百鬼夜行に遅刻しました

　　　　　　　　人類に待ち侘びられて


　人類は盛り上がっていた　未だかつてないほどに甘美なる興奮に酔っていた。

そう　四年と十一か月前に　公的に初めて地球外生物とのコンタクトに成功した。
気が遠くなる様な年月　広大な宇宙に向けてあてどなく　誰かいませんかと電波を送り続けて
それが　実を結んだのだ。
此処にいるよと　返事が来たのだ。
人類は一気に盛り上がった　かつてないほどに…
それも　仕方ないだろう　人類は　此の宇宙で一人ではないと分かったのだから。

何よりも　添えられていた一枚の映像が　人類をお祭り状態にした。
とても美しく　妖しい　傾城の美女と言った風情の半人半獣の…　いや　性別は不明なのだが　掛け値なしに麗しくて。
争っている場合ではないと　自発的に紛争は止み　どの様に対応すべきかと　国際機構が真面目に動き出す。
料理研究家は　おもてなし料理の開発に勤しみ　芸術家は…　その喜びを訳の分からない方向に昇華し
アイドルは　歌って踊っていた…

オレも研究者の端くれとして　その日の為に勤しんでいた。
　…　あちらからコンタクトを取った　その一端を鑑みても　知的生命体であろう。
　　　そして　人類からの観点では　獣と人の特性を持っているようなのだが　此の生物には性別はあるのだろうか。
　　　衣服で隠すといった概念が欠如している可能性　又は　隠す必要がない　性別がないのか。
　　　其れとも　敢えて　生物的特徴を際立たせるために　衣服をつけてないのか…
　　　豊かで　災害の少ない　温暖な気候で　防寒及び身体を守る必要がなかったのか…

きっと　凄まじく美しく知的で　温厚な性格で友好的な。
人類にとって理想的な地球外生命体を夢想して　今か今かと訪問を待ち侘びていた。

そう　盛り上がったまま　四年と十一か月が過ぎ去り　人類は冷静に落ち着くどころか箍が外れ　デットヒートして。

「で　おっさん　どうするつもりだ。」
オレは仕方なく同居している　ハゲ散らかした中年オヤジと言った風情の…　
まるでコスプレのような獣耳と尻尾が痛々しい。
「人類は　地球外生命の訪問を待ち侘びているぞ。」
オレは言外に　大概で出て行けと言った感情をぶちこんで　話し出す。

おっさんが　微かに溜息を吐き…
「時間が経てば　忘れると思っていたのに　何時までも盛り上がっているから　出ていけないんだよ。」
おっさんが　泣き言をぼそぼそと…
「おっさん　さぁー　何故　あんな美形の映像をつけたんだよ　あれで一気に期待が膨らんだのだから
おっさん其の儘の映像にしておけばよかっただろう。
そうすれば　何の躊躇いもなく　おっさんが地球外生命体ですよとでていけたのに。」
おっさんが　少しうつむいて反発する。
「いや　おっさんにも見栄があるのよ　それがこんなに大変な事になるとはね…」

オレは無慈悲に言い放つ。
「丁度　後一か月で五年だ　切りもいいし　出て行ってもらうからな。」


人類と地球外生命体との邂逅まで　後一か月。
人類は悟りの境地に達する。

　　

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　　　　　　　　京都奇譚

　「此れは　貴方の自画像ですか。」
足音もなく　一人の異邦人が一枚の妖艶な絵画の前に歩み寄ってくる。
ドイツ語で話し出したかと思うと　ラテン語で詩篇を口遊み　英国人のような意味ありげな視線を送ってくる。
品よく仕立てられた洒落た上着に　二十代の顔立ち　三十代の声音　そして　百八十歳の鋭い眼光と英知…
掴み処のない　しかし　抗いがたい魅力的な男性だと断言できるだろう。

「何故　確かにオレが描いたものですが　オレは…　何よりケモノではない　尻尾もケモノの耳もはえていない。」
オレは酷い冗談だと　軽く受け答えし　行き場を失った両の手をコートのポケットに突っ込む。

その男性は　ふっと笑って…
「私はね　知っているのですよ　貴方の御母上を。
丁度　此の絵画に描かれたような妖しい眼差しを持ちながらも　永遠の無垢なる少女の魂。
その脆いアンバランスさが　とても美しかった。
此の絵画は　貴方の御母上に似ているが　御母上ではない　そう　まるで千年前の貴方のようだ。」
オレはあからさまに胡乱気な視線を　不躾に…　男はオレの視線に怯む事無く　視線を受け止め話を続ける。

「そう　千年前の信太の森　白く美しい狐　葛葉と幼い少年…
あの森で約束しましたよね　千年後迎えに来ると　連れて行ってあげると。」
その男は　神経質そうな筋張った手をオレの頭の上に置き　恰も子供にするように　オレの頭をゆっくりと撫でる。

「よく　言いつけを守り頑張りましたね。」

オレは…　堰を切ったかのように言葉が溢れ出てくる　子供の様に。
「ほんとに　ほんとに　約束通りに連れて行ってくれるの。」
オレは心の奥底の片隅に追いやっていた　果たされる事はないだろうと思っていた　いや　約束した事じたい忘れていた。

「本当ですよ　其の為に来たのですから　晴明。」
其の男は　ゆっくりとオレの手を握り　導く様に歩き出す。
「サンジェルマン　約束だね。」

そして　一枚の絵画から美しい妖狐が掻き消えるかのように　跡形もなく消え去り。
一時　解けないミステリーとしてネットを騒がす事となった。

　
　　

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　　　　　　　Re :

　ブザーが　しめやかに鳴り響き　仄かな明かりすら消え　闇が落ちてくる。
そして　幕が開く。

私は　フィルムで撮影した映像を　いまだに愛していた　デジタル映像が主流となった今でも。
一秒に二十四コマの魔術　フィルム映画の上映時間の半分は　闇を見ている計算になる。
私は　此の事実が愛おしい。
まるで　起きてみる夢　死に近いと。

私は　燃え滓の様にくすぶる情熱に揺り動かされ　小さな映像を撮り　骨の折れる編集を繰り返す。
デジタル映像では容易に加える事の出来る視覚効果も　随分と時間が掛り　費用が掛かり…
やれやれ　費用も編集時間も　全てにおいてデジタル映像に軍配が上がるだろう。
唯…　

おそらく　いや　私の最後の作品を公募へと出してみた。
今まで　乾いたシュールな笑いを追い求めていた　私が撮った　十五分三十秒のロードムービー。
マンハッタンをゆっくりと歩くだけの…
セントラルパークの桜の下で　手を伸ばし　世界は美しいと踊る少女。
木陰の下では　愛を囁く恋人たち。
冷たい身を切るような風に目を細め　人を人生を語る浮浪者。
夢の欠片たち…
此れが　私のこたえ　マッハッタンへの思い　私は唯　言いたかった　Take me with you.

さてと　桜が舞い散る季節ももうすぐだ。
久し振りに　あの店のあの席で　シチューを楽しみたくなった。

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