(テーマ音楽)岩手県山田町の…母親を連れ自宅の2階に上がろうとしたところで津波に襲われました。
あの日箱石さんは高台にある自動車整備工場で仕事中揺れを感じました。
自宅には90歳の母親がいました。
箱石さんは15分かけて海沿いの自宅に戻ります。
この時津波が来たとしても大した事はないと考えていました。
それは昭和35年のチリ地震津波で難を逃れた経験があったからです。
箱石さんが住む大沢地区を高さ2.9メートルの津波が襲いましたが自宅は床上まで水につかる程度の被害で済みました。
その後この地区では高さおよそ4メートルの防潮堤が造られました。
更に避難場所になっていた高台は自宅から100メートルほどの距離にありました。
母親と自宅にいた箱石さん。
大きな余震が続いていたため外の様子を見に行きます。
その時でした。
急いで自宅の中に戻り母親と一緒に2階に上がろうとします。
その途中津波が家の中に一気に押し寄せてきました。
この時の津波はおよそ1分後に水位が下がりました。
箱石さんは階段の下に転げ落ちた母親に声をかけます。
しかしその5分後次の津波が2人を襲います。
自宅はおよそ30メートル流されました。
箱石さんは僅かな隙間を見つけて屋根に上りなんとか避難する事ができました。
その後母親はがれきの中で遺体で見つかりました。
最愛の母親を亡くした箱石さん。
防潮堤など過去に行われた津波対策を過信しすぐに高台に避難しなかった事を悔やんでいます。
2016/01/26(火) 10:50〜10:55
NHK総合1・神戸
あの日 わたしは〜証言記録 東日本大震災〜「岩手県山田町 箱石廣治さん」[字]
東日本大震災に遭遇した人々の証言。岩手県山田町の箱石廣治さんは、防潮堤を越えて来ないと油断し、避難せずに自宅にいたところを津波に襲われ、母を亡くしてしまった。
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番組内容
東日本大震災に遭遇した人々の証言。岩手県山田町の箱石廣治さんは、防潮堤を越えて来ないと油断し、避難せずに自宅にいたところを津波に襲われ、母を亡くしてしまった。
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント
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