現代カルチャー史を、血で彩ってきた鬼才たちの証言「怪奇まんが道」
ちょっと仕事でドキュメンタリー映画『メタリカ~真実の瞬間』(2004年)を再見した。
メタリカは泣く子も黙るメタル界の大御所中の大御所……というより、世のなかにはもはや「ビートルズ」という音楽ジャンルがあるのと同じで、「メタリカ」という音楽ジャンルがあるようなものだ。メタル界という枠では収まらない売上と実績(アルバム総売り上げは1億1千万枚にもなる)、速さと重厚さを兼ね備えたスーパーバンドである。
そんな大御所であるがゆえに、21世紀初頭の活動をリアルタイムで撮った本作品は衝撃的だ。二代目ベーシストが抜けたなか、新作アルバム作りに励むメンバーたちだったが、ボーカルのジェイムズは「家族といっしょに過ごしたいから、1日4時間しか働きたくねえ」と真顔で切り出し、バンドの中心メンバーであるドラムのラーズを激怒させる。
そのラーズも腐るほどカネなど持っているだろうに、自分が所有している絵画をオークションで売ったら、けっこうな金額で売れてホクホク顔になるなど、えらく生臭い側面を見せる。アルバム製作はさっぱり進まず、「今回はギターソロいらねえんじゃね?」というメンバーの提案に、今度はギタリストのカークがキレだす。バンド内の人間関係は最悪な状況に陥る。
そんな現状を打破するために、ベラボウなカネを取るセラピストが雇われるが、このセラピストも食わせ物で、まるで芸能人から巧みにカネをむしり取る占い師みたいに、テキトウな提案をかましては、バンドをさらに混乱させる。世界中に名を轟かせる世界的アーティストが、まるでそこらへんの学生バンドみたいにオタオタしっ放し。そんな赤裸々な姿が映し出されるのだった。

さてマンガ評のくせに映画の話を長々としてしまったが、それは今回取り上げる『怪奇まんが道』(原作・宮崎克 漫画・あだちつよし 集英社)を読んだからだ。本作品を読んで、まっさきに思い出したのが、前述した映画だった。
以前、このコーナーでも少し取り上げたが、ついに単行本となった。
http://www.sakuranbo.co.jp/livres/cs/2015/03/post-114.html(このまんが道がすごい。奇才が集う闇鍋コミック誌「コミック特盛 新耳袋アトモス」)
古賀新一、日野日出志、伊藤潤二、犬木加奈子という怪奇ホラーコミックの重鎮たちの漫画家人生を描いたドキュメンタリーコミックだ。レジェンドたち本人による証言を交え、ホラーというジャンルにトライすることになったきっかけ、そしてホラーマンガ家特有の苦悩を浮き彫りにしていく。

なにぶん作品が強烈かつエキセントリックであるがゆえ、悪魔的かつ危ない人間像を想像していたが、(とくに日野日出志や犬木加奈子は「人間ひとりやふたりは確実に殺ってるに違いない」と誤解させるほどのパワーがみなぎっていた)前述したメタリカと同じく、たいへん人間臭く、生活臭さえ漂うリアルな姿を見せてくれた。
古賀新一は手塚に憧れ、ギャグ漫画家を目指していた日野日出志は赤塚不二夫のセンスに打ちのめされ、伊藤潤二は憧れの楳図かずおに作品を見てもらいたくて、歯科技工士をしながら名作『富江』を新人賞に応募。奇しくも同じ新人賞に応募していた犬木加奈子は落選し、主婦をしながら同人誌でコツコツ作品を発表していた……。
登場するのは、手塚や楳図といった先人たちに憧れる、ごくふつうのマンガ家志望者たちだ。怪奇モノを版元から依頼され、描いているうちに傾倒していき、やがて『エコエコアザラク』を手がけるようになる古賀。90年代の怪奇ホラーブームの激流に呑み込まれ、デビューから1年で「ホラー漫画界の女王」と呼ばれる犬木(二年先までスケジュールがびっちり埋まり、一度でいいから、目覚まし時計に邪魔されず、ゆっくり眠りたいと願うほど多忙を極める)など。当時のマンガ家たちを取り巻く環境が興味深い。レジェンドたちの人生を描くことは、マンガ史や現代カルチャー史を紐解くことでもある。

マンガや小説という世界には、水木しげるや梶原一騎のように、作品に負けないほどの強烈な個性を持った人物もいる世界だが、ここに登場するのはごく普通の悩める貧乏青年であり、漫画が好きな主婦であり、一介の会社員だ。どこにでもいそうな志望者たちが、やがて全国の少年少女を恐怖のどん底に叩き落すことになる。そのプロセスが身近に感じられ、地道な姿に驚かされる。
もっと読みたい。続編希望……と言いたいが、掲載誌の「コミック特盛 新耳袋アトモス」が昨年冬で休刊してしまった。残念ではあるが、単行本として刊行されたことを素直に喜びたい。必読。
◆深町秋生(ふかまち・あきお)
1975年生まれ、山形県在住。第3回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2005年『果てしなき渇き』(宝島社文庫)でデビュー、累計50万部のベストセラーを記録。他の著書に『ダブル』(幻冬舎)『デッドクルージング』(宝島社文庫)など。女性刑事小説・八神瑛子シリーズ『アウトバーン』『アウトクラッシュ』『アウトサイダー』(幻冬舎文庫)が、累計40万部突破中。
『果てしなき渇き』を原作とした『渇き。』が2014年6月に映画化。
ブログ「深町秋生のベテラン日記」も好評。ブログはこちらからご覧いただけます。
深町氏は山形小説家(ライター)になろう講座出身。詳細は文庫版『果てしなき渇き』の池上冬樹氏の解説参照。詳しくはこちらからご覧いただけます。