朝鮮半島は1392年にはじまる李氏朝鮮によって、約500年、支那の属国(冊封国)であったと、ここまでは多くの人がご存知です。
ただ、注意しなければならないのは、李氏朝鮮は「国」ではなかったという点です。
この点を多くの日本人が誤解しています。
私達日本人は、国は「国境に囲まれた国土の中に住む人々が、同じ言葉、同じ歴史、同じ文化を持ち、国民として平等の権利を有している」、それが国家であると思っています。
日本は昔も今も島国で、天皇のシラス国でいましたから、もう、それが「あたりまえ」の感覚です。
けれど陸続きの大陸では、ぜんぜんそうではないのです。
大陸は、食えなくなった人が「暴徒となって移動する」ところです。
そして支那朝鮮では、大昔から軍とヤクザと暴徒は、同じものです。
ですから、おとなしく生活していれば、そこに突然、軍という名のヤクザな暴徒が襲ってきて、何もかも奪い取ってしまう。当然、人も言語も入れ替わる。それがあたりまえに行われてきたところです。
朝鮮半島も、もともとは今の韓国の南半分は倭国(日本)でしたし、北半分にあたる新羅や百済も、もともとは倭人たちの国です。
ですからそこにいた人種も言語も倭人そのものだったわけで、顔立ちも日本人的な顔立ちの人たちが住んでいました。
ところがその北側は、濊族の土地だったわけです。
濊族は、吊り目でひらべったい顔でエラの張った人たちです。
もともとは、大陸にいた遊牧民だった人たちですが、なぜか大陸を追われ、朝鮮半島にやってきたわけです。
モンゴルや満州のいわゆる広大な大陸地帯と、朝鮮半島では地理環境が違います。
朝鮮半島の地形は、何百頭もの羊や山羊を飼うには適しません。
にも関わらず朝鮮半島にやってきたということは、要するに、濊族は大陸で食い詰めて流れてきた人たちだったわけです。
食い詰めものだから、今で言ったらホームレスのような人たちで、だから汚いし、臭い。
そこで支那人が彼らに付けた名前が、汚穢の濊の字を書いた濊族だったわけです。
その濊族が、倭人たちと接触し、文明の中に取り込まれ、なんともっと贅沢をしようと、ついには新羅を乗っ取り、支那の兵力を引きずり込んで百済を滅ぼし、ついには倭国も滅ぼして、半島を牛耳ってしまいました。
ですからいまでも朝鮮半島には、元倭人系と、濊族系の人達がいます。だいぶ血は混じっていますが、日本人とは似ても似つかない平べったい顔でエラが張って目が細い濊族系以外に、日本人とそっくりな顔をした人達がたくさんいるのは、そういう歴史的経緯があったからです。
元遊牧民の食い詰め者である濊族にとって、人は食い物ですから、いきなり皆殺しにはしません。
そんなに殺しても食べきれないからです。
一方、食べられる側の元倭人たちは、農業や漁業で飯を食っていました。古代の話です。
ですからもともとはあまり肉を食べる習慣はなく、食事の味付けも日本食に近いものだったのですが、これも朝鮮半島がモンゴルに征服されたときに食文化が変わり、基本色が肉になりました。
半島民がモンゴルに征服されたのは、700年ほどまえですが、以來、朝鮮では肉食が主流になります。
ただ、おもしろいのです。
モンゴル人は、戦に使う馬をとても大切にする民族ですが、朝鮮馬というのはいません。
モンゴルは、ずいぶんたくさんの馬を半島に持ち込んだようなのですけれど、モンゴルが去った後、馬たちはみんな食べられてしまいました。
わずかに済州島だけが、近代まで、モンゴル馬の生息地となっています。
さて、軍という名のヤクザな暴徒たちが、国王や王族、貴族を名乗り、半島内で蹂躙と略奪の限りを尽くし、民衆をヒトモドキとして扱ってきた朝鮮半島に対し、日本は、武家政権だった鎌倉、室町、戦国、江戸社会においても、大名たちは領主ではあったけれど、領民たちは大名の所有物ではありません。
知行地内に住む農民をはじめとした人々は、もちろん藩に所属している人々ですけれど、その人々は領主である大名の私物(私有民)ではなく、天子様、天長様(天皇)の「おおみたから」であるとされてきたのが日本です。
日本では、これが古代からの日本のカタチです。
ですからこのことは、日本では「空気のようにあたりまえのもの」になっています。
けれども、朝鮮半島では違います。
西欧においても、「妻は夫のものであり、その夫は領主のものだから、妻は領主のもの」とされたのが中世ですが、朝鮮の場合、外来の女真族の裏切り者が、面倒を見てくれた高麗王を裏切って明に擦り寄って、権力を奪い取って朝鮮王を名乗った李王朝です。
もともと朝鮮族であったわけでもなく、原住民に愛情も愛着もありませんから、とにかく反抗するものは皆殺しにする。残酷な刑罰を加える。殺して食べる。
挙句の果てが、街を歩いていていい女がいたら、強姦のために胸を出させて品定めしやすいように、民族服まで変えてしまったというのが、李王朝です。
ですから、李氏朝鮮の時代、これは大韓帝国になってからも、つまり日韓併合の前まで、朝鮮半島に「国民」はいません。
人として認識されたのは、人口の3%の両班だけで、それ以外の人々は、人ではなく、ヒトモドキという認識です。人の言葉をしゃべる猿です。
「女性は人として扱われた。民主的だった」などと最近の韓流時代劇は、お馬鹿なファンタジー史観を広げていますが、全然違います。
日本でも昔は、青年が温めたコンニャクや、メンドリの膣を使って自慰をするなんてことがあたりまえに行われていましたが、半島では、ヒトモドキの女性たちは、あまりに残酷なことですが、ただの性の道具として「使用されてきた」にすぎません。
いささか嫌な書き方をしますけれど、昔の朝鮮では縛り付けた罪人の骨を一本一本折っていったり、木刀のような太くて長い警棒で縛り付けた罪人を散々殴るということが一般に行われていました。
つまり縛り付けて抵抗できない者に対して、酷い暴行を加えるということが彼らの文化だったのです。
これが性的に変形したのが、朝鮮式SMで、最近では日本でもオカマやオネエ同様、だいぶ流行っていると聞きますが、もともとの日本には、昔の吉原や曽根崎町、あるいは円山町などの遊郭においても、女性を縛り付けて行為に及ぶような施設も文化も、まったく存在すらありませんでした。
ラブホは、戦前も待合旅館などがありましたけれど、SMルームのような施設を持った待合旅館は、日本中どこを探しても一件もどころか、一部屋もありません。これは断言できます。
要するに、朝鮮半島では、人をヒトモドキとして扱い、支配するということが、あたりまえの文化であったわけで、当然のことながら、人と人との信頼関係なんて生まれようがありません。
だから朝鮮半島では、製造業も商業も育たちませんでした。
この点は、支那と大きく違う点です。
支那は、遊牧民の文化に倣い、課税対象は商業流通です。
農業や畜産業自体への課税は、もともとはありません。
とりわけ遊牧民王朝下(ほとんどの時代がそうですが)では、人も動物も基本、移動するものですので、当然のことながら、住民台帳も家畜台帳も整備されません。
そのかわり、人や家畜の移動や、流通に課税したのです。日本とは課税文化が全く違います。
ところが、朝鮮半島では流通商業がありません。
なぜなら、人の移動は、常に逃散だけだったわけです。
ですから、課税は、とにかくそこにいる人から、絞りとる。
言うことを聞かなければ、残酷な刑罰を与える。これしかない。
これでは産業なんて育つわけもなく、だから朝鮮王朝から支那王朝への献上品は、ずっと毎年、性奴隷としての女性の献上だけです。
だから国は貧しく、人々に教育もなく、山々は禿げ山、民家や街中にはトイレさえない。
道には人糞が散乱し、堪え難い臭気が町をおおい、首都ソウルの李氏王宮の正面入り口の南大門の真ん前でさえ、浮浪者がたむろしていた極貧状態です。
あまりの極貧ぶりであるがゆえ、欧米列強による植民地支配の対象さえなりません。
欧米から「不衛生な猿山以下」と思われていたのが、当時の韓国だったのです。
そんなエリアを日本が併合する。
理由として、ロシアや支那を牽制する軍事的意図があったという人もいます。
これ、間違いです。
そういう理由なら、日韓併合の必要はまったくないのです。
現に、日清、日露戦争において、日本は堂々と韓国の領土に兵を進めています。
それに抵抗できるだけの武力も資金も兵力も、気力さえも、李氏朝鮮にはありません。
ですから、仮に韓国に併合を望まれたとしても、日本は軍事的に領有するか、保護国、保護領、従属国にすれば足りたのです。
あるいは植民地でも良い。
本来、何ら投資など必要ないのです。
対ロシア対策というのなら、半島の原住民を強制徴用して、後ろから銃を突きつけて前線に立たせれば良いだけです。
支那の国民党や毛沢東の八路軍、ソ連兵など、みなこのやり方です。
日本はまだこの時期、日露戦争の戦費の償還をしていたのです。
財政に余裕はない。
にも関わらず、日本は韓国を「併合」し、さらに巨額の財政投下までしています。
しかもなんとかして人道的な接し方を彼らにし続けています。
なぜでしょう。
当時日本は、明治の開国後、またたく間に国力をつけた日本は、日清、日露の戦争にも勝利し、明治35(1902)年には、世界最強の海軍国である大英帝国と対等な同盟関係まで締結する国家となっていたというのは、みなさまご存知の通りです。
有色人種国家は、欧米列強の前にひれ伏し、植民地支配を受けるしかないという世界の常識の中で、唯一日本は有色人種国家でありながら、名実ともに世界の一等国仲間入りを果たしていました。
果たしただけでなく、当時の世界最強国家であり、七つの海を股にかけた世界の大英帝国と「対等な同盟国」なのです。しかも英国が同盟を結んだのは、当時、日本だけです。
ちなみにすこし脱線しますが、米国は、西進主義といって、はじめはカリブあたりを支配地におさめ、その次は絵北米大陸の西海岸、それからハワイ、フィリピンへと、当時西へ西へと侵略を進めていました。
要するにカウボーイたちが征服したのは、北米のロッキー山脈のインデアンだけではなくて、それから太平洋、東洋へと、西へ西へと駒を進めていたのです。
ところが米国のカウボーイは、東にも南にも駒を進めていません。
つまり、北米から、南米やヨーロッパ、アフリカに、アメリカの殖民地支配は行われていません。
これが何を意味するかというと、米国の北にも南にも東にも、大英帝国という強大な帝国が勢力を持っていたのです。
米国は国力を付けましたが、まだこの時代、英国に勝利できるだけの実力はありません。
ですから、東南北を塞がれた米国は、西へ進むしかなかったのです。
その西に、強大な帝国として立ちふさがったのが、日本でした。
ですから日米が戦って、米国が勝利すると、その勢力圏を、日本から朝鮮半島、インドネシア、インド、そしていまでは中東まで、すっかり征服圏におさめています。
もし、大東亜の戦いのときに、日英が協力体制にあったのなら、おそらく世界の勢力地図は、いまとまったく違ったものになっていたことでしょう。
と、話が脱線しましたが、そんな世界最強の大英帝国と、隣の日本が「対等」な同盟関係を結んだ、という事実に、当時の韓国の知識人たちがびっくり仰天するわけです。
ちなみに、この「韓国知識人」というのが、むつかしい存在です。
両班は、基本的に両班と結婚して子をもうけます。
両班と両班が結婚して子が生まれれば、その子は、もちろん両班です。
ところが両班たちは、朝鮮のヒトモドキとされた隷民の女性を強姦します。
すると子が生まれます。
こうして生れた両班と隷民階層の「あいのこ」は、両班と区別して「中人」と呼ばれました。
人とヒトモドキの中間という意味です。
そして両班は、箸の上げ下げも、タバコを吸う時もキセルを自分で持たず、また儒者として漢文を読む素養も、漢詩を書く教養もありません。
ただ尊大ぶっているだけです。
そして、そんな両班達のために、文字を書いたり、両班の大作(間違いました)代作で漢詩を書いたり、書を書いたりしていたのが、中人階層です。
ですから、中人階層は、教養がありました。
けれど、自分たちがどんなに教養を得ても、どこまで行っても、一生、明らかにアホとしか言い様がない両班のために働き続けなければならなかったのです。
そして、日本の半島への影響力が強くなってきた時、一番反応したのが、この中人階層でした。
福沢諭吉の弟子になった金玉均なども、みんなこの中人層の出です。
彼ら中人にとっては、勉強をして正しい知識を得たものが、世の中を動かせる日本の社会こそが、まさに理想国家だったのです。
李氏朝鮮は、カタチだけは大韓帝国として、近代国家の体裁をとりましたが、そこにおいても、人間は両班だけです。民衆は隷民だし、中人は補助的仕事しか与えられません。
ですから中人たちは、必死に両班を説得し、日本との合邦を工作しました。
そして日韓併合に、断固として反対の姿勢を貫く伊藤博文を、明治42(1909)年10月に暗殺しました。
当時の韓国は、「日本の初代総理を暗殺してまで」、日本との併合を望んでいたからです。
ですから伊藤博文暗殺の一ヶ月後、喪が明けるのを見計らって、韓国国内に当時あった最大与党の一進会が、「韓日合邦を要求する声明書」を出しました。
この声明は、「日本と韓国が対等な立場で合併することで、新たにひとつの大帝国を作るべきである」というものです。
この声明は、世界の嘲笑をかいました。
なぜなら当時の日本と韓国は、国力に雲泥の差があるからです。
日本と対等に合邦するということは、日本と同盟関係にある英国とも「対等な関係」を形成することになります。
文化もない、教育もない、産業もない、道端は人糞で足の踏み場もないような極貧のヒトモドキ国が、いきなり「英国と対等?」
これを、悪い冗談だと、笑わないほうがどうかしています。
けれども、当時の大韓帝国の中人たちにしてみれば、それは苦肉の選択でもあったのです。
上に立つ、頭の空っぽの両班たちには、何を言っても意味が通じません。
ただ尊大でいるだけで、現実の朝鮮半島は驚くほど貧しいのに、「自分は貧しくない」からと、何の問題意識もない。
だから中人たちは、そんな両班たちを、「世界を支配する大英帝国とも対等になれるのです!」と説得したのです。
おかげで、大韓帝国としての公式の声明は、「日本と対等な合邦」となりました。
しかしこのことは、諸外国からみれば爆笑モノだったのです。
ところが日本は、人種の平等を主張する国です。
この部分は、欧米列強からすれば、日本のウザイところです。
そして、日本に朝鮮半島の面倒を見させることは、長い目で見れば、日本の国力を削ぐことになります。
どんな時代にあっても、自国以外の競争相手国の力を削ぐことは、外交の要諦です。
一方日本は、どうしても対ソ対策のために、朝鮮半島を自立させていかなければならい。
ところがその朝鮮は、まるで問題意識がない。
まるで「自分たちの国は、糞尿だらけで何の魅力もないから、絶対に他国は入ってこれない」と安心しているかのようです。
そしてそんなことでは、ソ連の鎧袖一触で、朝鮮半島はロシア領になってしまいます。
加えて日本には、「人種は平等」であると主張した責任があります。
欧米列強の認識は、殖民地の現地人は人ではなくて牛馬と同じただのヒトモドキにすぎない、という解釈です。
ところが、そのヒトモドキを、日本人は「同じ人間だ」と言い張る。
けれど、欧米列強は500年にわたってアジアを支配してきた結果として、アジア人は人ではないという結論に達していたのです。
「そうではないというのなら、日本は朝鮮半島で実際にそれを証明してみせろ」
これが、日本が日韓併合に踏み切った理由です。
本によっては「韓国から合邦を望まれた日本が、諸外国にお伺いをたて、諸国の了解のもとに日韓併合を行った」というような記述をしているものがありますが、事実関係はまったく逆です。
そもそも当時の世界は、欧米の白人国家が有色人種を支配するのが「常識」とされいた時代です。
国力のある国家が、そうでない国家を支配するというのも、違います。
白人社会の伝統的価値観(宗教観)においては、この世は「
神」と「
人」と「
獣」によって構成されています。
「神」は唯一絶対の存在であり、「人」は神の子です。
神の子である「人」は、神との間に交されたルールを守らなければなりません。
ルールを守るから「人」なのです。
ルールを知らない、あるいはルールを守れない異教徒は「人」ではないヒトモドキです。
「ヒトモドキ」は「獣」でしかありませんから、人の姿カタチをしていても「獣」です。
バンパイヤ(吸血鬼)やリカント(狼男)は、人の形をしていますが、人の勇者によって片端から殺されます。
バンパイヤやリカントは、いくら殺しても罪にはなりません。
なぜなら人の姿をしていても「人」ではないからです。
「人」は、牛や豚を殺して食べます。
それは牛や豚が「人」ではなく「ケモノ」だからです。
「人」を殺せば殺人罪ですが、「ケモノ」を殺した「殺ケモノ罪」は、世界中、どこの国にもありません。
「ケモノ」は、飼いならして「家畜」にします。
そして使役して果実を作らせる。
できあがった果実は「人」のものです。
だから殖民地の生産物は、すべて「人」のものです。
そして西欧では、古代フェキニアの時代から、これが常識です。
日本人は、自分たちは「人」であると信じて疑いませんので、このような説明をしてもわかりにくいかもしれませんが、そんな日本人も魚は食べます。
殺して食べても、「殺魚罪」になりません。
要するに人でないということは、その魚と同じということです。
こうした有色人種を「獣」として使役するという考え方は、ヨーロッパにおいては古代からの、ごく一般的な思想です。
15世紀にはじまる大航海時代において、人が遠くアフリカや南米に出かけて行く。
その国の原住民を殺して金銀財宝を持ち帰る。
それが罪にならなかったのは、その国の原住民が「人」ではなく「獣」とみなされたからです。
そうした考え方が、まさに「常識」とされていた時代に、有色人種でありながら、たいへんな努力をすることで、唯一「人」として認められたのが日本です。
「人」と「獣」の違いは、ひとことでいえば、人としてのルールを守れるか否かです。
日本は、古来の伝統的武士道に基づく道徳観にさらに磨きをかけ、これを国民的共通観念とし、さらに教育によって西洋人以上に約束を守り、勇敢で、高潔で、人としての尊厳を保つ民族、国家、人種として、日本社会を構築していったのです。
そしてその努力があったからこそ、日本民族は、ルールを守れ、勇敢で高潔で勤勉な民族として、西欧社会に受け入れられました。
「獣」としかみなされない有色人種が白人種の中でも最強とされた英国と対等な同盟関係を結べれた背景には、日本の国をあげた努力が根底にあったのです。
ところが、お隣の韓国は、自らを何も律することなしに、両班の尊大と、ヒトモドキの隷民を抱えたままで、日本に対し「対等な合邦」と言い出したわけです。
これはまさに、人として国家としての「ルール」をまるでわかっていない、つまり自ら「ケモノ」や「ヒトモドキ」であることを、世界に向けて高らかに宣言したようなものです。
ルールがわからない、理解できないということは「獣」である証だからです。
日本が困りきり、西欧諸国が涙を流して笑い転げたのは、あたりまえのことです。
結果、欧米諸国は、日本に「韓国の面倒をみてやれよ」といい出しました。
「野良犬(もしくは猿?)が、君のとこに妙になついてしまったのだから、まあ、面倒くらいみてやりなさいな」というわけです。
日本は、世界でただ一国「有色人種も人である」と必死に主張していましたが、なんとお隣の国が「オイラ、獣です」と世界に向けて宣言したのです。
もし隣の有色人種が「獣」なら、日本人も「獣」であると証明したことになってしまいます。
そうなれば、明治の開国以来の国をあげての努力が、ぜんぶ水の泡です。
こうして米英露伊仏独は、それぞれに日本に朝鮮統治を迫りました。
日本は欧米との外交上、朝鮮の面倒を見ざるをえない方向に追い込まれてしまったのです。
やむなく日本は、大韓帝国の面倒をみることにしました。
本来なら、植民地か、保護国、保護領、従属国にするだけでも足りるのです。
そもそも当時の国際的常識では、韓国は「人の国」ではないのです。「猿の国」です。
けれど、日本が「有色人種は人である」と主張するなら、朝鮮半島に生息する猿も同じ「人」となります。
ならば日本は、韓国を対等に遇しなければなりません。
そして韓国の中味が「獣」でしかないなら、なんとか教育して「人」に仕立て上げなければなりません。
こうしてできあがったのが、明治43(1910)年8月の「日韓併合」であったわけです。
韓国を併合した日本は、韓国内に古くからある不条理な刑罰や牢獄制度を廃止させました。
韓国内に八つあった言語を統一しました。
さらに半島内に5200校に及ぶ小学校を作り、239万人を就学させました。
道路をつくり、鉄道を敷設し、上下水道を整備し、病院をつくり、電気を引き、ビルを建て、道路を拡張整備しました。
そして路上での大便を禁止しました。
こうして日本は、韓国の近代化をいっきに押し進めたのです。
現代韓国人は、「七奪(칠탈)」といいます。
日本が韓国併合により朝鮮半島(韓国・北朝鮮)から、主権、国王、人命、国語、姓氏、土地、資源を奪ったというのです。
けれど、李氏というヤクザの親分が民衆をヒトモドキ扱いして威張っていただけの地域が、そもそも主権国家といえるでしょうか。李氏朝鮮は支那の隷属家です。朝鮮半島にある全ては、李王朝のものです。そして李王朝のものは、すべて支那皇帝の所有物です。そのどこに主権があったのでしょうか。
李朝の国王には、日本は併合後、皇族の身分を与えました。
しかも年金は、日本の本物の皇族よりも高いお金を払っています。
そもそも李王と、日本の天皇では、格が違いすぎます。
朝鮮半島の人口は、日韓併合後、倍になっています。
人命を奪ったどころか、みんなが食える国してあげたのは日本です
朝鮮半島に、統一言語はありません。
8つあった言語を統一し、埋もれていたハングルまで復活させてあげたのは日本です。
日本人の名を名乗りたかったのは、朝鮮人たちです。
彼らは満州などで、自分たちは「第二日本人」を名乗っていましたが、さらに日本人名になれば、日本人そのものとして「大きな顔」ができたから、彼らがそれを望んだのです。
七奪というくらいなのですから、もう二度と日本人名は名乗らせる必要はありません。
通名は一切廃止すべきです。
土地も、私有を認めてあげたのは、日本です。
それまでは、両班のものですが、その両班には土地台帳はありません。
上に立つ両班が、「ここは俺の土地だ」と言ったら、そこがその両班の土地になりました。
それを全道を測量し、私有地を認めてあげたのは、日本です。
資源など何もなく、女性をセックスのために輸出する他、何の産物もなかったエリアが、いまでは世界第14位のGDPを持つ経済大国です。
全部、日本の技術です。そのどこが七奪なのでしょうか。
もう、日本は目をさます時です。

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http://ameblo.jp/fuuko-protector/entry-11383136883.html
韓国併合はアメリカのセオドアルーズベルトによってどうしようもない韓国を押し付けられたもの、欧米列強の仕組んだもの、という話は最近色々な方が本で語ってくれています。 しかし、現場目線のねずさんのこの話で、何故日本がそうせざるを得なかったのか、その一番肝心な点が分かりました。
伊藤博文には見えていたのでしょうね、併合の場合の日本が被るであろう辛苦を。彼の暗殺を仕組んだのは欧米という説もあり、今日の話からますますその疑いが強くなりました。伊藤のやり方に同意はできなくても、韓国人による暗殺はどうも納得し難い。
併合せざるを得なかった日本の先人たちの苦渋の決断、苦渋の表情が見えてきそうです。
その後の恩を仇の酷い仕打ちの数々。今もそう。 あんまりじゃないか。犬でも恩を忘れないでしょうに(ハチ公)。
日本人は、先人たちが身を挺して残してくれた歴史から学ばないといけないですね、ホント。ごろつき、泥棒と仲良くなどできない、してはいけない。これからの私たちの世代に同じ思いをさせてはいけない!
付き合いを断つ、マジに、そうしないといけないですよ。もう待ったなしではないでしょうか。
韓国が猿の国だったというのは、猿に失礼です。淡路島の猿なんてボス猿も含めて支え合う共同生活を営んでるのですから。
明治維新はガイアの法則である「陰のリズムの2年間(文明社会の衰退リズム)」のときに行なわれました。絶対に積極的な対外行動を起こしてはいけない年でした。戌亥戦争も決して行っては行けなかったときに起こった。ここから日本の国体の崩壊が始まりました。その決定打となったのが日韓合併と先の敗戦です。
「朝鮮も人だ」と言って合併した日本は、その後100年の中でそれは大間違いだったと思い知ったことでしょう。奇しくもその100年目にあたる2010年は、民主党政権に日本が乗っ取られた時にあたります。
話はちょっと変わり、現在は「神が表に現れて、善(神)と悪(ケモノ)に立て分ける」という時期が迫っているように思います。秋篠宮家の悠仁親王様もお生まれになったことですし。(日月神示関係のダウジング予言者によると、悠仁様はは400歳を超えて生きる世界天皇になるという)
日本人は、朝鮮人はケモノだとハッキリ認めるべきです。100年前の愚行を繰り返してはなりません。
過去の過ちを潔く認め、その愚かで傲慢な考えから生まれた結果に目を向けることです。「日韓合併は、クソとミソを混ぜるという歴史上もっとも汚点となる行為でした。」と。
「人類は平等」というのは、悪平等のこと。人類は平等ではなく、公平なのです。神の人もいる、ケモノの人型生物もいる。これが公平であるということです。
強調すべきは、日本の混迷は明治維新から始まったということです。
日本は1995年1月17日の前後100年を通して世界新文明の中心国となります。
新文明を開化されるには一点の曇りもなく岩戸を開かねばなりません。女性性の国、日本が雲一つなく富士は晴れたり日本晴れとなるには、御国を貶め続ける勢力の完全排除が必要でしょう。戦後70年、日韓合併から105年、変わるときです。ただ、500万人は目覚めないといけません。でなければ変革は10年遅れるそうです。
こんなあまりにも悲惨で特異な歴史を歩んできた民族だからこそ、遺伝子にも深く刻まれて、今の韓国や北朝鮮、在日朝鮮人の姿があるわけですね・・・迷惑な話ですが、悲しい話でもあります。
因果応報、自業自得という言葉がぴったりですが。
コメントついでに・・・
ものすごく今更で恐縮ですが、ねずさんのひとりごとを私個人が運営する優良コンテンツまとめ速報サイトに登録させていただいております。
ご確認いただけると僥倖でございます。
また、問題やご提案等ございましたらご連絡下さい。
(サイトの右サイドに送信メールフォームがございます。
どうぞよろしくお願い申し上げます。
。
アメリカ人がハワイ王国を解体する時、日本海軍が邪魔しています。アメリカは当然それを知っていたでしょう。フィリピン独立派も日本に支援を依頼してきており、実際に日本の有志が武器弾薬を贈っています(輸送船が沈没のため、未着)。
後年、真珠湾攻撃前のアメリカでは「日本との関係が悪化すれば、フィリピンは守れない」という見方が主流でした。アメリカのフィリピン領有は日本次第だったのです。
「飢えた日本がフィリピンに向かってこないようにするエサ」それが朝鮮でした。アメリカが本気で朝鮮とフィリピンで釣り合いが取れると思っていたのかどうか分かりませんが、併合するとは思っていなかったでしょう。
倭人も多数移住していたのに、支那朝鮮連合軍に追いやられて残された倭人(日本人)は強制的に朝鮮人になり混血もして今日に到っているとすれば、日本に対して郷愁に近い親近感を持っている者達もいると想います。如何せん選別出来ないので、どうする事もできませんが。昔の加羅出身者は、概ね日本人と想って良いでしょう。
在日にも良い人はいる
全員が反日じゃない
事実を根気よく説けばわかりあえる
こんなことを言っていたら
本当に大和民族は近いうちに
絶滅するでしょう
7月8日の在留カード切り替え前後
反日勢力が暴れまわるという予想があります
テロ3法が成立し、ヤクザ始め反日勢力が
追い詰められています
在留カードを切り替えれば不正が暴かれるため
数万人単位で暴徒となる危険があります
反社会的分子は竹島作戦で切り抜けるつもりらしい
要するに
「日本人を人質にする」
ということです
みなさん、今年の7月前後はくれぐれも
お気を付け下さい!(特に女性)
ねず先生、お疲れ様です。
日本は万世一系の天皇を頂くシラス国です。それが嫌なら日本から出ていけば良い!
これの後、1919年、日本は第一次世界大戦後のパリ条約において、人種的差別撤廃案を主張しました。これは、オーストラリアやアメリカの反対で否決されました。これが、この当時の世界の常識なのでしょう。
ところでNHKは、放送するときいつも日本は韓国を併合したあと、植民地扱いをしたと表現しています。
NHKは、植民地の扱いをどのように定義しているのか不明です。
イギリスがインドに対して扱ったことでしょうか? 清国が朝鮮に対して扱ったことでしょう? スペインが南米に対して扱ったことでしょうか?
分かりません。
どこの植民地の宗主国が、植民地に学校を沢山作ったのでしょう。植民地の拷問制度を廃止したのでしょう。宗主国並みのインフラを整備したのでしょう。教えて欲しいものです。
毎日の更新お疲れ様です。
併合に向けた様々な風、当の韓国側からの風、白人列強側からの風、赤化からの風、国内の風もあったでしょうね、そしてそれらの風を受けて大日本帝国として併合するの決断に至る...と。
日本人のまじめさ、責任感の強さ、これが功罪二つの側面を持つということ。
我々は日韓併合という歴史上の事実をどのように教訓にしていくべきなのでしょうか。
嫌悪感を煽るだけでは一過性のブームで終わってしまう危うさがこの国にはあると思います。
Noと言うべきは断固として言う、人種や人権だろうと差別と区別は違うということ、世界は綺麗ごとや理想だけでは済まないこと、そして外交戦略上のしたたかさ、等々。
仕事人としてのまじめさ、責任感の強さがメンヘル上の仇となる時代です。上手にストレスと付き合っていかなければなりません。
一国として真実の歴史認識をしっかりと持ち、そして教育をしっかりと行い、蔓延る傀儡一味に対抗していかなければなりません。今後も勉強をしていきたいと思います。
最後に、今年一年が進撃の一年になり、かつよい一年になることを切に願うものです。
歴史の勉強の時、子供たちに教えてほしい
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全ては、世界の宗教問題と繋がっています。宗教や○○主義の本質とは、理論武装した一方的前進でしかありません。その攻撃と反撃の中に、答えを見出だす性質があります。宗教も○○主義も、生まれた土壌(精神)は一緒です。詰まり「ご都合主義」と言う精神であり「自分の事しか考えない」精神です。だから魔女だ!異教徒だ!の暗い歴史があります。宗教「依存」患者の盲進の問題です。
対して日本では、「配慮と配慮」、「思いやりと思いやり」の中に答えを見出だそうとする思考です。「真」の答え、と言う概念です。相手を思いやる思考が交錯して、互いが納得する落とし所に、辿り着けると言う概念です。大きな和(大和)の答えでもあります。「和を持って尊しとなす」でもあります。だから日本では、○○主義は誕生し難い土壌にあります。
ご都合主義の対極にあるのは「思いやり」と言う精神です。従って「思いやり」の対極が「宗教」となります。
人間の内側から湧き出して来る「思いやり」の向上は、「自立」へと繋がっています。だから思いやりが向上する事は、必然的に宗教への「依存」度を下げる事に繋がっています。日本が、貢献文化を築けた理由がそこにはあります。
これらは、道(自立)と宗教(依存)の関係に繋がっています。遥か太古に、栽培による収穫量の増加で、生産に携わらない専門職が誕生しました。自然からの乖離です。
暦は人々が「依存」したくなる最新科学だったのです。自然から乖離し、感謝を忘れ、更には自然すらも支配する思考が誕生しました。宗教の誕生です。併せて、勢力、偶像、洗脳奴隷が誕生しました。感謝のサイクルは捩曲がりました。感謝の独り占めです。
自立の研鑽の道を歩めば、必然的に「頼りたい」(依存)は生まれます。この際の一時的な救済所が宗教の本分なのです。しかし依存を強いて、勢力化してる問題があります。これは子供の躾を考えれば問題は明白です。自立を遮り、依存を強いてはマインドコントロールの問題が生まれます。このテクニックを乱用する宗教(組織)が、様々に分派しました。反日教もその一つです。宗教の絶対とは勢力の絶対であって、地球の絶対では無いのです。
「真とは、幾度もの点検の努力をした、その先にある物」「その点検をさせない絶対と言う縛りは陰を誕生させる。陰は隠れ家となり、光(点検)を嫌うモノが住み着く」
四方八方からの点検こそが、光賛々の世界を表しており、真を表し、「日いずる国」に繋がっています。これは真偽に繋がり、「真の精神」と「偽の精神」に繋がり、それぞれの精神から生み出される世界へと繋がっています。
いい加減にご都合主義の問題に、覚醒する時が来たのです。偏ったご都合主義の答えを世界は求めていません。しかし「思いやり」が育たなくては、真の答えに辿り着けません。人類の未来は「思いやり」の先にあります。