仕事で難題に突き当たった時、「他社の人は一体どうやっているのか?」と思ったことがある人は、心の中で手を挙げてみてほしい。
とりわけエンジニアリングの世界において、個人・企業の技術ブログやQiitaのような情報共有サービスが重宝されるのは、「他社の開発を参考にしたい」というエンジニアが数多くいることの表れだろう。技術コミュニティに参加する人も、最初の動機は似たようなものかもしれない。
だが、残念ながら本当に業務で使えるテクニックはWebや勉強会ではなかなか手に入らない。実際の仕事現場に身を置き、「人」と「課題」に向き合いながら取り組まなければ、使えるスキルとして身にならないからだ。
その意味で、2015年4月にピクシブとドリコムが行った「社会人交換留学」は多くのエンジニアの注目を集めた。転職せずに他社の開発現場で働けて、そこでの学びを自社に持ち帰ることができるという取り組みの結果は、以下のブログなどで披露され話題になった。
>> ドリコムさんに「社会人交換留学」してきました – pixiv inside
>> ピクシブさんに「社会人交換留学」してきました – blog.onk.ninja
この交換留学を企画した1人が、現在アニメイトラボで最高技術責任者を務める小芝敏明氏だ。
アニメイトラボの最高技術責任者・小芝敏明氏
当時、ピクシブの開発マネジャーをしていた小芝氏は、後にドリコムからピクシブに留学することになる大仲能史氏と意気投合し、1週間の交換留学を上層部に提案。諸々の準備を整え、実施にこぎ着けた。
こうした背景があったため、2015年6月から最高技術責任者として着任したアニメイトラボでも、さっそく交換留学を企画。同年7月には、少し形を変えて、ゲーム開発会社のgumiと受け入れ型の「社会人インターンシップ」(他社のエンジニアを一定期間インターン生として受け入れる取り組み)を実施している。
今回はこの時の経験を基に、社会人インターンのメリットや、実践する際の留意点を話してもらった。
実は「受け入れる側」の学びがとても大きい
エンジニアの「交換留学」や「社会人インターン」を構想したきっかけを語る小芝氏
「ピクシブとドリコムさんとのエンジニア交換留学をやってみて自分自身が感じたのは、実際に留学する社員だけでなく、留学生を受け入れる側にもさまざまな好影響があるということでした」
こう語る小芝氏自身、ドリコムからやって来た大仲氏の仕事ぶりを通じて、特に対人マネジメントのやり方について学んだと話す。
どちらかというとソリストで、「マネジャーとしては『仕事を任せて口出しせず』が僕のスタンスだった」と明かす同氏は、大仲氏のチームの巻き込み方を傍目で見つつ、夜通し議論する機会も経て、メンタリングの大切さを改めて実感したという。
「短い時間でもいいからキチンと1on1をするとか、メンバーと接する時間を増やすことで結果的に組織全体のパフォーマンスを上げられるんだと気が付きました。頭では分かっていたけど実行できていなかったことが、見事に腹落ちした感じでしたね」
その後着任したアニメイトラボは、まだ設立から2年弱、開発チームは小芝氏の着任から1から採用を進めて現在10名規模という小所帯。チームでパフォーマンスを上げていくアプローチが、前以上に必須となった。そこで改めて交換留学を実施することを考えたが、「当時はエンジニアの人数が1桁台と少なく、当社から留学生を送り出せる状態になかった」ことから、前述した受け入れ型のインターンシップを思い付く。
興味を示してくれた人の中にgumiのインフラエンジニアがおり、会社経由で公式に交渉した結果、約2カ月間、だいたい夜の19:00~22:00に出社するという取り決めで実施が決定。週2~3日のペースで、アニメイトラボが手掛ける各種サービスのインフラ整備を一緒にやっていくことになった。
「ピクシブとドリコムさんとの交換留学の時同様、今回もたくさんのことを学びました。ゲーム運用で行われている高負荷対策や、AWSを使ったスケーラブルなインフラ構築など、僕らの事業ドメインではなかなか経験できないことがたくさんありましたから」
もちろん、インターン生として来たgumiのエンジニアにも、何かしらの“おみやげ”を提供しなければWin-Winの取り組みにはならない。そこで、アニメイトラボ側は自社のインフラ環境をほぼすべて公開して、運用体制の見直しやインフラレイヤーのコード化を共に行ったという。
何より大事なのは「テーマ設定」
今回の取材を受けた理由を、「前から温めている『ある構想』を世に広めたかったから」と話す
自社の開発環境を社外のエンジニアにさらけ出すというのは、なかなか勇気のいる行為だ。この点も含め、社会人インターンシップを実施する際の留意点は以下の5つだと小芝氏は話す。
【1】事業ドメインが異なる企業と行う
【2】NDA(秘密保持契約)などの契約を結んでおく
【3】専用のSlackチャンネルを用意するなど、コミュケーション環境の整備
【4】上長や経営陣と取り組みの趣旨と意義を握っておく
【5】お互いに実施テーマを明示化しておく
この中で、【1】~【3】は想定の範囲内といえる内容だが、小芝氏によると意外と大事なのは【4】と【5】、特にテーマ設定は成否のカギを握るという。
アニメイトラボとgumiが行ったインターンシップは夜限定の2カ月間。「本業」を持つエンジニアを招聘することを考えれば、実施期間は短くなって当然だ。
だからこそ、何を目的に実施をするのかを具体的に明示しておくことが、関わるステークホルダー全員にメリットをもたらす上で重要になる。
「ドリコムさんとの交換留学では『お互いの開発文化の差を知る』というテーマを、gumiさんとのインターンシップでは『事業ドメインの違うインフラ運用を体験してもらう』というテーマを設定していました」と小芝氏は言う。そうしないと、受け入れ側として何を提供し、参加側は何を得るのかという部分が曖昧になってしまい、短期間で成果を挙げることはできないだろう。
「こういう取り組みは、『行きたい!』、『やりたい!』という人こそ多いものの、目の前の仕事が忙しいことを理由に、実際に行動に移す人は案外少ないものです。ピクシブで交換留学希望者を募った時も、立候補まで踏み込めたエンジニアはそんなに多くありませんでした。ですから運営側がキチンとテーマを設定し、行動に移す意思が固いエンジニアを募らないと成功しないと思います」
逆に言えば、しっかり“要件定義”をしてこれらの面をクリアにすれば、「あとはテンプレート化して、もっとカジュアルに行うことができるものになるはず」と期待する。
「個人的には、さくらインターネットさんのようなホスティング系のソリューションベンダーや、トレジャーデータさんのようなデータ解析企業などともご一緒してみたい。また、僕がかつていたSIerの世界からSEを受け入れるのもアリだなと思うんです。僕自身、SEをやっていた時は本当の意味でお客さまの気持ちを理解していたとは言い難かったですから。SEが自社サービスの運営経験を積むのは貴重な糧になると思っています」
こうした希望や取り組み実績を業界内に広めていくことで、小芝氏は「もしかしたら世の中をHackすることにつながるかも(笑)」と取材を締めくくった。道は開ける、意思があれば。
取材・文/伊藤健吾(編集部) 撮影/川野優希