占領下の京都、貴重なカラー写真公開 米軍医撮影
米軍占領下の日本について研究するカナダ・トロント大科学技術史研究所の客員研究員だった二至村(にしむら)菁(せい)さん(68)=京都市左京区=が、著書「米軍医が見た占領下京都の600日」(藤原書店)で、敗戦まもない京都を撮影した貴重なカラー写真を公開している。あでやかな晴れ着で初詣に出かける家族やサクラが満開の円山公園などを捉え、生き生きとした庶民生活の一端がかいま見えてくる。
撮影者は、占領下で京都府庁衛生部を監督したアメリカ軍のジョン・D・グリスマン軍医。1947年9月に25歳で来日し、49年4月まで勤務した。保健衛生や医療の改革に貢献する一方で、東山区の長楽館を宿舎としながら、趣味のカメラを持ち歩き、敗戦直後の京都を撮影した。
二至村さんはグリスマン軍医を取材した際、証言とともに資料を譲り受けた。カラーフィルムで撮影した京都の写真が多数含まれており、当時の人物の表情や服装、建物などが色鮮やかに浮かび上がった。
写真を見る限り、大規模な空襲を経験しなかった京都市内では、表面上、いち早い戦後復興を遂げたようにも見える。桜が満開の円山公園を撮影した写真は、セーラー服の女子生徒の姿や家族でお弁当を広げて食べる光景が写り、戦禍を感じさせない。晴れ着姿で八坂神社に向かう少女の姿は平和そのものだ。
グリスマン軍医が日本人を見る視線は温かい。清水寺の「音羽の滝」で母親と一緒に憩う幼い兄弟とは対照的に、困窮家庭の子どもと思われる2人を写す。「軍医についてまわるチビふたりが走ってきた。四歳か五歳ぐらいだろうか、ひとりははだしで、もうひとりはわらぞうりをはいていた」(同書)とある。ひとときの交流だったが、人なつっこい笑顔を見せてくれた。
二至村さんは「敗戦から数年間、日本の写真は白黒フィルムで撮影されたので、占領下日本は暗くて貧しい印象があった。しかし、グリスマン軍医の写真からは、明るくて躍動的な復興の姿も捉えている。占領時代の実像により迫った資料だと思う」と話している。
【 2016年01月30日 22時46分 】