27日夜、アキノ大統領が天皇、皇后両陛下を迎えた晩餐(ばんさん)会でスピーチした。内容は次の通り。

     ◇

 天皇皇后両陛下を再びフィリピン共和国にお迎えできたことは、我が国民にとってこの上ない光栄でございます。今回のご訪問は、両国の国交正常化60周年を迎える誠に喜ばしい年に実現されましたが、両陛下がこのたび我が国にお越しくださったという事実そのものが、両国間の友好関係の深さを明確に物語っております。

 今をさかのぼること数十年、1962年に天皇皇后両陛下は初めて我が国にお越しくださいました。両陛下は、フィリピン国民が過去に経験した痛みを思うと自身をどのように迎えてくれるのか不安であった、と私にお話しくださいました。ところが、当時のディオスダド・マカパガル大統領や多くの国民が歓迎する姿を目の当たりにされ、こうしたご不安は杞憂(きゆう)に終わったのです。数十年前のこのご訪問の際に数多くの心温まる思い出を持ち帰られたように、今回ご帰国の途に就かれる際にも、フィリピン国民の抱く敬愛の念と歓迎の心に再度触れられ、前回にも勝るほどのよい思い出を携えていただきたい、これが我が国民一同の願いです。

 私が天皇皇后両陛下にお目にかかるのはこれが4度目となります。最初は1986年に私の母の日本訪問に随行したとき、その後は私が大統領として貴国を訪れた際のことです。お目にかかるたびに感銘を受けるのは、両陛下が示される飾り気のなさ、ご誠実さ、そして優美さです。両陛下が今日までいかにして責務や義務を果たされ、多大な犠牲を払われてきたのかを思うと、誰もが驚嘆せずにはいられません。そしてそのすべては、さまざまな関係を立て直してさらによいものにしていきたいという、ご生涯をかけた献身の一環を成すものなのです。

 貴国の象徴として、善意を体現する存在として、天皇皇后両陛下がいかなる困難を担われてきたのか、私には想像することしかできません。私が大統領の座に就く際には、任期中に限っては自身を犠牲にしなければならないということを十分承知して、国民から負託されたこの職務を引き受けました。その私が両陛下にお会いして実感し、畏敬(いけい)の念を抱いたのは、両陛下は生まれながらにしてこうした重荷を担い、両国の歴史に影を落とした時期に他者が下した決断の重みを背負ってこられねばならなかったということです。

 しかし、こうした歴史の上に、両国は以前よりもはるかに揺るぎない関係を築いてきました。貴国は堅実で有能かつ信頼できるパートナーとして、今日まで我が国民の発展を後押ししてくださっています。ここでその一端をご紹介したいと存じます。2014年、貴国は我が国にとって最大の貿易相手国であり、この年に実施された我が国への政府開発援助の最大供与国でもあって、さらには我が国投資促進機関認可ベースの対内直接投資額においても1位の座を占めています。貴国はまた、ミンダナオの和平プロセスや開発に加え、我が国の海上能力や災害管理能力の強化をも支える重要なパートナーであり、アジアにおける法の支配を推進する力強い同盟国でもあります。ここに挙げたものだけでなく、貴国から受けたすべての恩恵に対し、フィリピン国民を代表して、貴国の言葉で「どうもありがとうございます」と申し上げます。

 天皇皇后両陛下、今回のご訪問は、両陛下の人生のこの時点で我が国にお越しくださるご選択をなされたことを思うと、いっそう意義深いものとなります。1960年代にお越しいただいた際には、旅の所要時間は今回より長かったかもしれませんが、両陛下のお身体(からだ)へのご負担は今回よりも軽かったのではないかと存じます。今宵(こよい)、あまねく平和を実現する敬愛の象徴たる両陛下にご臨席たまわったことを心から名誉に思うとともに、これは全出席者の総意でもあると申し添えます。

 ここで、皆様とともに乾杯をいたしたいと存じます。

 天皇皇后両陛下のご多幸とご健勝をお祈りし、両国民の連帯が、将来世代にわたって両国に繁栄をもたらすことを願い、そして、両国の戦略的パートナーシップがアジア全域の平和、安定、発展に向けた確固たる礎となることを願って。