わが青春の追憶
呉海兵団
被服点検
「員数はあるか」
員数という言葉は、海軍だけではなく陸軍でもよく使われていたようだ。つまり兵器や器具、または衣類など備品の定数を言うのである。軍隊では、この員数が不思議とよく不足する。と言えば聞こえはよいが実情は盗まれるのだ。自分が管理している兵器の部品などを盗られようものなら、
「キサマー、天皇陛下からお預かりした大切な兵器を失くすとはとんでもない奴だ。軍法会議にかけられて禁固刑だぞ。よく探して明日までに揃えておけ」
いくら探せと言われても、盗まれたものが出てくるわけはないのだが、翌朝には、誰がどうしたのか知らないうちに揃っているから不思議である。
海兵団でよく盗られるのは衣類である。入団一か月程過ぎたころ、同郷出身で同級生の讃岐秀雄君が休憩中に私の兵舎にそっとやって来て、小声で
「俺、脚絆を盗られちゃった。今日の午後は各個教練だ。すまんがお前のを貸してくれ。今晩なんとかして返すから」
「よしゃ、便所で待っていろ」
兵舎内で堂々と貸すわけにはいかない。他の分隊の新兵が兵舎に入るだけで警戒されるのだ。私は脚絆を服の中に隠して便所で渡した。実は私も雨着の紐を無くして讃岐君に助けてもらったことがあった。
「明日、被服点検を行う」
ともなればさあ大変。今夜を警戒しなくてはいけない。員数の揃っている者は盗られないように、不足している奴は如何なる方法をとっても員数を揃えなくてはと、他人には相談できない嫌な苦労をするのであった。
入団したときには全員が一揃いの被服を支給されたので、捨てないかぎり不足することはない筈だ。旧兵分隊の連中に盗られたのか、それとも新兵のうちに要領のよい奴がいて、スペアをつくっているのか、とにかく誰かが何か不足してくる。それがいつの間にか補充されるのだから、変わった社会である。
いちばん移動の激しいのは靴下だ。洗濯をするたびに増えたり減ったりしている。気の弱い奴は盗られっぱなしで、友達の誰かが助けてやるようになる。
被服点検は、分隊士と先任伍長、それに分隊付が行う。
被服といっても種類が多い。寝具まで点検を受けるので大きな机いっぱいに整頓よく並べ、申告するのである。
「海軍四等水兵柴田芳三、過不足なし」
ひと通り員数を調べると次に移る。全員の点検が終わると、
「点検終わり、被服納め」
員数の不足をしていた者は、借りてきた品物を急いで返してやらないと、次の分隊の新兵が待っている。
員数を揃えるのに苦労するのは、せっかく勇気をだして手に入れた品物も、そのままにしておいたのでは他人の所有物である。墨汁で書き込まれている他人の兵籍番号と氏名を、如何にして消すかが問題である。完全に消しておかないと、もしも盗んだことが知れたものなら大事件になるからだ。
先輩から、「木綿の布地に墨汁で書いた字を消すには石鹸で何回洗っても駄目だ。よい方法は飯粒を練って摺り込み、それから水で洗え」と聞いていた。夕食のとき一口ほどの飯を残し、食いたいのを我慢してそっと紙に包んで隠しておく。巡検後、洗面所に行き他の者に見つからないように気を配りながら、手早く名前の書いてある個所に飯粒を摺り込み、よく揉んでから水洗いする。さらに石鹸で洗うと、なるほど墨汁の字が薄くなった。翌朝、乾いた布地に黒々と自分の名前を書いてしまえばしめたもので、他人の物でも自分の所有物となるのである。
軍隊とは、何事も要領をもって本分とすべしである。