わが青春の追憶

破局への戦い

中継所での戦い

第十七駆逐隊の「浦風」「谷風」「磯風」「浜風」は輸送船団を護衛して、ショートランド島のブインに投錨した。呉を出てから十日余りもかかった長い航海であった。早速、燃料と食料の補給を受けたが、次の作戦に就く様子もなく、輸送船たちは碇泊したままだ。
「今度は何処へ行くのだろう、誰か聞いた者はいないか」
艦の行動を最も早く知るのは、艦橋にいる信号兵か電信兵である。それは水雷戦隊司令艦との受信発信を、手旗や発光信号または無線で交信しているからだ。だから若い信号兵か電信兵を捉えて、言いたがらないのを強引に聞き出している。士官たちからは作戦行動の話は一切ない。
「はっきりしないが、何処かへ撤収に行くらしいぞ」
「じゃあまた飛行機との戦いか、テッポーさんしっかり頼んまっせ」
「それよりもエンジンは大丈夫だろうな、ソロモン海のど真ん中で立ち往生なんてのは、二度と御免だよ」
こんな噂はあったがなかなか実行されず、碇泊したまま五日間ほど過ぎた。碇泊しているといってもショートランドは敵地に近い、いつ襲撃を受けるのか分からないので、夜間は投錨するが、朝になれば敵襲に備えて錨を揚げ、漂流しないように少しずつ動いているのであった。

「砲術科員、前甲板に集合」
今度新しく赴任してきた砲術長は、年は若いが砲術の研究に熱心な方であった。そのため机上射撃や的変距などの勉強会がよく行われる。
一番、二番、三番砲員、砲戦指揮所員、中継所員の下士官兵たちは前甲板に集合し、焦げつくような甲板に座って難しい砲術の講義が始まる。的針・的速の判定を、幾何学によって説明されるのであるが、砲術学校で学んだ問題とは違い、複雑で変化の多い問題が多かった。そのうえ、時々質問がとんでくる。
「この場合の的変距の求め方について、説明できる者」
誰も手を上げる者はいない。
「柴田、ここへ来て説明してみろ」
自信はないが指名された以上は答えなければならない。黒板に略図を書きながら、学校で教わった的変距の基本を思い出し、応用を加えて説明した。
「よろしい、よく勉強しているな、皆も覚えておけ」
たまたま山が当たったからよかったものの、間違っていたものなら、
「馬鹿者、こんなことが分からなくて、測的マークを付けている資格はない勉強し直してこい」
と、ぶん殴られたことだろう。おかげで本日は砲術長へ点数を稼いだが、今後の自信はなかった。

さらに砲術長は机上射撃が好きだ。机上射撃の道具を他の艦から借りてきて、そのまま本艦が管理することになったので、暇さえあれば机上射撃訓練をやらされていた。
机上射撃のやり方は、砲術長には知られないように、中継所員の私たちが作成した海戦図に基づき、紙芝居と同じような枠の中に、敵艦の模型を動かして弾着の水柱を上げる操作をする。砲術長は双眼鏡を逆にして、この模型を眺めて砲戦の指揮をとるという訓練を行うのだ。どうせ作るならと、的針も自針も変化の多い複雑な海戦図を作った。
訓練が終わると、
「おい夏目兵曹、こんな複雑な戦いはないぞ、実戦に即した的針にしろよ」
「はい分かりました、おい柴田、もっと実戦に近い海戦にしろよ」
と、私一人が海戦図を作ったことになってしまった。
炎天下、焦げ付くような上甲板での訓練は辛い、床のリノリュームや鉄板に肌が触れるたびに飛び上がるほど熱かった。

昭和十八年八月上旬、第十七駆逐隊の四隻は貨物船に横付けして、沢山のドラム缶を積み込んだ。上甲板に積めるだけいっぱいに積み、ドラム缶の上を歩いて作業をするようになった。
「今度はベララベラという所へ行くらしい」
「沢山のドラム缶だな、いよいよ俺たちも輸送船になってしまったか」
「こりゃあそうとう危ない仕事だぞ。商船では行けないから駆逐艦にオハチが回ってきたんだ」
「駆逐艦は何でもやらされるが、戦艦や巡洋艦たちは何処で何をしているんだ。飛行機の応援ぐらい出せないのか」
「菊の御紋章の無い消耗品の駆逐艦に、大切な飛行機が出せるか。駆逐艦隊は自分たちだけで戦わされるのだ。他人を頼りにしても仕方がない、俺たちだけでもしっかり頑張ろうぜ」
ドラム缶を満載した十七駆逐隊は、噂の通りブインを離れて警戒航行についたのである。ベララベラとはどんな所であろう。 
ソロモン海域は、南方のうちでも特別暑いところだ。その上湿気が多いためか、体がひどく衰弱する。さらに寝不足と疲労が重なり、頑張りが利かなくなる。つまり、海軍用語の気合いが入っていない状態となり病気に罹りやすい。それも南方病のデング熱とかマラリヤに冒される者が多い。
こんな所なので夜間に裸で上甲板に寝ることは禁止され、蒸し風呂のような兵員室の吊床に入るしかない。真っ裸になって吊床に居るだけで、敷いている毛布は汗でベトベトになってしまう。上陸した時に小さな御座を買ってきて、毛布の上に敷いて寝ると心地よい。それでも何日かすると御座も腐ってしまうほどであった。
兵員たちの体に一番応えるのは、なんと言っても夜中の緊急呼集である。暑く寝苦しいなかでやっと寝付いたころ、
「配置につけ」
ビーッと、甲高いブザーの響き、それっと、服を抱えて中継所に飛び込む。
「各砲配置よし」
「配置についたまま待機せよ」
緊張したまま時間が過ぎる。
「敵と思われた影は漁船であった。別れ休め」
やれやれと、居住区に戻り暑苦しいのを我慢して吊床に入った。そして一時間もしないうちに、
「配置につけ」
飛び起きて中継所に駆け込む。
「ただ今のは漂流物であった。別れ休め」
と、一夜に二回も三回も起こされ、さらに深夜の警戒配備を勤めることもあり、寝るのは三、四時間だけとなる。
狭い中継所内で、私の居る配置は一番奥にある。真っ先に入らないと自分の場所につけない。一晩に二回も三回も駆け込むのだから、いっそ中継所の中で寝てやろうと、椅子と椅子に板を渡して、その上で寝ることにした。それからは緊急ブザーが鳴る度に、ゆっくりと起きるだけで戦闘準備完了であった。
寝苦しい夜が明け、寝不足の目を擦りながら二メーター測距儀についた。
「敵の制空圏内に入った、しっかり見張れ」
艦は第三戦速で矢のように進んでいる。測距台に強風が吹き当たり、防暑服を通して心地よい。その日は敵機の空襲もなく、また敵艦隊に遭遇することもなく日没を迎えた。
「艦内哨戒第一配備」
二メーター測距儀を担当の三浦上水に渡して、私は中継所に入った。
夏目兵曹、高橋水長、小野田水長、皆さん真面目で静かな人たちである。緊張した顔つきで無言のまましばらく時が流れた。
一時間半ほど過ぎた頃、トップの伝声管から声がかかった。
「現在敵の制海圏内にいる。いつ敵艦隊から攻撃を受けるか分からない、警戒を厳重にせよ。なお今から二時間後にベララベラ島に到着する」
伝令の高橋さんが電話機で各砲に伝えた。さらに、
「ベララベラ島の周辺には、敵の駆逐艦隊が待ち受けているらしい、灯火管制を厳重にせよ」
しばらく沈黙が続いた。
ザ・ザーッと波を押し分ける艦の振動と、汽缶の響きが足下から伝わってくる。射撃盤の速力計は三十ノットを少し上回っている。外の様子は全く分からないが、四隻の駆逐艦は夜光虫が輝く長い航跡の尾を引いて、まっしぐらに夜の海上を突き進んでいるのだ。

二時間程過ぎた。ウトウトしていると、伝声管がにわかに騒がしくなった。何か見つけたらしい。大声でわめく声がする。突然、
「左砲戦、左六十度、駆逐艦」
射撃盤の電源スイッチを入れた。速力三十七ノット全速力である。六門の大砲は射撃用意完了のランプが一斉に点灯した。
「一二〇、右内三〇」
距離一万二千メートル、互いに近付いているという号令だ。直ちに号令通り射撃盤を操作した。
「撃ち方始め」
号令官の夏目兵曹が、発射用意のブザーを力強く押した。
ドッカーン。艦全体に鈍い振動が伝わり、一斉に発砲した。
「初弾用意、弾着」
弾着を知らせるベルが鳴る。
「高め五、右寄せ三、急げ」
砲術長からの指示の通り、手早く手輪を取って操作を終え、号令官に復唱する。
「高め五、右寄せ三、よし」
再び発射ベルが鳴り、発砲。
「高め苗頭修正弾用意、弾着」
弾着ベルが鳴る。十二秒斉射間隔で砲撃が続く。
「八五・三、右外二〇、下げ三」
敵は反転したようだが、戦況はどうなっているのであろう。敵との距離はだんだんと離れていく。
まだ砲撃を止めない、一万三千メートルを越えた。
「撃ち方待て」
ほっとして手を休めた。戦果はどうであろう。
「撃ち方止め」
「間もなくベララベラ島に到着する。水兵員はドラム缶の投棄用意にかかれ」
中継所から舷門に出た。真っ暗い海上を艦は速力を緩めながら、黒く大きな陸地に近づいて行く。艦が停止した。陸岸から来たのであろう大発舟艇が近づき、ドラム缶を繋いであるロープの端を持って帰って行った。
「ドラム缶を海に落とせ」
ドボン、ドボン、しぶきを上げて落ちていく。沢山の缶が海中に投げ込まれた。
「全員配置に戻れ」
艦が動き出しスピードを上げて進んだ。補給作戦は成功したのである。しかしまだ敵中だ油断はできない。
「ベラベラ島というのは、何処になるのだろう」
「ベラベラは、ブーゲンビル島とガダルカナル島の中間にある島だが、この分だと我が日本軍は苦戦しているな」
ベララベラが、ベラベラになってしまった。外国の島や地名はなかなか覚えにくいので、簡単な言葉に省略してしまうのだ。
午前二時、そろそろ夜が明ける頃だ。夏目兵曹を始め皆椅子に腰掛けたまま眠っていた。それでも真から眠っているのではない。何かあれば一斉に目を覚まし、サッと身構える。さすがに戦地に居る軍人だ。
「おい、中継所」
低い声が伝声管から流れた。伝声管の口を引き寄せようとすると、小野田さんが取り上げ、
「なんだ村山」
「夜が明けた。今日は雲の多い天候だ、空襲がありそうだぞ」
「艦は何処に向かっているんだ」
「そんなこと俺には分からん。それより朝飯はまだか」
「烹炊所で音がしないから、乾パンが出るだろう」
「また乾パンか、何か美味いものでも食わせるよう、主計兵に言っとけよ」
同年兵同志の会話には遠慮がない。夏目兵曹も笑いながら聞いている。戦場にいても、兵士たちはつとめて明るい態度を表すのであった。 
それから三十分ほど過ぎた。突然、
「対空戦闘、配置につけ」
「右砲戦、右二十度、撃ち方始め」
矢継ぎ早い号令が終わると、初弾が発砲された。
「急げ」
対空戦闘の斉射間隔は十秒と早い、しかも弾丸の先端に付いている着発信管を、時限信管に取り替えて装填するのだから、砲塔内では大変な作業だ。
時々爆弾が近くに落ちて爆発しているのか、ドドーッと、艦全体が振動する。その度にヒヤヒヤしたのは勿論のことで、外の様子が分からないだけに心細く心配だ。大丈夫だろうか。
「撃ち方待て、左に向きを変え」
「撃ち方始め、急げ」
別の敵機に向かって射撃を始めた。三斉射が終わると、またドドーッと至近爆発の振動だ。少し慣れてきた。
「撃ち方待て、敵機が燃えて落ちるぞ。右に向きを変え、撃ち方始め」
艦が左に急カーブした、ググーッと右に傾き体が滑った。その瞬間ダダーンと強い振動、同時に電灯がスーッと暗くなった、が、すぐに明るく戻った。
何処かやられたのでは、と思うと全身に恐怖が襲った。だが、艦は依然として三十七ノットの猛スピードで突進している。大砲も発砲した、異常は無かったのである。爆弾が艦すれすれに落ちて爆発したのであろう。
「撃ち方待て」
敵機が引き揚げていったのか、砲撃も振動もなくなり静かになった。速力計の指針が下がり二十一ノットになった。
「撃ち方止め」
「一番よし、二番よし、三番よし、各砲異常なし」
対空戦闘が一段落したところで、主計兵が朝食の乾麺包とミルクを配ってきた。
「おい、こんなものを食っていたんでは戦に勝てんぞ、もう二袋置いていけ」
高橋さんに怒鳴られて、若い主計兵は素直に二人分の乾パンを余分に置いていった。
乾パンを口にしたが、先程の至近弾のことが思い出されて仕方がない。もしも爆弾が命中して艦が沈没したらどうなるだろう。私は狭い部屋のいちばん奥に居るのだ。海水が通路に押し寄せてきたら、遅い者は水圧で扉は開かなくなるであろう。轟沈なら絶対に助かりっこないのだ。

駆逐艦は、小さな爆弾一つのでも、また小さい砲弾でも、訳なく轟沈するように出来ている。艦全体が薄い鉄板で覆われ、上甲板には砲塔が三基と、下には火薬庫があり艦の中央には戦艦を一発で沈没させる日本海軍自慢の酸素魚雷発射管二基と、予備魚雷が八本ある。さらに艦の後部には潜水艦用の爆雷が並べてある。これらの何処に砲弾か爆弾が当たっても吹っ飛んでしまう。薄い鉄板の箱の中に、大量の爆薬を詰め込んで動いているのが駆逐艦であった。
攻撃力はあっても防御力はゼロである。駆逐艦の兵員たちはこの中で生活し、戦っているのだ。今まで生きていたのが不思議なくらいである。今日も一日無事であったことを神仏に感謝し、明日は何が起こるのか分からないが、今の勤めに全力を尽くすのであった。

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