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悪役令嬢はメンヘラです。 作者:ろな
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ヒロインが王道だった場合。

番外1。本編に登場しなかったヒロインのお話。
 



 ――俺は、その姿を小走りで追いかけ、その華奢な腕を掴んだ。

「きゃ!?」
「――君」

 その女性は、思っていた以上に若く、貴族特有の動きにくそうなドレスを着ていた。王宮を訪問する時には着飾るのが礼儀なので、おそらく、娘の格好からして貴族だ。どこかの貴族のご令嬢なのだろう。

「あ、申し訳ございません! 王太子殿下でございましたか」
「……左様。お前、名は?」
「あ、はい! レンベル子爵家の長女、エレナでございます」
「そうか。ここは、外部者立ち入り禁止区域なのだが」
「そ、そうだったのですか!? 誠に申し訳ありません!」

 俺は、ため息を吐いた。娘は、上目遣いに俺を見て、その緑の目にうるうると涙をためている。
 どうしようかと一瞬だけ逡巡して、娘の手を引くと、巡回中だったと思われる騎士が通りかかったので、ここぞとばかりに彼女を押し付け、苦言を呈しておいた。

「このご令嬢が外部者立ち入り禁止区域まで入りこんでいたぞ。お前たちの警備はどうなっているのだ」
「はっ! 申し訳ありません!」
「次はないぞ。……ご令嬢を門の外までお連れしろ」

 パッと娘から腕を離すと、騎士はその娘の腕を掴んで、俺に向かって頭を下げた。そして、娘を連れて行く。

「殿下、その……申し訳ありませんでした。それと、ありがとうございます」

 娘は、騎士に腕を引かれながら首をよじる形で俺の顔を見て、軽く頭を下げた。



 ――ということがあってだな」


 それぞれ、国王陛下と王妃殿下についてお仕事を教えてもらった後、殿下は、私を王宮の庭園に案内してくださり、一緒にお茶をしながら、そんな話をしてくださった。

 そこで、私は、嫌なものを感じた。
 これまで、少なくとも、殿下のお口から私以外の女性のお話を聞かされたのは、初めてだったのだ。“もし、私が悪役令嬢だとしたら”、殿下の話に出てきたご令嬢こそがヒロインである可能性があるのではないか。


 私が前世の記憶を取り戻したのが10年前。そして、殿下との関係性が安定したなと思えたのが10歳の時だったから、今から6年前のことだ。ヒロインの存在に思い当たったのが10年前で、殿下とこの関係性が築けて一安心したのが6年前ということになる――正直、ヒロインのことなんてすっかり忘れていた。だって、ヒロインについて考えたのは10年も前だし、それからは、殿下のことしか考えてなかったわけですよ。私、実は、目の前の物事しか目に入らないタイプの人間なんです。いや、後先考えないタイプではないつもりなんだけど……ほら、ヒロインが本当に出てくるかまではわからなかったわけだから……そんな不確定要素を気にするだけの余裕が私にはなかったわけですよ。

 言い訳はいい。結局のところ、私がヒロインなんて存在、今まで忘れてしまっていたという事実は否定できない。


「――殿下、そのご令嬢は可愛らしかったですか?」
「は?」
「いえ、ですから――」

 きっと、殿下が可愛いと思える容姿のご令嬢なのだとしたら、そのご令嬢はヒロインなんだと思う。可愛らしい容姿で、男爵、ないし、子爵程度の下級貴族という比較的低い身分、偶然、殿下と遭遇できる運――それが、王道なヒロインだと、私は勝手に思っている。というか、前世で読んだ悪役令嬢物語のヒロインのほとんどがそうだったように思う。
 いや、しかし、そんなことを殿下には言えないし……だって、頭おかしい子だって思われるのとか嫌だもん。

「……もしかして、嫉妬してしまったか? せっかく、ディアンテとお茶をしているというのに、他の女性の話などしてしまったから」

 殿下は、私がどう申し上げようかと悩んでいると、そんな解釈をなさった。恐る恐る殿下のお顔を見上げてみると、優しく微笑んで――いや、にやけていた。少なくとも、“こいつ、面倒くせぇな”っていう反応ではなかった。
 そのことにほっとしていると、殿下がすっと顔を引きしめた。

「あ、いや……俺は、ディアンテが他の男たちと言葉を交わしているのを見ると、それが仕事なのだとわかっていても、その男を殺して、ディアンテを誰の手も目も届かないような場所に閉じ込めておきたいと思ってしまうのだ。しかし、俺は王族であり、ディアンテは、未来の王妃だから、そんなことをするわけにもいくまい。故に、いつも、その衝動を抑えるのに苦労しているのだ。だが、ディアンテも同じように思ってくれていたとは――この衝動に苦しんでいたのは俺だけでなく、ディアンテも同じなのだと思うと、なんだか、少し気恥ずかしいな。しかし、悪いものではない。俺も、これからは、いっそう、頑張って衝動を我慢できる気がするよ」

「…………あ、はい」

 誰も、そこまで言ってないです。
 っていうか、正直、そのご令嬢がヒロインかどうかということに気を取られ過ぎていて嫉妬どころではなかったし、現在進行形でそんな場合ではないです。

 何か危ない方向に陶酔している殿下のご様子は、確かに、あてられてしまいそうなくらいに色っぽい。しかし、発言の危なさのせいで恐怖が勝ってしまいます。触れぬ殿下にはなんとやら、です。

 幼少から訓練を受けて、騎士となり、今となっては、殿下をすぐそばで物理的にお守りくださっている、乳兄弟でもあるイオアネス様もそばにいらっしゃるのですが、ここで、私がうっかり助けを求める視線など向けようものなら、殿下がどんな行動に出るかと思うと、迂闊に殿下から目をそらすこともできません。

「あ、……で、殿下? そのご令嬢なのですが」
「ああ、心配するな。ディアンテより可愛くて愛しい女性など俺にとっては存在しないのだから。ただな、レンベル子爵、もしくは、その周囲が何かよからぬことを考えていて、あの馬鹿っぽそうな令嬢に王宮を探らせていたのではないかという可能性もあるのでな。ディアンテもあの子爵の周辺でおかしなことがないかどうか目を光らせておいてほしい。もちろん、国王陛下と王妃殿下にもご報告済みだから、ディアンテが無駄に気を張る必要もないが……一応、な」
「はい。わかりました」

 むしろ、殿下には、危険因子認定されましたか。ですが、だからといって、安心するのは、まだ、早いかもしれないよね? だって、恋愛ってどう転ぶかわからないもの。殿下と私に関しても、最初はマイナスからのスタートだったじゃない。それが、今はまともに――かどうかは、殿下の発言とかが怪しいけど――なんとかやれてるわけだし、殿下と例のご令嬢にも、今後、何もないとは言い切れない。……どうする?


 もし、殿下に捨てられたら、死ぬしかないな。
 うん、ダメだ。死しか対応策が思いつかない。いや、対応策というか、衝動的に自殺しそう……。


 何も策が浮かんでこないよ、どうしよう……と遠い所を眺めていると、いつの間にか、椅子から立ち、私のそばまで来ていた殿下が私に腕を伸ばしてきた。私は、反射的にティーカップを置いた。


「ディアンテ、そんなに不安そうな顔しないで? 大丈夫だよ。ディアンテは俺だけのディアンテなのと同時に、俺は、ディアンテだけの俺だよ?」


 くすくすと笑いながら私を抱きしめる殿下だけど……未来の国王陛下の発言としては、いかがなものだろうか。国王陛下は国民の為に……でないといけないのではないだろうか。
 なんだか、唐突に、漠然と未来が不安になってしまった。これは、私がしっかりしなければならない……よね? 重責に膝がガクブルです。





「聞いてよ、ディアンテ!」

 その日、珍しく殿下はお怒りだった。はいはい、どうしましたか、と返しながら、イオアネス様に視線でどうしたのかとうかがおうとしたのだけど、殿下に遮られてイオアネス様が見えなくなった。……わざとですか。わざとですよね、殿下。

「あの子爵家のご令嬢! 今度は、立ち入り禁止の小屋に入りこんでた! 何が“迷っちゃってー”だ、女狐め!」

 ……相当、お怒りである。そんなに重要な問題なのだろうか。少し不安になってしまうんだけど、真相を知っていらっしゃると思われるイオアネス様のお顔が見えないため、事の重要度がイマイチわからない。興奮していても、プライベートでは、私の視界から自分以外――特に男性――を排除することは忘れない殿下の様子に戦慄した。

「あ、あの……殿下、その小屋は、よほど重要な場所なのですか?」
「ああ、重要だ! とっても!」

 そんなに重要な小屋なんてあったかなぁと脳内を探ってみるけど、王宮にそのような小屋があったという記憶はない。

「殿下、その小屋は、どんなものなのですか?」

 すると、殿下は、バツの悪そうなお顔をなさった。……そんなに言いづらいことなのだろうか。

「……殿下?」
「いや、ディアンテ。そんな不安そうな顔をするな。ただ、ディアンテより先に、他のどうでもいい女が入りこんでしまったことが申し訳なかったのだ」
「私?」

 話が一向に見えてこない。

「ディアンテ、先日、一緒に息抜きに狩りに行っただろう? あの日、走る兎を見て、可愛い可愛いと言っていたから……その……小屋に、だな、兎を集めてみたのだ。ディアンテのあの笑顔が頭から離れなくて……だな。半日でも休める日に、案内しようと思っていたのだ! 本当だぞ! ……厳重な警備態勢で誰1人として近づけるなとあれほど言っておいたのに……」

 私は、口を堅く閉ざした。
 ええ、それだけのために、兎を集めたのかという呆れもある。もちろん、私のことをそれだけ思ってくださっていることは喜ばしいことなんだろうけど……正直、少し怖い。…………あれ? 今、気付いたんだけど、私のメンヘラ具合より、殿下のヤンデレ具合の方が重くない? ……いや、どっちもどっちか。

 いや、そうじゃなくて……。

「……殿下、申し訳ありません。警備の騎士の配置換えをしたのは、私です」
「ディアンテが?」
「ええ。不自然に警備が偏ってる場所があったので、国王陛下に確認したのですが、そこには、特に重要なものがあるわけではないということでしたので……」
「警備を減らしたのか」
「はい」

 殿下は、私の言葉にお怒りになることもなく、むしろ、納得したご様子で“ふむ、それは、確かに、どうして警備を増やしたのか説明しなかった俺が悪い”などと呟いておいでだったけど、そういう問題ではない。説明したところで、警備を手厚くすることは許されなかったと思われます、殿下。

 ……殿下は馬鹿ではないのです。馬鹿ではないはずなのです。ただ、私のことが絡むと……若干、深く物事を考えなくなってしまわれる傾向にあられるようで……。
 ……なんだか、漠然と将来が不安に……(以下略)



 兎がどうのと言う殿下に“確かに、兎も可愛く、殿下のお気持ちは嬉しいのですが、私は、殿下さえいてくださればよいのです。兎は世話する人間も必要になりますし、可哀想なので野生に返してやりましょう”と説得しながら歩いていると、曲がり角から走って出てきた誰かにぶつかって尻もちをつきかけた。私は、殿下に支えていただいたので大丈夫だったのだけど、相手は、転んでしまった。綺麗なドレスを着た若いご令嬢だった。

「大丈夫か、ディアンテ」
「あ、はい。ありがとうございます。殿下のおかげで……。しかし」

 殿下が、一向に、転んでしまった相手に、気遣うお言葉をかけてくださらないものだから、私が“大丈夫ですか”と声をかければ、ご令嬢は、顔を上げた。なぜか、可愛らしいお顔立ちをなさっているご令嬢は、むすっとしていた。……もしや、最近、殿下と非常に高いエンカウント率の、例のご令嬢ではなかろうか。
 私が、そのことに思い当たった瞬間、殿下が怒鳴った。


「貴様、どれだけ俺の近くをうろつけば気が済むのだ! これで、ディアンテにケガでもさせていようものなら、ただではおかなかったところだぞ! 本当に、いい加減にしろ!」

「な、なんで殿下がお怒りに……ここは、ディアンテが怒鳴って、殿下が諫めるイベントじゃ……」

「はあ!? 何をわけのわからないことを……ディアンテが怒るわけないだろう! こいつは、優しすぎて、繊細で、怒鳴るなどと野蛮なことができるわけがない。怒れない人間なのだ。そんなディアンテの代わりに俺が怒ることの何がおかしい。そもそも、俺のディアンテを貴様ごときが呼び捨てにするな!」


 殿下……、嬉しいのですが……嬉しいのですが、色々とツッコミどころが……!
 私だって、怒る時は怒りますし、怒鳴る時は怒鳴ります……! 殿下が代行する必要はございませんから! ってか、公衆の面前で“俺のディアンテ”はやめてください……! 確かに、子爵家の人間が、目上の侯爵家の人間を呼び捨てにするなど論外ではありますが……。

 あ、殿下のインパクトが強すぎてスルーしかけましたが、彼女の発言からして、やはり、彼女がヒロインでしたか……。なんて残念なヒロイン。貴族の一員として恥ずかしいお方です。まともに、貴族としてのお勉強をなさったのでしょうか……。
 殿下は、王道な馬鹿王子じゃなかったのに、ヒロインの方は、王道な勘違い女のようですね。まあ、しかし……この様子だと、大丈夫な気がいたします。


「お前、どうやって王宮に出入りしてるか知らんが、これからは、一切出入り禁止だ! おい、そこの、これをつまみ出せ」

「そ、そんな……! 殿下! 私は、殿下をお慕いいたして……」

「はあ? 俺にはここに、可愛い婚約者がいる。婚約者がいる前で、彼女を勘違いさせかねない発言は慎め。彼女が気に病んだらどうしてくれる」

「で、殿下……!」


 ……そして、彼女は、騎士に抱え上げられて連れて行かれました。

 私が心配するほどのことにはならなかったようです。ヒロインVS悪役令嬢ではなく、ヒロインVS王太子殿下という妙な図でしたが、まあ、結果オーライでしょうか。正直、私が対峙するのより、些か、心臓に悪かったですが。



「ディアンテ……、あの女狐は、妙なことを言っていたが何も気にするな。全部、おかしな女の戯言だ。どうしても、気に病むというのであれば、アレは、2度と這い上がってこれないように、子爵家ごと潰してもいい」
「いえ、殿下……そんな」
「女1人、こっそりとこの世から消えてしまっても誰も気になどならん。気になると言うヤツがいれば、消してしまえばいい」
「い、いえ、大丈夫ですから、殿下……!」

 この男、る気だ……!

「私、殿下が私を選んでくださったこと、すごく嬉しかったのですよ。あの方もお可愛らしい方でしたのに……」
「あの女狐がか? とんでもない。ディアンテと比べるのなんて烏滸がましいくらいにディアンテは可愛い。自信を持ちなさい」
「……ありがとうございます、殿下」



 ……なんだろう、どっと疲れた。




アリス殿下、順調にヤンデレ化進行中。
ディアンテ嬢、超必死にストッパー役。
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