わが青春の追憶
駆逐艦敷波
上陸
艦隊訓練が予定通り終了したのか、それとも一旦休憩になったのかは分からないが、三昼夜外海に出て怒濤と闘いながらの演習を行った後、大艦隊は大分沖に碇泊した。
航海中に手入れできなかった上甲板の器具とか、リノリューム、押え金具、舷窓など海水に浸かったところを磨いたり、砲撃した砲身の手入れを念入りにやらされた。砲口は常時砲口栓をしっかり閉めて、潮風で錆びないようにしてあるが、砲撃する時は砲口栓を取りはずすので錆びやすくなっている。
砲身の手入れは、煙突掃除と同じような方法で、太くて長い棒の先端に刷毛を取り付け、七、八人の兵員がヨイショ、ヨイショと砲身内を磨くのであった。そして仕上げには棒の先端に油布を縛りつけて擦るのだが、二門の砲身に半日もかけて整備させられるのである。
兵器や船体の手入れが一通り済むと、今度は駆逐艦対抗の武技体育の競技大会が始まった。競技編成は第十九駆逐隊の綾波、敷波、磯波、浦波で、銃剣術は綾波で行い、水泳は敷波、相撲は磯波、剣道は浦波といった具合で、各艦対抗の団体競技である。
我が敷波からも、選手団が拍手に送られて内火艇に乗って出発した。そして水泳の選手たちが本艦に集まってきた。競技中は訓練も作業もなく、艦長以下全員で応援するのである。
また、一夜映画が上映された。映写機とフィルムは各艦持ち回りなので、少しくらい雨が降っても風が吹いても止めることはない。上映会場は、前甲板に材木で枠を作りスクリーンを張って、全員で楽しむのである。しかし、何をやっても支度と後片づけは三等水兵がやらされるので、結構忙しい毎日であった。
「明日と明後日に半舷上陸を許す」
巡検後、当直将校から上陸の許可が発表された。
「おい大林、明日は上陸だとよ、ここからだと何処に上がるんだ」
「多分、別府だろう。大分じゃあつまらんからな」
「別府に何処か面白いとこあるのか、お前知っているなら案内しろよ」
上陸の話になると下士官や善行章組は俄然賑やかになり嬉しそうだ。だが、三水たちにとって上陸は喜ばしいことではない、新兵にはむしろ苦しいものであった。
それではここで、上陸する時の様子を説明しておこう。楽しい筈の上陸の陰に、新兵たちの辛く苦しく悲しい物語があったのだ。
半舷上陸は朝食から始まる。
「食事、第一種軍装に着替え、上陸員上陸用意」
手早く食事の支度をして、皆さんが食べている間に、昨夜念入りに手入れをしておいた下士官たちの、上陸用の軍服、軍帽、靴などを用意しておく。自分も急いで良い方の一種軍装に着替え、食事を早々に済ませ食卓を片付ける。これらのことを手早くやらないと間に合わない。
「今日は柴田も上がるんだろ、早く行かんか」
「はい」
と言ったものの、まだ出かけるわけにはいかないのだ。下士官たちが脱ぎ捨てた事業服をたたんでチストに納め、今日上陸しない山田三水に食器洗いをお願いしてから班員の皆さんに挨拶をするのである。
「柴田三水、只今から上陸させて頂きますのでお願いいたします」
艦に残る者はゴキ悪い。「よーし、気を付けて行ってこい」などの返事はない。
急いで前甲板に上がってみると、上陸番である左舷直の者が既に整列していた。一装の軍服、光っている靴、水兵帽も板についてカッコいい。なによりも皆嬉しそうだ。
「上陸員、整列」
先任伍長が人員を確認すると、上陸札を集めて当直下士に渡し、副直将校に集合を告げる。
「今から別府に上陸することを許す。帰艦時間は、別府桟橋を一五〇〇とする。時間に遅れないよう、特に新兵は気を付けろ。それから別府は軍港ではないから、海軍軍人として見苦しくない行動をとって、十分英気を養ってこい」
続いて先任伍長から、内火艇とカッターに乗る者の割り振りが決められた。下士官は二隻の内火艇に、兵はカッター二隻に分乗するのである。
「乗船」
それっと、三水たちは死に物狂いでカッター目掛けて突撃を敢行するのだ。前甲板から舷門まで行くには、一人ずつしか通れない狭い垂直な階段を通り、舷門から狭い舷梯を降りてカッターに乗り移るのが通常の順序であるが、そんなことをしていたのでは他の三水に負けてしまう。上甲板から手摺を飛び越して舷門に飛び降りる。舷門からハンドレールを越えて浮かんでいるカッターに飛び込み、なにをおいてもまずオールを掴んで立てる。そして他の者にオールを取られないよう、全身でしがみつくのだ。
それには、こんな理由があった。昨夜も役割から整列がかかり、尻にストッパーを三発も喰らった。そのとき役割から、
「明日と明後日は上陸となった。貴様ら上陸するときのカッターは誰が漕ぐのか分かっているだろうな。今度初めて上陸する新兵もいる。一年そこそこの三水で新兵が漕ぐからと、偉そうな態度でいると承知しないぞ。誰がオールを持つかよく見ているからその心積もりでいろ。それから帰艦時間には絶対に遅れるな。遅れたら軍法会議だぞ。今から上陸土産をやるから一人ずつ前に出ろ」
と、尻にストッパーの上陸土産を頂戴したのである。
カッターのオールは一隻に八本、二隻で十六本。上陸する三等水兵は機関兵まで含めて二十二人になる。従って六人はどうしてもオーバーとなってしまう。そのため、カッターに乗るときはオールを取るために、必死の競争になってしまうのだ。同年兵だろうが先輩だろうが、構わず押し退け撥ね除け、頭の上や肩を乗り越えてカッターに飛び込み、オールを掴まなくてはならない。
一度だけ乗り遅れてオールを手にすることができなかったことがあった。そんな時は、いちばん先輩と思われる三等水兵に飛び掛かってオールを奪い取るしか生きる道はない。当然、力ずくで取るのだから殴られたり蹴られたりは覚悟の上だ。奪われる先輩もそうそう簡単には渡してくれない。上陸員が全員カッターに乗っても争っていなければならない。この争奪戦の仲裁は善行章のある古い兵にしかできないのだ。
「貴様ら、いつまで喧嘩しているんだ、上陸するのが遅くなってしまうぞ。どっちも気合いの入っていることはよく分かったから、新兵に渡してやれ」
余分にビンタを二発くらって、やっとオールが私のものになった。これで安心して上陸でき、先輩にも顔がたったのである。
こうして大勢の兵員を乗せたカッターは、陸地に向かって一斉に漕ぎ出すのだが、二隻のカッターは自然と競争になってしまう。二里(約八キロ)あまりの海上を力一杯汗みどろになって漕いだあげく、負けようものなら帰艦してからが恐ろしい。だから上陸していても面白くない。
カッター競技がたいした差もなく別府の桟橋に到着したので、善行章組からの毒舌もなく、まず安心して土を踏んだ。
上陸すると、自然に同年兵ごとのグループに分かれる。我々新三等水兵は専ら食い気に徹した。一軒の食堂で何杯も食べるのは恥ずかしいので、三軒、四軒と飯屋を探して食べ歩くのである。しかも広い表通りを歩けば、上官に敬礼ばかりしていてやりきれない。だから新兵グループは裏通り専門となる。他の艦の新兵組も同様で、五、六人の仲間によく出会う。時々新兵同志が上官と間違えて敬礼することもあった。
腹の袋が満杯になると次は入浴の番だ。上陸したときは絶対に風呂に入らなければいけないのだ。帰艦してから綿密な検査を受ける。頭は勿論、耳の後ろや耳の穴など、洗った形跡がないと入浴していてもひどく叱られる。だから風呂に入った時は自ずと丁寧に洗うようになる。
下士官や古い兵たちは何処へ行ったのか知らないが、三等水兵たちは、食って入浴が済めば次は映画館という順序になる。だがそれは軍港で上陸した時のことで、別府のように地理不案内の土地では帰艦時刻が気になって、映画館でのんびり見ているわけにもいかない。最後にもう一度食べ、満腹になったところで桟橋まで戻り、迎えのカッターが到着するのを待っているのが無難であった。
これが軍港で上陸する場合は、少し様子が違ってくる。ついでに、呉軍港で上陸する時の様子を記しておこう。
艦から桟橋までは、ここでもオールの奪い合いの競争であることは同じである。桟橋から少し歩くと、軍港と市中を区別する営兵詰所がある。つまりシャバと地獄の関所で閻魔大王の居る所だ。
この営兵所の営兵に捕まらないように、余分な神経がいる。特に三等水兵は厳しい目で見られるのだ。服装の点検、敬礼のやり直し、歩調行進など何回もやらされる者もあり、なかなかシャバには出してもらえないときもある。
呉軍港に碇泊している各艦船から、一斉に上陸した下士官兵たちが営兵詰所の前を通る。その前で営兵に捕まって絞られているのは殆ど三等水兵である。大勢の者に見られながら、まさに晒し首の刑である。
私も一度だけ営兵に捕まったことがある。それは半舷上陸で、呉の街から波止場へ帰るときのことであった。三等水兵には宿泊は許されない。午後十時の帰艦であったので、一時間前に帰ろうと第一門の営兵所にさしかかった。だがどうにも気掛かりである。それはキャラメル二箱を隠し持っていたからだ。次の上陸は一週間後である。それまでの楽しみにと菓子屋で見つけたキャラメルを買ったものの、どうして艦まで持ち帰るかが問題だ。軍服にはポケットが胸の内側にただ一つあるだけで、ズボンにはない。いろいろ考えた末、腹巻きの内に入れて腹をへこませて歩いてきたのである。途中で捨てようかと思ったが、食い気の方が勝って、そのまま営兵所の近くまで来てしまった。
夜更けのためか、営兵所の前には一等水兵が一人で立っていた。なにげない態度で歩調をとり、挙手の敬礼をしながら通り過ぎようとした。
「おい、ちょっと待て」
しまった、と思ったが逃げるわけにもいかず、立ち止まった。
「ここへ来い、貴様どこの兵隊だ、官職氏名を名乗れ」
「はい、第十九駆逐隊敷波、海軍三等水兵、柴田芳三」
「帰艦時間は」
「十時であります」
「まだ時間の余裕はあるな、少し訓練してやる」
「気を付け、右向け右、前え進め」
五十メートルほど歩調をとって行進した。
「回れ右前え、進め」
営兵所の前を行ったり来たり、何のことはない営兵の退屈しのぎの慰めにされていたのだ。三往復したところで、
「止まれ」
つかつかと私に近づき、小声で、
「腹の中の物は何だ」
隠したつもりでも、やはり見抜かれていたのだ。もうどうしようもない。
「はい、キャラメルであります」
「いくつある」
「二個です」
ここで営兵は考えているのか黙った。ぶん殴られたうえ、キャラメルを取り上げられるものと諦めていた。
「お前、年齢はいくつだ」
「十八歳です」
「よし、今夜は知らんことにしてやるから、これからはやるなよ」
「はい、今後は絶対にやりません。有り難うございました」
後ろ姿に向かって丁寧に敬礼をして、この事件は無事に終わった。地獄の閻魔大王だと思っていた営兵にも、思い遣りのある人のいたことが嬉しかった。