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悪役令嬢はメンヘラです。 作者:ろな
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アリスとディアンテ

引き続き、アリス殿下視点でございます。





 結局、婚約破棄を願い出られることはなかった。



 俺は、あの日――苦労して婚約者との面会までこぎ着けたあの日から、ヤツには、贈り物と手紙を毎日送っている。
 理由は単純だ。あんなに苦労して、時間をかけて面会をするなんて割に合わないからだ。あの時は、俺も躍起になってしまって、なんとしてでも面会を……とか思っていたけど、後から思い返してみれば、何日もかけたのに、面会できたのは1時間にも満たない時間だけなのだ。それなら、毎日贈り物と手紙を送る方が労力も少なくてすむし、ヤツも俺のことを考える時間が多くなるだろうし効率的だ。さすがに、王太子である俺からの贈り物や手紙をヤツに届けないなんて不敬なことは使用人にはできないであろう。しかも、贈り物も一緒に送ることによって……さすがに、それはないだろうと思うけど、もし、手紙の返事が書きたくなくても、贈り物に対して礼はしなければならない……手紙を書かなければならない状況をつくってやっている。

 で、やり取りしている手紙から、だいぶ、体の方も良くなっていると知らされていたから、もしや……と国王陛下の呼び出しを待っているのだが、一向に、陛下としての呼び出しはこなかった。
 ……どうやら、危機からは抜け出せたようだ。

 今日、届いた手紙には、いつものように贈り物に対する感謝から始まり、“ご心配をおかけしてしまいましたが、明日からでも、お勉強は再開できそうです”と書かれていた。順調に回復しているようである。



 しかしながら、相変わらず、俺が侯爵家を訪問しても、侯爵家の使用人たちの俺を歓迎していないムードは消えることがなかった。
 それは、もう……居心地が悪いといったらなかった。

 だから、俺は、なるべく侯爵家へは行かず、ヤツを王宮に招待する形を取るようになる。


 そして、ヤツの……こちらが雲を掴もうとしているかのような錯覚に陥る態度も相変わらず続いていた。
 それに、前までは、しつこいくらいに俺との面会を望んだヤツが、俺に会いたいという言葉を全く出さなくなった。俺が面会を希望しない限り、ヤツと会う機会がなくなったのだ。俺と顔を合わせた時には“お会いできて嬉しいです”とにこやかに言ってのけるが、本当のところ、ヤツが俺のことをどう思っているのか、まるでわからない。

 そんなヤツに躍起になっている俺を馬鹿にしているかのような、ふわりふわりと掴みどころのないヤツの笑顔や言葉に腹を立て、俺がお茶会の途中で席を立つことも稀ではなかった。……王宮に招いたのが俺なのにもかかわらず、だ。


 それに、イオアネスをはじめとするまわりの人間が、ヤツ――ディアンテに対する評価を変えたことに、俺は納得のいかない思いを抱いていた。
 どうやら、以前はやりたい放題だったヤツの暴虐ぶりが、今となっては、鳴りを潜めてしまったというのだ。


 あいつの唯一の弱点である性格まで良くなってしまったら――そんな言葉が頭をよぎった時、俺は、愕然とした。

 こんなの、俺が、まるで、ヤツに性格が悪いままでいてほしいと思っているようではないか。
 ……いや、実際、そうだったのだ。そこで、気付いた。今までは、能力ではヤツに勝てないけど、性格の良さでは圧倒的に俺の方が勝っていると、そのことで自分を慰めていたのだ。能力が良くても性格が悪いヤツなんて最悪だと見下してさえいたのだ。


 自分が情けなかった。
 それと同時に、ことごとく俺の矜持を踏みにじるような女となんて、もう、顔を合わせたくないとまで思ってしまった。



 何回目かの王宮でのお茶会の時のことだった。もちろん、お茶会とは言っても、大規模なものではなく、ディアンテを王宮に招いただけの恒例のものだ。

 その日、ディアンテの様子が少しおかしかった。
 いつものような、雲を掴むかのような感覚ではなく、妙に、堅い表情をして、俺を見ているのだ。何か言いたいことがあるのだろうということは一目瞭然だった。そして、いつ言おうかと迷っているということもわかった。

 そして、もう少ししたらディアンテが帰らなければならなくなる時間だろうというところになって、ようやく、ディアンテが沈黙を破った。


「殿下……アリス殿下は、私がお嫌いですよね」


 唐突に、そんなことを言った。
 まさか、そんなことを言われるとは思わなかった。というか、こいつは、俺が自分のことをなんと思っていようと構わないと思ってるんじゃないかとすら思っていたこともあったくらいだ。しかし、自分が嫌われているとわかっていたのか。……それとも、最近、気付いたのか。

 俺は、何も言わないことで肯定を示した。下手に口を開いて、また、墓穴を掘るのはごめんだったからだ。

「ええ、何も言わずともわかっております。殿下……、私の父――侯爵が、もし私の希望であれば婚約破棄をしても構わないと、そのことは陛下にも打診してあると言ってくれました。そのことはお聞きで?」

 俺は、とりあえず、頷いておいた。……なんだか、雲行きが怪しくなってきたような気がする。不安になってイオアネスを見ると、ヤツも困った顔をして、俺を見返してきた。
 しかし、こうやって、俺と面と向かって、落ち着いた様子で話をしてくれているんだから、何か言いたいことがあれば、一応、俺の意見も聞いてくれるだろう。そう祈るしかない。

 ……正直、この件は、もう終わったことだと思っていたのに、ここにきて話題に上がってきたものだから、心の準備さえできていない。

「その件に関して、私は、今、父に保留にしていただいております」

 息をのんだ。頭を抱えたくなる。
 しかし、ヤツは、容赦なく話を進めていく。

「私は、どうやら、私の能力を買ってくださって、アリス王太子殿下の婚約者に選ばれたのだとお聞きしております。正しくは、アリス王太子殿下の婚約者と言うよりは、未来の王妃として選ばれたということだと、私は、解釈しております」

 意外と、まともな言葉が続く。一切、間違っていないから、俺は、黙ってソレを聞き続ける。……正直、ヤツが言いたいことが、この時点では、よくわからなかったから、先を聞きたかった。言い方が遠回しで心臓に悪い。

「しかし、私は、王妃は、王妃の仕事ができれば、それだけでよいとは思えません。王妃というものは、国王陛下と共に、国を守り、盛り立てていくものと思っております。ですので、アリス殿下が、どうしても私をお嫌いで、国王と王妃の関係として成り立たないということでしたら……恐れながら、婚約破棄をさせていただきたいと思うのです。
 私のことを女として……恋人のようなものとして見れなくとも、共に、国を守るために力を合わせて戦う戦友、協力者、パートナー……そのような関係が築ければと思っているのです。それさえも、殿下が拒否なさるのでしたら、私には、この役目は到底、務まりません。
 父に返事をする前に、どうしても、殿下のお気持ちを確認させていただきたかったのでございます」

 俺は、目をふせて手でカップを弄るディアンテを眺めていた。

 ……初めて、彼女が、まともな人間に見えた。


「……恋人のような関係はわからんが、戦友としてなら……。今のディアンテの言葉を聞いて、お前となら、国を守っていけると確信した。こちらこそ、頼む。お前は、優秀だと聞いているからな。頼りにさせてもらう」

「……ありがとうございます。それでは、婚約破棄の件は、正式に断らせていただこうと思います」




 …………なんだか、ディアンテを見送って、一気に、肩の力が抜けた。
 そんな俺を見て、イオアネスが笑った。

「良かったですね。ディアンテ様がまともな方になられた上に、無事、和解できて」
「ああ。俺も、ようやく、ほっとできた。贈り物や手紙も毎日送ることはないと言っていたし」
「そうですね。お気遣いのできる方でしたね。……でも、あそこまで変わられたのが、病気で心が弱っているところを殿下に酷い対応をされたからだと言うのなら、殿下のその行動も無駄なものではなかったですね」
「……やめろ」

 確かに、イオアネスの言うことにも一理あるように聞こえるが、それは、俺の非であったことに間違いないのだ。もう、2度目はない。





 ディアンテとは、それから、程々の頻度で王宮でお茶をする仲となった。恋人からはかけ離れているが、将来のパートナーとしては、良好な関係を築けていると思う。

 …………表面上は。


 それでも、やはり、まわりからのディアンテの評価を聞くたびに――その評価の高さを聞くたびに、俺は悩まされるのだ。

 ――俺は、ディアンテより劣っている。


 ディアンテが悪いわけじゃない。ディアンテはディアンテなりに努力していて、だからこそ、その努力に見合った評価をされているだけなのだ。だから、劣等感の矛先をディアンテに向けるのは間違っている。
 何より、ディアンテは、自分のためではなく国のために、今から、頑張ってくれているのだ。それが、巡り巡って、結局は、俺のためになるのだ。それくらい、俺にでもわかっている。

 ……しかし、このままだと、せっかく、良好な関係を築けてきたというのに、自分から台無しにしてしまいそうで怖かった。



 ――それから、3年経った。9歳の時だ。

 結局、俺の、ディアンテの優秀さに対する劣等感と嫉妬はなくなることなく、ディアンテに当たってしまうことを恐れた俺は、徐々に、ディアンテを避けるようになってしまった。



 そんな状況のまま、俺は、王妃殿下主催のお茶会に出席していた。俺と同年齢の子供たちも親と一緒に参加している。もちろん、我が婚約者であるディアンテもいたはずなのだが、挨拶にきた後は、一向に姿を見ることがなかった。

 気にはなっていたけど、最後の最後、もうお茶会がお開きになってから、ディアンテは姿を現した。そして、一緒に来ていた侯爵夫人と俺の母上である王妃殿下に断りを入れてから、俺と話がしたいと願い出た。
 また、関係を悪化させるのはごめんだった俺は、その願いを聞き入れることにしたのだ。


 俺の部屋に移動して、お茶の用意を侍女に整えさせてから、しばらくして、ディアンテは、口を開く。


「――私、何がいけなかったのでしょう」


 俺は、首を傾げた。まず、いけないのは俺だろう。いつまで経ってもディアンテに追いつけず、ディアンテに劣等感を抱き、嫉妬をし、ディアンテを避け――あ、もしかして……。

「殿下、私を避けていらっしゃいますよね。私、また、頑張り方を間違えてしまったのでしょうか」

 ディアンテは、顔を歪めて言った。
 ……やっぱり。俺の行動のせいで、不安にさせてしまっている。俺が不甲斐ないのがいけないというのに。

「私、いけないところは直します。殿下の気に入らないところは直します。ですから――1人にしないでください」

 俺は、そう言って俯いてしまったディアンテの頭頂部を情けなくも眺めていた。


「私は、国のために、将来、殿下のお力になれるようにと頑張っているのです。なので、私は、殿下に見放されてしまったら、どうすればいいのか、わからないのです。1人ではとても……王妃の肩書など背負いきれるものではありません。お願いです。1人にしないでください。殿下が頑張れと仰るのなら、いくらでも頑張ります。ですから――私に、頑張れる力をください。私の隣で、手を握っていてください。私は……弱い人間なのです。……殿下、少しでいいのです。私を、抱きしめてはくださいませんか?」


 俺は、言われた通りに、ディアンテの体を抱きしめた。
 ディアンテは、俺の体にすり寄って甘えてくる。ディアンテの甘い香りが鼻をかすめた。じんわりと、ディアンテと接しているところが温かい。

 ――ディアンテが弱っている。

 俺の行動が原因で、()()ディアンテが弱っている。申し訳なく思うと同時に、戸惑いもあった。ディアンテにも弱いところはあるのだ。当然のことなのに。
 俺の存在が、ディアンテの中を占めている大きさにも驚いていた。俺は、思っていた以上に、ディアンテの中で重要な位置にいる人間らしい。


「――ごめん、ディアンテ」

「……いいえ、いいえ」

「…………これからは、いつでも俺を頼って」

「はい……。ありがとうございます」


 ――初めて、ディアンテに対して、何かしてやりたいと思った瞬間だった。



 それから、ディアンテは、時々、俺に甘えるようになった。
 俺に鬱陶しく思われるのが怖いと遠回しに伝えてくるディアンテに、遠慮するなと言えば、弱音を吐くようになり、頑張ったから褒めてと催促するようになった。

 見た目以上に……いつもの振る舞いからは想像つかないくらいに、ディアンテは心の弱い、繊細な女だった。
 いじらしくも、その心の弱さを必死に隠し、俺にだけさらけ出すのだ。どうして、そんな女を邪険に扱えるだろうか。ディアンテは、俺がいないとダメになってしまうような女なのだ。……他の人間は、まさか、ディアンテがそんな女だとは思いもしない様子だった。



 本格的に、王妃の仕事に携わるようになると、立派に仕事をこなしてみせた。凛とした顔をして発言する様に、やっぱり、敵わないと思った。
 しかし、2人きりになるなり、“あの時のアレは、あんな感じで良かったのかなぁ”“なんか、私が答えた瞬間、王妃殿下、すごい目してたよ!? 何がいけなかったのかなぁ……。被害妄想なのかなぁ”とバンバン弱音を吐きまくった。俺から見れば完璧にこなしていたように見えたのに、本人は、内心、絶叫していたようである。ちなみに、本人も薄々わかっていたようだが、完全にディアンテの被害妄想である。
 俺の仕事は、そんな可愛らしいディアンテに“そうだね、完全に被害妄想だね”と笑顔で返し、“大丈夫だよ。満点だった”と褒めて、存分に甘やかしてやることである。


 自分のことが嫌いだとまで言うディアンテに、俺はディアンテのことが好きだよってキスをする。

 その後、とてつもなく幸せそうな顔をして微笑んでくれるディアンテのことを、俺は、心底、愛してしまっているのである。


 仕事は完璧なくせして、そんな自分のことを信じられない、自分のことが大嫌いな……脆くて、弱くて、繊細で……そのくせ、それを必死に押し隠すいじらしいディアンテ。心を許してくれている俺にだからこそ……俺だけに弱さをさらしてくれるディアンテ。
 ディアンテは、俺がいないと生きていくことができない。それでいいと思う。

 今度は、この弱点だけはなくさないでほしいと思う。
 一生、俺のことを必要として生きていけばいいと思う。





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