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ディアンテとアリスの未来設計
主人公、鬱展開ご注意。
「ディアンテー……」
「婚前交渉はしません」
私――ルドラト侯爵家長女のディアンテと、アリス王太子殿下との正式な婚姻の儀式まで1年を切ってしまった。そして、貴族の中では当然の流れとして、嫁ぐ側の人間は、婚姻1年前になれば、嫁ぎ先に身を移し、婚姻の準備を進めると決まっていて、私も例に漏れず、そういうわけで、嫁ぎ先となる王宮にお世話になっていた。
この国――特に王侯貴族――は、貞操観念についてうるさく、婚前交渉などもっての外で、初めてのアレ……は、初夜にというのが常識だ。……貴族の女子のハジメテについてはうるさいくせに、当たり前のように売春というものや、浮気、愛人……その類のものは普通に存在している。ただ、争いを避けるためか、我が国では貴族の家督や財産などの相続権は庶子には与えられていない。まあ、確かに、認められていたら揉めるよね。
閑話休題。
しかし、実は、初夜は2人だけではなく、高位神官と国王陛下が見届け人としてベッドに張り付くらしい。この国では、婚約とは、結婚の約束ではなく、結婚の第1段階と捉えられていて、それを経て正式な婚姻となるわけだけど、婚姻の締結は初夜――所謂……その、アレ、なわけである。もちろん、初夜に見届け人がつくという状況は普通、体験などできない。王太子と王太子妃のみである。それほど、次期国王陛下の婚姻は重要ということでもある証明なわけだけど……。国王陛下はともかく、なぜ、神官かと言うと、婚姻は神に認めてもらわなければならない=神殿の管轄だからなのだ。
婚姻締結の最終儀式がアレであり、見届け人がそれを証明してくれて(王太子の婚姻証明書類には見届け人のサインも必要)、やっと、王太子の婚姻完了……。本当に、王族っていうものは……いや、なんでもない。
……で、ハジメテが見られながらとか、最悪、集中できなくて、結果、できずに終わるなんて(何がとまでは言わないけど、男の人って極度に緊張したりとかすると……ね?)そんな情けない事態にもなりかねないため、その前日までには必ず1度はいたしておくように――まあ、その……練習しておけと。貞操観念の問題から、本当は、いけないことなんだけどね。暗黙の了解というか、ね。本番でできないよりはマシだろうと……きっと、過去、本番で失敗しちゃった王太子がいたんだろうなぁとわかる“暗黙の了解”である。
もっと言うと、別に、本番までに練習をしておけばいいわけで、いつシてもいいし、何度していても文句は言われない。実際、貞操がどうのと言ってはいるものの、婚姻の儀式の準備のために相手の家に転がり込んでしまえば、ただでさえ婚約破棄は難しいものであるのに、ほぼ無理になってしまうため、ここまで来ると、……アレ、をいたしてしまっても、文句は言われないのである。公然のなんとかってヤツ……?
たぶん、いつものアリス殿下の様子からしても、この部屋に出入りする侍女以外の人は、もう殿下と“そういうこと”は終えていると思っているのではないかとすら思う。……まだです。まだ、ヤッてません。
余談だけど、もうひとつ言っておくと、王太子――いや、国王陛下と言った方が正しいか。なぜなら、この国の王太子は、婚姻前後1週間以内に王位を譲られるのが当然の流れになっており、アリス殿下の場合は、婚姻5日後に即位のご予定である――にとって、後継ぎというものは、言わずもがな重要であり、子作りも仕事の一環みたいなところがある……まあ、王族に限らず、貴族もなんだけど。
だから、婚姻3年以内に子供を身ごもらなかった場合と2回連続で流産した場合、初夜の恥ずかしさ再来――国王陛下がいたしちゃってるベッド脇で神官が神に祈りを捧げるという公開プレイ、公開処刑、妙な図が生まれてしまうこととなる。自分の身に降りかかるかもしれないことなのだ。笑えない。そんな恥ずかしいこと1回でも嫌なのに、そう何回も……もう考えるのはやめにしよう。ちなみに、それから2年――婚姻後5年経っても懐妊しなかった場合、国王陛下は側妃を娶らなければならなくなる。王族であろうと、基本的には、一夫一婦制の我が国の苦肉の策発動である。
「だって、ディアンテ……抱きたい」
「……だって」
実は、前世でも、そういう経験は皆無だったわけだから、いつか殿下とそういうことをする予定ではあっても、やっぱり、どこか恐怖感と羞恥心がある。1回ヤッちゃえば、どうってことないんだろうなーって思わないこともないし、1度と言わず何回か練習しておかないと本番が心配でもある。いや、私は、殿下にお任せする形になっちゃうんだろうけど、やっぱり、備えあれば患いなしと言いますか……わ、あ、あ、あ、私、淫乱とかじゃないんですからね!?
……泣きたい。そもそも、やっぱり、まだ、初夜の公開プレイが納得いかない!
「あー……今日は、やめようか」
私の恐怖心を見て取ったのか、殿下は私の顔を覗き込んで苦笑いしてみせた。なんだか、申し訳なくて、ぎゅっと殿下に抱き着くと、優しく頭を撫でてくださる。
「あ、アリスと……その、そういうことをするのが嫌とか、そんなんじゃなくてね?」
「うん。ちょっとだけ怖いんだよね? 心の準備がしたいんだよね。わかってるよ。女性にとって、初めての行為は体に負担がかかるということも聞いてるし、まだ、そんなに焦るようなところまできてないから大丈夫だよ?」
「…………」
……こんなこと、言ったら呆れられちゃうかな。面倒臭いなって思われちゃうのかな。イライラしたり……いや、殿下はそういう人じゃないってわかってはいるんだけど……やっぱり、どう思われるかとか想像したら怖くなっちゃうのは、私なんだから、仕方のないことではあるんだけど、その……。
「ディアンテ?」
「……はい?」
「何か言いたいことがあるのなら言ってごらん?」
……ですよね。殿下なら、私の異変を感じ取っちゃいますよね。なんだか、殿下に言わせてしまった感が……セコイことしたみたいで、自分が嫌になる。
「……その、殿下。私のこと嫌いになりましたか?」
「全然?」
殿下は、私の言葉におかしそうに笑ってすらみせた。嘘を吐いているようには到底、見えない。
コロンとベッドにうつ伏せで寝転がった殿下は、優しく、穏やかに微笑んで、私に手招きをしてくださった。
私は、素直にベッドまで行くと、殿下が促す通りに殿下の横に寝転がった。
「じゃあ、今日は、眠るまで、将来の話をしよう?」
「はい」
公務以外――プライベートでは困ったちゃんな面を見せている殿下だけど、将来の話っていうと、どっちだろう。次期国王陛下としてか、プライベートのアリスという人間としてか。
「まず、子供は5人だね。いや、いればいる程いいんだけど……。最低ラインは5人かな。少ないと側妃を娶らなきゃいけなくなる。俺は、妃はディアンテしかいらないからね。ディアンテに割ける時間が減るのが嫌なのもそうだけど、ディアンテも普段の仕事に加え、側妃との関係性とかを気にしなきゃいけなくなったりもするだろうし、色々と大変というか面倒というか」
「まあ、そうですね」
きっと、殿下の本音は前者だろうけど、確かに、私の精神的負担も増えてしまうこと間違いなしだ。そもそも、元日本人な私には、男を共有するという感覚が……と言うか、神経が理解できないし、できれば、したくなどない。
「できれば、男は2、3人かな。多すぎても争いの火種になりそうな気もするし、もしものことを考えると少なすぎるのもいけないよね」
「殿下……やっぱり、生んだ子供は乳母任せになってしまいますか?」
「そうだな。俺もディアンテも公務があるし……もしかして、自分で育てたい? 確かに、貴族でも、自分の子供は自分で、自分の乳で育てたいというこだわりを持った夫人もいると聞くが……さすがに、王妃の公務があれば無理だろう」
「ですよね……」
でも、やっぱり、元日本人な私は、もし、愛する人との子供ができたら、自分が愛情をこめて、ちゃんと自分で育てたいって思っちゃうんだよなぁ……。
……それに、何より、私は母親というものにコンプレックスを持っている。
だからこそ、自分が母親になるということが怖くもあるけど、私がちゃんと、自分が理想とする母親になって、ちゃんと子供を育てきらない限り、この劣等感は一生私について回ると思う。母親に自分がしてほしかったこと……それを我が子に実行してあげない限り、一向に昇華しないものだと思っている。
しかし、私のコンプレックスとなっている母親というのは、前世の私の母親で、今世のお母様とは全くの別人だ。だから、下手に殿下にも話せない。
元々、私には弟が2人いて、両方共がかなりのヤンチャで……しかも、父親は家事・育児に全く介入してこない人だった。そのために、元は、大人しい性格だった私は、弟に手を焼いていた母に放置されがちになる。悪気あってのことではないのもわかるし、大変な思いをしている母を手伝わなければいけないというのも理解できた。しかし、幼稚園からの呼び出しや、その他、諸々の問題を起こす弟と、全く協力する素振りも見せなかった父のせいで、半ノイローゼみたいな状態だった母は、ちょっとしたことで、私も含めたまわりの人間に当たってきたりもした。虐待というまでのことをされたことはないけど。
母は、問題児な弟のせいか“頼むから大人しくして”“まわりの人に迷惑かけないで”“あの家の子だから礼儀がなってないとか思われたくない”などと、私たちを叱る時、やたらと人目を気にすることばかりを言った。ただでさえ構ってもらえないのに、叱ってくれる時ですら私の将来を心配してのものではないのかと寂しかった。
ちょっとしたことでやたらと怒る。基本的に、言い方がキツイ。長女の私は放置気味。……そんな状況下だったものだから、少しでも母親の目を引きたくてお手伝いも頑張ったけど、感謝されたのは初めだけ。私がお手伝いするという光景に慣れると、感謝の言葉すら言ってくれなくなり、お手伝いをサボるとご飯を抜かれた。もっと感謝してほしくて、目を向けてほしくて、さらに、お手伝いを頑張ると、求められるレベルが上がっただけだった。“感謝してほしくてやってんの?”って蔑んだように言われた時はショックだった。そんな言い方しなくてもいいのに。だって、構ってほしかったの。一言“ありがとう”って言ってくれるだけでいいんだよ? でも、そんな言われ方をすると、自分が恥ずかしいことをしてしまったような気がして何も言えなかった。…………正直、お母さんは、私を傀儡と勘違いしてるんじゃないかと疑いもした。自分の思う通りに動かないと気が済まない傀儡。
人目を気にする、評価を気にする、親しい人にどう思われているのか異常に気になる――そんな私が形成されてしまったのは、育った環境が間違いなく関係していると思うけど、母だけが悪かったわけでもないと思う。母親だって、結局のところは1人の人間だし、私の元々の性格もあると思う。
実際、メンヘラなのは私だけで、弟たちは、メンヘラではない。その代わりにグレたけどね。……そういう方向にいってしまうのも問題と言えば問題だったんだけど。
ちなみに、母は、私がメンヘラなのを知らない。知られてしまうと、どう思われるのか、どんな無神経な言葉を投げつけられるのかと思うと怖くて、その片鱗すら見せることができなかったのである。
実際のところ、母が、私のことを悪く思っていないのであろうというのがはっきりわかったのは、私が高校生になってからだった。弟たちの学校から呼び出しがかからなくなって、心に余裕ができたのだろう。母が丸くなったのだ。
しかし、その頃にはもう、イイ子を演じることも、とぼけることで厄介事を回避する方法までも身に着け(母の怒りを最小限に収めるための方法もコレに入る)、自分がメンヘラなんじゃないかと自覚もしてしまっていた。今更、母にも色々と事情があって……とか言われたって、母に対する苦手意識もコンプレックスも帳消しにはならないし、母を怒らせないように、母に対しては殊更に、当たり障りのない言動を取ってしまう癖も変えられなかった。母は、当時のことを語って、すっきりしたかもしれないけど、自分だけ吐き出してどういうつもりだったんだろうかと、怒りすら通り越し、呆れたし、失望もした。私にとって、あの頃のことは、世間話レベルでおさまる話ではないのだ。それに、今更、教えられたって、私の性格は簡単に変われないところまで来てしまったのに。
解放されたようなすっきりした顔の母と、対照的に引き続き苦しんでいる私――その事実が、赦せなかった。
私は娘として母を愛していて、だけど、逆に、愛されている自信だけは、どうしても持つことができなくて、母に心を許すことができなくなっていたのだ。故に、母親を信用することができなかった。なぜか? ……傷つきたくないという臆病者だったからだ。私は。事情がわかっただけで万事解決となるのは物語の世界だけ。もしくは、表面上のことだけだろう。
結局、最期まで、母の愛は受け入れられなかった。
本当に、母は、私に対してちゃんと愛情があったのか、最期まで、信じることができなかったのである。
だから、私には“子供”というものに思い入れがある。
私は、時を逆流することはできないから、前世の母と理想の親子の関係を築くことは一生できないけど、私が母としてなら、理想の親子の関係を築くことは可能なはずだ。それは、私の憧れであり、希望と言ってもいいかもしれない。
それは、私のエゴだ。自分勝手だと思う。だって、それは、子供の頃の私を愛してあげたいというだけなのかもしれないからだ。
でもね、
「――アリスとの子供なら、ちゃんと愛せるんじゃないかなって。幸せになれるんじゃないかなって」
「……ディアンテ」
……信じたいのだ。
どうしても、変わりたい。
何をしたら、私は、自分のことを赦してあげられるのか、いつも考えてる。
泣きたいくらいに、気が狂いそうなくらいに考えることもある。
アリスは、今の私で十分だと言ってくれるけど、そういう問題じゃないのだ。誰が赦してくれても、私が赦してあげられないのなら十分じゃない。
「あのね、子供にとって、母親っていうのは、特別な存在だと思うの。人格形成に関わってくる、本来であれば、絶対に子供に必要なものだと思う。
もちろん、私には王妃としての公務もあるから、ずっと、面倒を見ていることはできないのもわかってる。日中は乳母に面倒を見てもらわなきゃいけなくなるとは思う。でも、少なくとも、物心つくまでは1番傍で成長を見守りたい。
――ねぇ、夫婦の寝室をさ、2部屋続きになってるところにして、その片方の部屋を子供と私たちの部屋に……あと、乳母は、私付きの侍女と同じような扱いにするの。って言っても、してもらうのは子供の世話なんだけど……。で、完全に、乳母と私の2人体勢の育児環境を作る!」
「……なんか、無駄に力入ってるね。それは、ディアンテの中では絶対なの?」
「……ダメ、かなぁ」
「…………でもさ、そうすると、俺とディアンテの2人の時間は圧倒的に減るよね?」
「――――アリスは、私との子供――私がお腹を痛めて生んだ子供、私と同じくらいに愛せない? 私のことは愛してるって言ってくれるのに? それって、本当に愛してくれてるの? 愛してる人との子供って愛しくないの? それって、私だけなのかなぁ……?」
矢継ぎ早に疑問を投げつけると、殿下が言葉に詰まった。いけないことを言ってしまったのかと殿下のお顔をうかがうと、なんだか、とても困ってるのがわかる顔をしていた。
……やっちゃった。さすがに、ウザいよね。…………ああ。ああ……。確かに、私が譲りたくない部分ではあった。しかし、前世と今世では、色々と違う。当然だったことも、ここでは、当然じゃなかったりする。
「…………ごめんなさい」
私が我儘言っちゃったのがいけないんだけど、それでも、これ以上は、私が泣いてしまいそうだったし、殿下に嫌われたくもなかったし、殿下にどう思われてしまったかとか、怖くて考えたくもなかったから、殿下に背中を向けた。
……このまま寝てしまおう。きっと、明日の朝になったら、少しは落ち着いているはずだ。睡眠とは偉大なのだ。
「でぃ、ディアンテ!」
「なぁに、アリス?」
「ディアンテとの愛の結晶が可愛くないはずがない! ……確かに、ディアンテとの時間が減るのは惜しいが、命をかけて、痛みを堪えて生んでくれた子供を、手元で可愛がれないっていうのも、よく考えたらおかしな話だ。ディアンテの望みだし、絶対に叶えよう」
「ほ、本当ですか!?」
「あ、ああ」
「アリス! ありがとう! 愛してる!」
「……うん。俺も愛してるよ、ディアンテ」
嬉しさ余って、思いっきり抱き着くと、アリスも優しく抱きしめ返してくれた。
恥ずかしいことに、アリスの腕の中で完全に安心しきってしまい、いつの間にか、眠ってしまっていたのでした。
ディアンテ嬢、アリス殿下から言質を取るの巻。
あーあ、殿下、言っちゃいましたね。
見届け人うんぬんは昔のヨーロッパで(国……というか宗教によりけりのようですが、確か、カトリックだったかと)あり得たことのようです。色々とネットで調べていたら出てきました。それを基に、こうだったら面白いなぁとか、こういうのもアリかな、という創作も混ぜてます。
確実な情報ではございませんので、気になる方、いらっしゃいましたら調べてみてください。
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