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アリス陛下とディアンテ殿下のお子様は
アリス国王陛下視点でございます。
我が妻であり、我が国の王妃殿下であるディアンテが懐妊したことがわかったのは、正式な婚姻が成立してから1年弱のことだった。
俺もそこそこには多忙で、ディアンテも疲れているだろうことを思うと、さすがに、毎日はできなかったが、結構な頻度で抱いていたため、当然の結果と言えば、そうなのかもしれない。ディアンテとの約束もあるし、2人きりでの生活もこれまでかと……しかも、子が流れてしまってはいけないからと性交渉禁止と、王宮で1番優秀な典医と言われているラザロスにも言われてしまった。
元々、医者という職業自体に女が少ないから、必然的に、女であり優秀な医者というのは見つからなかった。女の医者というだけなら、いることにはいるのだが、やはり、ディアンテに何かあった時には、最高の腕の医者をつけてやりたい。そう考えると、ラザロスが1番だったのだ――男だけど。まあ、ヤツは、女みたいな顔してるし、ヤツと接触する時は、緊急でなければ絶対に俺が同伴してるし、滅多なことも起こらないだろう。なんとか、自分を納得させ、ディアンテの腹の中の赤子の様子も、引き続きラザロスに診せることにした。
まあ、あのまま、ディアンテが懐妊しなければ、また、夫婦の夜の営みを眺められるハメになるのだ。普段、ディアンテの姿を人前にさらすのすら嫌なのに、行為の時の、可愛くて仕方のないディアンテの姿をさらすとか、どういう罰だ。たまったものではない。他人が祈ろうが、デキないものはデキないのだ。いい加減に、その辺りのことをわかった方がいいと思う。
「あ、アリス! 今、お腹蹴った!」
ディアンテが楽しそうに声を上げる。最近――というか、腹が大きくなるにつれて、ディアンテの気持ちの浮き沈みが激しくなった。生まれる子に対する期待と不安がないまぜになっているという印象だ。いつも以上に不安定で繊細になっており、気を付けて見ていてやらないと……という気持ちになる。
「ね、ね! アリス、触って、触って!」
……ディアンテは、俺が、もう何ヶ月も満足にディアンテに触れていないのをちゃんとわかっているのかと疑わしくも恨めしくも思えることを言った。…………まあ、いい。
苦笑いでディアンテの腹を眺める。愛しい我が妻の腹に違う命が入っていて、腹の中で成長する様が不思議であり、複雑であり、そして、妙に神聖さすら感じる光景でもあった。……淫らなことをした結果にできた光景なのに、ソレに神聖さを感じるのも不思議なことだが、そう考えると、俺もなんとなく気恥ずかしさを感じる。
ディアンテが俺の手を掴んで、自分の腹にあてた。“あ、こっち蹴った!”“あ、こっちか!”と、腹の中の子が、腹を蹴るたびに、その動きを追いかけるように、ディアンテが俺の手を腹の上で動かしまくる。その様子が無邪気であり、とても楽しそうで、見ている俺も楽しい。というか……ディアンテが最高に可愛い。すでに、ディアンテにとっては腹の中の子が自分の中心になりつつあり、それについては、妬けるけど。
「ああ……早く会いたいなぁ。ねぇ、アリスもそう思うでしょ?」
「……早く腹の中から出て、せめて、夜くらい俺にディアンテを返してほしいな」
「……そっち?」
「だって、無事に生まれても、あと、4人はつくらなきゃだろ。多ければ多い方がいいんだし」
「そうかもしれないけど……その、もっと、この子に対して何かないの?」
俺が恨めしそうに言ってみると、ディアンテは恥ずかしそうに俯いた。やっぱり、可愛い。恨み言のようなことを言ったディアンテは、ソファーに座ったままで俺に寄りかかってくる。
「そうだな……できれば、男として生まれてこい」
「えー……そういうのじゃなくてさ、もっと……“お父様だぞー”みたいな?」
「……オトウサマダゾー」
「うわぁ。清々しいまでの棒読み」
ただでさえ、ディアンテを取られているのだ。俺と夜の営みをしたせいで腹に子がいるのはわかってる。俺がしたことなのはわかってるが……やっぱり、面白くはない。
しかし、子供ができないと必然的にディアンテにプレッシャーがかかるし、ちゃんと生まれても姫ばかりで王子が生まれなければ、ディアンテに対するプレッシャーは変わらないのだ。おそらく、この件については、俺よりもディアンテにかかるプレッシャーの方が大きく、心労も大きくなってしまうと思う。だが、この子が王子であれば、それだけで、ディアンテの心情は少し楽になるのだ。冗談などではなく、かなり切実に男であれ、と思っている。ディアンテもそれをわかってると思う。……もしかして、その望みを口にするのは、ディアンテにとってプレッシャーだったか? まあ、腹の子の性別とか、さすがに、俺たちにはどうしようもないからなぁ。
「ラザロスも、順調に育ってますよって言ってたし、そう言ってもらえると安心だよね」
「そうだなー」
「ねぇ、どっちに似ると思う?」
「うん?」
「この子。アリス似かなぁ……それとも、私に似ちゃうかなぁ」
「ディアンテ似の方が愛しやすい」
「ちょっと……アリス似だったら愛さないわけじゃないよね? 私、アリス似の方が嬉しいんだけど……。ほら、ちゃんと、私のお腹からアリスとの子が生まれたんだなぁって実感できるし」
「ふむ、そうか……」
そういう考え方もあるのか。……本当に、俺の奥さんは、発想が可愛らしい。
「なら、半々がいいな。髪と目の色は俺似で、顔のつくりはディアンテ似――いや、ディアンテの銀の髪と碧い瞳も捨てがたい……」
呟くと、ディアンテがころころと笑った。……そんなに面白いことを言ったか?
「ああ……、楽しみ! とっても、楽しみ!」
祭りを楽しみに待つ子供のような無邪気さだ。今まで、俺が見たことのない表情。腹の子が、この表情を引き出しているのかと思うと――俺が直接の理由でないのかと思うと複雑ではあるが、まあ、いいだろう。この表情が見れるなら、子供というものも悪くはない。
ディアンテの腹がはち切れんばかりに大きくなると、いつ生まれるかわからないということで、王妃の公務も休ませることになった。本人はギリギリまで仕事をしたいと言い張ったが、出産は命がけなのだ。しっかりと体力温存をしておいてほしい。
まあ、赤ん坊が腹にいる必要があるのは10ヶ月で、それ以上、腹にい続けるのも良くないらしく、仕事を休ませることは賛成だが、部屋に閉じ込めておくのではなく、腹の子に刺激を与えるために、出産間近の妊婦には歩かせた方がいいんだと……ラザロスから毎日の散歩を日課付けるように指示された。
俺の時間が取れる時は、一緒に散歩もできるのだが、そう、うまくはいかない。それに、腹にいる子供――王太子かもしれない子供を、ディアンテ共々屠ろうと企てる不届き者も現れてしまうかもしれない。色々と不安だったので、ディアンテには、王宮の近衛騎士――というか、俺所有と言っていい騎士である乳兄弟のイオアネスを付けた。元は、俺の近衛をしていたが、俺にとって、1番信用できる人間だ。ディアンテに余計なことはしないと言いきれるし、剣の腕もすごいと信用している。王妃を守るためだけに存在していると言ってもいい女騎士も、少数ながら存在しているものの、普段ならいいが、やはり、女となれば、もしもの時が怖い。女騎士たちには不満のようだったが、ディアンテの安全には変えられないので無理に押し通した。それに、イオアネスもディアンテとの付き合いが長いから、ディアンテにとっても気を許せる相手であり、自分のことを安心して任せることができる相手であろうとも思う。傍から見るとわからないが、ディアンテは慣れない人間を怖がる傾向にあり、人に頼るのが苦手でもあるから、付き合いの浅い女騎士たちを頼れているのかという心配があったのもある。イオアネスなら人のことを見る目も肥えているし、ディアンテに何か異変があった時にも気付いてくれるだろう。ラザロスだって、すぐに、動けるように待機してくれているはずだし、大丈夫だろう。うん。大丈夫――――
「……アリス陛下、お茶にでもしますか」
できあがった書類を腕に抱えた、宰相補佐であるアレンが珍しく、そんな気遣った言葉をかけてきた。こいつも、あと1年したら、公爵の後を継ぎ、宰相になるのだが、この調子だと無事、問題なく継げるだろうと思う。俺の両親である前国王陛下や前王妃殿下、我が妻であり王妃でもあるディアンテの意見も同じだ。
ディアンテいわく、手の抜き方が上手で、まわりを見る目があるから見習いたいとのこと。少し――否、かなり妬いた。しかし、ディアンテがそう言うなら、俺もアレンの技を盗もうと、アレンのことを気を付けて観察しているのだが、正直、あまり手を抜いているようには見えない。隠すのが上手なのかなんなのか……。
「どうした、アレン。お前がそんなことを言い出すなんて珍しいな」
「なんか、陛下がそわそわと落ち着きない感じがしたので。最近、ずっと、そうですよね。ディアンテ様が気になってしまうのもわかりますが、少し落ち着きましょう。男が焦ったところで何もできないわけですし」
「うむ……そうだな」
……確かに、まわりを見ることはできるようだ。意外と気遣いもできる。
俺は、ペンを置いた。それを見て、アレンが侍女を呼んでお茶の準備をさせる。
「アレンも飲んでいくだろう?」
「よろしいのですか?」
「ああ。少し付き合え」
「そうですね。1人だと、また、悶々と悩むでしょうしね」
アレンは、俺の言葉に苦笑いで了承すると、腕に抱えていた書類を机の上に戻した。
……確か、宰相は生真面目な性格だったよな。宰相補佐を少し借りると伝えておかないと、後で、こいつが叱られるハメになってしまうだろう。メモに宰相に宛てた走り書きをすると、お茶の準備を終えた侍女に宰相へ届けるようにと託した。
「そういえば、陛下。ディアンテ様にイオアネスをつけたらしいですね。よかったんですか?」
「それが最善ではないか? 間違いなく、俺が1番信用をおける騎士だ」
「いや……確かに、意外と陛下はきちんと仕事をなさる方ではありますが、王妃殿下のことになると、妙に融通がきかなくなるじゃないですか。男を近くに置くなんて……」
「まあ、確かに、気が進まなくはあったが、イオアネスだからな。滅多なことにはならないだろうし。それに、ディアンテと腹の子に何かあれば、俺個人の感情もそうだが、それ以上に、国として問題になる。何がなんでも守り通さなければならない」
「まあ、それはそうですけど……。いや、まさか、陛下がそんなことを仰るなんて……陛下もきちんと国王様なんだなぁと感心しました」
「…………貴様、俺のことをどう思っていたのだ」
こいつには、俺のことがどう見えていたのだろうか。少し気になるところである。……いや、待て。そういえば、イオアネスに、しばらく、ディアンテにつくようにと言った時も、同じように驚かれなかったか? ……何度も、自分で本当にいいのかと確認してきたな、確か。……本当に、みんな、俺のことをどう思っているのだろうか。
時折、妙な……納得のいかない気持ちに陥りながらも、比較的、和やかな時間である。のんびりするのが好きだと公言しているアレンは、一緒にいると、なんとなく落ち着く。案外、豪胆で楽天思考な傾向が見られるので、びっくりさせられることも間々あるのだが、今のところは、なんとかなっている。
少し落ち着いてきたし、仕事に戻るかといったところで、荒々しくドアが開かれた。ノックも何もなしに、である。部屋に控えていた騎士が素早く動いた。しかし、騎士の背中の向こうからは、よく聞き慣れた声が聞こえてきた。
「陛下! ディアンテ様の陣痛がはじまりました!」
イオアネスの声である。そして、その言葉により、さっきとは違う緊張に室内が包まれた。
「なにぃ!?」
「ラザロス様をはじめとした医師や産婦は、すでに、動いています。私も報告だけ……。とりあえず、ディアンテ様の所に戻ります!」
「頼んだぞ!」
「わかっています!」
「お2人共、落ち着いてください。……イオアネス、お前、席を外しちゃダメだろう。侍女でも走らせろよ……」
アレンの声など、もはや、耳に届いてなどいなかった。俺は、立ち上がると、机まで走り、ざっと、全ての書類の1行目だけに目を通していく。そして、その中のいくつかを山の中から引き抜いた。意外と、今日中にやっておかなければならないものは少ない。
どかっと椅子に座り、書類に向かい合うが、なかなか、書類の内容が頭に入ってこない。
「あああああああ」
「……陛下、だから、落ち着いてくださいって。私たちにできることはありませんよ」
「それでも、傍についていてやりたいではないか。俺も、ディアンテの顔を見ないと安心できないのだ」
「……正直、仕事放りだして爆走するんじゃないかと思っていました」
……本当に、こいつは、俺をなんだと思っている。国王だぞ。そんな問題児ではないつもりなんだが……。
「そんなことをしたら、色々とマズいだろう。滞る」
「まあ、そうですが……。それより、陛下。陣痛がはじまったからといって、すぐに、生まれるものではないらしいですよ。明日にまでまたいでしまったらどうするおつもりで?」
「仕事は――予定通りであれば、公のものはなかったはずだ。悪いが、書類仕事の方は、明日、絶対に俺が終わらせなければならないものだけを回してもらえないか」
「あ、はい。その程度のことでしたら問題ないかと思います」
「頼んだ」
アレンと言葉をかわしながら、書類に再度、視線を落とす。……焦るな。空回りするだけだ。
結局、あれだけの書類を処理するのに、思いのほか時間がかかってしまった。出産時に使えるように用意してあった部屋へと小走りで向かう。本音を言うと、全速力で走り抜けたいのだが。さすがに、国王としていただけない行為だろう。
「おい、ラザロスはいるか!? ラザロス――」
ディアンテが頑張っていることを思うと、大きな声を出すこともできず、恐る恐るドアを開け、王宮1番の典医の名を呼びながら、部屋に足を踏み入れる。……なんだか、思っていたより、随分と静かだ。もっと、こう――慌ただしいものと思っていたのだが……。
不思議に思っていると、にゅっとラザロスが現れた。
「陛下。おめでとうございます。無事、お生まれになりましたよ。立派な男の子――王太子殿下です」
「本当か!?」
希望通り、男が生まれたことに安堵もしたが、それにしても、陣痛がはじまってから生まれるまでが早すぎやしないだろうか。あと、肝心のディアンテは!? ディアンテは、ちゃんと無事なんだろうな!?
俺が思っていることがわかったのか、それとも、何も意識などしていなかったのかはわからないが、俺が問い詰める前に、ラザロスは、のんびりと話し出す。
「ディアンテ様もご無事ですよ。初めての出産だとは思えないくらいに安産でした。王妃様として相応しいお方ですね。骨盤がしっかりしていらしたのがよかったんでしょう。それに、出産時に気絶してしまう方もいらっしゃるというのに、ディアンテ様は、疲れた様子ではありますが、意識もちゃんとしておりますし、案外、けろっとした様子で、さっそく、お乳をあげてました。タフな方だ」
くすくすと笑いながら、ラザロスは平然とした顔で教えてくれたが……まさか、ディアンテの胸を見たわけではなかろうな。
「陛下も、ディアンテ様と王太子殿下に会っていかれますか?」
「……ああ」
……思っていた以上に、低い声が喉から出てしまったが、鈍いのかなんなのか、ラザロスは、不思議そうに首を傾げただけだった。
「――ディアンテ?」
「あ、アリス陛下ー?」
緊張して、恐る恐る声をかけた俺に向かって、ディアンテは、いつも――よりも、むしろ、かなり上機嫌な様子で、弾んだ声が返ってきた。
「陛下、陛下! こっちに来てくださいな!」
……完全に高ぶっている。興奮している。妊娠している時ですら、ディアンテのこんな声は聞いたことがなかったかもしれない。
ゆっくりと足を進めると、ベッドに入ったまま、上半身を起こしているディアンテが、布にくるまった赤ん坊を抱いていた。
「見て! 陛下と私の子供ですよ! ……とうとう。……陛下、本当に、私は、愛する人との子供を抱くことが夢だったんです。だって、貴族だから、愛のある結婚ができるとは限らないでしょう? 正直、幼い頃には諦めていたことでもあったから……」
「そうか。でも、俺は、ちゃんとディアンテを愛してる。ディアンテは……?」
「もちろん、愛しております。だからこそ、こんなにも嬉しいのです。陛下、今度は、名前、考えなくちゃですね」
「ああ。もう、候補はいくつか父上や母上とも相談して決めている」
「酷い! なんで、私も話にいれてくださらなかったんですか!」
「あ、そういえば、ディアンテには話していなかったか……」
「酷い!」
そういえば、ディアンテはいなかったような気もする。公務も終わって、ディアンテのところに行く途中で父上と母上に捕まって、無理やりにお茶をさせられた時に話したような気がするな……。
「……そうだな。じゃあ、また、俺たち2人で考え直すか」
「あ、いえ、そこまでは……」
「命をかけて生んでくれたのだ。それくらいの我儘は許されよう」
「陛下……ありがとうございます」
ディアンテは、自分の腕の中に視線を落とし、へにゃりと破顔した。腹を痛めて生んだ我が子がよほど可愛くて仕方ないらしい。
「陛下ぁ……、この子ね、髪は、まだ、薄くて金が銀かわかりにくいんですが、おめめは、陛下と同じ緑なんですよ」
「……では、髪は銀がいいな」
「ふふふ」
ディアンテ、本当に、上機嫌だな。母親になったというのに、むしろ、子供返りしてしまったように見える。俺を繰り返し呼ぶディアンテが可愛くて仕方ない。その視線が子供からなかなか離れないのは気に入らないが……まあ、こういうのも意外と悪くはないのかもしれない。
「ああ、小さなおてて……」
「……どこもかしこも小さいな」
「ええ、赤ちゃんですから」
なぜか、胸を張って言ったディアンテは、俺に無邪気な笑顔と共に、腕の中のものを差し出してきた。その無邪気な笑顔は、もう、ずっと、俺に向けていてほし――って、なぜ、ソレまで俺に差し出してるんだ?
「ほら、殿下もだっこしてみてください! 命の重さを感じてください!」
ディアンテの勢いに負けて、押し付けられるようにして受け取ってしまったソレは、“命の重さ”と言うからには、重たいものなのだと思っていたが、全く、そんなことはなく、むしろ、あまりにも軽すぎて、落としそうになった。心臓が冷えた。きっと、落とそうものなら、コブ程度のものでは済まなかっただろう。怖くなってしまって、腕の筋肉が不自然に固まる。……しかし、腕の中のものは、軽いが、ちゃんと生きていることを証明するかのように温かかった。
こんなに小さいのに、温かい。耳を澄ませば、ちゃんと息の音も聞こえてくる。こんなに小さくても、しっかりと生きているのだ。
まさに、生命の神秘。こんなに小さいものが大きくなって――いずれは、大人になるのか。信じられないな。
「これが、今まで、ディアンテの腹の中にいたのか」
「そうですよ。ほら、見て! お腹、へっこんだ!」
ころころと笑うディアンテの声と、衣擦れの音が聞こえた。おそらく、自分にかかっていた布団をのけて、腹を見せてくれているのであろうことはわかるのだが、今、ディアンテの方を見ている余裕なんて俺にはない。よそ見なんてして、腕の中のものを落としてしまってはシャレにならないからだ。
「ごめん、ディアンテ。見る余裕ない」
すると、俺の現状を察したらしいディアンテが噴き出した。なんだろう、ディアンテの余裕な様子に納得がいかない。
じぃっと、小さな、それでも、きちんと人間の顔をしている赤ん坊を見ていると、そっと、その子が薄目を開けた。
「――あ、緑」
本当に、その子の瞳は、俺と同じ、緑色をしていた。綺麗な宝石みたいな色だ。
――生命の神秘。
「あ、目を開けた? 本当に、綺麗でしょう? アリスと同じ色」
「…………ああ、とても」
確かに、ディアンテを取られるのは気に食わないが、意外と、こいつとはうまくやっていけそうな気がした。
アリス国王陛下とディアンテ王妃殿下に、王太子殿下がお生まれになりました。
ディアンテにとっては、間違いなく、愛しい人との、愛しい子供です。
アリス陛下にとっては、どちらかと言うと、未知の生物――珍獣です。
アリス陛下にとっては、面白おかしい、小さな生き物にディアンテが取られて恨めしく思いながらも、どこか憎めず、結局は、悶々としながら観察――否、見守る日々が続きます。
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