動画の進化の大きな意味
加藤 前回までのお話で、東さんがゲンロンという会社で何を目指しているのか、どんな体制でどんなビジネスを行っているのかがよくわかりました。
ゲンロンがたどり着いたのは、批評誌『ゲンロン』というメディアを通じて考えをつたえ、賛同するひとをトークイベントやスクールなどを通じてコミュニティ化して、その体験そのものをビジネスにしているわけですね。これはやはり、メディアの未来形だなと思いました。
東 ありがとうございます。
加藤 で、おもしろいなと思うのが、ゲンロンカフェの講義とスクールでのワークショップです。そして、それをすくいあげるメディアがある。この仕組みって、大学に似ていますよね。
東 そうなんですよ(笑)。結局、そういう形になるんですね。
加藤 東さんは、大学のような強固なムラ社会が肌に合わないとおっしゃっていました。そして、自らの手で会社を立ち上げ、様々な事業を作った。その形が、大学という古くからある堅牢なビジネスモデルと同じような仕組みに洗練されてきたのは、おもしろいなと思います。やっぱり昔からある仕組みって、必然性があるんですかね。
東 そうだと思います。ぼくらのほうも、創業から5年経って、批評誌の定期刊行ができるようになったのと、スクールが小説・批評・アートという3つのジャンルがそろったということで、ようやく最初に想像していた体制ができてきたました。「新しい知のプラットフォーム」の形ができてきたかもしれません。
加藤 3年間は批評誌『ゲンロン』を出し続けるということですが、今後、大きく伸ばしていくとしたら、どの部門だと思いますか?
東 動画の販売の方は拡張していきたいですね。そのためには中継の画質をもっと上げるとか、照明やカメラワークもきっちりやって、商品としての精度を高めていきたい。あと、今度AmebaFRESH! という動画配信サービスが始まるんですが、そこでもチャンネルを持つ予定です。
加藤 なるほど。
東 あと、これはちょっと夢みたいな話なんですけど、今後僕がやっている事業の意味が大きく変わってくる可能性があると思うんです。
加藤 おお、くわしく教えてもらえますか?
東 今、YouTubeって、画面の下に字幕を出せるようになっているんですよね。
加藤 なってますね。英語の精度はかなりすごいですよね。
東 あれが日本語で不足なくできるようになったら大きいですよ。
東 動画の中の発言検索ができるようになるということです。たとえば、宮台真司さんが「安保」って言ったのは、どの動画のどの部分かが検索できるようになる。そうなったとき、動画が持つ意味はまったく変わるはずです。
加藤 たしかに! 動画が流れていくだけのフローの情報ではなく、ランダムアクセスができるストック情報になるのか。
東 そうなんですよ。しゃべるだけで下にリアルタイムでテキストが出て、そのテキストをデータとして吐き出せるのであれば、これは大変なことです。
加藤 トークイベントの内容をまとめてパッと読めるようになったら、出版の意味合いもまったく変わってしまいそうですね。
東 そうです! 今、動画が活字に対し負けている部分って、検索できないという部分だけなんです。でも、今後は多かれ少なかれ検索できるようになる。うかつにしゃべることが怖くなる部分もあるでしょうけど、同時にすごく影響力を持つものになってくる。
加藤 うーむ、なるほど……。動画の文字起こしが自動的にできたら、出版という行為の価値が激減する可能性すらありますね
東 あります。でも、逆に有能なインタビュアーの価値は上がるでしょうね。ライブでおもしろい話を聞きだすことができる、それが最大の価値になるでしょう。カットや編集とか関係なく、相手からリアルタイムで反応を引き出すことができる技術を持っている人が勝つと思いますね。
加藤 そうか、これまでの出版とか報道では、人がしゃべったことを定着させる方法がそれしかなかったから、テープを起こしてテキストにまとめていたわけですよね。それが自動的にできるようになると、そういう行為の価値が相対的に低くなります。
東 1時間のインタビューって実は情報量がかなり多いんですよ。それを新聞や雑誌、テレビなどはすごく圧縮しているんですよね。圧縮する技術が編集の技術ということになっているんだけど、ユーザーが大きな情報をかんたんに扱えるようになったら、圧縮前の動画を選ぶ可能性が高くなる。あと、そうなると、インタビューが嫌いな人もインタビューを受けるようになるんじゃないかな。
加藤 勝手に編集される心配がなくなるからですか?
東 それもありますが、動画は情報量が多いから、ニュアンスも込みで伝えられるんですよ。たとえば、1時間話した内容がそのまま公開されれば、ちょっと不用意な発言でも人間は誤解しないわけですよね。
加藤 失言で有名な政治家が、むしろ人気が出て、どんどんインタビューを受けるようになるかもしれないのか(笑)。
東 ありえます。検索性や保存性を兼ね備えている動画インタビューは今後伸びると思いますよ。
これから絶対に「翻訳」が来る
東 字幕といえば、自動翻訳の技術もさらに進むでしょう。一度、人工知能の専門家の方も呼んでお話を聞いたのですが、ディープラーニングというのは革命的な技術で、自動翻訳の精度は飛躍的に上がるだろうと予測されています。
加藤 10年後にはだいたいできてしまいそうですよね。
東 時期は予測できませんが、もう時間の問題でしょう。それは、さっきの動画の字幕の話とあいまって、僕のやっている事業を変えるきっかけになると思います。
加藤 おお。ゲンロンの事業がワールドワイドに認知されるのか。
東 はい。ゲンロンカフェで話されていることには、外国の人は知らないけど、重要なことが多くあります。政治的にもね。だから飜訳されればインパクトを持つと思います。たとえば、小林よしのりさんと宮台真司さんがしゃべっている動画に、リアルタイムで英語や韓国語の字幕がつくようになる技術が生まれれば、トークイベントの意味が大きく変わるはずです。影響の範囲もまったく変わるでしょう。それが有料だったとしても導入する価値はある。
加藤 なるほどなあ。そこまで考えてらっしゃるんですね。すごい。
東 人間はまず「話す」動物ですよ。でも耳が聞こえないひとの問題とか外国語の問題とかがあった。でも、いま自動字幕や自動翻訳は「話す」ことの限界を拡張しつつある。トークイベントって、みんなもっとやったらいいと思うんですけどね。
加藤 動画のストックという意味だけではなく、集客もキャスティングもカメラワークも、ノウハウが蓄積できますよね。たしかに、それは先にやった人が有利だ。
東 その点だけは僕にも先行者利益があるはずだと思っているんですよね。
加藤 いやあ、たしかに。
東 でも、この動画の字幕の話って、いろいろなところで言っているんだけど、みんなあんまりピンとこないみたいなんですよね。
加藤 え、そうなんですか?
東 僕はすっごく重要な話だと思っているんですけど、気の抜けたリアクションばかりで(笑)。でも、僕は自分の直感に従うことにしました。
加藤 直感に従う、ですか。
東 僕、90年代の終わりくらいに、Googleがあれば大学なんていらないし、将来はみんな自動翻訳になるんだから、日本語だけで個人で活動してもグロ−バルにいけるだろうと思っていたんですよ。これからはネットの時代が来るからと。実際、地味にHTMLでホームページをつくったりもしていました。
加藤 何周か早かったですね(笑)。
東 その原初の心に戻るというのが、今やっていることなんです。
加藤 たしかに。
東 よく覚えているんだけど、90年代の末にテレビのニュース番組に出たことがあって。「2000年代のキーワードってなんですか?」と聞かれたんです。そのとき「絶対『検索』です」って答えたんですけど、キャスターもコメンテーターも、「検索? ヤフーですか?」みたいな感じで、ぜんぜんわかってくれなかった(笑)。学者も誰もわかってくれなかった。
今思えば、あのとき自分の直感に従っておけば、もっといろいろなことができたはずだと悔しくてしかたない。まわりのわかってくれない人たちに話を合わせてしまったんですね。
加藤 ええ。
東 だから、僕は、もうこれからは、絶対に文系の大学は凋落するし、絶対に自動翻訳の時代が来るはずだと信じて、勝手に仕事することにしたんです。あと、これは余談なんですけど、ツイッターにもすでに自動翻訳があるんですよ。
加藤 へぇ、それは知らなかったです。
東 先日、パリでテロがあったとき、ドイツやロシアのニュースサイトを見たかったから、それまでまったく使ってなかったツイッターの自動翻訳を使ったんですよ。ツイッターの初期設定を英語にして自動翻訳を使ったら、ものすごく翻訳がよくできている。ニュースの見出しぐらいなら完璧な英語になっていますよ。
加藤 そうなんだ! 知りませんでした。
東 うん、僕も知らなかった。だから、ヨーロッパのメディアも、英語さえ読めればチェックできちゃうんですよね。なるほど、ここまで来てるのかって。
加藤 たしかに、日本語の翻訳ももっとちゃんとできるようになると、世界が変わりそうです。
東 そう、それは間違いない。多くの人はそれに気がついていないだけなんです。
加藤 僕は動画に対しては今ひとつ乗りきれなかったんですよね。つくるのもたいへんだし、あと、見るのに時間がかかるから。でも、今の話を聞いて俄然やりたくなりました。
東 これからは、動画と文字の境界がなくなるんですよ。あ、この「動画と文字の境界がなくなる」って、なかなかいい言葉じゃないですか?(笑) これは300ブックマークの予感! なんて(笑)。
加藤 ほんとにその話、いいですねえ。すごい発見だなあ。
東 ですよね。
加藤 今日は、事業の中身の詳細なお話や、非常に興味深いお話の数々、ありがとうございました。
東 はーい、ありがとうございました!
東浩紀(あずま・ひろき)
一九七一年東京都生まれ。作家・評論家。ゲンロン代表取締役。二〇〇九年、小説『クォンタム・ファミリーズ』で第二三回三島由紀夫賞を受賞。最新刊は『一般意志2.0』。近刊に文芸評論『セカイからもっと近くに』『弱いつながり 検索ワードを探す旅』。東京五反田で「ゲンロンカフェ」を営業中。
構成:大山くまお
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cakes1周年を記念して行ったインタビューはこちら。次回を待ちきれない方は、併せておたのしみください。