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一話 第一異世界人
苔の蒸した地面を踏み締めて歩みを進める。山脈を背にして、麓を目指して進むこの道無き道は、山から下っているはずなのだが、緩やかな傾斜が地面が傾いている事を感じさせない。久し振りの大自然を満喫しながら、俺は人里を探してひたすら進んでいた。
あの水晶の輪を潜り抜けてから目に入ったのは、一面の緑だった。明るい緑では無く、巨木に陽射しを遮られた薄暗い森の緑だ。強い草木の匂いに頭がクラクラしたが、それも直ぐに慣れた。
俺は出てきた場所を振り返り、ボス部屋がこちらからも見れるのかと期待したのだが、そこには何も無く、地面を割って道を伸ばすなだらかな下り坂が有るだけだった。
どうやら水晶の輪は一方通行だった様で、ここはあのダンジョンの入り口らしい。この道を下って行けばあの谷の底にたどり着くのだろう。
ダンジョンへと続くであろう道に沿って遠くに高い山脈が見える。視線を覆うように、途切れることなく続く山々に驚嘆の声を上げた。
周りの確認をする為に、近くの木に登った。木登り自体は子供の頃にやってはいたのだが、この体では恐ろしい程の速度で天辺までたどり着く。下を見ても恐怖などを感じず、まるで階段でも登るかの様な気軽さだった。
木の上から辺りを見回すと、一面の緑の絨毯で、それが何処までも続いていた。特に目標になる物も無いので、どこからでも見えるあの山脈を背に進む事にしたのだった。
「ふぅ」
喉が渇いてきたので、目についた倒木に腰を掛け休憩を取る事にした。マジックバッグからコップを取り出し、それに水を注ぐ。冷たく綺麗な水が喉を潤してくれる。
辺りを見回すが、一向に風景が変わる様子は無い。まあ、まだ数時間しか歩いていないのだ当然かもしれない。
腰を上げ先へと進む。辺りには鳥などの小動物の気配が探知に掛かるが、あのダンジョンに居たような大きめな気配は今の所無い。それ程広い範囲を探れる訳では無いので、速度の速い何かが近付いてきたら、数十秒でここまでたどり着ける事を考えると、その時は素直に隠れるか逃げる事にしよう。正体が分からない奴と、遭遇なんてしたくない。
休憩から数時間が経った頃、探知がこちらに向かってくる一つの反応を捉えた。一瞬緊張したが直ぐに何か分かったので、緊張を解きそれが近付いてくる方向に目を向けた。
程なくして現れたそれは、上空から降りてくると、俺の肩に降り立ち、小さな頭を俺の頬に擦りつけて来る。俺の可愛いペットのポッポちゃんだった。
この世界における俺の唯一の会話相手が、ダンジョンから出れた事を、体全体を使って喜んでくれている。でも、最後にパンを要求するのは、台無しだと思うよ?
ポッポちゃんを肩に乗せながら道を進む。時々上空へと上がり、方角を確認してくれる彼女がいれば、進む方向はバッチリ分かる。別に見なくとも大体分かると言うし便利な奴だ。
それから少し進むと、段々と日が傾いてくる。この世界でも太陽は一つで、地球と同じように沈んでいくらしい。完全に日が落ちる前に、今日の寝床を用意する事にした。
マジックバッグの中から、掛布団と毛皮の敷布団を用意する。ダンジョンの部屋の中に、最初に有った藁は最初の数カ月でボロボロになり、使い物にならなくなっていた。
毛皮の服の次に作ったのが、この毛皮の敷布団だ。お蔭で固い地面の上でも快適に寝られるようになったのだった。だが、あそこから出て改めて地面に敷くと、本当にどこの原始人だと思ってしまう。寝袋までとは言わないけど、もう少し考えないといけないかも知れない。
寝具の次に野営といったらたき火だと思い、木の枝を集めていく。だが、途中である事に気付いた。それは、火を起こす手段が無いという事だ。
ダンジョンの部屋では、炉から火が幾らでも取れていたので、失念していた。仕方が無いので、木をこすり合わせて火起こしを試みてみるが、煙は上がるがあと一歩の様で一向に火が着かない。意地になっても仕方が無いので諦めた。
そこまで苦労して火起こしが必要なほど気温は低くない。パンを焼くことが出来ないが、今日はトレントの木で燻製にした鶏肉を挟むだけで我慢する事にした。
寝ている間に何かに襲われるのは怖いが、一人の野営なのでそれは諦める。幸いポッポが真上の木で寝てくれる。彼女曰く何かが来れば気づくとの事だ。彼女の野性を信じて寝る事にした。
◆
ダンジョンから脱出して二日目の今日も、ひたすら森の中を歩いた。俺を先導するかのように地面を飛び跳ねながら先を進むポッポが、一々地面を掘り返して食料を探している姿が可愛い。お腹がすいたならパンを幾らでも上げるのだが、味が違うものが食べたいらしい。なかなかグルメな鳥だ。俺も目についた大き目な石なんかをひっくり返して餌探しを手伝ったりした。
そう言えば、今朝は一つ発見したことが有った。それはマジックバッグの仕様が変わった可能性が有るという事だ。
今までのマジックバッグでは、中に入れた物は外と変わらず時間の経過、例えば腐敗や、温度の変化などが有ったのだが、新しく瞳石を交換した、このマジックバッグでは温度の変化が無くなったように思える。
何故そう思ったか言うと、今朝に飲んだマジックバッグから注いだ水が未だに冷えているからだ。大容量の水ならば、確かに温度変化が緩やかなのかも知れないが、それでも一日近く経っている。
その水が未だに冷たいと言う事は、石を変えた事の影響だと考えて良いのではないだろうか?
本当にそうであれば、歓迎すべき変化なので、是非そうなっていてほしい所だ。火が起こせれば検証も進むのだが、当分無理かもしれない。火起こしは俺の中で結構な重要案件かもな。
更に森の中を進む。一度自分でも辺りを見回そうと木の上から眺めてみるが、多少山脈から離れたと感じる位で、大した景色の変化は無かった。この木々の中にポツンと村が有っても、木の上から見ただけじゃ分からない可能性が大きいので、相当運が良くなければ見つけられないだろう。
歩いているだけでは暇なので、ポッポを投げる遊びをする。
別に動物虐待をする積りなんて全くない。これは彼女が言い出した暇つぶしの一つなのだ。
これはポッポがウザったい程に構ってくれと懐いてきた時に発案した遊びで、当時鍛冶作業に集中していた俺は、余りのウザさに掴んだポッポを表に出て空高く投げたのだった。鳥なので問題ないと思ってやったのだが、その後は少し反省はした。
だが、彼女はその感覚が面白かったらしく、もっとしてくれとテンションが跳ね上がってしまった。その結果、時たまこの遊びをするようなったのだ。
小一時間ほどブーメランと化したポッポと、遊びながら先へと進むと、探知に小さいながらも今迄掛かっていた、小動物とは違う反応が掛かった。
大きさはダンジョンで言えば森狼より小さい物だが、共に行動しているみたいで、同じ速度で同じ方向へと進んでいる。
立ち並ぶ木々の所為で視線に捉える事は出来ないが、この移動速度ならばこちらに向かってきてもまだ危険は無いだろう。そもそも、この程度の反応なら大した相手では無いはずだ。
そうであれば、当然見に行きたくなる。襲って来るならば反撃すればいい。攻撃が効かなかったら……まあ、逃げよう。取り敢えずはその姿ぐらい見たい。
そう考え、俺は探知を頼りに気配のする方向へと進む。ポッポにはその場を離れてもらう。彼女は癒し担当だから戦力として何て考えていない。
程なく進むと何かの声が聞こえてくる。ギッギッっと喉を鳴らしたような声が、多少の違いを持つもう一つの声とどうやら会話をしている様だ。。
その場で立ち止り声を上げているそれを木の陰から覗き込む。
そこにいたのは、緑色の肌をし、鋭く長い耳をして、黒目ガチな瞳を持つ小柄な二足歩行生物だった。俺のファンタジー知識から導き出される結果は、所謂ゴブリンて奴だ。
そんな二匹が、木の棒の様な物を持ち、腰に毛皮を巻いて何か会話をしている。
あれ? 俺の今の姿と余り変わらないんじゃねえか?
そう考え自分の格好を見ると、少し悲しくなってくる。いや、そんな事はどうでもいいのだ。
さて、どうするか。
周りにはあの二匹以外、居る気配はない。アイツらが持っている装備を見ても大した脅威にはならないだろう。
ならばここは一つ、友好的に挨拶から入るのが良いのではないだろうか? 彼らの話なんてあくまでファンタジーの中の話で、聞き伝えに近い物だ。人の噂なんて当てにならないと同じで、彼らは実は友愛の精神を持った森の住人かも知れない。そもそも、彼らは俺にとってこの異世界での第一村人なのだ。
よし、それでいこう。
そうと決まればまずは、こちらから姿を見せるのが礼儀だろう。
「こんにちは~」
俺は片手を上げながら日本語で挨拶する。だってこれ以外の言葉分からないからね。
すると、今まで楽しそうに会話をしていたゴブリンに緊張が走るのが分かった。
やべえ、失敗したか? もしかしたら手を上げるのは失礼な行為だったのも知れない。
「大丈夫ですよ~、何も持ってないですよ~」
俺は改めて両手に何も持っていない事を、アピールしながら声を掛ける。
ゴブリン達はお互いを顔を見合わせ、戸惑っている様だったが、片方のゴブリンがギギッっと声を上げると、武器を構えてこちらに向かってくる。
糞がぁ、何が友愛の精神だ、何が第一村人だ。やっぱり醜い化け物じゃねえか!
余裕を感じていたから少し遊んでしまったが、はやり彼らは友好的な存在ではないらしい。そうと決まればやる事は一つだ。
俺はマジックバッグから鉄のナイフを取り出し投擲する。
まだ距離はあるので取り敢えず一本を投げて反応を見る事にした。投擲されたナイフが片方のゴブリンの足に突き刺さる。痛みの声を上げ、その場で動かなくなったゴブリンを見て、その片割れが俺へと向かってくる歩みを止めた。
俺と足を抱えてその場でうずくまるゴブリンを見比べ、まだ無傷なゴブリンは何を決心したのか、俺の方向へと走り出した。
仲間がやられても向かってくるのか、それとも逃げられないと思ったのか?
俺は次に鉄の槍を取り出し投擲する。
投擲された槍はゴブリンの胸を貫き、その体を槍の勢いのまま押し戻した。槍に貫かれ地面に倒れたゴブリンが、口から赤い血を吐き出すとそのままその動きを止めた。
う~ん、殺しちゃったけどやり過ぎたか? まあ、もう一匹残ってるしいいか。
人型の生き物を殺したが、それほど感じる事も無い。ダンジョンの中で得た経験で、命を奪う行為に慣れ切ってしまっていた。
残ったゴブリンは仲間の死を見て、完全に戦意を失っている。瞳を潤わせながらこちらを凝視していた。
ちょっと可哀そうになってきたな。こいつは生かしてやるか。何か役に立つかも知れないし。
そう思い俺は辺りを見回し、木に垂れ下がっている蔦を探して、適当な長さに切り、それでゴブリンの上半身をきつく結び自由を奪った。既に死を覚悟しているのか、ゴブリンは全く抵抗する事は無かった。
まだ足に刺さっているナイフを抜いてやる。痛みに叫び声を上げているが、彼に使うポーションは無い。我慢してもらう事にした。
無理やり立ち上がらせ、進行方向を指差し歩かせる。
足の痛みに立ち止ろうとするが、俺が手に持ったナイフを見せると慌てて歩き出す。
可愛い女の子ならばまだ考えるが、俺に襲い掛かってきた野郎に慈悲は無い。
こう並んで歩くと、身長は大体同じぐらいなんだと気付いた。
大分遅い歩みになってしまったが、少しすると上空にポッポが戻ってきた。おいでと手を振ると、ゆっくりと降りてきて俺の肩に止まった。
俺の肩に止まった瞬間、アイツは大丈夫なのかとゴブリンの事を聞いてきたので、ナイフで脅した姿を見せたら、俺に対して酷い事するな見たいな顔をされた。どうせいっつーの!
ゴブリンの上半身を結んでいる紐を持ちながら麓を目指す。
何か大分つらそうな顔をしているので、この辺で昼飯を兼ねた休憩をする事にした。
マジックバッグからパン袋と鳥の燻製を取り出す。更にコップと深い皿二枚取り出し水をそそぐ。パンと皿の水をポッポに、鳥の燻製を挟んだパンと皿の水をゴブリンに用意した。
手の自由が無いので食わせてやる。最初は戸惑っていたが、直ぐに鼻先に突き付けるとパンに齧りついた。どうやら美味いらしく瞬く間にすべて平らげた。
手を噛まれるんじゃないかと思ったが、そんな気は無いみたいだ。もし、そんな事をしたらどうなるか、彼はちゃんと分かっているらしい。
俺もパンに食い付き水を飲んで流し込む。何か、はぁはぁと言っている声が聞こえたのでその方向を見るとゴブリンが、ポッポがまだ食べているパンを見ながら涎を垂らしていた。
まだ腹が減っているらしい。足を怪我している事だし、これからも連れまわすつもりなので、腹いっぱい食わせてやる事にした。当然肉はもう上げないが、パンは食えるだけやろう。
あれから四つのパンを平らげたゴブリンが、しきりに俺に対して話しかけてくる。全く何を言ってるか分からない。ポッポなら分かるのかと聞いてみるが、彼女も言葉は通じないらしい。俺と彼女の会話はスキルのお蔭なので当たり前か。
進行を再開する。
腹が膨れたゴブリンは嫌に素直に俺に従ってくれる。身振り手振りで、その方向に進め位しか指示は無いのだが、その全てに頷きながら答えてくれている。
調教スキルのペット関係を結べているのでは無いので、スキルが働いてる訳でもない。ただ単に食料をくれる相手に従ってるだけなんだろうか?
そんなゴブリンが足を庇いながら歩いているのを見ると、可愛そうに見えてきた。やべえ、情が移ってきたが貴重なポーションを使う訳にもいかない。ここは心を鬼にしなくては。
休憩を挟みながら数時間歩き続け、陽も大分傾いてきた。ゴブリンはそれなりに体力があるらしく、多少の疲労は見えるがここまで進んでこれた。
今日の野営はこの辺でする事に決めた。
布団を取り出し平らな場所に敷いていく。流石にゴブリンに与える布団は無いので、そのまま寝てもらう事になる。手の自由を奪っているが、このまま寝るのは怖いので、後で木に括り付けておこう。
夜飯のパンと水と燻製を用意する。あまり燻製を食べ続けると直ぐに無くなるのだが、火を起こせない以上、調理が出来ないので仕方が無い。火さえ起こせれば、周りにいる小動物や時折探知に掛る大き目な動物を、捕まえたりもしたいんだけどね。
今回もゴブリンはパンを三つも平らげた。これだけ毎回食べられるという事は、余程飢えていたのだろうか。食べ終わった後に今回も俺に何かを話しかけてくる。ありがとう位は分かってきたんだけど気の所為だよな。
水を入れる皿を昼にゴブリンが使ったのと間違えた事に、ポッポが激怒した事以外、何事も無く食事も終わり寝るだけになった。まあ、寝る前に皿に名前を彫る事になったんだけどね。
ポッポちゃん、君は日本語で書いても分かるのかい? あぁ、俺が分かればいいのか、賢い子だよ。
皿に名前を彫ったし、ゴブリンも木に括り付けた。もうやる事も無いので今日は寝る事にした。
寝入ってからどれ位経ったのだろうか、物音で目が覚めた。
何だと辺りを見回すと、その音は直ぐ近くから聞こえてくる。音の方向を見てみると、ゴブリンが苦しそうな声を上げていた。
近づき足の傷を見てみると、緑色の肌がそこだけ紫色に変色していて、顔からは汗がダラダラと流れている。傷口が熱を持って相当苦しいみたいだ。
マジックバッグに手を入れる。ポーションを取り出すか、それとも……。
「はぁ……仕方ないか」
俺はマジックバッグからポーションを取り出し、半分ほどを傷口に掛けてやった。すると傷は見る見る治っていき、痛みから解放された事に驚いているゴブリンの顔があった。
マジックバッグから、ついででゴブリンの名前を掘った皿を取り出し、水を注いで飲ませてやる。大量の汗をかいたみたいで、勢いよく飲み干していく。
もうこれで大丈夫だろうと判断して、いい加減眠くなってきたので床に戻り眠りについた。
おやすみなさい。
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