80キロ圏外退避は「世界基準」か


A. <以下、囲みは引用>
世界各国の政府は、事故発生直後から、日本滞在中の自国民に対して80キロ圏外に退避するよう勧告を出していました。これは IAEAなど国際機関の勧告にもあるとおり、原発事故が起きた際には80キロ圏外(50マイル圏外)に一旦退避し、安全を確認できたら戻るという方針があるから です。

今回の原発事故で、なぜ日本はそうした 国際基準 に従わなかったのでしょうか。そして日本の新聞やテレビは、なぜ、そうした政府の姿勢を厳しく追及しなかったのでしょうか。
B. <以下引用>
本日、オバマ大統領は在日米国人に対して、福島第一原発の80キロ圏外に出るよう指示を出しています。 80キロは50マイルで、世界中の政府が最低限の基準としているものです
・・・
つまり、 海外の基準でいけば80キロ なのに、日本では20キロになっている。
C. <以下引用>
結果的に 避難区域は30キロまで拡大されましたが、これは世界でも珍しい避難範囲 です。前にも述べたように 世界基準は80キロ ですから、少なくとも50キロの差があるわけです。
D. <以下引用>
IAEAは50マイル(80km)、スペインは120km と避難する距離を決めている。
E. <以下引用>
IAEAの基準でも、原発事故が起きた場合には三○キロメートル圏外に住民を避難させる、となっている。 最初に広域の避難指示を出し、安全が確認されたのち、徐々に範囲を狭めていくのが常識的なやり方だ
F. <以下引用>
その日の朝にオバマ大統領が避難勧告を出したんですね。当時の避難勧告、今ようやく明らかになりましたが、今頃になって日本のメディア書きましたが、どういうことかというと、アメリカ人、全ての日本に住むアメリカ人は、東京・横浜以西、まあ以南という書き方もしてますが、寄りの方に逃げろと。それに関してはアメリカの大使館も手伝う。さらには子どもとそして若い女性、女性ですね、全ての女性に関してはチャーター機を向けるので韓国ソウル台湾などに緊急で出国しなさいと。それから軍人に関しては、軍人です。80キロ圏外にとりあえず逃げろと。これがアメリカ政府が少なくとも3月18日に発令した勧告です。アメリカだけじゃありません。フランス、イギリス、世界中のこの日に調べた私のデータでは23カ国、のちに60数カ国に増えますが、全て80キロ圏外に逃げたと。 なぜならばそういうふうに国際基準で原子力事故の時は決まってるからですね。


検証結果:海外各機関による実際の退避基準は、上杉氏が主張するものとは異なる。


  • 上杉隆 氏によれば、原発事故のさいに退避する距離は80キロメートルが「世界基準」「世界中の政府が最低限の基準としているもの」だとのことである。原発事故以後、上杉氏は様々なところでこの話をするようになり、また、日本政府の対応はこの「世界基準」から外れているという批判をくりかえしてきた。しかし、以下に見るように、 アメリカ原子力規制委員会やIAEAその他の組織が公開している実際の退避基準は、上杉氏が述べているものとはまったく異なる 。そして、各国の公表している基準をみるかぎり、80kmが「世界中の政府が最低限の基準としているもの」という上杉氏の説は事実に反している。(※ちなみに上記引用DとEは、IAEAによる避難基準についてくい違ったことを述べている)


・アメリカ原子力規制委員会(NRC)緊急時の準備と対応
NRCは原発事故時の「緊急計画範囲」(EPZ)を示しているが、それによれば、放射性物質への被曝にかんしては10マイル(16km)、放射性物質に汚染された食物の摂取にかんしては50マイル(80km)である。ただしこのEPZの範囲は一律に決まっているわけではなく、原発のある地域の対応上の必要や能力、人口、地形の特徴、アクセス・ルート、管轄区域の境界線によって範囲や配置がかわってくるとされる(※NRC:原発での緊急措置についての解説)。

・合衆国環境保護庁(EPA)原子力事故のさいの防護措置マニュアル1992年最新
NRC資料に同じ

・IAEA原子力ないし放射線緊急事態対応の協定(2007年)
緊急時に防護措置をとるべき地域が「予防的措置範囲」(PAZ)と「緊急防護措置計画範囲」(UPZ)に区分され、それぞれ原子炉の熱出力などに応じて推奨範囲が示されている

・IAEAの安全基準と各国の避難範囲 原子力緊急時支援・研修センター作成資料POST-FUKUSHIMA EUROPEAN ACTION PLAN(SPAIN)に基づく)
IAEAの安全基準 原子炉の熱出力や核種の危険度により推奨範囲を設定

・予防的措置範囲(PAZ): 0.5-5km
・緊急防護措置計画範囲(UPZ): 5-30km
日本 ・緊急計画範囲(EPZ): 8-10km
アメリカ ・避難・屋内退避区域: 16km
・摂取制限区域: 80km
フランス ・即時対応区域 2km
・避難区域: 5km
・屋内退避区域: 10km
イギリス 施設ごとに緊急時計画区域(DEPZ)を設定

・マグノックス炉のDEPZ: 1-3.3km
・改良型ガス冷却炉のDEPZ: 1-3.5km
・軽水炉のDEPZ: 2.4km
スペイン ・緊急防護措置区域(UPZ): 10km
・長期防護措置区域(TPZ): 30km

<以下引用>
3月16日水曜、我々はアメリカ政府当局と協力し、米国市民に原発の80km圏内から避難するよう勧告する決定をした。NRCによる在日米大使館あての避難勧告は、在日米国人の健康と安全を護るためにだされた。我々の評価は当時理解していた条件に基づいている。状況を把握する日本当局者との接触が限られており、当時の原発の状況には広範な不確実性があったため、潜在的な放射能災害を正確に評価することは困難であった。適切な避難範囲を決めるにあたって、NRC職員はRASCALのコンピューター・コードを用いて周辺の潜在的な影響を評価する一連の計算を行った。計算モデルは福島第一原発近辺に適した気象学的モデルを用いた。ソース・タームは燃料棒の損傷や格納容器その他拡散状況についての、仮定だが不合理ではない評価に基づいていた。 これらの計算では、原子炉や使用済み燃料プールからの〔放射性物質の〕大規模な拡散があったばあい、福島原発の80km圏外という、EPA(合衆国環境保護庁)の防護措置ガイドラインを超過した避難距離になりうることが判明した。米国の緊急準備枠組の規定では、状況に応じて緊急避難範囲を拡大することになっている。 この枠組みに則り、当時入手しうる最大限の情報にもとづいて、NRCは米国市民の80km避難が賢明な措置であって、米国での近似状況下でも同様の措置がとられるだろうと判断し、そうした勧告を大使その他の米国政府高官にだすこととなった。

<以下引用>
公聴会では、米国内での原発事故のさい避難区域をどこまで拡大すべきかについて疑問が提起された。NRCは在日米国人に損傷した原発から最低50マイル〔80km〕離れるよう勧告した。 米国内での現在の標準では10マイル〔16km〕の避難区域となっている

80kmという避難範囲は、当時アメリカ国内でもその根拠をめぐって物議を醸した(「米80キロ退避」参照)。ヤツコ議長じしんの証言では、上記引用のように、80km避難勧告の根拠は当時NRCのおかれていた特殊な条件に基づいている。これは事故直後NRC内で行われた電話会議における会話や、NRC関係者によるメール(※)などの記録からも伺い知ることができる。いずれにせよ、上杉氏の言うような「最低限の基準」や世界標準として予め決まっていたものでは全くない。


上杉氏は2011年3月15日放送のラジオ『小島慶子のキラキラ』および、3月16日放送『吉田照美のソコダイジナトコ』では、 「 原発事故のさいの避難範囲は世界中で30kmが基本 」と言っていた (3月15日『キラキラ』該当個所3月16日『ソコトコ』「朝いち情報デリバリー」該当個所) 。その後、17日未明(日本時間)にアメリカが80km退避を勧告した後になって、上杉氏は「80kmが世界標準」と言いだすようになる。


●参考
米80キロ退避』:「アメリカはSPEEDIの情報にもとづいて80キロ圏外退避を決めた。それは米原子力規制委員会(NRC)の報告のなかで明らかにされているが日本のメディアは報じていない」という上杉氏の説の検証。
枝野官房長官の会見全文〈18日午後4時48分〉:退避にかんする上杉氏の質問


更新
2012.10.20 『米80キロ退避』から退避基準にかんする上杉氏の発言・記述の検証を分離・独立。
2012.10.23 参考にリンク追加
2013.03.23 IAEAの安全基準と各国の避難範囲にスペインを追加