挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
悪役令嬢はメンヘラです。 作者:ろな
3/11





 吐き気と戦い、すごくしんどい思いをしている私に、王太子殿下は“無様”だと言った。“汚い”と言った。確かに、汚かったとは思うけど、それを、あえて、口にするなんてあんまりじゃなかろうか。
 元々、未来の王妃として、殿下に気に入られようとしていたわけで、私が殿下自身に何か特別な感情などを抱いていたわけじゃないけど……私は、私なりに頑張っていたのだ。殿下に気に入っていただくために。
 それなのに、殿下は、普段から私を邪険にするだけにとどまらず、心身共に弱っている私に暴言を吐いた。これには、さすがに、心が折れた。心配どころか、追い打ちをかけられるなんて。きっと、私と殿下はわかり合うことのできない人間同士なのであろう。そのことを深く痛感した。
 だから、私は、これからは、無理に頑張ることはせず、殿下には失礼にならない程度に接しよう。殿下に気に入られることを、私は放棄する。



 ……なんて、シナリオはどうだろうか。


 殿下と気まずい雰囲気でお茶をして、部屋で殿下を見送った後、コレを思いついた。

 殿下を悪者にするようで、なんだか気が引けてしまうのも事実だ。
 でも、よく、考えてみれば、私は、確かに、色々とズレてはいたものの、殿下に気に入られようと努力はしていた。対して、殿下は、私を毛嫌いし、仲良くしようという意思も見えなかった。せめて、恋愛感情は無理だとしても、共に国のために働く戦友のような関係は築いておかなければならないはずなのに、殿下は、それを放棄したわけで。殿下が嫌煙していた私のアタックも悪気があったものではなかったので、ダメなところを指摘されれば、以前の私であろうとも直したはずだ。だって、殿下の言葉に逆らうとか立場的に見てもあり得ない。しかし、殿下は、私に何も要求することもなかった。
 それに、お見舞いに来たにもかかわらず、心配する素振りも見せない上に、殿下の言葉が不用意だったのもいけないのだ。

 こう考えると、どっちもどっちというものだろう。
 と、自分の考えを肯定できる要素が十二分に見つけられたので、利用させていただくことにする。



 で、殿下の言葉に心が折れ、ただでさえ弱っていた心はぽっきりと折れ、他の人間の前では、決して弱みを見せず、弱音を吐かなかった私だけど、ついに、その夜、“しんどい”“つらい”と弱音を吐く。
 きっと、何かあったらいつでも駆けつけられるように、私の部屋の前には、使用人がいるはずなので、その使用人に泣きつこうと思っている。
 いくら性悪幼女とはいえ、幼女は幼女だ。長引く体調不良の中、今まで、1度も弱音を吐いたりしなかった幼女が泣きつくのだ。まあ、立場的にも邪険にはできないだろうし、きっと、その光景には、多少は心揺さぶられるはずだ。
 もし、何かあったのか聞かれれば、殿下との間にあったやり取りに傷ついたことを遠回しに言う。……ここは、あくまでも遠回しだ。殿下が悪者であることを強調するような言い方ではいけない。きっと、現段階だと、みんな私より、殿下の味方をするだろうからだ。健気さを意識せねば。悲劇のヒロイン臭が少しでも感じられれば、たちまち冷たい目で見られるだろうし、最悪、殿下とのやり取りは、私の作り話だと思われかねない。……私の脆弱な精神のためにも、とても避けたい事態である。

 ……で、重要なのは、ここから。
 体調が良くなるまで、思いっきり、弱音を吐いて甘えて、体調が良くなったら、恥ずかしがりながらもお礼を言って、今までのことを遠回しに謝罪するのだ。
 “自分がツライ状況でツラく当たられて、ようやく、あなたたちの気持ちがわかった”“心が弱っている時に優しくしてくれて本当に嬉しかったから、それに報いたい”と……まあ、そんな感じで、私は心を入れ替え、少しずつイイ子になっていく感じで。

 少し……いや、かなり、都合のいいことを言ってる自覚はある。今まで、私がしてきたことは、人の人生に関わるような最低なことも含まれている。しかし、幼女であるという点から、これぐらい単純な動機でも不自然さは全くないと思われる。
 それに、何より、私が変われば、まわりの人間も救われるのだから……本当に申し訳ないし、私の胃もジクジク痛んでいるんだけど、これで、勘弁してください。本当に、申し訳ございませんでした。



 …………殿下には、悪いけど、完璧である。

 問題は、情けない自分が大嫌いな私は、もちろん、大嫌いな私の中でも、1番大嫌いな部分を人様の前に晒さなければならないということだ。苦行である。
 でも、同情をひいて、こんな思いをしたなら、改心するのも頷けるという状況をつくらなければいけないのだ。


 私は、控えめにすませた夕食の後、今度こそ、吐かずに乗り切れるかという希望を粉薬によって砕かれ(粉薬を飲んだ瞬間、吐き気が急激にきたのです。薬で体調を崩す……本末転倒)、少し時間を置いてから、計画を実行したのだった。








「お嬢様、王太子殿下から贈り物ですが……とても申し上げにくいのですが、お礼のお手紙だけでも書いていただけませんか?」

 使用人が、私の顔を心配そうに覗き込んで言った。その様子に苦笑いをした。

「もちろんですわ。本当は、王宮にも足を運ばせていただこうかと思うのですが……」
「お嬢様、無理をなさってはいけませんよ。殿下とは、正式に結婚してしまえば、嫌でもお傍にいることになるのです。今から、無理にお傍に行かずともよいのではないですか?」
「いいえ。王太子殿下の婚約者として、精一杯、お役目は果たさねば」
「……お嬢様、ご立派でございます。しかし、私どもは、また、お嬢様が心労に倒れてしまわないかと心配なのでございます」

 結果から言えば、私の計画は成功し、徐々に、イイ子ちゃんなご令嬢にシフト。もちろん、急激なことはしなかったけど、1ヶ月経った今となっては、前の面影はほとんどないと思う。
 だがしかし、王太子殿下の暴言についてもそれとなく話してしまったがために、殿下の株は急下降。うちでの殿下の扱いは、使用人と私のやり取りでおわかりだろう。……正直、ここまでのことになるとは思わなかった。かなり、心が痛いです。ごめんなさい、王太子さま。

 体調が……というか、精神状態に引きずられ、嘔吐を繰り返し、堪えられなくなって(と見せかけ)泣き言を言うようになった当初、使用人も家族も戸惑っていたものの、次第に、6歳児の少女がしんどさに泣く光景に同情……というか、可哀想に思ってくれたらしく、あの出来事は、私に改心の理由を与えるだけにとどまらず、まわりの人間を過保護に変えてしまうという副産物までついてきた。
 それが、私にとって良かったのか悪かったのか、正直なところ、わからない。私の思い通りに事が簡単に進んでしまったことも、なんだか腑に落ちないようにも感じる。……正直に申しましょう。怖いです。すみません、本当に小心者なんです。


 あ、あと、あれから数日後、過保護な侯爵家の大人たちを王族命令で渋々従わせ、殿下が乳兄弟(ちきょうだい)を連れて、無理やり私のお見舞いに来たことがあった。
 その時、乳兄弟である方が、もしかしたら、私の症状は心労からくるものではなかろうかと、今更なことを深刻な顔をして言った。

 ……ええ、私にとっては、今更なんですけどね。でも、うちの人たちにとっては、そうじゃなかったんですよ。おかげで、あの粉薬を飲まなくてもよくなりました。ありがたや。
 粉薬は、なんか、もう、トラウマになっちゃいまして。





「ディアンテ様」

 イオアネス様こと、アリス王太子殿下の乳兄弟である彼が、困ったように眉を下げてみせた。
 殿下はといえば、何やら、私がお気に召さなかったようで、暴言を吐いて、走ってどこかへと行ってしまったのだ。

 イオアネス様が、アリス王太子殿下のフォローをしてくださろうとなさってることがなんとなくわかってしまったので、大丈夫ですよ、と微笑んでみせた。すると、イオアネス様は、申し訳なさそうに頭を下げた。



 ……どうやら、ただでさえ心身ともに弱っていた私に暴言を吐いたことが原因で、遠回しに殿下を、体調不良な私のお見舞いに来させないよう、両親が手を回してくれていたらしく、それが国王陛下と王妃殿下にも伝わってしまったようで、弱った婚約者に追い打ちをかけるようなことをするとは何事かと、王太子殿下は叱られてしまったらしい。
 両親に叱られてしまったことで、殿下も引っ込みがつかなくなってしまったのか、私に対する当たりが、さらにキツくなった。殿下に対する私の態度が、以前と変わってしまったことも、気に入らないようである。

 ……うーん、あの時の、あの作戦が、こんな感じに影響するようなことになってしまうとは思いもしなかった。
 私は、苦笑いをしながら、王宮のお庭の一角、さっきまで、殿下が座っていた椅子を眺めながら、高級茶葉で淹れられたお茶を口に含んだ。


 静かに、お茶を楽しんでいた私だけど、イオアネス様は、この空気に堪えられなくなってしまったのか、躊躇いながらも口を開いた。

「……アリス殿下は、殿下なりに、お勉強を頑張っておられます。しかし、ディアンテ様は優秀なのに、といつも比較されておいでだったのです。以前までは……その……性格が……」

 本人の前では言いづらかったらしく、上目遣いに私の様子をうかがいながら言葉を濁すので、苦笑いして“私が性悪だったのは、自分でもわかってるし、今でも、自分を信じてあげることはできないわ。もし、私がいけないことをしてしまったら、遠慮なく教えてくださいね”と自分から告げてみると、イオアネス様は、慌てて首を横に振った。
 ちなみに、私の言葉は本気なのだが、どういう受け取られ方をされたのか、大いに不安が残るところだ。嫌味じゃないよ。間違っても、嫌味じゃないよ?

「あ、その……ですから、ディアンテ様にも欠点があると、殿下も心に余裕を持っていらっしゃったようですが、最近、ディアンテ様がご自分の非を正すようになってしまわれて、本当に、文句のつけようもない、完璧なご令嬢となられたので、殿下は嫉妬しておられるのです」

 ああ……。
 私は、ため息を吐きたくなった。

 そういう方向で拗れていたのか。


 きっと、教師役の方々も、殿下を追い詰めたかったわけではなく、立派になっていただきたかったから、そんな発言をなさっておられたんだろうと思う。悪気はないんだろう。私は、ダシにされただけだ。とばっちり!
 けど、そりゃ、ただでさえ、将来の国王様ともなれば、重圧やらなんやら、背負わなければならないものは多い。なのに、さらに、逃げ道を塞いで、プレッシャーをかけるようなことをされては潰れてしまう。甘やかすのもいいことだとは思えないけど、人間、逃げ道というものは必要なのだ。ただ、間違っちゃいけないのは、逃げ道はあくまでも、最悪の場合の最終手段であって、基本は使わない方向だ。いざとなったら逃げ道があるという事実が、心の余裕になるのだ。


 再三言うが、私は、自分のことが嫌いだ。

 だからこそ、少しでも嫌なところは直し、いいところを増やし、少しでも……少しでも、自分を好きになろうと躍起になっているところがある。……それをやり過ぎて、前世でも疲れてしまったんだけどね。
 私の能力が高いのは、一重に、そういう面があったからなのだ。自分の能力を吊り上げることが、自己肯定の材料になるから。

 ……とか言いつつ、一向に、自己肯定してあげることができなかったけども。いや、現在進行形だ。なぜか、一向に、自己肯定してあげられない。
 そして、少しでも能力が下がると、自己嫌悪。半端なく鬱になるという厄介な人間である。自覚アリです。


 ちなみに、以前の私は私で、ああ見えて、結構な完璧主義者だったらしい。王妃様という肩書は、敵も多いし、まわりからの目もある。一応、王太子殿下に好かれていない自覚もあり、最悪、そのままの関係で王妃になる可能性すら視野に入れていたようで、もし、その最悪な事態に陥った時、1人でも立派にやっていけるように――むしろ、自分とまともに人間関係を構築しようとしなかった殿下を、完璧な仕事で見返すことも考えていたようだ。……プライドたっけぇな、おい。
 イオアネス様の話を聞いて、私がそのまま突き進まなくてよかったと思う。もし、私が1人でも立派にやっていけちゃって、王太子殿下を見返したりなんかしちゃったら、余計、殿下、ひねくれちゃうから。それこそ、彼のプライドが跡形もなく粉砕して、最悪、心も折れるどころか粉砕だよね。ねぇ。



「……私は、私がやりたくてやってるだけですわ。それを、殿下にも強要するやり方は間違ってると思います。最終的に、殿下と私で国を盛り立てることができたら、それでよいのですから。
 なのに、能力うんぬんで、私と殿下が協力できない状況になるなんて……国を守るためのお勉強ですわ。その本質が、みなさま、見えていないのではなくて?
 まあ、もちろん、無能では困るのですが、殿下にはその言葉は当てはまらないと思いますし……。国を守れる力がついていれば、それでよいのです」



 私は、イオアネス様にか、自分の考えを整理するためにか、呟いた。
 イオアネス様は、深く頷いていた……いた、けど、意味がわかったのかはわからない。私は、精神年齢が体年齢よりひと回り近く上だけど、イオアネス様は、ガチな6歳児である。理解できなくてもおかしくはない年齢だと思うんだけど……こういう世界で育つと、自然と考え方も大人になるのだろうか……? まあ、どっちでもいいけども。



 私は、自分で言った言葉が間違ったものであるとは思えない。
 理論的には正しいと思う。

 しかし、理論通りにいかないのが人間の心というものなのである。
 それは、私が嫌というほど、よく知っている。



 よい子な回答は、さっきの通り。
 しかし、実際、問題はそんな簡単なことではない。


 きっと、まわりの大人が殿下と私を比べるような発言をしなくなったところで、解決にはならないのだ。まわりの大人たちに、とやかく言われることも苦痛だっただろうけど、それだけではなく、私に男のプライドというものが傷つけられているんだろうと思う。
 女――しかも、自分の婚約者である私より能力が劣っているという事実そのものが受け入れられない――それは、男の矜持が許さないのだろう。前世風に言うと、旦那が妻の稼ぎの方が多いことにプライドを傷つけられるっていう感覚と同じなんだと思う。妻からしてみれば、お金はあるに越したことはないでしょう? なに、変な見栄張ってんのよって感じなんだろうけども。



 ……私は、こういう時に実感する。

 人目を気にする分、人の心の機敏を読み取ることに長けている……というとカッコいいけど、ようは、人の顔色をうかがうことに慣れているのだ。
 しかし、知ることと、理解することは違う。

 おそらく、私は、知ることはできても、理解することが不可能な人間なんだと、自分でも思う。それは、私にとって、とても歯がゆいことだ。



 ……それは、さておき、国のためにも、殿下との協力態勢は整えたい。しかし、殿下の能力が上がる分には構わないけど、私の能力を落とすことは、国のためにはならない。


 じゃあ、どうしよう。



 ……ひとつ、案が浮かんだことには浮かんだ。
 しかし、これは、まあ、捨て身というか……失敗したら、再起不可能だ。私が。

 …………全体的な力関係に、吊り合いが取れれば解決するものなんだと思う。
 それは、政治的なことだけにとどまらず、私と殿下に関する全てを総合して、の力関係だ。





+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ