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効率厨魔導師、第二の人生で魔導を極める 作者:謙虚なサークル
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書籍該当部分36~70

書籍該当部
レベル上げの為、山に行ってサニーレイヴンを撃破するもドロップアイテムをゼフの元師匠、セルベリエに奪われる。
セルベリエを追う派遣魔導師アゼリア、グレインとダンジョンで出会う。
グレインの持つ不穏な空気を感じつつ、続く。
 ミリィとクロードを連れ、ナナミの街を旅立ったワシは、とりあえずという事でベルタの街へと辿り着いた。
 まずは二人をレディアと会わせようと考えたのである。ここは大きな町だし近くにダンジョンも点在している為、拠点にするにも悪くない。

「わぁ~ここがベルタですか! ボク、こんな大きな街に来たの初めてですっ!」
「私、来た事あるから案内してあげる。クロード、迷子にならないでね」

 楽しげにあたりを見回すクロードと、リーダー顔をしてその前を歩くミリィ。
 以前来た時、フラフラして何度も迷子になりかけたのを忘れたのだろうか。
 早くもクロードを連れたままワシから離れて行くミリィの襟首を捕まえ、引き戻す。

「こらこら、どこへ行くつもりだ?」
「あはは……あっちからいい匂いがするからつい……」

 ったくミリィの奴、本能の赴くままに生きてるな。
 クロードもくすくす笑っているぞ。

「んじゃさ、お昼を食べてから行こうよ! そーしよっ! けってーい!」

 ワシとクロードの手を取り、前を歩くミリィ。
 そういえばもう昼時か。まぁいい、レディアの店に行く前に腹ごしらえをして行くか

 というワケで辿りついたのは繁華街。昼時だからか人がうじゃうじゃいるぞ。
 辺りから胃袋を刺激する肉や魚の焼けるいい匂いが漂ってくる。
 路端にはたくさんの料理店、屋台、それを求める人々、まるでお祭りのようだ。
 ミリィは目をキラキラさせながら、辺りを見回している。
 おいおい、口からよだれが垂れているぞ、はしたない。
 クロードも興味深げに辺りを見渡している。

「らっしゃいらっしゃい! そこの可愛いお嬢ちゃん、ウチの太鼓焼きはベルタで一番だよ! 買ってかないかい?」
「へぇ~太鼓焼きかぁ……おいしそう!」
「そりゃあもう! このベルタで太鼓焼きと言えばウチの店が一番さぁ!」

 太鼓焼きとは牛肉を野菜に巻き、特製のタレをつけて焼き上げたもの。
 ベルタの名物料理である。
 当然、他の露店にも太鼓焼きは売られている。……とと言うのにそのすぐ目の前で、よくそこまでの大口を叩けるな。
 他の店の者が睨みつけられているが、店の主人は全く気にしていない。

「じゃあ買っちゃおうかな~」
「待ってくださいミリィさん」

 店に引き寄せられるミリィをクロードが遮る

「確かにこの太鼓焼き、美味しそうではありますが本当にベルタで一番というのはどうでしょう? 全ての店を見たわけではありませんが、他の店と比べると量に対する値段は、むしろ割高に思えます」
「ウ……ウチは使ってる肉が違うんだよ!」
「その肉も薄く、艶もあまりない様に感じられます。あまりいいお肉を使っているようには見えませんね」

 ワシには全部同じに見えるのだが図星なのだろう。
 悔しそうに息を飲む店の主人。

「というわけでミリィさん、ボクの見立てではあちらの店が質、量、値段、全て高水準でおススメかと思われます」
「んじゃそっちいこーっ!」

 そう言ってクロードの指さす料理店へと、先頭立って歩くミリィ。
 クロードに論破され苦虫を噛み潰した顔をしている店の主人に、他の店からざまあみろと言わんばかりの視線が集まっている。
 食い物の恨みは恐ろしいと言った事か。
 クロードのオススメ料理店は狭い店ながらも安く大量に食べれる店で、ミリィもクロードも満足そうな顔をしていた。

 ――――そして食事を終え、ワシらはレディアの店へと辿り着く。
 ミリィとクロードは少し緊張しているようだ。
 ワシが先頭に立ち、ガラガラと戸を開け、中に入っていく。

「いらっしゃいませー」

 と、レディアの声が聞こえてくる。
 店の奥に向かうとカウンターの横でごそごそと何かやっているレディアの姿。

「ようレディア、久々だな」
「おお~ゼフ君じゃん! 久しぶり~元気してた?」

 そう言って立ち上がるレディア。ワシの眼前に胸が突き出され、揺れる。
 相変わらず色々と、デカい。

「こんにちは、ゼフ君から話は聞いています。レディアさんですね。
「へぇ~……キミがゼフ君の言っていたギルドのマスターってやつ? 中々のイケメンだねぇ」
「ありがとうございます。でもボクはギルドマスターじゃありませんよ。それとボク、女ですから」
「あっはは。そんなの見ればわかるよ! それを差し引いてもイケメンだねって事!」
「そ……そうですか?」

 クロードが女だと初見で見破るとは……恐るべしレディア。
 いや、実は見破れなくて誤魔化したのかもしれないが、それはそれで恐るべし対応速度だな。
 ワシは後ろの方で固まっているミリィをレディアの前に突き出した。

「こっちがギルドマスターのミリィだ」
「あの……初めまし……」
「おお~っ可愛いじゃ~ん♪ 小さいっ、ふわふわっ、金髪っ♪」
「むぎゅう!?」

 レディアは挨拶をしようとするミリィを捕まえ、思いっきり抱きしめる。
 ミリィの顔面は丁度レディアの胸に挟み込まれる形で抱きかかえられ、手足はばたばたと暴れている。
 窒息しそうなのか、指がピクピクと痙攣しているぞ。

「その辺にしておいてくれ、ミリィが苦しそうだ」
「ありゃ……ごめんね~ミリィちゃんが可愛いすぎたから、つい~」

 全く反省してなさそうな笑顔でミリィを解放するレディア。
 けほけほと咳き込むミリィに、クロードが心配そうに声をかける。

「大丈夫ですか? ミリィさん」
「……」

 クロードの声も耳に届かぬといった感じで、ミリィは自分とレディアの胸を交互に見比べている。
 そしてそのたびに、みるみる表情が曇っていく。

「えーと……ミリィさん?」
「ダメ……絶対ダメ……」

 うわごとのように呟くミリィ。
 ほっといて話を進めよう。

「そういえば頼んでいたアイテムは売れたか?」
「あぁうん。売れたけど……ミリィちゃんだいじょぶかな?」
「そのうち戻ってくるだろ」
「ゼフ君、意外と鬼だね~」
「いつもの事だ」
「いつもの事……ねぇ」

 ニヤニヤ笑いながら店の奥に行くレディア。
 戻ってきたレディアが金をワシらに見せるように数え、手渡す。

「はい! 三十二万ルピね。前回の狩りでかかったお金を差し引いて、三十万と五千ルピだね」
「うむ、礼を言う」

 レディアから紙幣の束を受け取る。
 三十万ルピか。これで当面の生活費や装備は何とかなるだろう。
 と、店の扉が開き大きな男があらわれた。

「おう! ゼフ君じゃあねえか。久しぶりだなぁ!」
「む、親父さんか」

 レディアの親父さんはあごに手を当て、何やらニヤニヤと笑っている。

「後ろの子らはゼフ君の仲間かい? へっへっ、中々可愛い子じゃねえか。ゼフ君も隅に置けねぇなぁ」
「お父さん、そこらのチンピラみたいな台詞言うのやめてよね……」
「がっはっは、すまんすまん!」

 ジト目で父親を睨み付けるレディア。
 クロードが初めましてと挨拶を返す。ミリィもやっと立ち直ったのか、慌てて頭を下げた。

「せっかく友達が来てくれたんだ、店番は代わってやるわい。店の奥で遊んで来い」
「ありがと、お父さん」

 ぱちんとウインクをして、色っぽく科を作るレディア。
 それを見た客がざわめき立つのを、親父さんが圧倒的威圧感で黙らせるのであった。

 親父さんに店番を任せ、ワシらは家の中へと案内される。
 レディアの作ったタルトに舌を巻きつつ、少し甘いお茶をすすっていた。

「ミリィちゃ~ん、頭撫でていい~」
「い、いやよ!」
「ちぇ~」

 といいつつも、こっそりとミリィに手を伸ばすレディア。
 しかし逃げられ、クロードの後ろへと隠れてしまった。
 セクハラ親父かお前は。

「そういえばレディア、ギルドエンブレムをあしらったアクセサリーを作って欲しいのだが」

 クロードが以前デザインしたエンブレム、その下書きを見せた。
 デザインはしていたが、形にはしていなかったのである。
 武器屋であるレディアにその制作を頼もうというのが、ここへ来た理由の一つだ。

「おっ可愛いね~でも結構お金かかるよ? 型を作るのに五万ルピ、そこから一個作るごとに五千ルピってところかなぁ」
「け、結構高いですね……」

 完全にオーダーメイドだし、それを考えれば良心的な値段ではあるがな。
 駆け出しの、しかもこれから装備を整えなければならないワシらには、少々厳しい値段である。

「いやっ、でも私もギルドメンバーの一人として、これ位は無償で協力すべきなのかなぁ~」

 そう言って腕を組むレディア。
 あ、そういえばレディアをギルドに誘ったんだったな。
 あの時はそこまで乗り気でもなかったのに、今はかなりその気に……というかもう入った気でいるぞ。
 余程ミリィのことが気に入ったのだろうか。
 当のミリィは、少々レディアの事が苦手なのか、それを聞いた途端身体がびくんと震える。

「ね、ミリィちゃん、どう思う?」

 獲物に狙いを定めたネコ科肉食獣の目で、問いかけるレディア。
 ミリィは暗い表情のまま少し沈黙し、意を決したように答える。

「……そうね、作ってくれるならせっかくだし頼もう……かな。これからもよろしくね、レディアさん……」
「あっはは、他人行儀だな~レディアでいいってば、仲良くしようねっミリィちゃん♪」

 ぱぁっと明るい顔で握手を求めるレディアに渋い顔で応じるミリィ。
 モノで釣るとは流石商人汚い。
 念話にてミリィに話しかける。

(ミリィ、レディアが苦手なら無理してギルドに入れなくてもいいんだぞ。金はそこまで切迫していないしな)
(大丈夫、それに見たところこの人、かなり強いでしょ? 商人さんだからお金の扱いも長けているだろうし、性格もいいし、料理も上手くて美人で……む、胸も……だからきっとギルドの戦力になる!)

 最後のいくつかは何か戦力と関係があったのだろうか。
 がたり、と勢いよく立つと、ミリィはレディアを睨みつける。

「私、負けないから……!」

 レディアを睨み、闘志を燃やすミリィを、レディアはニコニコとだらしない顔で愛でていた。
 結局レディアはワシらの仲間となり、親睦を兼ねてという事で皆で狩りに行く事にしたのである。
 食事をしながらレディアが提案したのは、この辺りで有名なダンジョンであるサンレイ山脈であった。

「東にあるサンレイ山脈って知ってる? そこで武器材料のプチレアが何種類か出るんだよね~」
「えーと……確かずっと東にある大きな山ですよね」

 クロードが地図を取り出し、テーブルの上に広げる。
 サンレイ山脈はこの大陸で一番高い山であり、大昔からダンジョン化もしている。
 あそこの魔物がよく武器作成に使われる、鉱石系のプチレアをドロップするのだ。

「そうだな、レベル的にもちょうどいいだろう」
「じゃさ、今度の休みに皆で行ってみない?」
「おっけーっ! じゃあ次の目的地はサンレイ山脈に、けってーい♪」

 ミリィが元気よく、窓の外を指さす。
 どうでもいいがそっちは反対だぞ。

 ――――そして数日後、ワシらはサンレイ山脈の麓へ来ていた。
 午前中に馬車で出発し、着いたのは昼前か。
 4人だとテレポートは大変だし、距離も遠いしな。

 馬車にはワシらの他に、何組かの冒険者パーティがいた。
 サンレイ山脈は低レベルから高レベルまで幅広い魔物がいる為、結構な人気狩場なのである。多くの冒険者が訪れるのだ。

「おお~っすごいねっゼフ! サンレイ山脈ってこんなに高いんだぁ~」
「ミリィはこの山に来るのは初めてか?」
「うんっきれいな景色~」

 手を額に当て、背伸びして山を仰ぎ見るミリィ。

「ゼフ君はボクより年下なのに、色々知ってるんですね。」
「こ、ここは有名な山だしな……」

 怪しむクロードの視線から目をそらす。

「とりあえずさ、山に入るのはお弁当食べてからにしようよ。も~お腹ペコペコでさ~」

 レディアの提案に乗り、馬車の近くでお昼をする事にした。
 ここは休憩所にもなっているようで、馬や御者も水場で食事をしている。
 彼らは毎日こうして冒険者を運び、日銭を得ているのであろう。

 レディアの作った弁当はベルタ名物太鼓焼き、ランディア家バージョンで、二人とも美味しそうにパクパク食べている。
 サンレイ山脈の美しい風景を眺めながらの食事はレディアの料理の腕も相まって、普段より数段美味く感じられた。
 ちなみに当の本人はというと、太鼓焼きを口いっぱいに頬張るミリィをデレデレ幸せそうな顔で眺めていたのであった。
 レディアはミリィがかわいくて仕方ないといった感じだ。
 ワシの事を弟のように思っていると言っていたが、ミリィはさしずめ妹といったところか。

「ふぅ、お腹一杯になったね」
「ゆっくり山登りしながら、行きましょうか」

 食事が終わり、山道を歩き上っていく。
 少し行くと、先ほどの冒険者たちが魔物と戦っているのが見えた。
 大きな岩のような魔物、ストーンゼルである。
 岩とゼリーが混ざったような魔物で、物理攻撃に対してはかなりタフだ。
 しかし自ら攻撃してくるタイプの魔物ではなく魔導で瞬殺出来る上、鉱石系のドロップアイテムが期待出来るので、駆け出しの冒険者にお勧めされる魔物である。
 のんびり見ていると、レディアの足元からも何か沸き出してきた。

「レディアさん、足元に魔物ですっ!」

 クロードが叫ぶ……が、レディアはストーンゼルを無視して歩みを進める。。

「ん~パス、これはいいや」
「ストーンゼルを狩るのではないのですか?」
「んにゃ、下層の魔物のドロップアイテムは一杯手に入るからさ、私の目当てはロックバードなんだよね~だから上の方に行かないと」
「……ロックバードは山頂付近に湧く魔物だろう? 今から行くつもりなのか?」
「今から中腹の山小屋で一晩明かして、翌日に狩りを始めようかなと思って……あ、先に言っておいた方がよかったよね、ごめんっ! 私、あまりパーティ組んだことなかったからつい……ダメなら引き返すから、ねっ?」

 三人にジト目で睨まれ、思わず謝るレディア。
 もしやワシらが断ると思って、ワザと黙っていたのではあるまいな。
 念のためくぎを刺しておく。

「……別に構わないが、次からはちゃんと言うようにな。それと材料だが、後で高く買ってもらうぞ」
「へっへっへ、そりゃもう~サービスしときますよ、ダンナ♪」

 そう言って両手を揉みながら、二の腕で胸を挟みあげている。
 こいつ絶対ワザとだろ……流石商人汚い。
 レディアの提案通り山を登り、ワシらは中腹の辺りまで来ていた。
 この辺りにはロックバードが多くあらわれる。
 狩場としては申し分なし。4人で狩りをしていた最中、レディアの動きが止まる。

 どうかしたのだろうか。
 後方でレディアの動きに注意していると、レディアは左右を軽く見回した後、ゆっくりと空を見上げた。
 頭上を見上げると巨大な何かが、いる。

「離れろーっ!」

 ヤバい時はワシがクロードを、ミリィがレディアを連れてテレポートで逃げる。
 手筈通り近くに居たクロードの手を掴み、テレポートを念じる。
 が、ミリィの反応が遅れた。

「ミリィちゃんっ!」

 テレポートで移動する瞬間、レディアがミリィに向かって飛ぶのが見えた。
 その直後、巨影が空から降り立ち、砂ぼこりが舞う。
 ちぃ、ミリィめ反応が遅れたか。
 埃が一瞬で吹き飛ばされ、クリアになった視界に映る赤い巨体。
 四本生やした長く大きな翼、長いクチバシと赤、白、黄と、美しく彩られた鶏冠は、どこか神々しさを感じられる。

「クァァァアアア!!」

 サンレイ山脈の頂上を根城とするボス。
 サニーレイヴンが翼を大きく広げ、高く鳴いた。

 ばさ、ばさ、とサニーレイヴンが羽ばたくと、草が、羽根が、大きな翼が巻き起こす風で踊り跳ねる。
 少し遅れてワシらの方に届いた突風は、石ころや千切れた草を巻き込んでおり、とても目を開けていられるものではない。

 それでも薄目をこじ開け魔物の方を見やると、その足元にミリィを庇ったレディアが横たわっていた。
 二人とも気を失っていて、レディアの方は頭から血を流している。

「ミリィさん! レディアさん!」

 倒れた二人を助けるべく、クロードと二人サニーレイヴンと相対する。
 苦戦をしつつもなんとか二人を助け出す事に成功した。

「十分だ! こっちへ来い! クロードっ!」
「わかりまし――――」

 クロードが答えようとした瞬間、サニーレイヴンの目がギラリと光り、クチバシから炎が漏れる。
 地面に突き刺さったクチバシを力任せに引き抜き、その大きな口を開いた。
 昏い喉奥から現れた小さな火は瞬時にその光を増していき、クロードに向け吹き出される。
 ――――レッドバレット。
 生み出された炎の弾丸がクロードを一瞬にして飲み込み、なおも撃ち出され続けている。
 凄まじい程の炎の奔流、周囲の温度が少し上がったような気さえする。

「クロードーっ!」

 叫ぶワシの頭に、クロードの念話が届く。

(……です。ボクは……丈夫ですから……ミリィさ……とレディア……んを……)

 ギリギリでスクリーンポイントを発動したのだろう、何とか無事なようだ。
 ほっと胸を撫で下ろすが、この炎、近づくのは難しい。

 倒れているレディアとミリィ、この二人の介抱もせねばならない。
 ワシの魔力も殆ど残っていない。
 クロードはスクリーンポイントを展開しているし、ブラックブーツ・ダブルもまだしばらくは持つはずだ。

 ――――取るべき手段は一つ。
 ここはクロードに任せ、二人を連れての撤退。
 それが一番効率的では……ある……が……くそぉっ!!
 地面を思い切り殴り、ほんの少し冷静さを取り戻す。

(……すぐに戻る。絶対に死ぬな。クロード)
(はい!)

 健気に返事をするクロードにワシはそれ以上は何も言えず、最後の魔力でテレポートを念じるのだった。

「ミリィ! しっかりしろ、ミリィ!」
「……んにゃ?」

 何度も呼びかけ、やっとミリィが眠そうに瞼を開ける。
 レディアは未だ血も止まらず、目を覚ます気配もない。

「……あれ? ゼフ、どしたの?」

 きょとん、とぼんやりした顔で尋ねるミリィ。
 どうやら寝ぼけているのか、全く状況が飲み込めてない。

「すぐレディアにヒーリングをかけろ!」
「あれ? えーと……っ!?」

 血濡れのレディアを認識すると、ミリィの表情が変わる。
 ワシの言う通り、すぐにヒーリングをかけ始めたミリィに状況を説明する。

「ボスに強襲されたのだ。ミリィを庇ってレディアが気絶し、今はクロードが一人で相手をしている」
「そんな……っ!」

 絶望的状況に息を飲む。
 一刻を争う状況だ。こんな事をしている暇すら、惜しい。

「クロードは大丈夫なの?」
「……」

 押し黙るワシの表情を見て察したのか青ざめるミリィ。

「ともあれワシがすぐ応援に向かう。ミリィはヒーリングに集中しろ。レディアを回復した後、駆けつければいい。半端な状態で来られても足手まといだからな」
「……うん」

 弱々しく頷くミリィの頭に手を乗せ、落ち着かせるように撫でてやる。
 精神に乱れがあれば、魔導の効果も低くなる。

 そしてそれは瞑想も同じ。
 ワシの魔力はまだ二割も回復していない。あせりが精神を乱し、瞑想が上手く行えないのだ。
 くそ、修行が足らんな。
 仕方ない、あまり気は進まないが。

 気を失ったレディアの胸元に手を突っ込み、弄る。

「ななな、こんな時になにやってるのよ! ゼフっ!?」
「う、うるさい馬鹿者! ワシだってこんな事、やりたくてやっている訳では……あった!」

 レディアの胸の中から袋を引っ張りだす。
 その中に腕を突っ込み、目当ての魔力回復薬を引っ張りだし、飲み干した。
 ついでにワシの袋にも何本か詰めておく。

「ミリィも飲んでおけ」
「むぐっ!?」

 ミリィの口に無理矢理ねじ込み、魔力回復薬を飲ませていく。
 戦闘中だったからな。ミリィの魔力はまだ回復していない。

「ワシはクロードを助けに行く。ミリィはレディアを頼んだぞ。周りのロックバードに気をつけろよ」

 魔力回復薬を咥えたまま、ミリィはこくこくと頷く。
 口から白濁の液がこぼれているぞ。

「……じゃあ行ってくる」

 ワシはクロードの元へ戻るべく、テレポートを念じるのであった。
 先ほどより少し静かになった戦場は、嫌な予感を感じさせずにはいられない。

 静寂の草むらの中、、もぞりと何かが動く。
 その主はサニーレイヴン。少し毛並みが乱れ、ヒビの入ったクチバシの先端には血に濡れたクロードの身体が咥えられていた。
 クロードの身体は弛緩し、だらり、と垂れ下がった手足はピクリとも動かない。

「クロードーっ!」

 ワシの叫び声に気付いたのか、サニーレイヴンがこちらを向き、くるると喉を鳴らす。
 サニーレイヴンのとぼけた顔を見た瞬間目の前が真っ赤に染まっていく。

「……殺す!」

 身体から溢れる魔力をサニーレイヴンに向け、戦闘態勢を整える。
 クロードを咥えたまま、挑発するかのようにこちらを向くサニーレイヴンに狙いを定め、タイムスクエアを念じる。
 時間停止中に念じるのはグリーンスフィアとブラックスフィア。
 ――――二重合成魔導、グラビティスフィア。

「……ロック」

 ヤツの首を狙い、狙いを定める。
 速やかにクロードをあの凶嘴から救い出さねばならない。
 サニーレイヴンがクロードを飲み込もうと、その口を開けた刹那。

「――――スマッシュ」

 グラビティスフィアを発動させる。
 ヤツの首元に発現した黒い魔力球は、その身体をその中心に引き込み、歪ませ、メキメキと軋む音が響く。

「グルルルルェェェエ!!」

 堪らず鳴き声を上げクチバシを開き、解放されたクロードを、地面に落ちる手前になんとかテレポートで抱きとめた。

「重っ……!」

 思わず声が漏れる。
 鎧込みで、更に高い場所から落ちたクロードを受け止めたのだ。
 一瞬腕が抜けるかと思ったぞ。

「あはは……ひどいですよ、重いなんて……」
「クロード! 生きていたのか」
「何とか……いてて……」

 身体を起こすクロードだが、まだ十分には動けないようだ。

「危ない、ゼフ君っ!」

 サニーレイヴンの眼が鋭く光り、グラビティスフィアを無理やりねじ伏せ、翼を振り下ろす。
 殆どカンに近い読みで後ろに跳んでいたのでギリギリ躱すことが出来たが、次はない。

(テレポートを……くそ、だめか!)

 テレポートを念じようとするが、上手く発動出来ない。
 クロードを抱えボスも目の前にいるのだ。
 集中力を要するテレポートを念じるにはもう少し落ち着いた状況でなければ使えない。
 ワシの焦りを感じ取ったのか、クロードが小さく呟く。

「ゼフ君、ボクを置いて……」
「馬鹿者、ここで見捨てるなら最初から助けに来たりしない」
「……ですよね」

 諦めたように苦笑するクロード。
 その目には涙が光ったように見えた。

「しっかり捕まっていろよ」
「……はい」

 きゅっと服を握るクロードの身体を抱きかかえつつ、タイムスクエアを念じる。
 時間停止中念じるのはブラックブーツを二回。
 ――――二重合成魔導、ブラックブーツ・ダブル。

 発動と共に、ワシの脚を風が纏う。
 サニーレイヴンから離れるべく全力で駆ける……が、二人分の重さもあるが思った以上に速度が伸びない。
 ワシの身体能力が低いこともある。身体能力向上系の魔導は、対象の身体能力に大きく左右されるからな。

「左に飛んで下さい!」

 クロードの声に反応し左に飛ぶと、ワシの横を黄色いクチバシが通り抜ける。
 サニーレイヴンの突風が如き、突き指し。
 こんなものを食らったらセイフトプロテクションをかけていてもただでは済まない。

 風圧で少しバランスを崩しながらすぐ横を見やると、長い首の先、大きな鳥頭がこちらを向き、嗤った。
 否、クチバシから漏れる炎が、そう形どったように見えただったのだ。
 ――――レッドバレット。

 サニーレイヴンが魔導を発動する直前、タイムスクエアを念じる。
 時間停止中に念じるのはレッドクラッシュとブラッククラッシュ。
 ――――二重合成魔導、パイロクラッシュ。
 ワシの生み出した炎風の螺旋は、サニーレイヴンのクチバシをへし砕き、中のレッドバレットを飲み込みながらその螺旋を増してゆく。

「――――ッ!? ――――ッ!?」

 サニーレイヴンが割れたクチバシで声にならない声で鳴き、頭に、首に、炎が燃え移ってゆく。
 時間停止状態でならば、相手の行動を見切ったうえでカウンターをぶち込めるのだ。
 よし、今の内逃げる。

「ぜ、ゼフ君あれは……?」
「む……」

 バラバラと、その身体を崩壊させていくサニーレイヴンの姿に、以前倒した死者の王の姿が重なる。
 ――――ボスはある程度ダメージを与えると発狂モードとなり、その戦闘力は跳ね上がる。

 崩れ落ちた外殻から、赤く燃え上がる炎の身体。
 両翼を広げたその姿は、まるで炎上する城のようであった。

「発狂モード……」
「ちっ、しくじってしまったか……! おいクロード、戦闘に備えて魔力回復薬を飲んでおけ」
「わ、わかりました……」

 クロードに魔力回復薬を手渡しておく。
 ボスの魔力値を大きく削ると、発狂モードとなる。
 元々ダメージを受けていた上に、クロードが健闘していたのが仇となったか。
 しかも発狂モードとなったサニーレイヴンは強力な威圧の魔導を持つ。

 ――――威圧の魔導とは、一部の魔物が持つ結界のようなもので、範囲内でのテレポートを封じられるのだ。
 発狂モードとなったボスは大抵持っており、その範囲は死者の王と比べ、格段に広い。
 もはや逃げることは出来ない、か。

 赤く復讐に燃える眼で、ワシの方を睨むサニーレイヴン。
 挨拶代わりとでも言わんばかりに翼を振るい、そこから大量の炎弾を打ち出してくる。
 レッドボール! しかも数が多すぎる……っ!

 ――――ホワイトウォール、を念じようとして、止まる。
 まずい、もう魔力が切れてしまった。魔力回復薬を取り出すべく袋に手を突っ込むが、大量のレッドボールはもはや眼前まで迫って来ていた。
 ダメだ、間に合わん!

「ゼフ君!」

 クロードが叫び、ワシの後頭部を抱きかかえたかと思うと、唇に柔らかい感触を押し付けた。
 一瞬、思考が止まる。
 眼前には目を閉じ、顔を赤らめたクロードの顔。
 クロードの唇から、液体が流し込まれてきた所でようやく何が起きたか理解出来た。

 直後、レッドボールが降り注ぎ、火柱と共に土煙が舞い上がる。
 煙が晴れ、徐々に崩れてゆく視界に映るのは魔力障壁。
 ギリギリでレッドボールの雨を、全て防いだのはホワイトウォールだ。
 崩れゆく魔力障壁の中からワシとクロードの姿があらわれる。

「ぷはっ!」

 唇を離すと口に残る苦い味。
 先刻、クロードは口移しでワシに魔力回復薬を飲ませたのであった。
 クロードに魔力回復薬を飲むよう言っておいたのだが、まさかこんな形で役に立つとは。

「……すまない、助かった」
「い、いえ……」

 真っ赤な顔でうつむくクロードは、口に手を当て、呟く。

「……あの、これミリィさんには内緒の方向で……」

 消え入りそうな声であった。
 心臓の鼓動が聞こえそうなくらい、近い。

「なぁクロード、内緒はいいが、これからやる事も内緒にしてもらっていいか?」
「へ……何を……ひゃっ!?」

 抱きかかえていたクロードを降ろすと、不意をつかれたのか小さく悲鳴をあげた。
 バランスを立て直し、身体を起こすクロードに続ける。

「この状態で逃げるのは難しい。だからこのまま倒すしかないだろう」
「それは……はい、でも内緒というのは何故……?」

 困惑するクロードに、ニヤリ笑って答えた。

「あまり真っ当な方法とは言えない倒し方だからな」

 通称ブルーウォールハメ。
 それとクロードのスクリーンポイントのコンボで、ワシらは何とかサニーレイヴンを撃退したのであった。

「う……ぐすっ……」

 クロードは感極まっているのか、目から涙があふれていた。
 まぁあれだけのピンチだったのだ、気持ちはわからないでもないか。
 そんなクロードの横顔を眺めていると、こちらを向き、思いきり抱きついてきた。

「お、おいクロード……」
「皆を守れるなら、ボクはここで死んでもいいって……そう思ってたけど……ひっく……ゼフ君と一緒にいて、本当に良かったです……っ!」

 涙声になりながら、気持ちをぶつけるクロード。その頭を撫でてやると、さらに強く腕に力を入れてきた。

「ゼフ君……っ!」

 ぎゅうう、と力一杯抱きしめられ、胸甲がワシの顔に押し付けられる。
 おい、痛いではないか。
 まぁクロードも喜んでいるし、しばらくはこのままでいいか。
 そしてしばらく後、ワシを解放したクロードがサニーレイヴンを倒した場所へ走る。

「ゼフ君! あれ見て下さい」

 どうやらアイテムがドロップしたらしい。

「これは宝剣フレイブランドだな」

 サニーレイヴンの落とすアイテム、宝剣フレイブランドには炎の魔導が込められていて、念じる事でレッドボールを発動させることが出来る。
 魔導自体、使い手の魔力や質、その他諸々の要因でかなり威力が上下するので、誰でも使える程度のレッドボールなど、大した威力ではない。
 とはいえ面白い武器ではあるので、貴族や金持ちが見せびらかす為によく欲しがる、いわゆる嗜好品である。

 この時代ではまだこの地域でボス狩りをしている連中が少ないのか、ベルタの街でも露店で一度見たきりだ。
 そのときの値段はたしか三百万ルピだったか、しかもすぐに売れていた。
 これは儲けものだな。これを売れば大分いい装備が整いそうだ。
 すぐに駆け寄りフレイブランドを拾おうと手に取る。
 ――――が、伸ばした手は弾かれ、軽い痛みが走った。

 そして、ワシの横から伸ばされた手が、宝剣フレイブランドを掴む。
 テレポートで飛んで来たのであろうか、いつの間にか隣にいたその手の主は、黒いコートに宝剣フレイブランドをしまった。

「そんな……どうして……」

 悲痛な声を上げるクロードとは裏腹に、ワシはやはりか、と舌打ちをする。
 先程のサニーレイヴンは手負いであった。
 恐らくワシらと戦う前にすでに誰かと戦闘中だったのだろう。
 そして交戦中にも、ワシらの見えぬ位置から狙い撃たれていたのだ。
 先刻のサニーレイヴン、道理で早く倒せたと思ったがそういう事だったのだ。

 魔物の落とすアイテムは、魔物に一番ダメージを与えていた者(と、その者が所属するパーティメンバー)のみが拾う権利を得る。
 理由は解明されていないが、自分を倒した者にしか拾わせたくないという魔物の精一杯の抵抗という説がある。
 だがそれも短時間しか持たず、一定時間が過ぎれば誰でも拾えるようになるのだ。
 その性質を悪用し、魔物と戦闘している者から気づかれぬように横から攻撃をしてアイテムだけを奪い去る行為は「横殴り」と呼ばれ、魔導師協会の定めた法で禁止されている。

「……っ! 故意に横から攻撃するのは禁止されています」
「それは普通の魔物に対してのみ。強力で危険度の高いボスに対しては、横殴りは正当な行為だ。クロード」

 声を荒げるクロードを諭す。
 危険なボスに関してはそれは適用されず、しばしばボス狩り同士で争いが生じる事があるのだ。

「そういう事だ。悪いな」

 座り込むワシのすぐ上から、聞き覚えのある低い、ハスキーな声。
 ――この声、まさか!?

 驚き、顔を上げると、やはり見覚えのある短く切った黒髪に黒いコート。
 その下には細く、すらりとした肉体。
 へそを出し、胸を開いた短いシャツという露出の多い服からは美しく鍛えられた腹筋が覗く。

 魔導を強化する仕掛けが施された黒いグローブには逆さに描かれた魔法陣。
 首にかけた銀のネックレスも魔力を強化する類の物だったか。
 冷たい切れ長の目と、通った鼻筋。
 見覚えのある格好のその女性は、コートを翻しながらワシと目が合った。

「お疲れ様」

 そう言ってくるりと踵を返す女の名を、ワシは知っていた。


(セルベリエ……!)

 驚き、硬直したおかげで、なんとか声に出すのを堪えられた。
 彼女は前世でのワシの師匠。当時無理を言って弟子にしてもらった人だ。名をセルベリエ=シューゲル。
 孤独を好む熟練の魔同士である。

 ワシの知る頃よりも、さらに鋭い印象を受けるが、全体的な雰囲気は変わらない。
 痩せこけた狼のような細い身体、そして獲物を狙うような鋭い目は相変わらずだ。
 感慨深く、じっとセルベリエを見るワシを不審に思ったのだろうか。
 彼女はテレポートを念じ、無言で飛び去って行った。

「なんですかあれ!」

 ぷりぷりと怒っているクロードに構う余裕もなく、ワシは呆然とセルベリエの飛んだ先を見つめていた。
 全く気にしてないワシの顔を見て、更にクロードは頬を膨らませる。

「もう! ゼフ君戻りますよ!」
「何を怒っているのだクロード」
「知りませんっ!」

 ワシの手をつかみ、歩き出すクロードと共にミリィたちの元へ戻る。
 ミリィが半泣きになりながらレディアにヒーリングをかけ続けていた。
 ワシらに気付くと、ぱあっと顔を輝かせる。

「ゼフっ! クロードっ!」
「ただいま戻りました。ミリィさん」
「何とか勝ったぞ」
「おかえりっ!」

 レディアを放り出し、ワシとクロードに飛びついて来た。
 お……思いきり首を締めるな、苦しいだろうが。

「二人とも……ボロボロじゃない……でも無事で、よかった」
「あはは……」

 ミリィに抱き着かれていると、レディアがむくりと起き上がってきた。

「……あれ? どしたのみんな。ていうか私なにしてたんだっけ?」

 頭を打ったことで、意識が混濁しているのだろうか。
 眠そうな顔でワシらの方を見ながら、とぼけたことを言うレディアを、ワシらは顔を見合わせて笑うのであった。

 ワシの前世での師匠―――セルベリエ。
 またいつか会えるだろうか、そう考えていたワシだったが再開は思ったより早く訪れる。
 深夜、一人でキングニッパーを倒しそのカードを手にしたワシの前にセルベリエがまたも現れたのだ。


「……よう少年、また会ったな」

 いつの間にいたのだろうか、セルベリエは手をコートに入れたまま、立っていた。
 咄嗟に手に持ったカードを隠してしまうのを見て、セルベリエはくすりと笑う。

「心配しなくても強奪なんて真似はしないさ。魔導師協会に睨まられると、こちらもやり辛いのでね」
「あぁうむ……つ、ついな……」

 自分の小市民ぶりに苦笑する。
 前世でもこんなレアアイテムを手にした事はなかったからか。
 一度は隠したカードをひらひらと見せ、そういうつもりはないとアピールする。

 冒険者同士の争い、特にドロップアイテムの強奪など当然ご法度である。
 魔導士協会に連絡が行けば、捕まってしまうだろう。
 そうでなくても厳重にマークされてしまうし、基本的には冒険者同士でのトラブルはあまり起こらない。

 ちなみにセルベリエには、ボスを対抗に見られず上手く横殴りする方法や、魔物の上手な列車のやり方、雑魚のためこみ狩りなど、えぐい狩り方を色々と教えてくれたが、人を傷つけたり、脅したりしたことは一度もしたことがない。
 セコいが悪人ではないのである。単にその……人の事を全く気にしない性格なのだ。

「ところでいきなり不躾な頼みなのだが、そのカードを譲ってはくれないか?」
「それはまた……いきなりだな……」
「私はそれが欲しくてずっとキングニッパーを狩り続けていたものでね。金ならいくらでも出すつもりだが」

 そう言って袋から大金の入った袋を取り出す。

「全財産だ」

 そう付け加えながら。
 相変わらず無茶苦茶だな、この人は。
 交渉(というか人と話すのが)が下手で、欲しいモノがあると相手が頷くまで金を積み上げるのだ。
 生活力皆無な買い方だが、日常的にボス狩りをして金のあるセルベリエにはそれが可能なのである。

「……何かおかしなことを言ったか?」
「まぁな、いきなり全財産を放り投げるような人は、あまり普通とは言えないかもな」

 くっくっと笑うのを、セルベリエが不可解といった顔で見ている。
 欲しいものがあれば全力で手に入れようとするセルベリエの執念は魔導師連中の間でも「貧狼」と呼ばれていたほどだ。
 ワシはたまにその習性を利用して遊んだりもしたものである。

 カードを左に動かすと、目線だけでそれを追ってきた。
 右に動かすと目線がついてくる。
 ……相変わらずだな、セルベリエ。

 セルベリエにキングニッパーカードを売り、大金を手にしたワシは大量のジェムストーンを購入した。
 これで念願のサモンサーバントが使えるぞ。

 ――――その日の夜、ジェムストーンもある程度買えた事だしサモンサーバントを試すべく街の外へ出る。
 宿で試してみて、巨大な生き物が出てきたら大ごとだからな。
 見つかっても騒ぎにならぬよう、街の外で試す事にする。

「しかしちょっとワクワクするな」

 何せ初めて使う魔導である。
 午前中に買い込んだジェムストーンを幾つか持った状態で、、サモンサーバントと念じる。
 手のひらに光が集まり、掴んでいたジェムストーンが消滅していく――――が、何も起きない。

「む、何故だ……?」

 しっかり魔力とジェムストーンは使っているのに、何も起きないとはどう言う事だろうか。
 いや、サモンサーバントの使用には幾つか条件があったはず……そうだ! 思い出した。
 確か最初のうちは使い魔を呼び出すのが中々上手くいかないと聞いた事がある。
 異界から使い魔とする生物を呼ぶわけだが、一度で来てくれるとは限らない。
 釣りのように、根気強く何度もサモンサーバントを使う必要があると言っていた気がする。

「あーそれを聞いて、サモンサーバントを覚える気が失せたんだったな……」

 うかつだった。くそ、あの時もうちょっと真面目に話を聞いておけば上手く呼び出すコツか何かを教えて貰えたかもしれないのに。
 舌打ちをしながら、もう一度サモンサーバントを念じるが、やはりハズレ。
 魔力とジェムストーンが消滅するだけであった。

「これは結構、精神的にくるものがあるな……」

 発動のたびにジェムストーンが5つ消えているのである。
 これだけあれば何が出来るか……ついそんなことを考えてしまいブルーになる。
 今度こそ、と気合を入れてサモンサーバントを念じるがまたまたハズレ。

 結局その日はジェムを40個ほど無駄に使用し、肩を落として宿へと戻るのであった。
 まぁコツコツ気長にやるか。金はある事だしな。

 後日サモンサーバントについて色々思い出してみたが、確か魄の魔導のレベルを上げていけば召喚成功確率が上がった気がする。
 というわけで魄の魔導を上げるべく、本日はワナルタ都市遺跡へと来ていた。
 テレポートで一時間程の場所にあるここは、ワシらのいる東の大陸でもかなり高レベルのアンデッド系の魔物が出るダンジョンである。

 大昔に繁栄した街で、とある研究により住人が全て死滅してしまった都市、その遺跡だ。
 人はいなくなっても建物だけは残ったが、汚染により人が住めなくなった結果長い時間を経てダンジョン化した場所である。
 霊体型の魔物が多く存在し、魄の魔導が非常に有効なダンジョンだ。
 しばらくはここで魄の魔導レベルを上げようではないか。

「ぶ、不気味ですね……」
「うむ、昔人が住んでいた場所がダンジョン化した場合、あらわれる魔物もそういったものが具現化する場合が多いのだ」
「結構広いね~」

 辺りを警戒しながらも、三人で進んでいく。
 開けた場所なのに淀んだ空気は、アンデッド系の魔物があらわれるダンジョンの特徴だ。
 白い霧のようなものが漂い、時折あらわれる黒いもやが、人の顔に見える気がする。
 ミリィはこういう場所は慣れっこなのか別段何も感じてはいないようだが、クロードは明らかに怯えている。
 お前は前衛だろうだ、前を歩け前を。
 それに気づいたのか、ミリィは少しいたずらっぽく笑い、クロードに手を差し伸べる。

「クロード怖いの? 手、つないであげよっか?」
「い……いいですよっ!」

 そっぽを向くクロードだが、クロードはミリィに見えないようにワシの服の裾を握っている。
 動きにくいぞ、おい。

 このワナルタ都市遺跡は、大きく分けて三階層から構成されている。
 一階層はかつて一般市民が生活していた商店街。
 二階層は貴族たちの生活していた高級住宅街。
 三階層研究施設で、今のワシらには手が出せないレベルの強力な魔物が多く存在している。
 なおここにあらわれる魔物は色々と厄介なものが多く、一人ではしんどいのでミリィとクロードを連れてきたのだ。

「ミリィ、そろそろ魔物が出てきてもおかしくない。手筈通り頼むぞ」
「りょーかい♪」

 そう言うとミリィはブルーウェーブを念じる。
 ミリィを中心に魔力の波紋が広がっていき、それは建物を抜け、ある程度進むと消えていった。
 相当な射程距離だ。ワシの倍はあるだろうか。
 流石に蒼系統の魔導は、ワシよりミリィの方が一枚上手である。

「……いないね」
「またしばらくしたら、頼む」

 ここには姿を消して近づいて来る魔物がいる為、範囲の広いウェーブ系の魔導を一定間隔で念じる事で、魔物の不意打ちを警戒するのが常套なのだ。
 少し歩き、またミリィがブルーウェーブを念じる。すると、後方から何やら呻き声が聞こえた。
 振り返ると、空間が歪んでいるのが見える。
 歪んだ空間から宙に浮く、死神のような魔物があらわれた。

 ――――ワナルタ都市遺跡一階層の魔物、ミストレイス。
 霊体型の魔物で、ぼろきれを被った下には人骨が見える。
 ミストレイスへ向け、スカウトスコープを念じる。

ミストレイス
レベル39
魔力値6756/6799

 こいつは移動時にブラックコートを使用し、透明状態で近付いて来る。
 少しでもダメージを与えてやれば姿を現すが、不意打ちを考えると厄介な魔物だ。

「ブルーゲイルっ!」

 ノータイムでブルーゲイルを念じるミリィ。
 だがミストレイスは大して堪えてはいないようで、水竜巻を突き破りふわふわとこちらに近づいてきた。
 魄系統の魔物は魄以外の魔導は効き目が薄いのだ。

「ヒュウルルル!」
「う……」

 風の吹くような不気味な声と共に仕掛けるミストレイス。迎え撃つクロードの剣は、サンレイ山脈で破壊されたままだが、問題ない。
 クロードの手には、ホワイトクラッシュとホワイトウェポンによる合成魔導、ホーリーブレイドが輝いている。
 襲い来るミストレイスの爪を躱し、白く輝く剣を振りぬく――――

「ひゃあああああっ!?」

 ――――と、思ったらクロードはワシの後ろに回り込んでしまった。
 おいばか。後衛の後ろに隠れる前衛があるか。
 ミストレイスは今度はワシに狙いを定め、爪を振りかぶり襲い掛かってきた。
 ちっ、舐めるなよ。
 爪が振り下ろされる瞬間、ホワイトクラッシュを念じる。
 ミストレイスに向け放出された白光の一撃は、ミストレイスを一気に飲み込む――――が、それすらも突き抜け、ミストレイスの爪がワシを切り裂いた。

「ゼフっ!」
「ち……っ」

 血が噴き出す感触。避けたつもりだったがひっかかったか。
 目に血が入り、前が見えない……が問題はない。
 そのまま前方に向け、もう一度ホワイトクラッシュを発動させる。

「ギギャァーッ!?」

 ミストレイスは苦悶の声を上げ、光の中で消滅していった。  

「大丈夫っ!? ゼフっ!」
「まぁこの程度はな」

 ぐい、と額の血を拭うと、切られた所は浅かったのであろう。
 もう塞がっていた。
 すまなさそうに、上目遣いでこちらを見るクロード。

「あ、あの……ごめんなさいっ! ボクのせいで……」

 深々と頭を下げるクロード。
 うむ、まぁ確かにこれはクロードのせいだな。
 幽霊が苦手なのは構わんが、それで足手まといになるようでは困る。
 克服してもらわねばならないだろう。
 ミリィと顔を見合わせ、ニヤリを笑う。

「うんうん、苦手なものは誰にでもあるし、しょうがないよね。でも治していけばいいんだから♪」
「そうだな、治療は早ければ早いほどいいだろう」

 謝るクロードの両脇をミリィとワシで、クロードが逃げられない様にがっちりと固める。

「あの……ミリィさん? ゼフ君?」
「とりあえず、今から出てくる敵は全部クロードが倒すという事で♪」
「当然だな」

 クロードのホーリーブレイドを持っている手をワシが掴み、もう片方の盾を持つ手をミリィが掴む。
 武器と盾をワシとミリィで操作し、無理矢理クロードを戦わせて苦手を克服させようという算段である。
 会話しながらも索敵の為ブルーウェーブを念じていたミリィ。
 それに引っかかったのか、前方からミストレイスの鳴き声が聞こえた。

「おっ、敵があらわれたぞ。お手並み拝見と行こうか」
「いっけーっ! クロードシールドっ!」
「ひぃぃぃぃっ!?」

 ミストレイスの攻撃をミリィが盾で防ぎ、ワシが光の剣で突く。
 見事なコンビネーションと感心するがどこもおかしくない。

 ワシらに振り回されながらもクロードは何とか克服しようとしてるのか、目を回しながらもミストレイスから目を逸らさない、完全に腰が引けているが。
 気合を入れるべくクロードの尻を叩くと、ひっ、と小さく悲鳴を上げた。

「しっかり構えろ! 腰が引けてるぞクロード!」
「あっ! こらゼフ! どさくさに紛れて何やってるのよ!」

 文句を言いつつもミリィは器用にミストレイスの攻撃をちゃんと防いでいる。
 こちらも負けじとクロードの手を握りながら、剣で攻撃する。
 攻撃を当てるたびに剣の光が弱まっていき、ミストレイスを倒し終わる頃にはホーリーブレイドは完全に消滅していた。
 合成魔導による魔力の剣はあまり持続時間は長くないようだな。十回も攻撃すれば消滅してしまうようである。

 まぁ別に魄の魔導のレベルを上げる為なので、それは別にかまわないのだが。
 何度も使えば魔導レベルが上がるので、早く消えるのはむしろ好都合であろう。
 しばらくクロードが霊体型の魔物に慣れるまで、ワシとミリィであたかもマリオネットのようにして戦っていたが最後の方は慣れてきたのか、少しは自分から身体を動かすようになっていた。
 破れかぶれだけだったのかもしれないが。

 昼に少し休憩をはさみ、夕方も近くなるとクロードも一人で戦える程度にはなっていた。
 といっても完全に腰が引けており、魔物の攻撃を防ぐのが精いっぱいではあるが。
 ……まぁ一応壁役くらいにはなっているし、テンションを下げられないよう褒めておくか。

「動きがよくなったな、クロード」
「そ……そうですか? えへへ」
「うんうんっカッコいいよクロードっ! イケメンっ♪」

 屈託なく笑うミリィに、苦笑いを返すクロード。
 ったく、ワシの時は男扱いすると文句言ってくる癖に……
 そんな会話をしながら戦っていたミストレイスが完全に消滅すると、ジェムストーンがドロップされたのが見える。

「あっ、また出ましたよ。ゼフ君」
「結構落とすね~♪ 私も使ってみていい?」
「ミリィにはまだ早い」

 そう言って、ジェムストーンを袋に入れる。
 現状ワシは魄系統中等魔導、ホワイトクラッシュかホワイトスフィアをメインで戦っている。
 これは一回打つごとにジェムストーンを1個使用し、更に中等魔導である為そこまでの威力はない。
 魄系統の魔物には魄系統の魔導が有効である。
 逆に他の系統の魔導はいまいち威力が出ないのだが、それでも恐らくミリィのブルーゲイルと大差ない程の威力であろう。
 わざわざ高いコストを支払っても他で代用出来てしまうので、使い手が少ないのも頷ける。

「どーするみんな、そろそろ帰ろっか?」

 と、ミリィ。
 結構狩りをしていたからな。空は少し暗くなり始めていた。

「そうだな、別に無理する事はないし」
「ボクもちょっと疲れました」

 ちょっとどころではない程に憔悴した顔のクロード。
 今日はクロード一人で前衛で、苦手な霊体系の魔物を相手にしていたわけだからな。
 ワシらがおもちゃにしていたし、さぞかし疲れたのだろう。
 その後ろからこっそり近づいていたミリィが、その服の隙間からクロードの白い肩に手を這わせ、揉む。

「ひゃあっ!? な……何するんですかミリィさん!」
「んふふ~♪ お疲れ様、クロードっ」
「びっくりしたじゃないですか……もう」

 じゃれ合う二人を見ながら、自分にスカウトスコープを念じる。

 ゼフ=アインシュタイン
 レベル39
「緋」魔導値30 限界値62
「蒼」魔導値27 限界値87
「翠」魔導値28 限界値99
「空」魔導値29 限界値89
「魄」魔導値25 限界値97
 魔力値1020/1265

 そしてホワイトスフィアがレベル6、ホワイトクラッシュがレベル7に上がっているな。
 今日使用したジェムストーンは50個くらいか。
 露店で買った分を殆ど使ってしまった。
 しばらくはレディアからの入荷待ちだな。
 帰りにでも寄って、聞いてみるとするか。

 しかし結構効率よくレベルを上げることが出来た。
 魔導のレベルは強い魔物に多くの魔導を撃ち込む事で更に早く上昇するが、強い魔物と戦う時は防御も考えねばならず、攻撃のみに魔力を使うわけにもいかないので、前衛の存在はありがたい。
 このペースならそう遠くないうちにサモンサーバントを覚える事が出来そうだ。
 テレポートでワナルタ都市遺跡を後にして、ベルタの街に帰る頃には夜になっていた。

 それからしばらく、今度はレディアもつれてワナルタ遺跡へと行く事になった。
 ダンジョンを進みあらわれたのは中ボス「ギズモレイス」
 倒す直前で、油断していたミリィへと飛びかかってきたのだ。

「――――え?」

 呆けたような声を上げるミリィごと、ギズモレイスは階段の下、遠く見える階下へと落ちていく。
 このまま落ちれば助からない、ワシは考える前に、階段を蹴っていた。
 そのままミリィの手を掴む……が、ワシもまた階下へと落ちていく。

「ミリィちゃん! ゼフっち!」
「ダメですレディアさんっ! 一緒に落ちちゃいますよ!」

 今にも飛び降りそうなレディアを、クロードが止めているのが見える。
 ナイスクロード。いかにレディアでもこの高さから落ちればただでは済まないだろうからな。

 ワシは二人の方を向いて、大丈夫だと頷く。
 衝動的に飛び出してしまったが、助かる手段は当然持ち合わせている。

「ミリィ、目を瞑ってしっかりつかまっていろよ」
「う、うん……!」

 こくり、とワシの胸を頭を動かすミリィを離さないように硬く両手で抱きしめる。

「ゼフくーんっ!」
「ミリィちゃーんっ!」

 二人の悲痛な叫び声がどんどんと遠ざかる。
 びゅうびゅうと風切り音がその声をもかき消して行くのだった。




 ――――頬をぬるりと、何かが零れ落ちる感触。
 手を当てるとドクドクと、頭から血が出ているのがわかる。
 くそ、頭から落ちてしまったか……意識が朦朧とする。

「んぅ……」

 胸元から漏れる声。抱きかかえていたミリィはどうやら無傷の様である。
 先刻ワシは、直撃の瞬間にセイフトプロテクションを唱えていたのだ。
 一度だけダメージを大幅に軽減する魔導、即死もまぬがれぬ高さではあったが、何とか二人とも無事である。

「ぜ、ゼフっ! 頭から血が……っ!」
「……大丈夫だ。少々眩暈はするがな……」

 そういって、膝をつく。
 ぐ……目が眩む……頭に霞がかかったようだ。
 ミリィの声が遠くなっていく。しばし……休まねば……
 視界が黒く染まり、途切れかける意識の中、ワシの視界には黒く蠢く影が映った。
 ギズモレイス、そういえばこいつも一緒に階下へ落ちてきたのだったか。
 くそ、もう意識が……崩れ落ちるワシの胸元から、ミリィが這い出る。

「ゼフはそこで、休んでて」
「ミ……リィ……」

 決意に満ちたミリィの声を聴きながら、ワシの意識は闇へと落ちていくのであった。

 ――――ぴちょん、ぴちょん、と上から落ちてくる水滴が頬を濡らす。
 ここは……落ちた場所ではないようだ。
 何処かに運び込まれたか。起き上がり辺りを見渡すが、ミリィの姿がどこにもない。

 一体どこに……まさかワシを隠して一人で戦っているのか……?
 嫌な予感に冷や汗が背筋を伝う。
 ふらつく足に活を入れながら、立ち上がり叫んだ。 

「ミリィ! どこだ、ミリィーっ!」

 辺りをワシの声が空しくこだまする。
 とにかく探さねば……突き動かされるように進むワシの後ろから、声が聞こえた。

「ダンジョン内で大きな声を出すのは感心しないな。自身を危険にさらすぞ」

 振り替えるとそこに立っていたのはセルベリエ。
 しかもミリィを抱きかかえている。
 ミリィは未だ意識を失っているのか、ぐったりと手足を垂らしている。

「セルベリエ! それにミリィも!」
「……大事なものは手放さない事だ」

 駆け寄るワシに、セルベリエはミリィを抱き渡してくれた。
 ……よかった、どうやら気絶しているだけのようだ。

「この娘、かなり疲労しているな。軽く治療はしたが、しっかり休ませた方がいいだろう」

 ミリィの顔は真っ青だ。汗もかいているし、吐息も荒い。
 そういえば階段を上っている時、隠そうとはしていたが、今思えばどこか調子が悪かったように感じる。

「あまり男の子の危険な遊びに女の子を付き合わせるもんじゃあない」
「……っ」

 セルベリエに返す言葉がない。
 いつも元気な顔をしてはいたがミリィはまだ子供、連日のハードな狩りは相当きつかったのだろう。
 少しは気にかけてやるべきだったか。

「この子に感謝しろよ。ゼフが気を失っている間、ずっと魔物共から君を守っていたんだ」

 ミリィの服はズタボロで、引き裂かれたような痕がたくさんあり、激しい戦いの跡が見て取れる。
 魔導師は距離を取りながら戦うもので、何かを守りながら戦うのは向いていない。

「では私はもう行かせてもらう。こんなところにいる以上、キミを子供扱いするつもりはないが、せいぜい気をつけるんだな」
「待ってくれ! セルベリエ!」

 立ち去ろうとするセルベリエを呼び止める。

「……ありがとう。セルベリエが来てくれなかったら、ワシもミリィも死んでいたかもしれない。本当に礼を言う」
「私は倒れていた君たちを拾って傷を治してやっただけだ。礼ならその子に言うといい」

 ぶっきらぼうにセルベリエはそう呟く。
 いかに手負いとはいえ、ギズモレイスは中ボスである。
 今のミリィ一人がどうにか出来る相手ではなかった。
 恐らく、セルベリエがミリィを助けてくれたのだろう。
 ったく、素直でないのは相変わらずか。
 セルベリエはこちらを振り返ることなく、テレポートで彼方へと飛んで行くのだった。

「ん……」

 抱きかかえていたミリィが小さく呻く。
 さっきよりもさらに顔色が悪くなっているような気がする。
 汗びっしょりで、小さな身体はガクガクと震えている。

「とにかく暖かくしなければ」

 上着を脱いでミリィの身体を包んでやる。
 そして近くにあった廃墟の扉を壊し、木材を集めて焚き火を作る。
 ミリィを抱きかかえその近くに座る……がダメだ。ミリィの身体の震えは止まらない。
 余程寒いのかワシにしがみついてくる。

「……ぅ……ゼフ……」

 無意識にだろうか。ワシの名を呼ぶミリィの吐息はまるで虫のように細くなっていく。
 このままでは……くそ、仕方あるまい。
 破れかけていたミリィの服を裂き、あらわになった素肌をワシの身体に押し当てる。
 直接感じる体温は、まるで死人のように冷たくなっている。
 両腕もミリィの背に回し、強く、強く抱きしめた。

「死ぬなよ、ミリィ……!」

 そうして一晩中、ミリィを抱いたままヒーリングをかけ続ける。
 いつしかワシの魔力も尽き、明け方頃にはウトウトとし始めていた。

 ――――翌朝、すやすやと寝息をたてるミリィがいきなり目の前にいた。
 そういえばミリィを抱いたまま眠ってしまったのだったか。
 昨日まではひどく憔悴していたミリィも、今は安定しているようで顔も赤みを帯び、安らかな寝顔である。

「……やれやれ、心配をかけおって」

 その後、何とか皆と合流したワシらであったが無事再会、というわけにはいかなかった。
 ワシらの前にあらわれたのは二人の男女。

「ん~ここはどこっすかねぇ、アゼリア先輩。どっかのダンジョンみてーっすけど」
「ここは東の大陸、ワナルタの都市遺跡だ。不勉強が過ぎるぞグレイン」

 黒く長いロングヘアをなびかせ、用心深く辺りを見渡すのはアゼリアと呼ばれた女。
 そしてもう一人、灰色の髪を後ろに流し、猫背のまま威嚇するような目でワシらを睨み付けてくるのはグレインと呼ばれた男。

 二人は共に、制服の上に魔導士協会のコートを羽織っている。
 コートに刻まれた魔法陣には、階級を示す星印がアゼリアに二つ、グレインに一つ。
 ――この二人、協会の派遣魔導師か。

 だが何故こんな所に? ターゲットはワシ? 何か睨まれるような真似をしたか?
 ……心当たりがないではないが、派遣魔導師が来る程の事はしていない……多分。

「君たち――――あぁ、そこの銀髪の少年。少しいいかな」

 アゼリアが笑顔を浮かべながらもゆっくりと近づいてくる。
 凄まじいまでの威圧感、クロードやレディアも同じ様に感じているのか、二人共一言も発せぬまま止まっている。
 その凶悪なまでの魔力の奔流に思わず後ずさるワシの手を離れ、ミリィがアゼリアの前に立ち塞がった。

「何か用っ!?」

 両腕を組み、アゼリアの前に立ち塞がるミリィ。
 だがその足はガクガクと震え、それでも何とか平静を保とうとしているのがわかった。

「……私がリーダーよ。『蒼穹の狩人』ギルドマスターのミリィ=レイアード」
「おっと、そこの少年がそうだと思ったのだが……私の目も曇ったかな。まぁいい少し聞きたい事があるのだが……」
「私は名乗ったのに、貴方は名乗らないつもりかしら?」

 アゼリアを真正面から睨みつけるミリィ。
 その様子を見たグレインと呼ばれた男が、戯けた顔で口笛を吹く。

「はっはー、嬢ちゃん中々いい度胸してるじゃねーか。アゼリア先輩にそこまで言えるたぁ大したもんよ。将来有望だぜぇ?……少なくともそこでちびってるガキよりはな?」

 そう言ってワシの方を親指でくい、と差すグレイン。
 スタスタとミリィの前まで足を運び、ニヤニヤと嗤いながらその頭に手を乗せようとする。

「触らないでっ!」

 ミリィがグレインの手を払うとグレインは一瞬驚いたが、すぐに歪んだ笑みを浮かべた。
 すぅ……と差し出した人差し指をミリィの胸元に近づけていき、触れようとした次の瞬間。

「やめろグレイン」

 アゼリアの声にグレインはその動きを止め、舌打ちを鳴らした。

「……失礼した。私は協会の派遣魔導師、アゼリア=シルフォードという者だ。キミたちに聞きたいのだが、この辺りで黒装束に身を包んだ女を見なかったか? ショートカットで黒髪の、黒いコートを着た女だ」

 即座にセルベリエの事が脳裏に浮かぶ。
 この派遣魔導師の二人は、セルベリエを探しているのだろうか。
 確かにあの人は無茶はするが、派遣魔導師二人に追われる程のトラブルを起こすとは考えにくいのだが。

「知らないわ! ここに入ってから他の人には会っていないし」

 アゼリアはミリィの事をじいっと見つめ、しばし沈黙の後、呻いた。

「そうか、確かにそうみたいだね。……邪魔をした」
「え……あ……うん……」

 あっさりと引き下がるアゼリアに、少し拍子抜けするミリィ。
 アゼリアはニコリと笑いながら、ワシらに背を向ける。

「心当たりの者がいたら、魔導師協会に報告して貰えると助かる……行くぞ、グレイン」
「へいへい、わーりやしたよ……じゃあな、クソチビ共」

 最後の言葉はアゼリアには聞こえないように、唇だけを動かしたものであった。

「開きますよ、アゼリア先輩」
「あぁ」

 グレインが空中に手をかざしてなにやら呟くと、また青い光が空間から立ち上り、二人が入っていく。
 二人の派遣魔導師、その発する威圧的な魔力に一歩も動けなかったワシは、もっともっと強くならなければならない。
 そう、強く感じたのであった。

 各々、口数少ないままベルタの街へ帰った。
 いつもは戦利品や、その日の戦いについて語り合うのであるが、今日は皆、思う所があるのか、すぐに帰途についたのである。
 ワシも同じだ。今日は色々と力不足を痛感した。

 ――――連日、ワナルタ遺跡で魄の魔導を使い続けていた事で魄の魔導レベルがついに一番高くなった。
 あれからちょいちょいサモンサーバントを使っていたが、何となく感覚がつかめてきたしそろそろ使い魔を呼び出すのに成功しそうな気がする。

「……いくか」

 軽く柔軟体操をした後、ワシは宿から街の外へ向かった。
 レディアとの修行のせいか、すっかり柔軟が癖になってしまったな。
 外へ出ると街から少し離れた岩場に座る。

 何度か使ってみて分かったが、これにはコツがあるのだ。
 水の中に手を突っ込み、指に取り付けたエサでもって水中の魚をおびき寄せ、捉える。
 そんな感覚。幾度となく虚空に消えたジェムストーンは無駄ではなかったのである。
 焦れぬよう精神を集中させていき、何かが触れた瞬間、サモンサーバントを念じる。

「――――来た!」

 何か、明らかに違う感触。
 眩い光がワシの手のひらに集中していく。
 光は徐々に人の形をなしていき、そして。

 ぽん、と生まれたのは手のひらサイズの少女。
 足まで届く長い金髪の上に大きな赤いリボンをつけ、どこぞのお嬢様のようなドレスを着ている。
 背中には金色の小さな魔力翼、大昔どこぞの美術館で見た天使のような少女である。
 年の頃は五、六歳であろうか。
 これがワシの……使い魔……?

 少女はきょろきょろと辺りを見渡し、無垢な瞳でこちらを見て、鈴のような音で囀る。

「……おじい?」

 思わず、ぎょっとする。

「お、おじいだと……?」

 よく考えたらこいつはワシの使い魔だ。ワシの姿ではなく、魂の形を見ているのかもしれない。
 少女はその小さな身体でひらひらと空中を舞い、ワシの頭にちょこんと乗ってくる。
 帽子を乗せているくらいの重さだ。
 おいこら髪の毛を引っ張るな、痛いだろうが。
 少女を捕まえてワシの顔の前に持ってくる。

「いたい! いたいよ! ばか!」
「む……す、すまん……」

 少女を持つ手を緩めると、不機嫌そうな顔で頬をぷくっと膨らませる。
 何だか調子が狂うヤツだな。

「お前は何者だ?」
「あたし? あたしはあいん!」

 アインと名乗った少女は、元気よくそう挨拶をした。
 やはりワシの使い魔だったのか……それにしても弱そうである。
 ドラゴンとかグリフォンとかが良かったのだが……いや、案外すごい能力を持っているのかもしれない。
 使い魔は見かけによらないからな。昔のワシの知り合いの使い魔も弱そうなゼルみたいなモノだったが、姿形を自在に変えることが出来る汎用性にとんだ素晴らしい使い魔であった。
 気を取り直し、話しかける。

「よし、アイン。お前は何が出来るのだ? お前の力を見せてくれ」
「おなかすいた! ごはん!」

 取り直しかけた気を、また削がれる。
 会話が成り立っていない。
 ニコニコしながら両手のひらを突出し、食事を要求してくるアイン。

「……まぁいいが……何が欲しいのだ?」
「いし! おじいのいし! ちょうだい!」

 サモンサーバントの際に手にしていたジェムストーンを指差すアイン。
 どうもこれが欲しいようだ。

「ごはんというのは、これの事か?」
「うんっそれ! いし!」

 ジェムストーンを一つアインに近づけると、ぱあっと顔を輝かせかじりついた。
 そのまま、ポリポリとものすごく勢いで食べ始める。
 ジェムストーンは魔力を固めたもので、使い魔はこれを食べてエネルギーとするらしい。
 ……ちなみに当然人間が食べられるものではなく、見た目的にはドン引きだ。

 しかしそんなワシに構う事なく、アインはジェムストーンを全て食べ切ってしまった。
 その食べっぷりはまるで穀物を食べる小動物みたいだ。

「もっと! もっと!」
「わかったわかった」

 さらにもう一つ、ジェムストーンをアインに渡すと、一心不乱にそれをかじる。
 五つほど食べた後、満足したのかワシの手の上で寝転がる。

「う~おなかいっぱい!」

 アインは両手を腹の上に乗せ、ぽんぽんとさすっている。
 やれやれ、これでようやく会話ができるか。

「……それでアイン、お前の力は……」

 言いかけて、肩の方を見るとあくびをしているアイン。
 眠そうな目をこしこしと擦りながら、とろんとした顔で一言呟いた。

「ねもい……」

 そういって光の粒子になり、アインは消えていった。

「……おい、アイン! おいこらっ! おいいいいい!!」

 荒野にワシの声が響く。
 結局その後、ワシは一人で狩りをしていた。
 その最中、何度かサモンサーバントを念じてみたが、アインが出てくることはなかった。
 なんだったのだ、この魔導は。

 宿に帰る途中、レディアの家を通りかかると早朝にも関わらずクロードとレディアの声が聞こえてきた。
 どうやら二人して朝練をしているようである。

「そこっ! 脇が甘いよクロちゃん!」
「はいっ!」

 壁の向こうから、二人の声が聞こえてくる。
 耳を傾けると、木剣同士がぶつかり合う音が、断続的に鳴り響いている。
 そういえばレディアの裏庭には無駄に精巧な木剣が二本置かれていたのを思い出す。
 オブジェかと思っていたがあれはクロードとの模擬戦闘用のものだったのか。
 というかレディア、剣も使えるのだな。

「よっ! よっ! ほいっ!」
「っ! く……! やぁっ!」

 声から察するにレディアの一方的な試合運びのようだ。
 普段使わない剣でも、クロードを圧倒しているようである。
 というか素手でもあの強さだからな。
 ……がんばれクロード。いつか追いつく日も来るさ。 
 しばらく壁越しに二人の戦闘音を聞いた後、ワシは宿へと戻る。

(む、これは……)

 宿に近づくにつれ、強力な魔力の波動を感じる。
 あれはミリィか。よく知った魔力の波長だが、普段のモノと違い更に練り込まれ、洗練されているように感じる。
 恐らく深い瞑想をしているのであろう。

 深い瞑想は体内から生み出した大量の魔力を練り上げ、研ぎ澄まし、体の中を循環させる修行。
 これにより体内に流れる魔力線は鍛え上げられ、魔力を使うための身体を作るのだ。
 簡単に言うと魔導版の筋トレみたいなものである。

(それにしても何という魔力の奔流……大河の流れを彷彿とさせるな)

 まだまだ無駄は多く魔力の流れもスムーズとはいえないが、それを補って余りあるミリィの圧倒的、魔力。
 ここまでの魔力があれば、先日の派遣魔導師の威圧の魔導の中、動けたのも頷ける。
 幼さ故に集中力が低く気まぐれな性格のミリィだが、深い瞑想に入ると ここまで魔力を引き出すことが出来るのか。
 このまま成長すれば、五天魔にも匹敵しうるあろう潜在的才能。

(……ワシも負けてはいられないな)

 宿に戻るとすぐに自分の部屋に戻り、床の上で座禅を組み、ゆっくりと呼吸をしながら深い瞑想に入る。
 身体の奥底から魔力を練り上げていき、ゆっくりと体中を廻っていくイメージ。
 しかし隣の部屋でミリィもワシの瞑想に気づいたのか、それに対抗し更に魔力を練り上げる。
 ぐっ……まだ上がるというのか……だが負けんぞ……!

 ワシが魔力の量を上げるとミリィもそれに対抗して少し上げる。さらに対抗してワシも……
 そんなことが何度も繰り返され、ワシとミリィの時間を忘れた瞑想合戦は続いたのであった。

「あれ? ゼフ君何やってるんです?」
「クロー……ドか……」

 特訓から戻ったクロードが見たのは、ワシが部屋で突っ伏し大の字に寝転ぶ姿であった。
 ちなみに瞑想合戦はミリィの方がわずかに長く続いていた。
 今のワシの未熟な魔力線では、流石に及ばんか。単純な力比べではミリィの方が上なのは認めざるを得ない。
 そしてそのすぐ後、ドアを開けてワシの部屋に入ってくるミリィ。
 壁を伝いながら来たのであろうか、肩をドアに預けながらなんとか立っている。
 そのまま部屋で寝てればいいのに、勝ち誇る為だけにワシの部屋まで来たのだろう。
 ある意味ミリィらしい。

「ふ……ふふ……私の勝ちね……ゼフ……」
「……言ってるミリィもフラフラだろうが」
「私は……もう動けるもんねー……にひひ♪」

 そう言ってゆっくり腕を組み、今にも倒れそうな仁王立ちをするミリィ。
 足がプルプルと震えているぞ。
 それを見て、苦笑するクロード。

「……何だか大変だったみたいですね。今日は二人共休んでいてください。ボクはもう一回レディアさんに体術習って来ますので」

 そう言ってクロードは、呆れ顔でワシの部屋から出て行く。
 こつこつと階段を降りる音が遠ざかっていき、やがて辺りを静寂が包んだ。

「いつまでも立っていないで、こっちきて座ったらどうだ? ミリィ」
「……うん」

 頷いて部屋に入ってくるミリィ。
 椅子に腰掛けようと一歩踏み出した瞬間、足をもつれさせ転びそうになる。

「わたたたたっ!?」
「ミリィ!」

 床に倒れこむミリィを受け止めるべく立ち上がる。
 が、魔力を放出しきった身体は思うようには動いてくれない。
 ミリィの方も持ち直す力は残っていないようだ。
 互いにバランスを崩しつつも、間一髪、抱きかかえて倒れ込むミリィの身体を何とか支える。

「大丈夫か?ミリィ」
「う……うん、ありがと……」

 ミリィは薄手の寝巻きのままだ。起きてすぐ瞑想を始めたのだろう。
 体温と柔らかさを普段より感じた。
 先刻まで魔力線を最大限稼働していたからか、ミリィの心臓がどくどくと早鐘のように打っているのがよくわかる。

「ゼフ」

 ミリィはそう呟いて体を起こすと、ワシの服を掴む手にきゅっと力を込めてきた。
 どこか熱っぽい目でじっと見つめてくる。

「私ね、もっと強くなる。みんなを守れるくらい、絶対に」

 強い口調で宣言するミリィの目には強い決意が灯っている。
 先日の件はミリィに大きな心境の変化をもたらしたらしい。ギルドマスターとして、少しは自覚を持ってくれたようである。

 ――――更に数日後、ワシらはワナルタ都市遺跡にレディアを含む全員で来ていた。
 前回のリベンジで、今日こそは二階層へと進む予定である。

 一階層はテレポートで飛ばすが、大階段はテレポートは使わず歩いて登る。
 足場が不安定だし、踏み外したらまっさかさまだからな。
 しかもここは前回襲撃を受けたから念には念を、である。

「はぁ……はぁ……やっと……登り切ったぁ~っ」
「お疲れ様、ミリィちゃん」
「大丈夫ですか?」
「へーきへーきっ!」

 クロードにVサインを返すミリィは、汗はかいているが疲労感はそこまでない様子である。
 毎日魔力を練る事で、身体能力もある程度補強されるのだ。

「ん、何か来る……!」

 レディアの声で皆が戦闘態勢を取る。
 階層を登り切ったワシらの耳に、チリンチリンという鈴の音が響く。
 音と共にあらわれたのは二階層の魔物、レイスマスター。
 焦げ茶色のローブに樫の杖を携え、牛骨を象ったマスク、その下は影に覆われてよく見えない。
 レイスマスターがワシらを視認すると同時に、左右にゆらりと二つの影が生まれた。
 ――――ミストレイスである。
 レイスマスターは二体のミストレイスを取り巻きとして使役して戦う強敵だ。

「ブルーゲイルっ!」

 ミリィは先手必勝とばかりにブルーゲイルをぶっ放す。
 水竜巻が魔物を巻き込み、その動きを束縛している間にレディアとクロードの武器にホワイトウエポンをかけて魄属性を付与。
 そしてタイムスクエア。
 時間停止中に念じるのはホワイトスフィアを二回。
 ――――ホワイトスフィア・ダブル。

 眩い光球が魔物を包み込み、ミストレイス二体を消滅させていく。
 残ったレイスマスターにクロードとレディアが斬りかかる。

「てやああああーっ!」

 レイスマスターの正面、その頭上から振り下ろされるクロードの剣を手に持った杖で払い、 背後から繰り出されるレディアの斧もブラッククラッシュでその身体ごと弾き飛ばす。

「わっちち!」
「大丈夫かレディア!」
「大丈夫、ギリで躱したから!」

 どう見ても直撃のタイミングだったが。
 まぁレディアだし、言う通りギリで躱したのだろう。
 予めスクリーンポイントを展開していたクロードは先刻のブラッククラッシュを無効化して食い下がるが、それも杖の追撃で弾き飛ばし、レイスマスターは魔力を集中させていく。
 ――――コールスレイブ。

 またもやミストレイスが二体、虚空から呼び出される。

「げ……また呼んだよ」
「本体を倒さぬ限り、何度でも取り巻きを呼び出すのだ。だが問題ない。わかってるなミリィ!」
「もちろんっ♪」

 ミリィはブルーゲイルを、ワシはホワイトスフィア・ダブルを放つと、即座にミストレイスは霧散していく。
 レイスマスターのコールスレイブは頻度も高く、取り巻きのミストレイスを一瞬で落とせなければ三体の魔物を同時に相手する事になり、苦戦を強いられる事は必至だ。
 一階層でミストレイスをワシとミリィの攻撃で落とせる事は実験済み。そしてミリィにはこの事を階段を登りながら指示しておいたのである。
 無防備状態のレイスマスターの後ろからクロードの一撃が突き刺さると、レイスマスターはボロボロと崩れていった。

「やはり少しキツいな。今ので魔力が半分になってしまった」
「複数で来られたら逃げた方がいいかもね~」

 レイスマスターはかなり高レベルのパーティが挑む魔物だ。
 二階層にはそこまで数はいないが、三階層は大量のレイスマスターが存在し、高レベルの魔導師を含めたパーティが狩りをしているのである。

「……皆、あっちから何か聞こえない?」

 しばらく三階層で狩りをしていたワシらだったが、レディアの声で立ち止まる。
 耳を澄ませば、遠くの方から戦闘音が聞こえてくる。
 音の方を見るが入り組んだ地形の為よく見えない。どうやら廃墟の奥の方からの聞こえてくるようだ。

「私たち以外に人が来てるんでしょ? 別によくあることじゃない?」

 確かに良くある事だが、何だか妙な胸騒ぎがする。

「ふむ、少し行ってみるか?」

 入り組んだ廃墟の先、狭い道無き道をなんとか抜けていく。
 それにしてもこんなところに道があったのか。

「ちょ……こんなところ普通は通らないでしょ! なんなのよもーっ!」
「いや、他の通路と繋がってるのかもしれませんし……」

 元々ここは入り組んだ地形だし、裏道の何本かあっても不思議ではない。
 戦闘音は近づいているので目標がいるのは間違いないようだ。
 しかしやはり、どこかおかしい。

「ね、戦闘長くない?」
「……ワシもそう思ったところだ」

 この細道に入って五分以上経つ。
 ワシらの戦闘時間は手間取っても一分かそこらで、そう考えるとこの戦闘の長さは異常と言っていい。

「まぁ行ってみれば分かる事だ」

 壊れた家の壁面を通り抜け、少し開けた場所に出ると、その先に居たのは派遣魔導師グレインであった。
 しかし本人は戦闘をしている様子はなく、ニヤニヤしながらグレインが見ているのは二人の少女。

 赤色の長い髪と、手に持つ槍を振り回す少女と、青色のショートカットで両手剣を握る少女。
 二人掛かりでミストレイスと戦っているようだ。
 共に羽を生やしたその姿は、どこかアインを連想させる。

「……あのひとたち、あたしとおなじ……?」

 アインがクロードの鎧から顔を出し呟くと、グレインがそれに気づいたのか、こちらの方を振り向いた。
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