日中関係にようやく改善の兆しが見られます。政治の風向きが双方の国民感情を傷つけました。自分の目で等身大の相手を見つめる年にしたいものです。
上海で昨年末、心温まる言葉を耳にしました。東日本大震災の原発事故による風評被害に苦しむ人たちを応援するイベントです。
会場を訪れたのは若者が大半でした。「望まぬ暮らしをしている人が早く家に戻れますように。故郷こそ真の家です」「悪い風評に惑わされず、自分で東日本を旅して復興を応援したい」
こうした声は、本紙の取材に答えてくれた二十代の中国人男女の声援エールのほんの一部です。
◆恐る恐るの一歩
宮城、福島など東日本八県の関係者が安全性を訴え、地元特産品や観光名所をPRしました。中国政府は放射能汚染への恐れから、東日本十都県からの食品や農産品の輸入停止を続けています。
そうした中、若者たちが自分の目で震災後の日本を見つめ、被災地の人たちに寄り添い手を差し伸べようとする姿勢に、日中関係で久しぶりに心強さを感じました。
日本政府による沖縄県の尖閣諸島国有化に端を発し、日中の政治関係は近年「政冷経涼」どころか、いてつく関係が続きました。
ようやく、安倍晋三首相と習近平国家主席の二度の首脳会談が実現し、昨年秋には日中韓首脳会談も再開されました。首脳が定期的に会う環境は整いましたが、双方が国内での反発を気にしながら、恐る恐るの一歩という段階です。
今年こそ、指導者同士が胸襟を開いて話し合える個人的な信頼関係を築いてほしいと思います。
中国政府が「国家哀悼日」に定めた昨年十二月の南京事件記念式典に、習氏らトップ指導部は参加しませんでした。改善基調にある日中関係に一定の配慮をしたと受け止めてもよいでしょう。
◆食わず嫌い解消を
なかなか克服できない歴史問題には双方共に謙虚に向き合うべきです。日本側が目を閉ざし、中国側が政治カードとして振り回すような、非建設的な応酬を続けるべきではありません。
年のはじめに何よりも期待したいのは、政治的対立が双方に刷り込んでしまった“食わず嫌い”のような国民感情の解消です。
日本の民間団体「言論NPO」が昨年秋に公表した日中共同世論調査によると、相手国に「良くない印象を持つ」は日本側が88・8%、中国側は78・3%でした。幾分改善されたとはいえ、印象は極めて悪いと言わざるをえません。
その意味で、興味深いデータがあります。野村総合研究所の昨年夏の調査で、日本を訪れた中国人旅行者の約八割が再び来日したいと回答したというのです。
昨年一〜十月に日本を訪れた中国人は、前年同期比で約二倍の四百三十万人近くに上ります。在上海日本総領事館の関係者は「日本を訪れた中国人観光客は爆買いに関心があるだけでなく、その多くは日本人のマナーの良さや、社会の清潔さ秩序正しさに感動して帰国します」と話しました。
政治関係悪化がもたらした中国人の負の対日認識が、自分の目で等身大の日本を見て大きく変わった好例ではないかと思います。
翻って日本はどうでしょうか。上海万博が開かれた二〇一〇年には約三百七十三万人の日本人が中国を訪れましたが、その後は減少が続きます。日本国内には嫌中本があふれ、観光客も留学希望者も二の足を踏む状態が続きます。
中国を訪れないだけでなく、大陸に住む人たちの帰国も目立ちます。一四年初めには六万人を超えていた上海在留邦人は今では五万人を切っています。
帰国の理由は、物価の高さや、大気汚染、食の安全などへの不安です。
確かにこうした暮らしにくさは中国人も直面する難題で、政府も解決に全力を挙げていますが一朝一夕には成果はでません。
◆反日一色ではない
しかし、はなから敬遠して自分の目で中国を見ようとする日本人が減ってしまえば、等身大の相手を知る日中間の人数の差は開くばかりではないかと心配です。
中国での反日デモの記憶は鮮烈です。その背景に若い世代に対する抗日と結びつけた愛国主義教育があったのは事実でしょう。
ただ、冒頭で紹介したような若い世代も育っています。
上海での勉強会で同席した大学生は「冷静に日本を見て、自分の頭で今後の関係を考えたい」と話しました。
巨大な大陸は日本で伝えられるような反日一色ではありません。“食わず嫌い”を脱し、特に若い人たちが自分の目で中国を見に海を渡る年にしてほしいものです。
この記事を印刷する