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昨年、最低賃金を1500円に上げるべき、というデモが行われました。覚えている人はもうほとんどいないと思いますが、その動きを自分は最低賃金1500円を要求する人たちが勘違いしていること最低賃金1500円デモの批判記事を書いたら主催者から反論が来たので回答してみたという記事で批判しました。

主催者の方からは反論が全くなかったので、もうてっきり終わった話だと思っていたのですが、昨日デモの主催団体であるエキタスから、HPに反論記事を掲載したとツイッター上で報告を受けてしまいました。

以前の記事では、エキタスの時給アップに関する主張は全く根拠が無く、デモが支持されないのもそれが原因だと指摘しました。今回掲載された「中嶋よしふみさんの「反論」に応えます」という記事も、いわゆるブーメランにしか見えません(ブーメラン=反論したつもりが逆にやり返される原因になることを示す、ネットスラング)。

本来でしたら取り上げる必要は無いのですが、ヤフーニュースという多数の読者が読んでいる場で一方的に批判した手前、無視するわけにいきませんので、改めて回答したいと思います。

※誰が書いたのか記名が無かったので、今回も便宜上「エキタスさん」と表記します。

■会計ネタを論じたいなら、簿記3級の勉強を。
まず、記事冒頭で内部留保に関して延々と説明した後に、以下のように書いてあります。
「ようするに「内部留保をつかって賃金あげろ」という主張のポイントは、「新規正規雇用や賃上げ余力があるのだから、株主に対してだけでなく、労働者にもっとたくさん還元しろ」というごくごくシンプルな主張なのです。」

内部留保を賃金にまわせという話は間違っていると書くと、必ずと言っていいほどこういった反論が来ます。これは賃金を上げるべきではないと言いたいわけでは無く、良く知りもしない言葉を使って変な主張をしても誰も聞き入れませんよ、というだけの話です。単純にもっと給料を増やせ、とだけ言えば良い所を内部留保という定義の曖昧なバズワード使うからややこしくなるのです。

この話は日本企業は内部留保の1.6倍も設備投資を行っているでも書きましたので、皆さんで回し読みして下さい。

エキタスさんにはまず商業高校レベルの簿記三級から勉強する事をお勧めします。ため込んだ資金を使って賃金を増やせといった指摘は、日々の売上や費用である「フロー」と、売上や借金、出資などで得た資金とその保有手段である「ストック」をごちゃまぜにした、意味不明な話なわけです。売上や費用といった一般的な言葉ですら、正確に理解するには簿記の知識が必須です。

起業をしたい、という人に自分は必ず簿記の勉強をするように伝えます。これは商工会議所の日商簿記受験者に向けたインタビュー記事でも以前話しました。エキタスさんも企業の数字に言及したいのであれば、簿記の知識をまずは学んで下さい。資格試験で有名なTACや大原なら1万円もあれば学習可能です。

同時に、「知らないことは口にしない方が良い」という恥をかかないためのテクニックも学ぶことをお勧めします。

■企業が多額の現金を積みあげた理由。

反論記事で次に書いてあることは、企業にこれだけ現金が積みあがった理由は企業が賃金を下げ、設備投資を行わなかったからだ、とあります。これは正解です。よくできました^^。

確かに、エキタスさんが引用した新聞記事では経済学者として有名な野口悠紀雄さんがそのように回答しています(今さらですが内部留保」って何? 活用しろとは言うけれど…法人減税でまた増加 - 毎日新聞 2015/2/3)。また、企業の保有する現金を増やしたくないのなら法人税を上げた方が良い、それを政府が使えば企業が貯めこむ資金を結果として使うことになる、とも説明しています。

さて、この説明が正しいか間違っているかで言えば100%正しいという事になります。経済学の話で野口さんが間違うはずもありません。ただし、それは内部留保(利益剰余金)を増やさないことが目的であれば、という前提での説明です。文章もそのように書いてあります。

当然の事ながら法人税を上げ、国が税金をバラまく事を「正しい政策」であると野口さんが発言したとは一切書いてありませんし、内部留保を減らすことが正しいとも発言していません。経済学の常識では政府が個人よりも正しいお金の使い方を出来るとは考えないからです(野口悠紀雄さんを少しでも知っている方ならば、そんな発言するわけないだろうと苦笑いをするレベルです)。

■野口悠紀雄さんが最低賃金の引き上げを主張?
野口さんの経済政策へのスタンスであれば、「日本の強すぎる解雇規制によって、他国ならば「解雇」によって行われたはずの雇用調整が、「賃下げ」で行われた、したがってデフレ脱却をするには解雇規制を緩和すべきである」といった意見になると思われます。

実際、日本より最低賃金が高い国は失業率も高い傾向にあります。日本は解雇を出来ない代わりに賃金を下げて苦境をしのいだわけです。どちらが良いか意見の違いは別にして、これは客観的な事実です。

本質を理解せずつまみ食いをするように誰かの意見を使う事は極めて危険です。野口さんはエキタスさんが言う所の「ブラック資本主義」的な意見を持っている経済学者で、市場原理主義者と散々批判されてきている人でもあります。

もし野口悠紀雄さんを良い経済学者だと思ったのであれば、ぜひ野口さんの本と記事をたくさん読んで勉強してください。野口さんが「最低賃金を上げて法人税を上げる事が日本経済を救う正しい政策だ」と主張している人なのか(今後ブーメランを食らわないためにも)良く調べてみることをお勧めします。

■設備投資は公共事業の代わりではない。
設備投資については記事が長くなるので手短に説明しますが、国が口出しする事ではありません。企業は設備投資をしろとしつこく主張する政治家は、もしかしたら公共事業の代わりになるとでも思っているのかもしれませんが、公共事業が駄目な理由はそれが利益を生まないからです(一昔前ならば道路や橋やダムを作る事は経済成長に必要なことでしたが、今は必ずしもそうではありません)。

近年最も大胆な設備投資を国内で行った企業は、おそらくシャープです。液晶パネルの亀山工場や堺工場は有名だと思いますが、数千億円の借金をして工場を作った結果、今現在シャープがどうなっているかを考えれば※1、民間企業が設備投資を行う事は絶対的に正しいなどと言えないはずです。結局はケースバイケースでしかありませんので、各企業が判断するべきであり、政治家が口出しする事ではありません※2。

※1シャープの現状は……液晶パネルの価格下落→投資の回収不能→借金の返済不能→税金で救済?(←今ココ)
※2シャープの工場建設については、判断をした時点ではそれなりに根拠のある投資だったと思いますので、後出しじゃんけんのように批判するつもりは有りません。この記事では結果的に設備投資にシャープは大失敗した、という客観的な事実の指摘にとどめたいと思います。

■安倍総理は市場原理主義者ではない。
エキタスさんのHPではブラック資本主義という言葉が使われています。ウェブメディア編集長からのアドバイスとしては、こういった何を言いたいのか意味の分からない言葉は使わない方が良いですよ、という事になるのですが、これにつなげて安倍政権の政策も批判しているようです。

安倍総理の政策が間違っているという点では意見が合いそうに思いますが、理由は全く違います。安倍総理は極めて「反」資本主義的な政策を重視しています。企業に賃上げや設備投資を要求している時点で、全くと言っていいほど資本主義的ではありません。これは資本主義・市場原理主義と真逆の共産主義や社会主義的な政策です。

自分は「市場原理主義だ!」と批判されるような政策を政府に実施して欲しいと思っています。過去には池上彰さんが心配して、総理大臣が否定するハイパーインフレについて池上彰さんも心配するハイパーインフレと、リスクに関する考察と言った安倍総理を徹底的に批判する記事も書いていますので、間違ってもコイツは安倍総理を支持しているとか、安倍自民を擁護してる、などと誤解しないでほしいと思います。

なお、資本主義と社会主義のどちらが正しいか、どちらを支持するかはこの際関係ありません。野党が与党を市場原理主義と批判するので多くの人が勘違いしていると思いますが、単純に安倍総理のやっている事は資本主義的ではない、というだけです。国が主導して経済政策を進めることを、国家社会主義と言ったりもします。日本は最も成功した社会主義国だ、などと揶揄する指摘もありますが、いずれにせよ現在の日本は極めて反資本主義的です。

たくさん記事を書いて頂いたのに申し訳ありませんが、最低賃金1500円は間違っている、弱者救済は失業保険や生活保護の強化で対応すべき、という意見は変わりません。これはデモの批判記事に6000件近い多数のシェアが集まったことからも、多くの人にとって一般的な意見である事も申し添えておきます(もちろん、一般的な意見が必ず正しいとは言いません)。

■エキタスと一番近い政党は自民党である。
最後に、エキタスさんはブラック資本主義という言葉で一生懸命に与党を批判していますが、政府の政策を見ると最低賃金を1000円に、企業は設備投資を、という事で、これがどのスタンスに近いのかというと、どう考えても最低賃金を1500円に、その原資として中小企業に税金を投入すべき、というエキタスさんの主張に近いとしか言いようがありません。両者の共通点は反資本主義的であるという点です。

エキタスさんは野党を応援しているようですが、多分与党を応援した方が自身に近い政策を実現してくれると思いますので、改めて政策を確認してみる事をお勧めします。

■丁寧な議論を。
以前の記事でも書きましたが、デモはただでさえ文句を言って騒ぎたい人の集まり、という印象を与えやすい状況にあります。最低賃金1500円に正当性があるのなら、根拠を示して反対派や与党に対して共感して貰う、あるいは無視出来ないほど説得力のある主張であると認めさせる必要があります。

分からないならそれで結構、というのならデモをする必要はありません。シールズのデモは昨年大変大きな運動になりましたが、その一方でデモはただ文句を言いたい人達が集まってるだけというマイナスの印象も強烈に残しました。

【関連記事】
■最低賃金1500円を要求する人たちが勘違いしていること。
http://blog.livedoor.jp/sharescafe/archives/46343813.html
■最低賃金1500円デモの批判記事を書いたら主催者から反論が来たので回答してみた。
http://blog.livedoor.jp/sharescafe/archives/46406962.html
■なぜスイスのマクドナルドは時給2000円を払えるのか?
http://blog.livedoor.jp/sharescafe/archives/43721475.html
■奨学金の取り立てを強化すべき理由。
http://blog.livedoor.jp/sharescafe/archives/46465342.html
■SMAPの独立騒動に学ぶメディアリテラシー。
http://blog.livedoor.jp/sharescafe/archives/46615923.html

シールズ以降、デモが活発になり、政治に興味を持つ人が増えたのならそれはそれで良い事なのかもしれませんが、デモ活動の価値を貶めているようにも見えます。

最低賃金や社会保障は多くの人にとって命にも関わる極めて深刻な問題です。是非丁寧な議論をしてほしいと思います。

中嶋よしふみ
シェアーズカフェ・店長 ファイナンシャルプランナー
シェアーズカフェ・オンライン 編集長
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