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編集長の視点|松永 和紀

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職業は科学ライターだけど、毎日お買い物をし、家族の食事を作る生活者、消費者でもあります。多角的な視点で食の課題に迫ります
プロフィール
京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

健康食品こそがもっとも不健康……畝山智香子さんの新著を読んだ

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2016年1月29日

 「健康食品」の市場規模は年間2兆円を超えているという。特定保健用食品が約6000億円、効き目をパッケージに表示できないものの広告・宣伝等で上手にアピールする「いわゆる健康食品」、サプリメントの市場が1兆5000億円だ。食品安全委員会の報告書によれば、国民の半数程度が摂っている。

 では、その健康増進効果は? 安全性は? 国立医薬品食品衛生研究所安全情報部の第三室長を務める畝山智香子さんが1月に出された新刊『「健康食品」のことがよくわかる本』(日本評論社、税込み1728円)には、こう書かれている。「皮肉に聞こえるかもしれませんが、健康食品こそがもっとも不健康なのです」。

 たとえばイチョウ葉。欧州の一部で記憶力の改善などに役にたつといわれて使われてきた歴史のある西洋ハーブの一種。イチョウの葉から抽出して有害物質を取り除き、有効成分含量を一定の範囲に調整したイチョウ葉エキスを「ハーブ医薬品」として使用している国がある。

 だが、米国の国立衛生研究所や疾病予防管理センターなど公的機関の連携プログラムである「国家毒性プログラム」(NTP)で、マウスとラットを用いてがん原性試験が行われ、両方で発がん性が確認されたという。

 NTPは、一般向けのファクトシートを公開している。「米国で摂られる理由はさまざまだが多くは脳機能や記憶を改善する目的である。しかしながら効果を検証するための臨床試験ではメリットは見られていない」「イチョウ抽出物を最大105週経口投与したところ、雌雄マウスで肝臓がんが、雌雄ラットで甲状腺がんが増加した」「NTPの齧歯類での研究はヒトにもあてはまる可能性がある」……。

 これらを説明した後、畝山さんは日本の状況についてこう書く。「規格はないので商品はさまざま。有害物質を含むことがわかれば食品衛生法で、疾患治療効果を宣伝すれば医薬品医療機器等法で取り締まることは可能だが人手やお金が足りないので現状は難しい」。結論は「一消費者としては買わないのがベストとしか思えません」というものだ。

 あるいは、エキナセア。日本でも、高級スーパーのハーブティの棚などに並ぶ。有効性ははっきりせず、英国ではアレルギーの警告表示が必要で、アイルランドでは子どもに飲ませないように助言が出されているのに、日本ではなんの注意もなく売られている。さらには自治体の中に、簡単な実験データを基に「インフルエンザの予防効果」などをうたい産業振興に利用する動きすらあったという。

 また、中国文化圏で伝統薬として用いられていたものに発がん物質アリストロキア酸が含まれていることがわかり、2003年に禁止となっている。台湾では上部尿路がんの発症率が1980年代から上昇していたことが2012年に論文として報告されており、伝統薬が原因とみられている。「天然だから安全」という誤解の下、長期間、漫然と用いられて、がん増加につながった。昔の人々は平均寿命が40〜50年。がんになるほど長生きできなかったから、いくら昔から伝統薬として用いられていたとしても、発がん性のような影響については保証とならない。
 ところが、天然とか伝統という言葉に、多くのひとたちは惑わされる。問題の成分を含む植物を使ったサプリメントや「中国本場の漢方薬」などが、インターネットなどにあふれる現状がある。

 有効性、機能性、つまりは“効き目”についても、畝山さんの批判は厳しい。欧州食品安全機関(EFSA)が、機能性の表示について審査しており、約44000の企業の申請に対して、表示を認めたのは200件あまりだったという。却下された表示内容の一部が本書で紹介されており、「ヒアルロン酸が皮膚の保湿に役立つ」「コラーゲン加水分解物が関節の健康に役立つ」「グルコサミンが関節の軟骨の維持に効果がある」などは、科学的根拠が確立されていないなどとして表示を認められていない。リストを見ると、日本の「機能性表示食品」制度で、企業が堂々と表示しているものも多いことに気付く。

 さらには、日本のトクホで認められ製品が販売されているラクトトリペプチドの血圧への影響、プロバイオティクス(ヨーグルトなどの乳酸菌や発酵食品)、プレバイオティクス(ガラクトオリゴ糖など)の整腸作用ですら、EFSAが「健康上のメリットがあるという科学的根拠はない」と判断し表示を認めていないことも書かれている。

 たくさんの事例を積み上げての畝山さんの結論は非情だ。「いずれにせよ日本では、欧米では科学的根拠がないと判断されるような機能性を宣伝した食品が多く販売されている、という状況はしばらく続くでしょう」。

 批判は同業者である研究者にも向く。金沢大学の緑茶の効果に関するプレスリリースを事例に、仮定に仮定を重ねて、あたかもすぐにでも認知症予防を期待できるかのような発表にしたことを鋭く指摘している。「主要メディアが取り上げてニュースにするものには明確に一定の傾向があります。国民が喜びそうなもの、です。つまり日本ならこの緑茶のニュースのように日本食がいいといった類のものが好んで取り上げられ、欧米だとチョコレートやワインがいいというニュースが好まれ、韓国なら朝鮮人参やキムチが良いというものに人気があります。逆方向では、合成化合物が悪い、外国のものが悪いといったものも好まれます」

 そして、健康食品の中でもっとも悪質として挙げられているのは、治療法のない病気などで苦しんでいる人たちに売りつけられる「薬を使わなくてもこれさえ食べれば治る」という代替療法としての各種健康食品だ。
 これが実態なのに、健康食品を買いますか? ちまたにあふれる健康情報を信じますか?

 最後に二つの提言がなされている。科学的根拠が確立されている栄養成分表示の充実と、食品で経験した有害事象をできる限り報告して人類の知恵として集積しよう、という内容だ。なぜならば……。

 ぜひ、本書を手に取ってほしい。「食品だから安全」「自然だから体にいい」という呪縛から逃れて、私たちはどう健康に生きるのか。畝山さんは日々、ブログでも情報提供されている。

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