メメントモリ・ジャーニー メレ山メレ子

2016.2.5

12ガーナ棺桶紀行(1) 大きなお守り

 

 西アフリカ・ガーナで、自分のための特別な棺桶を作る。棺桶を部屋の真ん中に置いて、棺桶が目に入るたび、自分に残された日々のことを考える。その思いつき自体は、旅と死をテーマにしたこの連載「メメントモリ・ジャーニー」を始めた段階から、頭の中にあった。

 

 

 ガーナの装飾棺桶については、世界の奇妙な風習として定期的にネットやテレビで話題に上るので、知っている人も多いだろう。
 日本では簡素に葬られたいと望む人も増えているが、ガーナにおいては今も、お葬式はきわめて重要な社会的イベントだ。誰かが亡くなると、遺族はまず親族会議を開く。1〜2ヶ月にわたる準備期間をかけて(その間、故人の遺体は防腐処理を施され、病院の遺体保管庫に安置されている)、盛大な葬儀を行う。
 ガーナの首都・アクラに近いテシという漁師町には、ガという民族集団が住んでいる。そこには数軒の棺桶工房があり、遺族の注文によって、自由すぎる装飾棺桶が作られる。タバコや飛行機、魚や携帯電話、ライオンや映画の映写機を模った棺桶たち――そのモチーフは、故人の職業や好きだったものにちなんで決められる。漁師だったら、魚やエビの棺桶。農業を営んでいたら、カカオの実やキャッサバ。職人は金づち……といった具合だ。

 

撮影:ショコラさん

撮影:ショコラさん

 

 ガーナの装飾棺桶については、この連載の中でおいおい詳しく書いていくことになるだろう。しかし、いくら装飾棺桶の歴史やガーナの葬送儀礼について書いても、わたしがガーナの棺桶を欲しがる理由が分からなければ、これを読む人の混乱は深まるばかりに違いない。これから少し、その理由を説明させてもらおうと思う。
 と書いたが、別に理由など必要ないのかもしれない。装飾棺桶には、説明不要の強烈なインパクトがある。死という人生最後のイベントを飾るものなのに、それをあえて膝カックンさせるような厳粛さのない佇まい。素敵だ。しかも、それを作っている人たちはあくまで大真面目なのもいい。わたしは文化人類学の研究者でも美術コレクターでもないが、数年前から、いつかはガーナの装飾棺桶をこの目で見に行きたいと思っていた。
 西アフリカまで行くのに見るだけでは物足りない。自らオーダーして、自分のものにしてしまえばいいのか。しかし、どこに置いておくんだ。トランクルームを数十年も借りるなんて、愚の骨頂だ。せっかく手に入れるのだから、いつでも眺められる場所に置いておきたい。そうだ、ちょうどマンションを探しているのだから、棺桶を置くことを前提にした部屋にしたらいいではないか。アフリカのポップな棺桶が真ん中にある部屋なんて、想像するだけで愉快だ――妄想は、いつしか冗談では済まないくらい具体的になっていった。

【妄想その一】
 窓からの陽射しに、自然と目が覚める。セミダブルのベッドから起き上がると、明るいリビングに置かれた棺桶が目に入る。こんな気持ちのいい朝でも、刻一刻と死に近づいているのだ。残された日々を、せいぜい愉快かつ快適に過ごさなければ。よし、とうなずいて、颯爽とシャワーを浴びに行くわたし。この後、オンライン英会話と筋トレをこなしてから朝食をとって出社するのだ。
【妄想その二】
 古いマンションの一室を好きにリノベーションした部屋に、友人を招き入れる。リビングにお通しして、ソファに座らせる。「これがうわさの棺桶か~!」ソファの前に、ふだんはローテーブルとして鎮座している棺桶。その上に、お茶とお茶菓子を並べる。夜になるまで、楽しい話は尽きない。
【妄想その三】
 しめやかとは言いがたいお通夜。決して多人数ではないが、顔の知れた人たちが集まって、お寿司をつまみながら話している。「こんなに早く逝くなんてねえ」「でも、本人もそれで納得しているんじゃないですか」「これが例の棺桶か。バカだな」「よくアフリカまで行って、こんなもの作ってきたよね」「これだけ好き勝手やれたんだから、本人も満足してるよね」

 

 

 書いていて恥ずかしくて死にそうだが、つまりは旅に出たいという欲求と、新しい居場所となるべき部屋へのドリームに、ガーナの愉快な棺桶がアクロバティックに結びつき、棺桶を中心にした“理想の人生”の妄想が日に日に逞しく育っていったのだ。食虫植物のお花畑のような脳内世界で、棺桶はもはや嗜好品ではなく、必需品としての存在感を訴えはじめた(いや、必需品には違いないのかもしれないが……)。
 この妄想は、自分が日々感じている不安の裏返しでもある。自分との約束が守れず、先延ばし癖が抜けなくていつも人に迷惑をかけていること。心を許せる人が少ないこと、コミュニケーションへの不安。寂しさそのものよりも、寂しい人間だと人に思われるのが怖いという見栄。

 

 

 次の4月で33歳になる。これから先、何でもできると思えるほど若くはない。かといって何もしないには、残された年月はうんざりするほど長い。ちなみに、あまり関心はないが本厄でもある。
 消えてはまた浮かぶこの不安に立ち向かって自分の舵をとるために、手のこんだお守りが欲しかったのかもしれない。すごい存在感があって、それが目に入るたびに自分の理想と、そのために今すべきことを思い出させてくれるものだ。そういえばマンション購入にも、生活を整えるためのフックというお守り効果を感じている。マラソンに出るために、まず高いシューズやウェアを揃えて引っこみがつかない状態に自分を追いこむようなもの、と言えば分かってもらえるだろうか。
 過去の連載(http://www.akishobo.com/akichi/mereco/v7)で、旅以上のものを求めて旅に出るスピリチュアルな人たちをさんざん罵倒した。それなのに、より馬鹿げたお守りを欲しているのだからまったく笑えない——と自嘲しても「家と棺桶を手に入れたら、何かが変わるかも」という期待は膨らむばかり。妄想が先行して物欲が暴走し、脳内に花びらが舞い散るこの状態を、わたしは「人生がときめく物欲の魔法」と呼んでいる。
 お守りとは、ほどほどの対価――こみいった呪術を使うとか、高いお布施とか、格式のある遠方のお社に出向くとか――を払って手に入れることで、とりあえず今日起き上がる力を与えてくれるものだ。わたしが欲するこのお守りを手に入れるために必要なものを、まずは検討してみることにした。

 

 

 棺桶を制作注文して、さらにその工程を取材したいとなると、現地に詳しいコーディネーターが必要だ。2年ほど前、ガーナの看板美術をモチーフにした美術展を見に行ったときに紹介してもらった女性を思い出した。
 ここでは、彼女をショコラさん(@shokolalife)という愛称で呼ぶことにする。わたしと同い年で、青年海外協力隊(JICAボランティア)でガーナに長期滞在した経験があり、今は文化人類学とアフリカ現代美術を学ぶ大学院生でもある。ツイッターで連絡してみると、コーディネートを快諾してもらえた。
 また、亜紀書房の担当編集者の田中祥子さん(以下「サチコさん」)が「わたしも同行します!」と申し出てくれた。インドやチベット、中南米など、わたしよりよほど旅経験値が高い国をめぐっている彼女に来てもらえたら心強い。こうして、メレ子・ショコラ・サチコの女3人が、ガーナに渡ることになった。

 

 

 わたしとサチコさんの渡航時期は、12月19日~29日の十日間。あいだにガーナのクリスマス休暇もあり、棺桶制作には延べ2週間程度はかかるため、ショコラさんは12月上旬から1月上旬にかけて現地入りし、工房の選定や交渉・調整をしてもらう。
 メレ子・サチコは現地で途中の工程から完成までを取材し、帰国時に棺桶を別送品(つまり、大きなお土産)として税関に申告すれば、輸送費用を抑えられるだろう、という結論になった。
 費用といっても、そもそも全体でいくらかかるのか想像もつかない。7月に押さえた航空券は、エミレーツ航空のドバイ経由でひとり往復20万円くらい。ショコラさんは現地の知り合いの家に滞在できることになったが、わたしとサチコさんの泊まるホテルの宿泊費は、セキュリティを確保すると一泊ひとり8千円くらい。棺桶の制作費は工房にもよるが、数万~20万円くらいというところか。
 いちばん見当がつかないのが輸送費だ。航空会社の預け荷物にできないケースに備え、仮に100×100×200センチの木箱に入れて貨物便で日本に送った場合の見積もりを日系の貿易会社に依頼したところ、3,890ドル(約47万円)という回答に目をむいた。
 通関手続などを現地で人を雇ってやればかなり節約できそうだが、まずは棺桶を小さめに作るなり分解するなり、とにかく預け荷物にできるように工夫したい。「預け荷物にしよう」は、いつしか我々3人の合い言葉のようになり、滞在中、そして出国間際もわたしたちを悩ませ続けたのだった。

 

 

 出版社に負担してもらえる経費も一部あるが、日系旅行社を介してテシの棺桶工房に通うための専属ドライバーを雇うお金やショコラさんの旅費・謝礼なども合わせると、ざっくり100~140万円くらい必要だ、という計算になった。大体覚悟してはいたし、冬のボーナスを投げ打ってやらあ、という気持ちもあったが、いざソロバンを弾いてみるとスッと真顔になれる金額だ。
 知人に相談したところ、「それはもうクラウドファンディングしかない!」と言う。
「クラウドファンディングって、夢のある新製品を量産したいとか学校を作りたいとか、そういう公共性のあるやつなのでは……? 『自分の棺桶を作りたいからお金ください』とか言ってる人、見たことないんですけど……」
「そこはちゃんと、楽しくカンパしたいと思ってもらえるようなリターンを用意しようよ。連載をまとめた本を送るとか、本に載せきれなかった写真をアウトテイク・フォトブックにするとか。F1みたいに、棺桶に広告を入れたい酔狂な人向けの高額プランも用意しよう。メレ子の生前葬のお香典を集めるんだよ! クラウドで!」
「ク、クラウドお香典……?」
 リターンの設定やカード決済の導入に頭を悩ませ、お香典募集サイト(http://mmjtoghana.strikingly.com/)を立ち上げたのは、ガーナに行く2週間前というギリギリのタイミングだった。ツイッターを中心に宣伝すると、いろんな人たちが反応してくれて、最終的に120万円強のお香典が集まってしまった。個人的すぎるだけでなく、意味不明すぎて逆に応援したくなる企画だったこと、そしてやはり、装飾棺桶というオブジェクトの持つインパクトが良かったのかもしれない。

 

 

 応援していただいた皆さんには、本当に感謝しているし、募集して良かったと思っている。一方で、スマホで入金額を確認するたび、わたしは感謝の気持ちを感じる以前に人からこんなふざけたことでお金をいただいているのが恐ろしく、目がギンギンに冴えて眠れなくなった。
 ふと思い出したのは、小学生のときに観たテレビ番組だ。抽選で選ばれた一般人の望みを、テレビ局が叶えてくれるという番組で、「プリンの海で泳ぎたい」という少年が出てきた。巨大な仮設プールをしつらえ、近所の人を総動員してプリンを作らせるテレビ局。少年の顔は、だんだん曇っていった。
 海パンを履き、ゴーグルをつけて飛び込み台に上がった少年は、ついにプールに飛びこむことができず「皆さんがこんなに頑張って作ってくれたプリンを無駄にすることはできません」と言った。みんながなごやかにプリンを食べているところを映して、番組は終わった。
 今思えば、構成がやらしいなあ、という気がする。庭に置いたビニールプールならともかく、衆人環視の中であの巨大プリンに飛びこむのは常人の神経では無理だ。最後のプリンパーティは美しいが、前もって描かれた美しい絵である。
 おおいに話がそれた。少年とわたしの置かれた状況は、全然違う。むしろ、大人になっても「プリンの海」以上に言語道断なおねだりをしている自分の神経を疑うべきなのだ。
 しかし、「軽はずみに言い出したことが、何やら大変な騒ぎになった」という少年の焦りと、飛びこみ台に立って目の前に広がるプリンの海を眺めたときの、「圧倒的な申し訳なさ」についてだけは、ものすごく身にしみて分かるような気がする。

 

 

 いろんなことが重なってあまりに忙しく、ガーナの予習もほぼできないまま、12月に入りつつあった。「隣国のベナンやトーゴにもちょっとだけ行きたい。宝貝をびっしりと縫い取りした服を着て舞い踊るヴードゥー教の神格や、呪物を売るというマーケットを見てみたい。さらに欲を言えば、人を殺せるような強力な呪力を持った呪術人形も買いたい」などと言い出しておきながら、ビザを取りに行く暇もないわたしを見かねて、サチコさんが代わりに大使館に行ってくれた。
 ギニアでのエボラ出血熱の流行が終息に向かっていると聞いて安心したり、マラリア蚊に備えて強力そうな虫よけを買ったりもした。ガーナに入国する際には黄熱予防接種証明書(イエローカード)の提示が必要なので、ワクチンを11月に接種した。
 先にガーナ入りしたショコラさんから数日連絡がなく、心配していると「工房を下見してきました!」と写真が送られてきた。現地で世話してもらった部屋が荒れていて、住めるようになるまで時間がかかったり、停電が続いたりでてんやわんやだったという。やはりアフリカ、一筋縄ではいかないようだ。
 テシの町の棺桶工房を下見してきたショコラさんは、ふたつの工房を候補として挙げてくれた。まず、Nii(ニー)さんが経営する「ニー・ファンタスティック・スカルプチャー」。

 

Niiさんの工房(撮影:ショコラさん)

Niiさんの工房の作品その1(撮影:ショコラさん)

Niiさんの工房の作品その2(撮影:ショコラさん)

 

 想像を超える悪夢的な作品群は、確かな技術力を感じさせる。海外からの注文を多く受けていて、実際に人が入る棺桶タイプとは別に、装飾性の強いオブジェとしての棺桶も作れるという。最後には埋めてしまう棺桶より一段上の、展示にも堪える耐久性を持たせて制作しているそうだ。
 海外注文を多く受けているということは、欧米並みの納期管理にも応えられるということでもある。コーディネートする立場のショコラさんのメールからも、この工房をやや推したいという熱意が感じられる。気になるお値段は、2,500ドルだそうだ。

 

CDさんの工房

 

 対立候補は、CD(シーディー)さんの「カネ・クウェイ・コフィンズ」である。工房の手前に飾られたトラの棺桶の顔つきから、すでにゆるさが漂ってくる。「どちらかというと現地埋葬向けで、すぐ埋めてしまうため装飾や塗装が簡易」とあり、価格もぐっと下がって830ドルだ。
 工房の親父さんことCDさんは、実は初めて装飾棺桶を作った大工であるカネ・クウェイの息子でもある。しかし、すぐに電話片手にどこかに行ってしまうそうで、工房には若干の「アフリカ時間」が流れているようだ。日本への輸送や、その後も長い時間飾られる用途であること、何より帰国時にいっしょに持って帰りたいことを考えると、ショコラさんがNiiさんを推すのは当然である。

 

ガーナのアート・アライアンス・ギャラリーに展示されているパー・ジョーの棺桶その1

ガーナのアート・アライアンス・ギャラリーに展示されているパー・ジョーの棺桶その2

 

 ガーナの装飾棺桶で国際的に有名なのは、上記の二工房のどちらでもなく、カネ・クウェイの弟子のひとりだったパー・ジョーという名工の作品である。大阪の国立民族学博物館の装飾棺桶コレクションも、ガーナのアート・アライアンス・ギャラリーに置かれていた作品も、ほぼパー・ジョーの工房のものだ。それだけ頭ひとつ抜けたクオリティと、海外向けのネットワークを持っている。
 パー・ジョーの工房もぜひ訪ねてみたいと思っていたが、隣州のNsawan(ンサワン)という場所に移転してしまったとのことで、訪問は叶わなかった。ただ、腕がいいだけあって、彼の作品は5,000~8,000ドルという高額になるという。いっそ諦めのつきやすいお値段だ。ちなみに、パー・ジョーの作品はInstagramでも見ることができる(https://www.instagram.com/paajoecoffins/)。
 ちょうど「いきもにあ」のために京都にいたので、飲み会の席で友人たちに写真を見せて「やっぱりコレって、Niiさんの工房に頼むべきかな?」と訊いてみると「いや、これはCDさんだろう。CDさん一択だろう」という答えが返ってきた。
「上手な棺桶が欲しいなら、日本で注文すればいいでしょ。メレ子はオブジェを買いに行くんじゃなくて、自分が入る棺桶をわざわざガーナまで注文しに行くんだから、ガーナ人のローカルな感覚に近い工房のほうがいいじゃん。あと、Niiさんのところの棺桶はテカテカしすぎだし」
 テカテカについては注文次第ではないかと思ったが、言われてみればその通りだ。ショコラさんに「いろいろ不安かもしれないが、CDさんのところにお願いしてみたい」と伝えると「なるほど、よく分かりました! 実際に棺桶を作るのはCDさんの息子のアジェテイで、なかなかしっかりしている彼と仲良くなって、きちんと工程管理してもらいます。棺桶工房の裏には一家が住むコンパウンドがあり、アットホームな雰囲気です。きっとお気に召すと思います」と、頼もしい返事が返ってきた。

 

(撮影:ショコラさん)

 

 いよいよ日本を発つ直前「今、工房ではメレ子さんの注文された棺桶と、あとはキャッサバとカカオの実の棺桶を作ってます」と写真が送られてきたが、どれが自分の棺桶か分からないくらい似たり寄ったりな状況で、不安は募った。果たして、滞在中に棺桶は完成するのか。さらに、日本に無事に持ち帰れるのだろうか。
 次回は、悩みに悩んだ末に選んだ棺桶のモチーフについて語るとともに、想像以上にアットホームだった棺桶工房の風景についてお伝えしたい。

 

 

(第12回・了)

 

この連載は隔週でお届けします。
次回2016年2月18日(木)掲載