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たった5分で国際関係論を習得する方法

今日の横浜北部はあいかわらず快晴で寒いです。

さて、日本の大学では現在期末試験の真っ最中かもしれませんが、ちょっと前の記事で、私が『米国世界戦略の核心』という本(絶賛絶版中)を訳したこともあるハーバード大学のスティーブン・ウォルト教授が、卒業する学生たちに向けて「復習」的な意味を込めて書いたブログ記事が面白かったので、その要約です。

その内容は「国際政治学を5分でマスター」というぶっ飛んだものですが、そのエッセンスの部分はけっこううまくまとめられておりますので、興味あるかたはぜひご参考まで。

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大学の国際関係論の学科を5分でマスターする方法
by スティーブン・ウォルト

●ここニューイングランド地方は晩春を迎えたが、これはつまり米国内の全国の大学やカレッジで卒業シーズンを迎えたことを意味する。

●もちろん卒業に向けて忙しい学生やホッとしている学生もいるかもしれないが、私は彼らの多くが密かに後悔しているのではないかと心配している。その明らかな理由は、彼らの多くが、国際関係論のコースをとって十分勉強したとは思えないからだ。

●もちろんコンピューター・サイエンスや生物学、経済学、応用数学、そして機械工学などはよい学科だと思うし、歴史や英文学、それに社会学などはとても魅力的なものだ。

●ところがそれらの分野のうちで、私もその魅力のとりこになった、世界情勢やグローバル化、対外政策のような、クールなことを教えてくれる学科は他にあるだろうか?

●ただし心配ご無用だ。私がその解決法をお教えしよう。

●数十年前のことだが、NBC系の土曜の夜のコメディー番組「サタデーナイト・ライブ」のプロデユーサーをつとめたグイド・サルドゥッチ(ドン・ノヴェッロとしても知られるが)は、「5分間大学」というという概念を創りだしている。

●それは極めてシンプルなもので、たった5分間で卒業の5年後にも覚えているようなことをすべて教える、というものだ。一例を上げると、「経済学;需要と供給」というものであり、「神学:神はあなたのことを愛している」などなど。

●これらを踏まえて、もしあなたが金融を専攻して面白いコースは何もなかったと感じているのであれば、このブログで国際関係論専攻の「5分間大学」を提示してみたいと思う。これは、国際政治の興味深い世界について知るべきすべてのことを、たった5つの基本概念で教えるものだ

●しかもよほど読むスピードが遅い人でなければ、これを全部読むのに5分もかからないはずである。

その1:アナーキー(無政府状態)

●国際政治が国内政治と異なるのは「中央権威が欠如している状態にある」ということなのだが、これはリアリストだけが認めているものではない。

●国際的な場には警察が見回りを行っているわけではないし、どちらが悪いかどうかを裁定を下すような裁判官はいないし、国が訴訟を起こせるような裁判所もなく、トラブルが起こったとしても誰かに110番をかけることもできないのだ(これについてはウクライナ、レバノン、ルワンダの各政府に聞いてみるがよい)。

●国家が互いから身を守るための中央権威が存在しないということは、主要国が自分自身で身の安全を守らなければならないということになり、今後もトラブルの発生に警戒しつづけなければならないことを意味する。

●このような状況が存在すると言っても、それは国家間の協力や、ごくたまに行われる小規模な利他的な行為が存在しないというわけではない。それでも国家にとって最優先すべきことは安全保障であり、国際政治全般において恐怖が長い影を落としているということを意味するのだ。

●もちろんアナーキーは「国家が思い描いていること」(by アレクサンダー・ウェント)なのかもしれないが、彼らの想定していることのほとんどが実際に問題を発生させているのである。

その2:バランスオブパワー(勢力均衡)

●これには私の提唱した「脅しの均衡理論」(balance of threats)も含まれることを付け加えておきたいところだ。すぐ上で説明したような「アナーキー」のおかげで、国家というものは、誰が強力で、誰が台頭・衰退しているのか、そして永遠に劣位に置かれてしまうのを避けるにはどうしたらいいかを考えるのだ。

●バランス・オブ・パワーは、国家がどのように潜在的な同盟国を見つけ、戦争が起こりそうなのかどうかについて、実にさまざまなことを教えてくれる。

●バランス・オブ・パワーの大きな変化というのは、概して危険なものであり、台頭する大国が現状維持に挑戦したり、衰退しつつある国家が予防戦争を仕掛けたり、もしくは単にそのシフトによって誰が現在最も力を持っているのかわからなくするために計算違いを発生させやすくするからだ。

●もちろんこの概念の正確な定義については長年にわたって議論されてきたのだが、バランス・オブ・パワーを念頭におかずに国際関係論を理解しようとするのは、まるでバットを使わずに野球をプレーしたり、バックビートなしでブルースを演奏するようなものなのだ。

その3:比較優位(または貿易の利益)

●国際経済のコースをとったことがない人は、「比較優位」という基本的な考え方を理解する必要があるだろう。これはリベラル派全般の土台となる、自由貿易の理論の考え方だ。

●このアイディアはシンプルだ。国家は他国より相対的に優位にあるアイテムに特化して生産し、それを他国の生産した相対的に優位にあるものと交換するほうが良い、というものだ。たとえばある国がすべてのモノの生産に優れていたとしても(全てにおける絶対優位)、他国は自国の相対的な効率がなるべく高いモノを生産すればやっていける、ということになる。

●このロジックは反証不可能なものであったが、それが広く認められるまでに数世紀かかっている。このような重商主義の(部分的)拒否や、より自由な貿易の推奨は、現代のグローバル化の根幹を成すものであり、なぜ世界は200年前よりも豊かになっているのかを説明するカギとなる理由となっており、この基本的な現実を把握できなければ、国際的な商業活動の驚くべき広がりを理解することは不可能になってしまう。

その4:認識間違いと計算間違い

●私の頭の良い友人の一人がよく言っているのは、国際政治のほとんどの現象は3つの言葉に集約されてくるということだ。それは「恐怖」(fear)「貪欲」(greed)「愚かさ」(stupidity)である。

●本稿ではすでに最初の2つについてカバーしているが(アナーキーとバランス・オブ・パワーは恐怖、自由貿易は貪欲が抑えられた形のもの)、3つ目の「愚かさ」もそれらと同じくらい重要なものである。

●なぜなら国家のリーダーたち(もしくはその国家全体)が互いに勘違いすることがよくあるということや、非常に愚かなことを行うということをが理解できなければ、国際政治や対外政策を本当に理解できないからだ。

●ある国が脅威を感じて決定的な動きを行うと、他国はそれを「危険な野望を持っているから抑えこまないといけない」と誤って思い込んでしまうことがある。

●もちろんそれとは反対のことが起こることもある。たとえば実際はかなり侵略的な側が、他国に対して「敵の狙いは限定的なものだな」と信じこませることに成功することもあるからだ。

●さらに、国家自身が自国の過去を美化して伝え(自分たちは悪いことをしたことはなく、他国が常に侵略的であるなど)、他国が同じ歴史について別の見方をしていることに気づいて驚くこともあるのだ。

●国際関係論の学者であれば、国家のリーダーというものは、いかに訓練を受けた頭の良いアドバイザーたちの群れにアドバイスされ、しかも膨大な政府機関や諜報機関に支えられていても、愚かなことをすることが多い、という事実は知っておくべきなのだ。

●もちろんその理由は、情報が不完全なものであったり、他国はブラフをかけたりウソをついたりすることもあり、官僚や政策アドバイザーたちが普通の人間の弱点(臆病な行為、保身、そして限定的な合理性など)をさらしてしまうことがあるからだ。

●これを読んでいるあなたは、今から5年後にここで説明されている細かいことをすべて忘れているかもしれないが、以下の教訓だけは絶対に忘れないでいてほしい。それは「リーダーたちというのは、大抵の場合、自分が何をしているのかわからずにリードしているものだ」ということだ。

その5:社会構成

私は社会構成主義者(コンストラクティビスト)ではないが、そんな私でも、国家や人間同士の交わりが変化する規範やアイデンティティによって影響を受けることが多く、これらの規範やアイデンティティは、人類が生まれながらにして身につけたようなものではないし、固定したものでもない、ということは認めている。

●それとは対照的に、このような規範やアイデンティティというのは、人間同士の交わりによって生まれたものであり、それらはわれわれの日常生活の行為だけでなく、われわれが何を語り、何を書き、時間の経過と共にわれわれのアイディアがどのように変化していくのかを教えているからだ。

●ナショナリズム、奴隷制の終焉、戦争法、マルクス・レーニン主義の興亡、そしてゲイの結婚に対する態度の変化をはじめとするグローバルな規模の重要な現象は、社会的な現実が物理的な世界とは違うということが認識できないと、そもそも理解できないのである。

●そしてそれは、人間の行為や発言、そしてその考えによって作られたり再構築されたりするものなのだ。

●もちろんわれわれは、その態度や規範、アイデンティティ、そして信条などがどのように発展していくのかについては予測できないのだが、このような国際社会における一つの見方を心得ていれば、それでもいままで変化することがないと思われていた現実が突然変化するのに驚かされることはなくなるのだ。

〜〜〜

●これで「5分間大学」の国際関係論の学科の講義は終了である。もちろん学科全体にはこれよりもはるかに多くのことが含まれているのは当然なのだが、時間がないのでこれでおしまいだ。

●もしあなたがこの5つの概念をよく理解できていたら、国際関係論専攻の学生たち(その学問に進んだ人を除く)が卒業してから5年後に覚えていることのほとんどを知ったことになる。

●もちろん私は、これらの5つの概念だけでこの分野のすべてを理解できると言いたいわけではない。たとえば本物の専門家になるためには、抑止と強制、制度機関、選択効果、民主的平和論、国際金融、さらにその他の多くのカギとなるアイディアについて、十分知らなければならないからだ。

●さらには国際政治の歴史を活用できるほどの知識も役立つものであるし、特定の政策分野についての詳細な専門知識も必要かもしれない。しかもこのレベルの知識を身に付けるためには、大学院レベルの訓練が必要となるため、今回のようなたった5分間では物足りない。

●とにかくあなた(もしくはあなたの子供)が今年卒業するのであれば、私は心からお祝いしたいと思う。そしてもしあなたが国際関係論で学位を取得し、しかもこの分野をさらに研究して行こうと言うのであれば、心配はしないでほしい。

●なぜなら私の世代の人間たちは、あなたたちが取り組むべきいくつものやっかいな問題を残してきたし、あなたたちがわれわれの世代ほどひどい仕事をするとは思えないからだ。

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非常に参考になります。学生に読ませたいですね。テストの後に配布しようかと。

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