京都は着倒れ、大阪は食い倒れ――。加えて「奈良は寝倒れ」と聞いた。京都人は着物に、大阪では飲食にお金を掛けるのに対し、奈良の人は寝てばかりいて身上を潰してしまうという意味らしい。ネガティブな意味に聞こえるが、実態はどうなのだろうか?
近鉄奈良駅すぐの東向(ひがしむき)商店街。3連休を控えた金曜日の午後8時すぎ、人影はまばらだ。アーケードに観光客はおらず、カウントしたところ、通りに面した約60店のうち土産物屋やそば店など40店ほどが既に閉店していた。
店じまい中の漬物店の男性店員(70)に「寝倒れ」について聞いてみると「健康にええんちゃう」と笑って返された。いわく、「寺社見学は夕方で終わるし、奈良でしか食べられないものも少ないから夜は客がいない」。中華料理店の店主(74)は「飲み屋はほとんどなく、店を開けていても人件費がかかるだけ」とシャッターを下ろしていた。
ホテルの女性スタッフは、「宿泊客から『奈良は夜が早いね』と“苦情”を聞く」と苦笑。確かに終電も早い。平日、近鉄奈良駅発大阪難波行き直通電車は午後11時6分で終了。逆方向より30分以上早い。
夕暮れとともにまちも人も寝静まる――。中心街を歩いてイメージ通りの「寝倒れ」だと思いきや、興福寺(奈良市)の多川良俊執事長(49)が「もともとは寝倒れに『寝てばかり』と冷やかす意味はなかった」と教えてくれた。
言葉の起源には、昔から神聖視されていた奈良公園の鹿が関係するという。江戸時代、道ばたなどの鹿の死骸を住民らが処理することは許されず、興福寺に依頼する必要があった。費用はその敷地の住民持ち。自宅前などで死骸を見つけた住民は隣の家の前に移動させ、一番寝坊した人が割を食う。寝ていると費用がかさむことを「寝倒れ」と言ったという言い伝えだ。
興福寺には費用の記録「寺社町死鹿清料控」が残る。額は三文だったこともあるようで「『早起きは三文の徳』はここから、ともいわれる」(多川さん)。
では、いつから「寝てばかり」となったのか。奈良県立図書情報館の佐藤明俊さん(48)によると、県民性がブームとなった2000年ごろから現在の意味となったようだが「文献からははっきりしない」。住居にお金を掛けるという意味で「建て倒れ」という言葉もあるようだ。
実際、中心街の夜が早いからといって、早く寝るわけではないのかも。11年の総務省の調査によると、奈良県の平均睡眠時間は神奈川に次いで2番目に短い。特に県北西部はベッドタウンで、深夜営業の大型スーパーは珍しくない。
関係者はイメージの払拭に躍起だ。奈良県観光局は2年前、夜に飲食を楽しめる店を紹介したパンフレットを作成、駅やホテルで無料配布する。観光振興も数年前から力が入り、1月末には平城宮跡で「古都らしさ」をアピールする「大立山まつり」が新たに開催される予定。外国人観光客向けの「奈良県猿沢イン」は昨夏オープン、営業時間は午後9時までと長い。
一方で「商売っ気がないので、強引な接客に戸惑うこともないのでは」と猿沢インの橋口洋尚さん。「ゆったり流れる時間こそが奈良の魅力」と話す人も多かった。夕暮れとともに冷え込んできた旧市街地、ならまちを歩いていると、「静けさこそが古都情緒ではないか」とも思えてきた。
(大阪社会部 川崎航、大西康平)
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