あの「ズッコケ三人組」がついに完結! 作者の那須正幹さんに聞く“中年のリアル”

誰もが一度は読んだことがあるのではないだろうか。大人気の児童書、「ズッコケ三人組シリーズ」。あのハチベエ、モーちゃん、ハカセの物語が、40年もの歴史に幕を閉じた。

第1作目『それいけズッコケ三人組』の刊行は1978年だった。そこから2004年までに毎年2冊のペースで書き続け、子ども時代の3人を描いた本編はなんと50作品に上る。さらには2005年から続編として40歳になった主人公たちを描く『ズッコケ中年三人組』が始まり、そして2015年12月にシリーズ全体の完結作として『ズッコケ熟年三人組』が刊行された。

気づけばハチベエら主人公たちの年齢は50歳を迎え、だんだんと重みを増すストーリーは、同じスピードで成長する読者にも刺さっていった。おそらく最も読まれた児童文学作家であろう那須正幹先生に、ズッコケ秘話を伺った。

ズッコケ三人組作者の那須正幹先生

ズッコケ三人組作者の那須正幹先生

ズッコケ三人組とのお別れ、まだ実感わかない

「感慨深いでしょう?って言われるけど、全然そんなことないのよ」

那須正幹先生は笑って話した。「やれやれって感じかなぁ」というのが率直な気持ちだそうだ。中年シリーズは毎年夏に執筆を始めていた。いまは実感がわかないと言うが、その時期になったら「寂しくなるかもわからないね」とつぶやいた。

ズッコケほど長く愛されてきた児童書はないだろう。下は20代から上は50代まで、誰もが通ってきた道だ。ズッコケが人生を変えることもある。たとえば『うわさのズッコケ株式会社』を読んた子どもが、のちに大人になってベンチャー企業を立ち上げたと連絡してきたこともあったそうだ。

うわさのズッコケ株式会社 のAmazonの書評をみると、「一番、面白い」「シリーズ中傑作の1つ」といった内容を評価するレビューに混じり、「本当に株式会社の社長になってしまいました」という感動エピソードもある。

うわさのズッコケ株式会社 のAmazonの書評をみると、「一番、面白い」「シリーズ中傑作の1つ」といった内容を評価するレビューに混じり、「本当に株式会社の社長になってしまいました」という感動エピソードもある。

「皆さん、立派な大人になっちゃって、こっちもそのぶん年をとったよね」。そう語る那須先生はとても嬉しそうだ。小さい読者の成長をなによりも楽しみにしてきた。

「やっぱり読んでくれる子どもも最初は3人組をお兄ちゃんとして見ていたのが、いずれ同じ年になって、今度は自分のほうが兄になる。高校入試なんかで一時離れたのが、大人になった時にもう一回読み返してみると、昔のままの3人がいる」

主人公の3人が24年間ずっと6年生のままだったのはそういう思いがあったから。まさに同じような道をたどってきた読者もいるだろう。

手塚治虫から学んだ「読者とのキャッチボール」

いったい、なぜズッコケはそこまで愛されてきたのだろうか。那須先生はこう分析する。

「とにかくハチベエ、ハカセ、モーちゃんの主人公3人かな。今風に言うと“キャラが立つ”というか、かなりオーバーにそれぞれの個性を強調して書いていたこと。それと、お説教がないのもよかったね(笑) あまりお説教しない内容だし、彼らは年がら年中遊んでいる」

読者との関係がとても親密だったことも作品に良い影響を与えた。那須先生はファンレターには必ず目を通すという。小学生から「児童会の話を書いてください」というリクエストがあったときには、『花のズッコケ児童会長』を書いて応えた。

「ファンとのキャッチボールみたいなことをずっとやっていたね。もちろん僕がまったく興味のない、たとえばゲームの話を書いてくれとか、サッカーの話を書いてくれっていう声はシャットアウトしてたけど(笑)」

仕事場には読者から贈られたというズッコケ三人組の人形が飾られている。

仕事場には読者から贈られたというズッコケ三人組の人形が飾られている。

読者を大事にする姿勢は、あの手塚治虫氏から学んだそうだ。小学生のときに「弟子にしてください」とファンレターを書いたところ、手塚氏本人から丁寧な返事がきたという。その当時のことを昨日のことのように振り返る。

「義務教育だけは受けなさい。あとはデッサンの勉強はしておいたほうがいい、一般教養も身につけたほうがいいっていうアドバイスをもらいました。それがあったので僕も読者からのファンレターには必ず返事を書くことにして、いまだに書いてる。やっぱり子ども時代に手塚先生から返事をもらってすごく嬉しかった」

2ちゃんねるには降臨しなかった

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「Twitterやる暇があったら原稿書けばいいのに」と笑顔で語る那須先生

最近では読者の声にネットで触れる機会もある。たとえば「2ちゃんねる」だ。

「息子が教えてくれて読んでましたよ。『他の作家はみんな呼び捨てなのに、お父さんだけは“さん”が付いてる』って言われて(笑)。時々こちらのミスを指摘している書き込みもあって、あれは役に立ったね」

だが結局、スレッドへの“降臨”はしなかったそうだ。「だって書き込み方がわからないし、勝手におやりっていう感じもあるよね(笑)無責任にああだこうだって書いて、それが面白いんだろうから。作者が出て行くのは無粋じゃないの」。読者のことを考えて自制したのだ。

ブログやTwitterはやらないのだろうか。聞いてみたところ、「やらないよ、あんな面倒くさいの」と一蹴。「一時期は流行って、児童文学の作家もやってたけどね。毎日書き込まないといけないのによくやるなと思って。その暇があったら原稿書けばいいのにね(笑) あれをやったからって本が売れたりはしないよね」

完結編は広島の土砂災害がテーマ

那須先生がズッコケシリーズを執筆するにあたって、大事にしていたのが資料調べや取材の時間だ。「書き始めてからは早いです。筆を起こしてから書き上げるまではだいたい2ヶ月くらい。その前の調べものと取材で時間を取りますね」。

子ども時代を書いた作品に比べ、最近の中年以降のシリーズ作品は、よりリアリティーも求められる。

「子ども時代の作品だと、『うわさのズッコケ株式会社』を書く時に商法の本を5、6冊読んだり、『ズッコケ財宝調査隊』は北京原人の骨が見つかる話だから、歴史の資料を読んだくらい。中年はリアルタイムというか、今の時代を書いてるから、資料も全然違う。例えばハチベエが裁判員になる時には、裁判所に通ったりしたね」

今回刊行された完結編『ズッコケ熟年三人組』は、2014年に起きた広島の土砂災害をテーマに扱った。中年シリーズ以降のなかでもひときわ重く、リアルな内容となった。

子ども時代の三人組でストップしている人は、この表紙に面食らうかもしれない。あのハチベエたちが50代に突入したのだ。

子ども時代の三人組でストップしている人は、この表紙に面食らうかもしれない。あのハチベエたちが50代に突入したのだ。

実際に土砂災害を取材した記者3人くらいに話を聞きに行き、災害の現場にも足を運んだ。この話題を取り上げた理由はの1つは生まれ故郷だったこと。そしてもう1つは、東日本大震災後の福島で津波の現場を見たり、除染作業が終わっていない学校で子どもたちと話をした経験からだった。

「そこで強く感じたのは、災害は日本では必ず起こる。だから、どんな災害でもそれに負けずに頑張ってほしいということ。執筆中には茨城県で洪水が起こったりしたから、やはり1回は書いておいたほうがいいなっていう気持ちがあった」と振り返る。

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「ちょっと雰囲気が重くなるけど、しょうがないよね。子どもの時には自由だからすぐに3人でバッと飛び出せるけど、みんな家庭を持った。『僕は今回仕事があるから……』っていうことも出てくるし。そういう意味では、中年シリーズはファンタジーを一切書かなかったんですよ。子ども版ではタイムスリップした話とか、幽霊に出会ったりするような不思議な物語も随分あるけど。最近の11巻では一切そういう話は使わなかったね」

そこは読者から賛否両論あったという。

「3人はもっと、特にハチベエはどこかの社長になってるんじゃないかとか、最初の頃は『がっかりした、夢がない』っていう声もあったけどね。だけど、あの3人はそんなに晴々しい大活躍するような人じゃないよ(笑)」

中年三人組、熟年三人組は非常にリアルだ。それぞれの日常から屈託のなさは消え、ほんの少し苦労も見える。だが、作者としては「分相応の役割を与えたつもり」と話す。

「そういう意味では読者にはたいへん申し訳ないけど。だからといってあの3人は世の中を拗ねて見たりはしないし、いざとなったら助け合う。そういう意味では子ども時代と全然変わっていないんです。派手さはないけど、だんだんと自分の生活に引き寄せながら読んでくださる読者が増えてきたっていう感じはしました」

え、趣味は筋トレ!? 目標はシュワちゃん

現在73歳の那須先生、作品をつくり続けるために健康面で気をつけていることはあるのだろうか。

「毎朝、1時間ちょっと山登りをしているよ。まあ標高166メートルの小さな山だから山登りとも言えないんだけどね。やっぱり足腰は年をとったら一番弱るから。あとは、これはあまり言いたくないんだけど、筋肉トレーニングもしています」

そのトレーニング内容がなかなかハードなものだった。

「ぶら下がり健康器を使って、夕方に懸垂を順手で5回、逆手で5回。それとエクスパンダー、バネを2本にして10回やっています。あれは5本は絶対できないね。最後は腕立て伏せを20回。これで1セット」

胸筋を中心に鍛えられているようだ。作家の仕事はタイピングが命。握力のほうはどうだろうか。

「握力の強さは仕事に関係ないと思うね。年寄りの冷や水っていう言葉があるからあまり人には言いたくないけど、シュワルツェネッガーみたいになりたいなと思ってる(笑) お風呂に入る時にこっそり鏡を見てますよ」

とてもスリムで姿勢のいい那須先生。細身のデニムをさらっと着こなしていた。後編では、物語の中よりもさらに過酷な現実を生きるズッコケ世代のみなさんにエールを送ってもらった。

とてもスリムで姿勢のいい那須先生。細身のデニムをさらっと着こなしていた。後編では、物語の中よりもさらに過酷な現実を生きるズッコケ世代のみなさんにエールを送ってもらった。