わが青春の追憶
駆逐艦磯風
発動、ラバウルへ
空は鉛色に覆われ、北西の強い季節風に、東支那海の海上は荒れ狂っていた。艦は押し寄せる大波に立ち向かい、奮い立っては力強く進んで行く。十二月の東支那海は大陸からの寒風で、海上は寒く冷たく暗い。
「艦内哨戒第三配備」
私に与えられた哨戒配備は、後部にある二メーター測距儀に就くことであった。二時間勤務の三直交代で警戒配備が始まった。半年あまりも陸上に居たせいか、少し頭痛がしだした。酔ったようだ。
「おい、二メーター」
突然、艦橋の伝声管から声があった。
「ハイ、二メーターです」
「左六十度、杭らしきものが見える。測ってみろ」
急いで測距儀をその方向に向けて探したが見当たらない。何回も見直してやっと見つけたが、細い杭の先端が波間に見え隠れして測距しにくい。これは学校出立ての私をテストしているのではないかと必死になった。おそらく三メーター測距儀のベテラン下士官も測っているのだろう。
「二メーター何をしている、早くしろ」
「ハイ」
「左六十度流木、三七・八」
やっと測ることができた。「馬鹿者、でたらめを言うな」の、怒鳴り声が返ってこないところをみると、どうやら合格したらしい。
警戒航行中の配備は、勿論昼夜連続して行われるため、食事などは班員のうちで交代しなければならない。交代するのは食卓番(班員中いちばん若い兵)の次の若い兵から交代に行くことになる。だから堀内一水に食事の片付けを任せ、私が交代要員となるのだ。
四班員が第三配備につく部署は重要な配置が多い。艦橋の上にある方位盤、三メーター測距儀、後部マストの前にある二メーター測距儀、さらに艦橋の天蓋で見張りを兼ねた六十六糎測距儀、夜間になれば探照灯の管制機などである。
これらの配置は、特技章をもっている者でないと交代できないのだ。幸い私は測的マークをつけているので一応資格だけはあるのだが、実務においてはまだまだである。自分では真剣に努力しているつもりでも、なかなか思うようにはならず叱られることが多かった。
第五戦隊の「愛宕」「高雄」「摩耶」「鳥海」の重巡洋艦を護衛しながら、十七駆逐隊は一直線に南へ進んで行った。
二昼夜過ぎると、昨日まで冷たかった風が暖かくなり、荒れていた海上も穏やかになった。その大海原を、艦隊は休みなく航行を続けて行った。
佐世保を出てから四日目になった。空は一点の雲もなく紺碧に輝き、黒潮がいつの間にか透明になっていた。空気が澄んでいる、空も海も鮮やかな原色に萌え、焼けつくような暑さとなった。再び南方に来たことを肌で感じたのである。
「明日はトラック島に着くらしい」
「トラック島とはどんな所だ、上陸すれば何かあるのか」
「小さな島だが、日本の統治領だから日本人も住んでいるだろう」
半袖半ズボンの防暑服に着替えたが暑い。警戒航行中は舷窓を閉めているので、居住区内は熱気でムンムンしている。これからまた暑い日々を送ることになった。
翌日の昼ごろ、
「水道通る、航海保安配置につけ」
それっと上甲板に駆け上がり、防舷物や竹竿を用意したものの、辺りを見渡しても水道らしい所はない。トラック島と思われる島々はまだ遠い。
「もうすぐ珊瑚礁を通る、全員警戒せよ」
日本統治領であるトラック島は、珊瑚礁で出来ている島で、春島、夏島、秋島、冬島の四島の他にも小島が数島あって、これらを総称してトラック島と言っていた。この島々の外周を大きく囲むように珊瑚礁の堤がある。珊瑚礁は干潮の時は水面に出ているが、満潮には水中に没していて危険だ。
この珊瑚礁の堤には、船の出入り出来る水道が二、三箇所ある。この狭い水道を通る際、海面近くにまで盛り上がっている珊瑚スレスレを通過するので、海底の様子が手に取るように鮮明に見える。
危険な狭い水道を無事に通り、静かな湾内に入って前方に目を向けて、あっと驚いた。
トラックの島かと思われる巨大な軍艦が二隻碇泊していた。他にも航空母艦、重巡洋艦、軽巡洋艦、駆逐艦など、大艦隊が集結していた。
二隻の大型戦艦を見るのは初めてだが、このうちどちらかが戦艦「大和」であることはすぐに分かった。新兵教育のころ、呉海軍工廠の第四ドックで秘密裏に建造されていた「大和」が、完成してここに来ていたのだ。もう一隻の同型艦は戦艦「武蔵」であると後で知ったのである。
「入港用意」
前部員は錨甲板に集合し、投錨の準備をした。
「錨入れ」
静かで透き通ったきれいな海に錨を入れた。佐世保から五昼夜の航海を終え、「大和」を始めとする大艦隊の編成に加わったのである。
大日本帝国海軍が、その偉容を誇る戦艦「大和」そして「武蔵」、見れば見るほど巨大で頼もしい。四十六糎三連装主砲三基九門、十五糎三連装副砲二基六門、実に堂々たる姿だ。
「一号艦『大和』と二号艦『武蔵』か、あの大砲は世界一だぞ。威力は凄いだろうな」
「あの上甲板の広さなら運動会がやれるぞ、だが掃除は大変だな」
「甲板士官は、上甲板を自転車で走り回っているそうだ」
「高い艦橋にはエレベーターが付いているが、士官でなければ乗れないそうだ」
「大和」「武蔵」の勇姿を眺めて、その偉容に誰もが感動したようだ。
碇泊すると早速、兵器や艦内装備の手入れや掃除で我々兵員たちは忙しかった。久し振りに夜の整列もあったが、乱暴な制裁は殆ど無い。「磯風」の人たちは思いやりのある方が多いので、若い兵たちにとっては幸せであった。それに役割が寒林水兵長になってからは、むやみに整列はかからなかったのである。
五日間ほどトラック島に碇泊して、訓練と整備に力を入れていたが、やがて十七駆逐隊と五戦隊の巡洋艦たちは錨を上げて、再び洋上を進みだした。今度は何処に行くのであろう。
珊瑚礁の水道を通過すると、艦の左側三百メートルほどの海面を、イルカの群れが水面を飛び跳ねながらついてきた。太って丸く牛ほどもある大きな奴が、波の上まで飛び上がりながら何処までもついてくる。よく見ていると可愛いらしい。平和で、のどかな風景だ。
「今度はラバウルに行くらしい、ラバウルとはどんな所なんだ」
「ソロモン方面の前線基地だ、いよいよ敵地に近いぞ」
「ラバウルに居る原住民は人食い人種だとよ、それにサソリがいるそうだ。とにかく上陸しても原住民の部落だけで、遊ぶ所など無いらしい」
我々乗組員の心配など関係なく、艦隊は熱帯の海上を休みなく進んで行った。
三昼夜の航海で、艦隊はビスマルク群島のニューブリテン島という島の、東端にあるラバウルに何事もなく到着したのである。
ラバウルとはどんな所か、概要を説明しておこう。
世界地図で南太平洋を見ると、ニューギニアの東側に細長い形をしているニューブリテン島があり、島の端に都市の丸印があってラバウルと記されている。地図に地名が書かれているのだから、さぞかし大都会であろうと想像するだろうが、全くの未開の地であった。
この辺りは火山地帯であろうか、噴火して出来たと思われる小山が、湾の左右にあって山裾には温泉が湧き出ていた。湾は三方山に囲まれ、水深も深く、湾全体が自然の良港となっている。湾の中央に狼の形をした大きな岩があって、艦隊はこの岩の付近に投錨するのである。
桟橋から陸上に上がると、近くに原住民の集落があるだけで商店街などはない。山はジャングルになっていて、毒蛇などが出そうな寂しい所であった。ただ一つ目立った建物として、山麓に赤い屋根の病院があった。
ラバウルは外南洋方面の補給基地となっており、また攻撃飛行基地でもあった。二か所の噴火山の麓に飛行場があって、ここからポートモレスビーやソロモン諸島への爆撃に向かっていたのである。またガダルカナル島への増援や、補給も行われていた所であった。
ラバウルに碇泊して三日目、「磯風」だけが錨を揚げて湾外に出ると、警戒航行が始まった。
「本艦だけで、何処へ行くんだろう」
「湾口警備らしい、駆逐艦は交代で湾口警備に当たるのだ。戦艦や巡洋艦など大型艦船がのんびりと休養している時でも、こちとらは命がけの勤めだ。菊のご紋章が無い艦は、つまらん役をやらされるのだ、我慢しろ」
ギラギラと照り輝く海上を、「磯風」は単艦で警戒配備についたのである。
飛行場を飛び立った一式陸上攻撃機が、太い胴体を重そうに編隊を組んで、何処かへ消えて行った。
赤く大きな太陽が水平線に沈もうとしている、自然は戦争とは関係なく美しい環境を造ってくれるものだ。