福島第一原発原子炉から地上に降り注いだ放射性微粒子の正体を解明

プレスリリース 2016/02/03

小暮 敏博(地球惑星科学専攻 准教授)

山口 紀子(農業環境技術研究所 土壌環境研究領域 主任研究員)

発表のポイント

  • 福島第一原発事故で原子炉から放出された放射性微粒子を地上で特定することに成功し、その正体が珪酸塩ガラスであることを明らかにした。
  • 放射性微粒子の内部構造を観察し、珪酸塩ガラスから放射性セシウムが溶出した可能性を示す痕跡を見出した。
  • 福島を中心とする地域における放射能汚染の新しい形態を示し、今後の環境中での放射能の動態について有益な知見を与えるものである。

発表概要

福島第一原発事故によってもたらされた福島およびその周辺における放射能汚染は今日でも大きな社会問題である。原発から放出された放射性セシウムの主体はガス化した状態であったと考えられるが、破壊した原子炉の内部から飛来したと考えられる数ミクロン以下の微粒子にも含まれることが、最近の研究でわかってきた。しかしこれまでの報告では、このような“放射性微粒子”は大気中でのみ捕集され、またその主成分や内部構造などはあまり明らかにされていなかった。今回発表者らの研究グループは、この原子炉から直接飛来した放射性微粒子を地上で採取・特定することに成功するとともに、その物質を電子顕微鏡で詳細に解析した。その結果、この放射性微粒子の主体は窓ガラスなどと同じ珪酸塩ガラスでできており、そこに放射性セシウムが不均一に含まれたものであることが明らかとなった。さらにある微粒子には長期間野外で存在することにより、放射性セシウムが珪酸塩ガラスから溶出した可能性を示す痕跡も見られた。これらの知見から、地上に降り注いだこの放射性微粒子、そしてそこに含まれる放射性セシウムの今後の環境中での動態を推定することが可能となり、今後の放射能汚染問題の解決に寄与するものである。

発表内容

東日本大震災によって引き起こされた2011年3月の福島第一原発事故は、周辺の土地に高濃度の放射能汚染をもたらし、その対策は4年半が経った現在でも日本の最も大きな社会問題のひとつとなっている。この強い放射能あるいは空間放射線量の主体は原子炉内の核分裂によって生成し、原子炉から放出した137Csや134Csの放射性セシウムである。これら放射性セシウムの主体はガス化した状態であったと考えられるが、破壊した原子炉の内部から飛来したと考えられる数ミクロン以下の微粒子にも含まれることが、最近の研究でわかってきた。しかしこれまでの報告では、このような“放射性微粒子”は事故直後に大気中から捕集されたものであり、地上では見つけられていなかった。またその主成分や構造などが明確でなかったために放射性微粒子の原子炉内での成因や野外での長期安定性、住民や生態系への影響などについては研究が進んでいなかった。東京大学大学院理学系研究科の小暮敏博准教授と国立研究開発法人農業環境技術研究所の山口紀子主任研究員らの研究グループは、国立研究開発法人物質・材料研究機構、気象庁気象研究所との共同研究によって、IPオートラジオグラフィー(注1)等を用いた微粒子採取法を開発することで、福島県の森林等から大気中に含まれていたものと同様な放射性微粒子の採取に成功し、さまざまな電子顕微鏡解析技術を駆使することで、その主成分や内部構造を初めて明らかにした。

実験は事故後に福島で採取された杉の葉などをイメージングプレート(IP)と呼ばれる放射線記録媒体の上に置いてIPを感光させた放射性微粒子の大まかな位置を特定し、さらに電子顕微鏡内で直径が数ミクロン以下という非常に小さな微粒子を形態観察とX線組成分析により見つけ出した。次にこの微粒子を集束イオンビーム加工(注2)と呼ばれる手法によって切断・薄片化し、より高解像度の透過電子顕微鏡によって微粒子内の構造を調べた(図a,b)この透過電子顕微鏡での観察、分析から、放射性微粒子の主体は自動車や建築の窓などに使われる珪酸塩ガラス(注3)と本質的に同じものであり、二酸化珪素のガラス中に鉄、亜鉛、スズ、カリウム、ルビジウム、セシウム、塩素などが溶け込んだものであることがわかった(図c, d)。この中で特にセシウムは、球形の微粒子の中心よりも表面付近の方が高濃度となっていることがわかった。また、ガラスの中に硫化物等の超微粒子の存在が確認できるものもあった。さらにひとつの微粒子では、セシウム、カリウム、ルビジウムなどのアルカリ成分が、微粒子の表面付近で少なくなっていることが確認できた(図e, f)

(a) 放射性微粒子(灰色の部分)の断面からの透過電子顕微鏡像。(b)微粒子からの電子回折(注4)。(c, d) 微粒子の組成を示すX線スペクトル。(e, f) もうひとつの放射性微粒子からの透過電子顕微鏡像と電子回折。粒子の表面近傍にコントラストが薄い部分が観察され、この部分ではセシウム等のアルカリ成分がガラスから溶出していた。

今後、本研究グループでは、より多くの試料を調べることで、この放射性微粒子の原子炉内での成因の解明を諸機関と共同で行うとともに、採取した微粒子の耐候性試験等を行うことにより、微粒子あるいはそこに含まれる放射能の今後の環境中での動態を明らかにする予定でいる。今回の研究成果は、福島及びその周辺の放射能汚染の新たな形態を明らかにしたものであり、これをもとに国内外の多くの専門家によるこの放射性微粒子の研究が進展すると期待される。

発表雑誌

雑誌名 Scientific Reports(2月3日オンライン)
論文タイトル Internal structure of cesium-bearing radioactive microparticles released from Fukushima nuclear power plant
著者 Noriko Yamaguchi, Masanori Mitome, Kotone Akiyama-Hasegawa, Maki Asano, Kouji Adachi and Toshihiro Kogure
DOI番号 10.1038/srep20548
要約URL

用語解説

注1 IPオートラジオグラフィー

放射線(X線、電子線、ガンマ線など)の照射によって感光する記録媒体を使って放射性物質に分布を調べる手法をオートラジオグラフィーと呼ぶ。従来は記録媒体として銀塩フィルムなどが使われていたが、デジタル化が容易で検出感度や定量性がいいイメージングプレート(略語がIP)を使うときは、IPオートラジオグラフィーと呼ぶ。

注2 集束イオンビーム加工

イオン化したガリウムイオンを電子レンズで集束し、その方向を制御することで、試料中の数ミクロンという微小な領域の切断、掘削などができる装置や手法のこと。

注3 珪酸塩ガラス

二酸化珪素を主成分とした酸化物ガラスのことで、ランダムに繋がったSiO4四面体が構造の主体となっている。自然界ではマグマが急冷した溶岩などとして見られる。一方珪酸塩ガラスは最も一般的なガラスであり、自動車や建築の窓材として大量に生産、利用されている。この場合は透明にするため、鉄などの成分は極力抑えられている。

注4 電子回折

物質中に電子を入射させ、電子が散乱される様子から物質中の原子配列の情報を得る実験手法であり、通常は電子顕微鏡を用いて行われる。今回はこの手法により微粒子がガラスであると結論された。

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