| 上杉 原発事故における政府や東京電力の対応の不備が、年末年始あたりから続々と明らかにされていますよね。たとえば、昨年12月に行われた国会事故調査委員会で文部科学省の担当者が、事故直後にSPEEDI(緊急迅速放射能影響予測ネットワークシステム)のデータを米軍に提供していたことを明かしました。国内でSPEEDIの情報がすべて公開されたのは、事故から2カ月後ですよ。政府による情報隠蔽があったということが証明されたのです。 アメリカ政府が3月17日に自国民に対して80km圏外への避難勧告を出したのは、この情報に基づいてのことだった。今年2月に出されたNRC(米国原子力規制委員会)による報告書で、それは明らかにされています。しかし、こうした事実が公になっても、政府やメディアからの訂正はありません。 | 
| 3月11日、3月12日、3月13日、3月14日、3月15日、3月16日、3月17日、3月18日、3月19-20日、3月20日 | 
| 3月16日水曜、我々はアメリカ政府当局と協力し、米国市民に原発の80km圏内から避難するよう勧告する決定をした。NRCによる在日米大使館あての避難勧告は、在日米国人の健康と安全を護るためにだされた。我々の評価は当時理解していた条件に基づいている。状況を把握する日本当局者との接触が限られており、当時の原発の状況には広範な不確実性があったため、潜在的な放射能災害を正確に評価することは困難であった。 適切な避難範囲を決めるにあたって、NRC職員はRASCALのコンピューター・コードを用いて周辺の潜在的な影響を評価する一連の計算を行った。 計算モデルは福島第一原発近辺に適した気象学的モデルを用いた。ソース・タームは燃料棒の損傷や格納容器その他拡散状況についての、仮定だが不合理ではない評価に基づいていた。これらの計算では、原子炉や使用済み燃料プールからの〔放射性物質の〕大規模な拡散があったばあい、福島原発の80km圏外という、EPA(合衆国環境保護庁)の防護措置ガイドラインを超過した避難距離になりうることが判明した。米国の緊急準備枠組の規定では、状況に応じて緊急避難範囲を拡大することになっている。この枠組みに則り、当時入手しうる最大限の情報にもとづいて、NRCは米国市民の80km避難が賢明な措置であって、米国での近似状況下でも同様の措置がとられるだろうと判断し、そうした勧告を大使その他の米国政府高官にだすこととなった。 | 
| 昨年日本でおきた津波から数日間の電話会議の記録が、火曜日〔21日〕NRCによって公開された。その記録は福島第一原発での緊急事態をめぐる初期段階の切迫感と混乱をあらわにしている。 記録にはまた、NRC議長グレゴリー・ヤツコが、米国人に原発から50マイル〔80km〕への退避を勧告するという、物議をかもした決断をくだす根拠になった長い議論も収められている。それによると決定は、福島第一原発の使用済み核燃料プールのひとつが干上がっており、その隔壁が、当局者の言葉によれば、「崩れ落ちて」放射性物質を放出しているという、現在では間違いとされている事故評価に基づいていた。  | 
| ワシントン-昨年3月に福島の事故がおきた当初の数時間および数日間、原子力規制委員会〔NRC〕本部は何か「戦場の霧」に似たものに覆われていた。NRC議長は火曜日〔21日〕、地震から数時間後に行われた内部電話会議の秘匿記録を機関が公開したさい、そう語った。 NRCには日本政府と東京電力-福島第一原発を震災後の津波にやられた公益事業会社-から得た情報もあったが、記録のなかで当時事故評価を語っている当局者たちによれば、大半の情報はニュース報道から得られたものだった。 たとえば災害の二日目、当局者の一人が使用済み核燃料プールでの「沸騰にかんする未確認の報道」に言及しているが、報道では六つの原子炉のどれがそうなのか言われておらず、米国で類似の原子炉を監視していた関係者を苛立たせる曖昧さがあった。 今から見れば情報の幾つかは単に間違っていた。NRCの技術者ジョン・マニンガーは、4号機での爆発は燃料プールをこじ開け、そこには原子炉以上の放射性物質があり「少しも水が残っていない」と報告している。「砂を中に落とし入れる事などについて誰かが話している」と彼は付け加えている。 NRC議長グレゴリー・ヤツコは、4号機のプールに水が残っていないと信じたせいで、米国人に半径50マイル〔80km〕圏外-日本政府の勧告よりはるかに広い範囲-への退避を勧告する事となった。 しかしNRCの当局者は火曜日、じっさいに放射性物質の拡散があったのだから決断は正しかったと述べた。  |