日本銀行が思い切ってマネタリーベースを供給すれば、デフレ脱却と持続的成長が速やかに実現すると主張し、白川前日本銀行総裁を厳しく非難していたリフレ派の代表格・浜田宏一がいい意味で転向しています。
「一番の原因は企業セクターにあるのじゃないかとも思います。企業は賃金をなるだけ上げず、配当も配らないで金融資産ばかりを持つ。企業のおカネに対する執着、流動性が高い準貨幣(換金化しやすい金融商品=筆者注)をいっぱい持つということが、岩田規久男日銀副総裁のいうインフレ期待を妨げるんです」
「私は以前、賃上げについてはマーケットに任せておけと言っていましたが、最近は安倍首相と同じように、賃金も配ってくださいということに賛成しています。日本の労働市場に完全競争があるという考え方は間違いですね。構造要因が障害になっている。労働需給関係がタイトになって自然に賃金が上がれば、そもそも外食産業なんかで大変惨めなことはそもそも起こらないはずです。そういう理由があるときは必要かな、と思えるようになってきた。反論もしません」
日本経済が不調に陥っている根源は企業部門の資金余剰にある(→リフレ政策は本質的な解決策ではない)という分析は、日本では脇田成、イギリスではAndrew SmithersやMartin Wolf等が行っていました。リフレ派が否定・無視してきたこの見解に浜田が合流したことの意味は小さくないでしょう。*1
ウルフ氏はさらに、「国内総生産(GDP)における企業収益の占有率は異常に高い。それに対応するのは、GDP比での労働者の所得の異常な低さだ。これが日本経済のまさに異常な特徴だ。GDPに占める家計収入が低いからGDPに占める消費の割合も低くなる。日本はあまりに『資本主義的』だ」と問題点に迫っています。
金融危機以降、企業部門は対GDP比5%前後の資金余剰を続けてます。バブル前と比べると+10%ポイントの大変化であり、これが財政赤字拡大と家計の圧迫を引き起こしています。
企業の資金余剰については複数の過去記事で考察していますが、簡単にまとめておくと、
- 「日本的経営」を否定する1990年代後半からの“ショック・ドクトリン”によって、日本経済があまりに『資本主義的』なものに変質した。
- 企業の金融危機対応モード(要塞化)が慣性で続いている。
- これらが日本人の横並び体質と相まって、「あらゆる手段を用いてでも人件費を抑制し、内部留保と利益を増やす」という企業行動を"new normal"にしてしまった(←日本人の生真面目さ・従順さも寄与)。
- 過剰なコンプライアンスや人口の高齢化も、企業の積極性喪失・守銭奴体質強化につながった。
などの要因が挙げられます。 その結果、
- 企業が人件費を抑制する→家計消費が伸びない→内需増が見込めないので設備投資が盛り上がらない
- 内需増が見込めないので外需に頼ろうとする→国際競争力強化のために人件費抑制が正当化される→内需増が見込めない→…
- 外需依存体質が強まる→輸出の対GDP比は他国よりも低いにもかかわらず海外経済動向に左右されやすくなる
となっているわけです。「日銀のマネタリーベース供給不足→デフレ」ではなく「企業行動の変質(要塞化)→需要不足→デフレ」の因果関係なので、いわゆるリフレ政策は正しい処方箋ではないことになります。
詳しくは過去記事を参照してください。
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*1:狂信的リフレ派が「転向者」をどう扱うか見ものです。