私は上司であり、部下だ。
管理職ではないが、職場で中間となる立場として、”教育”や”指導方法”は、常に悩みの種である。
今回は、以下の記事に感化され、この記事を書くことに決めた。
筆者であるshun氏の考えを要約すると、
『厳しい表現をすると、態度・感情により伝達内容が隠され、本質が伝わりにくい』
と言うことだろうか。
この記事では、彼と同じく『伝え方』をテーマとした。
叱責や罵倒に近い伝え方の弊害については、既に彼が完結させている。
私は、より曖昧なテーマ、教育や指導の最中に感じる”不信感”について表現したい。
【目次】
- Chapter 1 ”入ってこない”伝え方
- Chapter 2 マウンティングとは
- Chapter 3 マウンティングは不純物なのか
- Chapter 4 マウンティングと不信感
- Chapter 5 おわりに
Chapter 1 ”入ってこない”伝え方
上司からの注意・叱責や、同じ立場の人間(友人、同期等)からの忠告を受ける際に、素直に受け止められる時と、どこか受け止めたくない時はないだろうか。
冒頭の様な、”罵倒に近い伝え方”ではなく、フラットで、柔らかい言い方を前提とする。
私は時折、丁寧な表現で注意されているにも関わらず、苛立ちやフラストレーションを感じることがある。
相手がどのような人間か、普段から仲が良いか悪いか、そういった先入観を抜きにしても、精神まで素直に『入ってくる』伝え方と、どこか引っ掛かりを感じるような、『入ってこない』伝え方をする人間がいる。
両者は、一見ほとんど差が見えない。
だが、『不信感』を感じる。
私が感じる『不信感』の根底こそ、”マウンティング”という概念であった。
Chapter 2 マウンティングとは
マウンティングといは、元々、猿などの哺乳類が、群れの中で優位性を示す行動を指す。
サルがほかのサルの尻に乗り,交尾の姿勢をとること。霊長類に見られ,雌雄に関係なく行われる。動物社会における順序確認の行為で,一方は優位を誇示し他方は無抵抗を示して,攻撃を抑止したり社会的関係を調停したりする。馬乗り行為。
近年、この概念が、人間、特に女性社会において頻繁に用いられるようになった。
沢尻エリカ主演のドラマ、ファースト・クラスの放送により、2014年度の流行語にも選出されている。
このドラマでは、雑誌の編集部を舞台に、女性達が狂気とも言えるほど”格付け”に拘り、あらゆるシチュエーションで優越感を手に入れようとするシーンが見られる。
このように、様々な場面で、優位性を誇示する女性を”マウンティング女子”と呼び、その名の通り、”マウンティング”という概念は、人間社会において、主に女性社会に適用される。
私は、この”マウンティング女子”という言葉に疑問を抱く。
そもそも、”個体間で優位性を誇示する行動”を人間に当てはめるのであれば、それは女性社会だけでなく、人間社会全体に適用されるべきである。
マウンティング上司、マウンティング友人、マウンティングブロガー、マウンティング教師、マウンティング…
”マウンティング人間”はどこでも存在する。
Chapter 3 マウンティングは不純物なのか
私は、この記事のタイトルで、マウンティングを”不純物”と表現した。
この点に関して、冒頭に言及した記事に対する、私のコメントを参照したい。
根本的に伝えるという目的が念頭にあれば、相手に合わせて表現方法ぐらい変えられるはず。怒ること自体が目的だったり、ストレス解消の意味を含むからキツさ一辺倒になる。 / “ちゃんと伝えたいなら「きつい言い方」をやめた方がいい - い…” https://t.co/WC4S1ZAU3x
— みるおか (@miru_oka87) 2016, 1月 25
私は、この記事に対する”共感”、及び”思想の拡散”を目的として、ブックマークさせて頂いた。
指導、忠告、教育、注意…
これらの行動は、全て、
『相手の間違っている箇所を修正し、正しい方向に導く』
という命題の上に成り立つと考える。
そして、その命題を達成するために、最善の行動を行うべきである。
なお、”正しい方向”という表現は、個々の価値観であるため、時として間違った方向に進むことがあるが、本題から逸れるため割愛する。
コメントにある通り、この命題の達成を最優先に考えるのであれば、相手やシチュエーションにより、伝え方は毎回異なるはずである。
ただし、注意する側が、期待とのギャップにより苛立ち、そして叱責一辺倒の”ストレス解消”を目的とした”指導”が発生することがある。
あるいは、自己顕示を指導を履き違えている場合もある。
この場合、”指導”の概念が変わってしまい、その原因となる”ストレス解消”や”自己顕示”を、私は”不純物”と表現する。
指導というシチュエーションで、その概念に通じない行為が”不純物”であり、その不純物には『マウンティング』、すなわち『自己の優位性誇示を目的とした言動』を含む。
この『マウンティング』に”不信感”という単語を当てはめたのは、マウンティングは、shun氏の記事にある『きつい言い方』よりも、非常に表に出にくい行為だからである。
Chapter 4 マウンティングと不信感
ー どこか引っ掛かりを感じるような、”入ってこない”伝え方。 ー
繰り返しになるが、Chapter 1で示したこの表現の根底には、”マウンティング”があると考える。
ー 修正や、改善を目的とした指導・忠告 ー
ここに『優位性の誇示』という不純物が高い濃度で含まれるほど、私は”不信感”を感じるのだ。
私は残念ながら、指導・忠告という正義に包み、隠しながら提示される優越感を、素直に受け止められる器を持っていない。
人間は、序列の中で生きる生物である。
学歴、出世、結婚、容姿…
ブログ運営であれば、収益やPV等も含まれるのだろうか。
ある意味、マウンティングという動物の行動をヒトに当てはめることは、ごく自然な現象だと考える。
我々も、サルやチンパンジーと同様、”序列”の中で”自己顕示”を必要とする。
上司から部下への叱責など、この”優位性の誇示”が有効に働く場合もある。
しかし、時として、この”優位性の誇示”を必要以上の濃度でコミュニケーションに含めてはいないだろうか。
『不要なステータスの比較』
『関係のない過去の失敗を咎める』
『自信の無さを隠すための自慢』
『必要のない体験談』
私が考える”マウンティング”において、頻繁に使われるツールを示した。
これらの自己顕示、及び”他者を落とす”といった行動は、指導におけるスパイスとして有効に働く場合があるが、私は、そのスパイスを適切に活用できる人間を数えるほどしか見たことがない。
また、ここ最近は多くの人に読んで頂ける記事も増えたが、私自身、『大したことないのに、調子に乗っている新人ブロガー』として複数の方に名指しで批判を頂いたこともある。
おそらく、私もこの不純物を、スパイスとして上手く活用しきれていないのであろう。
Chapter 5 おわりに
大学、大学院、社会人…私が指導を受け、指導を行ってきたコミュニティーにおいて、今回表現した内容を体現できているか、全く自信はない。
そして、残念ながら、不純物を全く含まない、限りなく”純粋”な指導を出来る人間に出会えたことも数えるほどである。
指導や忠告をしているのか。
それとも”マウンティング”をしているのか。
コミュニケーションの中で感じる”違和感”や”不信感”の原因は、ここではないだろうか。
みるおか