@kikutomatu 83歳の私が 敗戦した年齢は、旧制の女学校の1年生の時でした。12歳の子供には何にもできません。4歳上の姉は挺身隊で 学校工場で働かされてました。日の丸に神風と書いた、鉢巻をしてました。敗戦直後に復興に活躍をした人たちは、健在の方は少ないと思う!
現在七十歳の人は敗戦時生まれたばかり、八十才の人が十歳この人たちは敗戦の焼け野原から日本を復興させた世代ではありません。もっと上の世代、九十歳から上の世代が敗戦後の復興に尽くしたのです。高齢者=戦後日本の復興に尽くした人というのは三十年前なら当たっていました。今の高齢者ではない。
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@hiroloosaki こんばんわ。戦後復興に尽くした人は大かたなくなってますよね。にもかかわらず、高齢者といえば戦後の復興に尽くしたと決まり文句のようにいう癖のある人がいるんですよ。だから具体的に今七十歳の人はうまれたばかり、八十歳は十歳と指摘しておきました。98件のリツイート 58 いいね - その他の返信を表示
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@kikutomatu 私たちの世代の人たちは、敗戦直後なんて、何にもできない世代。 親の世代は大変だったと思う。親の世代も高度経済成長を見られて良かったです!見ないで亡くなった方々は気の毒でした。59件のリツイート 38 いいね - その他の返信を表示
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@kikutomatu 昭和2年生まれの祖母は学徒動員先の川崎で空襲から逃げ回っていたとか、大正15年生まれの祖父が某国鉄駅で機銃掃射の流れ弾を食らったりという話を聞く辺り、仰っていることは当たっていると思います。彼らは超高齢者という区分になるのでしょうか。3件のリツイート 1 いいね -
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ツイートありがとうございます。今の80歳近辺の1歳違い当時田舎住みか都会住みかによって生活も精神状態も違うと聞いてます。都会住みは空襲から逃れる為に疎開し捨てられた様な思いで、戦後家に戻っても食べ物はない。90歳以上は戦争に行ってる一歳違いでも大分違うと
@kikutomatu3件のリツイート 5 いいね -
@cccalcifer そうなんですよね。兵役に召集されるされない、一歳ちがいだったり。都会の子空襲に遭うやら、疎開しなければならなかったり、みな物のない生活をしいられたものです。0件のリツイート 0 いいね -
@kikutomatu ミゾイさん、ツイートして下さって感謝しております。今の若い人(私も含め?多分娘さんくらいの年齢ですが)達に当時の真実を伝えて頂ける事は何より大事な事と思います。居住地年齢によって結構雲泥の差のように父母が言うので戦争の苦労にしても内実違うのでしょうね1件のリツイート 3 いいね -
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@kikutomatu 母は小学生で弟を連れ疎開し辛かったらしい。終戦後も都会は食糧がなかった。一方母より1歳下の田舎で育った義母は食糧もあったし戦争の影響はなかったらしい。父母はしょっちゅう戦争で苦労した話をしていましたが夫は両親からそのような話聞いた事がないと言ってます。0件のリツイート 0 いいね
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@kikutomatu 戦争を担った、担わされた世代の人は、口をつぐむ人が多かったように感じます。おそらく、自分達にも非があるとどこかで罪悪感をもっていたのではないかなと感じます。洗脳のように国民性を叩き込まれて、一度に捨てろと言われて、こんな矛盾はありませんよね。5件のリツイート 15 いいね -
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@kikutomatu 戦後の復興期は1954年ぐらいまでを指すそうですけれども。 私の祖父はシベリア抑留の経験者、生活保護を受けている大伯母は91歳です。 祖母でさえ88歳。 高齢者には厳しい社会です。「年を取ったら早く死んでくれということか」と溜息を吐いています。2件のリツイート 1 いいね -
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@kikutomatu 終戦の年に生まれた人が70歳、高齢者とお呼びするには申し訳ないほど若い方も多い。日本全体が戦時中の記憶を失いつつあるということですね。亡くなった祖父母にもっと話を聞いておきたかったと強く思います。3件のリツイート 2 いいね -
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