。
そんな漫画の連載が1本ある雑誌は存続し、2本以上あれば安泰、0本ならいずれ雑誌は消えます。
つまり、商業雑誌という経済活動は2万部を出せる作家によって支えられているわけです。それ以下の部数の作家はその2万部のいわば「ぶらさがり」な構図です。
他方、電子書籍という経済活動について考えてみましょう。
さきほど「36ページの電子書籍なら100円で売れる」という話をしました。
一番低いロイヤリティーのKindle35%で考えると100円の本が売れて得る収益は35円。つまり、1冊売れたら作家には1ページ1円の原稿料が読者から直接支払われるわけです。
読者10人が買えば原稿料は1ページ10円。
もし、あなたが商業原稿を1ページ8000円で書いてる作家さんなら、電子書籍が8000部売れれば自前の原稿料と同額を得られるわけです。(1万部売れれば単行本を出した時の印税額を超える収入を得られます)
「経済活動として成り立つポイント」が「2万部」と「8千部」では大きな違いですよね。もし、あなたは8千人以上の読者を得られる作家なら、同じ原稿料を得ながらも「2万部を出す作家にぶらさがっている状況」から脱することもできるわけです。
…とは言っても、残念ながら現在の電子書籍にはまだまだ8千人の読者がつく状況はありません。
2013年に単行本を個人出版で出された鈴木みそ先生が3万部売れたというのが話題になりましたが、まだまだレアケースです。
でも、電子書籍はまだこれからの媒体です。
スマホなどの端末はこれからどんどん使いやすくなるので購買力の伸びは期待できます。
最近は日常的にツイッターに流れてくる動画を見て面白ければRTなんてことをしてる人が多いと思います。
でも5年前のことを思い出してください。そんなに動画って簡単に扱えましたか?
ネットで動画に出くわした時は再生ボタンを押すかどうか一瞬悩みませんでしたか?
IT技術の進歩は想像以上に早いです。
5年以内には雑誌を立ち読みする感覚で「電子書籍サンプルをザッピング」できる可能性は高いです。
その5年以内にまたオリンピックの影響をコミケやコミティアは受けて、同人界も荒波にもまれます。
たぶん電子書籍に乗り出す作家さんがどっと増えます。
もちろん、電子書籍に参加する作家数、購入する読者数がそろってから参入するというのも一つの手です。その頃は、今のpixivや印刷所への原稿入稿なみに電子書籍の制作やストア登録も簡単になっています。
ただ、
現在、私はコミティアの中でそこそこ知られた作家ですが、これは多分にTRC時代に活動してその頃話題になる本が出せたことが大きいと思っています。たとえば、今のビッグサイト2~3ホール開催のコミティアから参加をはじめていたら、
私レベルの実力では、多分、今ほどの注目に到達できなかったように思います。
現在の電子書籍にはTRC時代のコミティアに似た雰囲気です。まだ、技術的なハードルがあり、電子書籍への馴染みが薄い現在はむしろ絶好のチャンスです。
ここで注目される作家になるには、参入すべき時期は今だと思っています。
ご静聴ありがとうございます。
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以上がセミナーで私がしゃべった内容でした。
これを読んでのご意見、ご感想などありましたら、是非お聞かせください。