3000部売れればいい設計にしてある
加藤 前回のお話で、なぜ哲学者で作家の東さんが、専業作家や大学教授に安住せず、「ゲンロン」という会社を立ち上げたのかを伺いました。熱い思いやネットの仕組みだけでは、5年、10年という単位では続かない。きちんと「続ける」ために会社組織があるというお話でした。
東 はい。ちょうど5年たったところです。
加藤 今回は「ゲンロン」のビジネスについてお伺いしたいと思います。
昨年12月に新たに批評誌『ゲンロン』を創刊されましたよね。この雑誌を「最低3年続ける」と創刊の辞にありました。
東 はい、3年はやるつもりです。4カ月に1回、合計9冊出し続ける予定です。
加藤 この雑誌不況の時代に、3年も続くことを約束できるのはすごいことです。
東 ゲンロンができて5年。やっとそういうことを約束できるような会社になったということですね。
加藤 中身を拝見すると、特集として「現代日本の批評」。その他も読み応えがありそうな企画がつまっているようです。今、このような直球の批評誌を出したのは、なぜなんでしょう?
東 ぼくはこういう雑誌を読みたい。だけど、ほかに誰もつくらないからです。たとえば、この創刊号では「テロの時代の芸術」という特集の中で『カラマーゾフの兄弟』を読むという鼎談をやっています。なぜかといえば、実はドストエフスキーはもともとテロリズムをテーマにしている作家なんです。そういう観点で見れば、現代に通じる話です。
ぼくはそういう「現実からちょっと離れた視点で現実を見る」ことこそが批評の核だと思うんだけど、いまはそういうことを企画する編集者もいないし、そういう雑誌もありません。
加藤 出版社がやらないのは、たぶん、そういう雑誌が売れないからという側面も大きいですよね。
東 そこはいくらでも工夫できます。そもそも大手出版社と取次による一般的な出版スキームは、たくさん売ることを前提にしています。
他方で、『ゲンロン』は3000部売れれば採算が取れるように設計してあります。1万部刷っていますが、1800人近くいる「ゲンロン友の会」の会員に配り、ほか献本などを考えると実質8000部です。そのうち3000部売れれば、もう大丈夫。そしてうちの場合、3000部はまず確実に売れます。
こういう低い目標を設定できたのは、この3年で、カフェやスクールなど付帯事業を強化してきたから。だから「3年で9冊出す」と自信を持って言うことができるんです。それに、それでも5000人近くが読んでいることになるので、この手の雑誌としては影響力があるはずです。
加藤 なるほど、ちゃんと持続可能なビジネスとして設計してあるわけですね。
東 ガチの批評誌だって、採算ラインと売り方をちゃんと考えれば成立します。日本のものづくり全般がそうなのかもしれないけど、「俺たちはこれをつくりたいんだ!」という気持ちだけで商品をつくっても難しいですよ。供給サイドの論理だけでつくるのは、サスティナブルじゃないんです。
加藤 前回もお話されてましたが、東さんの今のキーワードは「サスティナブル」なんですね。
東 そうです。この創刊号で過去の批評の歴史を総括しているのも、明治以降、連綿と続いてきた「批評」を過去から未来へつなげていきたいという意識があるから。リアルタイムウェブだけでパッと盛り上がる「祭り」では、文化はつくれません。
だから、何事もサスティナブルにしていかなくちゃいけないし、ビジネスはサスティナブルのためにあるものだと思います。
ゲンロンが手掛ける3つのサービス
加藤 ビジネスの面について、もうすこしお伺いしたいのですが、あらためて、ゲンロンが提供しているサービスについて教えてください。
東 ゲンロンで提供しているサービスは、「ゲンロン友の会」と「ゲンロンカフェ」、それと「ゲンロンスクール」の3つです。
それとは別に、ゲンロンカフェのイベント動画を配信する、ニコニコ生放送の「ゲンロン完全中継チャンネル」があります。これはドワンゴさん運営のサービスを利用しています。
加藤 一つずつ説明をお願いできますか? まず、「ゲンロン友の会」について。
東 「ゲンロン友の会」は、雑誌の母体ですね。『ゲンロン』の定期講読システムを主としているサロンみたいなもので、会員は現在1800人ぐらいです。
加藤 会費はいくらでしょう?
東 年会費1万円の「クラス10」から年会費25万円の「クラス250」まで、4段階あります。それぞれでサービス内容が違いますが、だいたい平均してならすと、1人1万2000円ぐらいですね。
加藤 全体で1800人もすごいですが、年会費25万円の会員って、めちゃくちゃすごいですね。
東 今、6人くらいいるんですよ。クラス250は『ゲンロン』もゲンロンカフェ入場も完全無料、夕食会もありますし、『ゲンロン』の巻末に謝辞も載ります。『ゲンロン1』のうしろにも記載されていますよ。見ていただけると、カドカワ・ドワンゴのあの方の名前もあります。
この数字が持つ意味を真剣に考えたほうがいい
加藤 「ゲンロンカフェ」はイベントスペースですよね。
東 はい。年間120回ぐらいトークイベントを主催して、それをウェブ中継し、動画のダウンロード販売なども行っています。カフェでのコンテンツは、批評誌『ゲンロン』などの出版物に生かされることもあります。
加藤 イベントは、今後は増やしていく方向なのですか?
東 いえ、今は絞っています。簡単に言えば、1イベントあたりの採算性を高くしてイベント数を減らすような方向にしています。
加藤 やりたいイベントをやるだけではなく、ビジネス面のことをしっかり考えて運営されているんですね。
東 やっていてわかったんですけど、イベントは満員になるか、全然客がこないか、どっちかなんですよ。二極化がすごいんです。
加藤 へえー。
東 最近の例でいえば、大澤真幸さんと宮台真司さんと僕でやるイベントは120人がすぐに満員になりました。筒井康隆さんのイベントや茂木健一郎さんも120人。一方で直前まで参加申し込みがほとんどいないイベントもあったりします(笑)。
加藤 なるほど、イベントは難しいですね。イベントを動画配信する「ゲンロン完全中継チャンネル」の会費はいくらでしょう?
東 イベントをネットの生放送で1回見るだけなら1000円、再放送・動画アーカイブを1回見るなら500円です。すべての動画見放題の月額会員が1万80円です。
加藤 え、見放題は月額1万円を超えるんですか! どれぐらいの人が入っているか聞いてもいいですか?
東 毎月変動するんですが、最近は150人くらいです。
加藤 1万円払う人が毎月150人も……。たいへんな数字ですね。
東 ありがとうございます。けっこう強気の値付けなんですけど、それはカフェを最初に中継なしでオープンしたのが大きくて、イベント料金から逆算して設定しているからなんです。イベントの前売りが2500円で当日券が3000円なのに、イベントを月に10本見れる月額会員の料金が3000円ぐらいというのはありえないでしょう。イベントに来るのが馬鹿らしくなってしまいます。
加藤 たしかにそうですね。
東 それで1万円になっちゃったんです。じつはこれ、消費税8%計算で9800円で、当時は1万円をぎりぎり切っていたんですが、それでもチャンネルを開設するときは、ニコ生さん側から「高すぎる」と言われました(笑)。
加藤 たしかに3000円☓10本とすると、3万円ですから、たくさん見たい人はお得感があるんですね。
東 そう。僕らも最初は心配だったし、申し込みがたくさん来てちょっと驚いたんですけど、ありがたいことにそうだったんですね。
加藤 それだけ濃い内容をやっているんですね。イベントのネット中継は何人ぐらいの人が見ているのですか?
東 ケースバイケースですが、多いと1000人超えています。
加藤 1000円で1000人ということですか? それもまたすごい数字ですね。
東 いや、そういうのはとてもまれです。でも、まれとはいえ1000人を超えることがあるというのは、僕自身けっこうびっくりしています。この意味を、みんなもうちょっと真剣に考えたほうがいいと思うんですよね。
加藤 確かに、出版というコンテンツビジネスの仕組みが、動画配信ビジネスに刷新されかねない勢いですね。
東 そうなんですよ。今、新書って初版部数が7000部ぐらいの時代でしょう。7000部ということは、実売は5000部以下。定価700円の新書が5000部を切っている時代に、1000円の動画が1000人超えている。
加藤 ええ、よくわかります。700円の新書が、仮に1万部売れたとしても、著者の印税は普通10%ですから、700円×10000部×10%で70万円です。
1000円の動画が1000人に売れたら、それだけで売上が100万円ですものね。手間も考えると書籍よりも断然割がいいと言えるかもしれない。
東 実際には、放送手数料とか撮影スタッフの人件費とかかかるので、それがまるまる入ってくるわけではありません。あと、そもそも赤字番組がいっぱいあって、そういう一部のトップ番組の存在でプログラムの多様性を確保しているところがあるので、そこは単純にお得ってわけでもありません。
けれど、動画を買っている人の数は全体的に増えていっています。ニコ生全体でもそうですね。ペイパービューに対する心理的なハードルはどんどん下がっているんでしょうね。僕は、動画販売はこれからも伸びるんじゃないかと見ています。
加藤 ゲンロンは事業として複数の課金モデルをうまく組み合わせて、安定しているのですね。では、最後にゲンロンスクールというのは?
東 ゲンロンスクールは今年から始まりました。美術家集団であるカオス*ラウンジによる芸術系のスクール「ゲンロン カオス*ラウンジ 新芸術校」と、佐々木敦さんによる批評系のスクール「ゲンロン 佐々木敦 批評再生塾」の2つです。また来年の4月から、大森望さんのSF創作講座を始めます。
加藤 ほうほう。
東 これで小説・批評・芸術の3つのスクールが揃いました。この3つのジャンルがだいたい最初から考えていた形で、スクールとしては完成ということになります。
加藤 スクールを始めたのはなぜなんですか?
東 ざっくり言うと、若い人を鍛えなきゃいけないという気持ちですね。たとえば、批評は僕のメインの世界なんですけど、『ゲンロン』のような雑誌をつくるにしても、座談会の構成をするライターやテープ起こしを手伝ってくれる人が必要です。
加藤 そうですよね。
東 ところが、今は、そういうことができる能力のある若い人がどんどんいなくなっているんです。大学院生も、いまはやたらと真面目で授業優先。こういう「プロ直前の予備軍」みたいなひと、業界全体で1回いなくなると本当に続かなくなっちゃう。だから、批評再生塾で、気合いの入った「下っ端」が出てこないかなと(笑)。
加藤 なるほど。それは互いに得るものがあって、うれしいわけですね。
東 なにごとも修行です。ぼくだってむかしはテープ起こしとかやってたんですよ。
最近は、ブログやSNSでちょっと有名になって、どこかの雑誌でデビューして、数年たって結局なにものにもならず消えていく。そういうひとが多いんで、少し継続性のあるサイクルを作りたいんですよね。スクールと現場を3年間ぐらい回していくと、鍛えられる人は鍛えられていくと思います。
加藤 差し支えなければ、事業全体のポートフォリオというか、売上の比率ってだいたいどのようなものでしょうか。
東 もちろん。ええと……(目をつぶる)。
加藤 頭の中にだいたい入っているんですか?
東 経営者ですから。
加藤 いや、たしかにそうなんですが、思想家の東さんがそこまで現場をみているんですね。
東 僕はこういうの得意なんですよ(笑)。と言いつつ結構複雑だな……。ええと、友の会が2、スクールが2、出版が2、動画販売も含めたゲンロンカフェが5……あ、これじゃ11になってるな(笑)。でも、比率的にはこんな感じですよ。
加藤 なるほど。イベント系としてスクールとゲンロンカフェをくっつけて、出版系として友の会と出版をくっつけて考えると、リアルのイベント系が6で、出版系が4という感じでしょうか。やっぱりリアルの比率って大きいんですね。
東 リアルは大きいですよ!
加藤 この連載を通して、未来のメディアの形が見えてきたんですが、やはり新しいメディアは、コミュニティとイベントも兼ね備えたものになると思うんです。
まさにゲンロンのやっていることは、ゲンロンというメディアを通じて考えをつたえ、賛同するひとをネットやリアルのイベントでコミュニティ化して、その体験そのものをビジネスにしている。まさにメディアビジネスの未来形ですね。
東 それこそ、思想家・作家を生業にして、頭の中だけでものを作ってきた僕のような人間にとっては、会社組織を立ち上げて継続してきたことでしか得られなかった実感ですね。
次回「動画字幕の衝撃! これからは動画と文字の境界がなくなる」は2/5公開予定
東浩紀(あずま・ひろき)
一九七一年東京都生まれ。作家・評論家。ゲンロン代表取締役。二〇〇九年、小説『クォンタム・ファミリーズ』で第二三回三島由紀夫賞を受賞。最新刊は『一般意志2.0』。近刊に文芸評論『セカイからもっと近くに』『弱いつながり 検索ワードを探す旅』。東京五反田で「ゲンロンカフェ」を営業中。
構成:大山くまお
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