日本一学費の高い高校、ブルジョワジーとの出会い
おぐらりゅうじ(以下、おぐら) はあちゅうさんって、もともとセレブ育ちなんですか?
はあちゅう 決してセレブではないと思います。父親は関西出身の商社勤務で、小学校のときは神奈川の本藤沢っていうタヌキがたまに出るところに住んでました。
速水健朗(以下、速水) 商社ってことは、転勤もある。
はあちゅう はい。本藤沢にいたのはちょっとだけで、そのあとは香港とシンガポールを経て、川崎市に戻ってきました。で、高校は慶応義塾湘南藤沢高等部っていう日本で一番学費の高い学校に行って、そこで初めてブルジョワジーってこういう人たちなのかっていうのを目の当たりにして。
速水 同級生はみんな自分とは階層が違う感じでした?
はあちゅう そうですね。親が高額納税者だったり、本人もテニスの世界ランキングで上位とか。分かりやすく言うと、漫画の『花より男子』の世界みたいな。高校生なのにタクシー乗ってる人とかがいてすごいびっくりしました。
おぐら 僕の大学にもセレブっぽい同級生がいましたけど、金銭感覚が違うんですよね。一緒に服とかCDとか買いに行くと、こっちは今日買うべき1つで迷ってるのに、隣で迷わず全部買う、みたいな。
はあちゅう そうなんです。私は競技スキー部に入ってたんですけど、まわりはスキー場から荷物を3000円で配達してくれるサービスを普通に使っているのに、私はそのお金がもったいないから自力で担いで行ってました。
おぐら それでも、仲は良かったんですか?
はあちゅう 全然良くないです。心の中で、いつも「仲良くしていただいている」って引け目を感じていたし。だから私にとって、小学校4年から高校3年までは黒歴史で。それで、これが一生続くのはイヤだ、大学で生まれ変わろうって思って、大学デビューしたんです。
速水 デビューには成功した?
はあちゅう 今でも当時の内部の人とか、私の過去を知る人たちとはあんまり深く関わってないですね。たまにフェイスブックとかで「なんか活躍してるらしいじゃん」とか言われると、「は、はい! ありがとうございます!」っていう感じで、胸がキュッてなります。
「おごってもらう」を勘違いしてる人たち
おぐら はあちゅうさんのファン層って、どういう人たちが多いんですか? やっぱり野心的な若い女子?
はあちゅう 読者に多いのは、東京にいる20代前半から30代前半くらいのキャリア女子ですかね。
おぐら 本には、てらいもなく「割り勘ね」と言ってのける男性は大嫌い、とか書いてあって、こうやって言い切っちゃうのがはあちゅう節とはいえ、さすがに今のご時世、反発もあるんじゃないかなって。
はあちゅう あるみたいですね。
おぐら 若い男性にも「なんでおごらなくちゃいけないの?」って普通に思ってる人はたくさんいますよ。
はあちゅう まったく気持ちが分かりません(笑)。ツイッターとかにそういうこと書いて怒られることもあるんですけど、本当に理解できない。たぶんそれで怒る人たちって、「おごってもらう=体を売る」ことだと思ってるんですよね。だから売女みたいなこと言ってくる。
速水 別におごったくらいで何のアドバンテージもないのにね。
はあちゅう そもそも私とは前提の意識が違うんです。私はおごってもらうのは「特別なことだから嬉しい」って思ってるんですけど、批判してくる人たちは「おごられて当然だと思ってるでしょ」って。
おぐら そして「お前みたいなやつが女の地位を」みたいな大きな話をしてきたり。
はあちゅう ほんとそう! モテた自慢をしてるわけでも、したいわけでもないんですよ。慶応で電通っていう肩書だけとると、遊びなれてるとは思われますよね。ただ、異業種の人にカルチャーショックを受けたことはあります。25歳くらいのとき、女子は20代と30代前半で、男性たちは旅行業界の40代だったんですけど、すごい安い居酒屋で、1円単位で割り勘にされて、すごいびっくりしました。こんな世界あるのか!って。
おぐら そこら中にありますよ(笑)。
はあちゅう 電通の男性だったら、それはないですね。
恋愛にテクニックは必要なのか
速水 不倫はすべての女子が通る道、とも書いてましたよね。
はあちゅう みんな、既婚者とご飯ぐらいは行ってますよ。それと、地味な女子のほうが浮気してます。綺麗な人のほうが一途ですね。
おぐら それは、口説かれるとうれしくなっちゃうから?
はあちゅう それもありますし、中途半端なモテ方をしてる女の子の思考回路として、たとえ不倫でも経験値として捉えちゃうんですよ。自分の中に恋愛の軸がないから、とにかく色んなバリエーションを経験することによって、自分の経験値が上がったって勘違いしちゃう。要は洞察力がないんです。
速水 ちなみに、本当の経験値を上げるためには、何が必要だと思います?
はあちゅう ひとつの恋愛からどれだけ学ぶか、ってことじゃないでしょうか。経験のバリエーションや数ではなく、自分の思考量だと思います。
おぐら でも今って、恋愛のテクニックよりも、感情や共感のほうが重視される傾向になってません?
速水 熱烈にアプローチしたほうが信用されるぞ、っていう?
はあちゅう 堀北パターンですね。
速水 本に書かれていたことでいえば、優しいっていうのは別にマインドの話じゃなくて、その人の記憶能力の問題だって。あの主張はすごく正しいと思う。
はあちゅう どんなに優しさが内面にあっても、行動に現れないと女の子には見えないから、それは意識してちゃんと外に出したほうが、恋愛が上手く進みますよ、っていうだけで。テクニックを使えとかはまったく思ってないです。気遣いの話をしてるんです。
おぐら とはいえ、食事のマナー以前に、状況や相手との関係性によってお店を使い分けたりするのって、物理的に都会暮らしじゃないとできないし、気持ちよくおごるのだって、ある程度の経済力がないとできないし、って思うんですよね。それって日本のどれだけ少数派だよ、っていう。
速水 はあちゅうが、骨董通りも知らない男ってダメだよねって発言した瞬間に、そこに乗れない人たちのほうがネット世界では圧倒的に多い。そこに乗れる条件には、経済力と食べ物への情熱なんかが必要になる。SNS文化って、安くていいレストランを情報として共有する文化である以上に、本来かけるべきコストをみんなで放棄してそれでいいよねって納得する文化になっている。そんな世の中にあって、はあちゅうの主張は、すごく分が悪い戦いになっている。
はあちゅう 戦いというか、反発してくるのは偏差値低い人なんだろうな、って思います。
速水 でも偏差値低い人のほうが圧倒的に増えてるでしょう。
はあちゅう 私はテクニックっていうのは、もう基礎の公式みたいなものだと思っていて。知ってたうえでやる・やらないの自由があったりとか、切り崩していくものだと思うんです。私はそういう公式を、集積・分析して丁寧に親切に解説してるのに、それをいらないって言う人は、どうぞ勝手に自己流でやってください、って感じですね。
分かり合えない人との付き合い方
おぐら 最初にはあちゅうさんの本を読んだとき、すごい古くさいなって思ったんですよ。バブル時代の女子大生かよ、みたいな。
速水 そういう評価も多いだろうなとは思うよ。
おぐら でも今日ご本人と話をしてみて、思い切って見切りをつけることのメリットもあるのかなって。僕はコンビニでも売られている雑誌の編集者なので、どうしても全方位に目を配りたくなるんですけど。
速水 出版業って、全国1万5000の書店、5万のコンビニに置かれることを前提とした業界だからね。
おぐら そうです。だからはあちゅうさんは、いつぐらいから、もう分かり合えない人は別にいいや、って思うようになったのかなって。
はあちゅう 私は2004年ですね。
おぐら はやい!
はあちゅう 18歳でブログを始めて、私は高校のときからずっとコンプレックスを抱えて生きてきたので、慶応の中でもキラキラできない、何者にもなれない自分、みたいなことをブログに書いてるつもりだったんです。そうしたら、知らない人たちからのコメントで「慶応ってすごいキラキラしてますね」とかって言われるようになって。あ、この人たちが見てる私と、私から見えてる私って、全然違うんだ、って。
おぐら でも、文章を書いてお金をもらう立場になったときに、価値観が違う人と、お友だちにはならないとしても、読者として大事にしようって思いません?
はあちゅう いや、一切思わないです。そういう人たちは「図書館にありませんでした」とか、Amazonに在庫があるのに「どこで買えますか?」とか言ってくるんですよ。あと「読みたいけどお金がないので買えません」とか。
おぐら 直接言ってくるんですか?
はあちゅう そうです。ツイッターのリプライとかで。それって、すごく失礼ですよね。本の定価が1200円だとして、そのお金を出せないっていうのは、お前の本には1200円の価値がないって言ってるのと同じじゃないですか。でもそれを失礼だって思う感覚がない人は、もう別の生き物。だからそこに媚びようとは一切思わないです。読んでは欲しいけど、こちらが土下座してまで読んでもらうものではないです。
おぐら その1200円も、はあちゅうさんにとっての1200円と、「お金がないので買えません」と言っている人とでは、経済状況的に重みが全然違うっていうこともあると思うんですけどね。
はあちゅう そしたらもう、どのみち本は買ってくれないので、読者ではないですよね。
おぐら ただ、ここ何年間かはとくに、自分とは異なる属性の人たちに対する想像力こそが重要視されてる部分もあるじゃないですか。これを言ったら傷つく人がいるんじゃないか、これで困ってる人もいるんじゃないか、という。それが最近になって、そういう折り合いをつけることが、正直みんなしんどくなっているムードはあります。
はあちゅう いや、折り合いはつけられないですよ、やっぱり。生きている世界がみんな違うし、見えてるものが違う、普通っていうものがないんだなっていうのに気づきました。
速水 僕とおぐら君も、この連載で、多くの人たちがわかり合うのは無理なんじゃないか、って最近やっと思い始めたんだけど、はあちゅうは10年以上前に気づいてたのか。
“文学賞をとらない作家”の成功事例になりたい
おぐら はあちゅうさんの、これから先5年くらいの目標というか、活動の想定はあるんですか?
はあちゅう やっぱり作家を続けていくことですね。
おぐら コンスタントに本を出していくような?
はあちゅう いや、本じゃないんです。私は「ネット時代の作家になる」って言ってるんですけど。今は本も売れなくなっているし、連載の原稿は溜まっているのに、なかなか本にするのが難しかったりもするし。だったらもう、本にも雑誌の連載にもこだわらず、オンラインサロンとか「note」みたいな月額制のデジタルマガジンとか、いろんな形でやっていくほうがいいなって。出版社から本を出しても、いずれ絶版になるくらいなら、自分で電子書籍をやったほうがいい、と思い始めたんです。それでも私は、一般的な作家さんよりはだいぶ稼いでると思うんです。
速水 テレビの出演料があるからではなく、原稿料だけで?
はあちゅう 原稿料だけです。紙よりウェブのほうが、圧倒的に単価も高いですよ。
おぐら へぇー。ウェブで書いてるライターさんだと、1本5000円とかザラにあって、紙の方が全然いいっていう声も多いのに。
はあちゅう 私の場合は、ツイッターの拡散力とかも見ていただいていると思うので、ブログで広告をやったり、あとはウェブで自分の読者を持っているか、っていうのが大事なんだと思います。
速水 紙の世界に重心を置く書き手と、ウェブの世界に重心を置くライターとの間で、かなり違いが見えつつある。いままでは、いかにバランスをとるかが大事だったけど、そろそろその最適なバランスの均衡値がズレてきている気がする。
はあちゅう それでも紙は残る、とは言われてますけど、いろんなところに手を出してないとダメだなとは思っています。そもそも私は、紙の文化に入っていけなかったというか、もともと文学賞を取りたかったんですよ。
おぐら 小説家になりなかったんですか?
はあちゅう 中学生のときから、すばる文学賞に応募してました。それで私が高校生のときに、綿矢りささんが人生で初めて書いた小説で文学賞を取られて、あっ……こういう天性の才能を持った人がとるんだ、じゃあ私は本とか出せない側の人間なんだ、と思って一度は作家っていう夢を諦めたんです。そうしたら、何年後かにブログが本になって。もちろん今でも本の文化の中で認められたい気持ちもはあるんですけど、そっちのエリートコースからははずれちゃってると思うこともあって。あと、書けるものも、たぶん私は「文学」じゃないんです。だから私は別の戦い方しないといけなくて、文学賞をとらない作家としての成功事例になりたいなって。
おぐら ブログをはじめた頃から、いつか商売にしようと思ってたんですか?
はあちゅう いや、ほんとの最初は承認欲求ですよ。読モとかカットモデルとかに憧れてたけど、そういうのは一切声かけられないし。高校生のときには文芸誌の編集部に原稿を送ったり、もうどこにも載せるところがなくて、主婦が投稿するサイトに小説を載せたりしてました。
おぐら 思いっきり下積みしてるじゃないですか。
速水 新しい作家像をつくるって試みはおもしろい。今は小説家は、ライフスタイルをさらさないのがトレンドになっているけど、その次の世代は、はあちゅうのように再び価値観やライフスタイルをオープンにする時代になるかもしれないね。
(おわり)