徹子の部屋 立川談春 2016.01.26


警察は、上田さんが、自宅前の県道で雪かきをしていて、道を挟んで1.5メートル下にある反対側の家の敷地に転落したとみています。
米原市ではきのう午後7時に21センチの積雪を記録していました。
(黒柳)このお写真は師匠の立川談志さんを車椅子にお乗せになって後ろから押していらっしゃる方が今日のお客様なんですけどもご自分の自叙伝がドラマになったりもう大変…ベストセラーになったり大変なんですけども。
今最もチケットが買えないもう本当に大変な売れっ子の噺家でいらっしゃる立川談春さんです。
よろしくお願いいたします。
よろしくお願いいたします。
春に入門なさったんで「春」っていう字をくだすって…。
はい。
黒柳さん…「チケットが取れない」。
うん。
何て言った?「チケットが買えない」って言うと誰も来れなくなっちゃいます。
今日のお着物がまたすごく奇麗なお抹茶色なんでびっくりいたしましたらば…。
私もですね『徹子の部屋』なんで持ってる中で一番派手な着物を持ってまいりました。
これ以上派手なものはございません。
本当にお抹茶色でね。
お抹茶色で。
お抹茶のお茶をお出ししたら同じ色なんでびっくりしたっていうような…。
色んなゲストがいるでしょうけどお茶とかぶるっていうのは珍しいですよね。
珍しいです。
そうですそうです。
でもそれにしてもそのご本をお書きになったんですけども「赤いめだか」っていう…。
「赤いめだか」って言うとなんか主義主張が激しそうですけどね。
『赤めだか』。
『赤めだか』。
『赤めだか』。
ごめんなさい。
でも大丈夫です。
談志も『赤めだか』って覚えてなかったですから。
「お前の本読んだ“赤とんぼ”」って言ってましたから。
それも相当すごいですよね。
でもとにかく…東京でお生まれになってそして高校生の時代に何とかしてお聞きになって。
はい。
やっぱりその…談志さんの…「談志さん」って言いますけど談志さんの落語をお聞きになって感動なすったの?はい。
僕の中では志ん朝師匠と談志とどちらに弟子入りさせていただこうかと思った時に9割方志ん朝師匠だったんですけれど談志の『芝浜』って落語を聞いて…15歳16歳でわかるわけないんですがなんかこっちのほうがすごそうだなって思ったんですね。
それがまあ苦難の始まりですね。
そうですね。
今考えれば。
それでほら何ていったって志ん朝さんのほうはハンサムだし穏やかじゃないですか。
はいはい。
こちらあの…ちょっとどうなってんだかわかんない…ちょっとね。
ハハハ…。
「ちょっとどうなってるのかわからない」?どうなってるかわからない。
この方がそこに弟子入りなすったわけなんですよ。
この頃はドラマにもお出になってね。
『下町ロケット』であの方は…あなたはあれですよねあの時の会社の偉い人。
殿村っていう銀行から出向してきて…。
そうですそうです。
経理部長でしたよね。
はい。
そういう役でもお出になってどんどん外でも活躍なさるようになったんですけど。
それはやっぱり談志さんが亡くなってからのことですかね?はい少し考えました。
もちろん今までお話をいただいたりご縁をいただいたりしてるのを断ってるなんていうそんな粋がったことはしてなかったんですが。
落語っていう芸能にとって…変な人ではあるんですが落語を認識させるためには一番落語界に貢献してた人だと…。
それはそうですよね。
はい。
弟子ながら思います。
「何なんだ?あの人は」ってね。
そうですそうです。
ですから…もちろん代わりはできないんですけど分担して誰かがみんなでやっていかなきゃいけなくて自分にその役がちょっとでもあったり流れがきてるんならもうやろうっていうのはきざですけど思いましたはい。
でも初めて談志さんのところにいらした時にすごいTシャツ着てたんだって?はい。
ピンポーンっていって…まあ高校生ですからね。
行ったら…パッと見たら真っ赤なジーンズ地の半ズボンに白の中で…白いTシャツで胸のところで思いっ切りミッキーマウスが笑ってましたね。
そうなのね。
それでアイマスクを取ってじいっとにらまれた時はさすがにすくみましたけども。
その談志さんが『徹子の部屋』においでになってくださいました。
その時『徹子の部屋』にお出になるっていうことについてもお弟子さんの間では評判だったんですって?はい。
もう評判ですよ。
なんで出るんだろうっていうのが第一の疑問でもっと大きな疑問がどうして呼んだんだろうっていう…。
それはまあね落語家として素晴らしい方だと…。
いやいや…。
だけど怖い…。
だって徹子さんと合わなそうじゃないですか。
そういかにも。
でもねハワイの飛行場で一回会ったことがあってあの方がお嬢さんかなんかと一緒にいらしてて列が並んでた時にちょっとお話ししたんですよ。
その時はねそんな怖い人だとは思いません。
でもまあちょっとね普段はとても怖いじゃないですか。
出ていただく前に私山藤章二さんに電話したんですよ。
「これから談志さんいらっしゃるんですけど」って言ったらさ「怖くないよ」って仰ってくださったの。
でも怖いっていうかねどうなっちゃうかわからないって…。
皆さんの中では「どうして出たんだろう」「なんで呼んだんだろう」があったそうですけどちょっとお出になっていただいた時の立川談志さん。
天才…本当に天才といわれた落語家。
もう亡くなったんですけどもちょっとご覧いただきます。
「立川談志さん今日のお客様です」「フフフッ」「どうも」「いつも喋ってるの?黙ってる時はないわけ?」「これから私はそちらに喋っていただくんですからこれから黙るんですよ」「そうかそうか…」「ご紹介がないとほら…」「いやいやいや。
ちょっと…」「私は喋ってる時よりは黙ってる時のほうが多いですよ」「そう?俺はねどっちかっていうとね喋ってんだよね」「そちらは?」「喋ってないと不安でしょうがないからいつも喋ってんの」「どんなことを?」「落語の稽古をしてる時もあるしねそれからねうーん…」「何ていうかものの本質っていうのかよくくだらないこと考えてんだ」「なぜ…なぜ腹が立つのかねとかなぜ生きてんのかねとかなぜこんな気になるのかなとかそんなことばかり考えてる」「立川さんのところは立川流というふうになって随分その…はぐれ者ったって何ていうかテレビで本職の方たちが…」「AコースBコースCコースってあってAコースは本当に落語家になりたい方教えてらっしゃるでしょ?」「でもBコースっていうのはビートたけしさんとか随分たくさんいらっしゃるじゃないですか」「龍太郎とかね…」「随分と…。
上岡龍太郎さん」「それから山本晋也監督。
それから横山ノックさん」「放送作家の高田文夫さん」「直木賞作家の景山民夫さん。
どくだむし三太夫さん」「毒蝮」「毒…失礼しました」「毒蝮三太夫さん」「言いにくいですね。
立川毒蝮って言いにくいですよ」「仰ってみてちょっと」「いいよ言わなくたって」「ちょっと仰ってみて」「立川毒蝮ってな…」「お上手だな」「何がお上手だって。
冗談じゃねえ」「あらお体軽いんですね」「軽くはねえよ別に」「歩いていらっしゃったら足が痛かった?」「簡単に決めちゃうっていうのは楽でいいねあなたみたいなの」「そうよ。
だって軽いもの。
軽いじゃありません?」「ゴロンといったじゃないそっちに」「ゴロンといくの軽いのかね?」「そりゃそうでしょう」「いかないですよそういうふうに。
こっちのほうがちゃんとなってゴロンといってんですから。
こっちのほうがちゃんとなんないでゴロンといっちゃってこっちにぐらっといっちゃったらそれは困りますよ」「そうか。
こういう状態はいいっていうのかつまり」「ほらほら。
すぐ起きられるじゃありませんか」「褒められてるわけ?」「そう。
お軽いわねって…」何を話して…。
大の大人が2人そろって何やってるんですか?本当にね。
「本当にね」…。
でも本当にあの時よくあんなふうにね応対してくださいましたと思いましたよ私。
ああ…。
でも「毒蝮」って言えた時に「お上手ね」って言われた時のあの談志の瞳の輝き方ね。
そう?やっぱり。
あれ軽くパニックになってますよ。
まさか褒められるとは思ってないでしょうからね。
やっぱりおわかりになる?でもあの時の状態はどういう状態で出ていらっしゃると思いますか?大変ご機嫌がよろしいですね。
本当に?ああよかった。
非常にご機嫌がよろしいですね。
そう。
それはうれしいですね私もとても。
大変だったんでしょ?来るとか来ないとかスタッフの皆さんが。
いらっしゃらないかもしれないっていうのねそういう噂があったのとお酒を飲んでいらっしゃるかもしれないって。
そういうこともあったんですけどそうでもなくてねそんなに遅れないでスッといらしたんですね。
お酒に関してはですねもう完全にイメージですね。
そうなの?はい。
もう絶対に…。
まあお正月なんかはお祝いなんで時間も短い寄席なんかまあちょっとこう聞こし召してる師匠なんかいたりしますけど高座の前にお酒飲むなんてことは絶対なかったですし…。
じゃあ『徹子の部屋』でも高座と同じような気持ちでいらしてくだすったの?そうでしたか。
でもまあ知らない人はみんな大変なことになったらどうしようっていう感じはありました。
いざとなったらそう…私がつかまえますってね。
帰ろうとしたらつかまえます…。
なるほど。
でもまあ一か八かやってみなくちゃわかんないと思ったらねそしたらあんなふうにとってもよく対応してくださったので…。
私が質問するのは妙な話かもしれませんがああいうキャラクター…立ち位置でですねなんで立川談志っていう人はずっと生き残ってきたんでしょうか?本当ですよね。
やっぱりそれは落語がお上手だったんだと思いますよ。
私ああいうふうなことばかりの時に一回あの方の…テレビで落語を伺ったんですよ。
なるほどと思って。
お上手なんだ。
そうでなきゃみんなついていかないなと思いました。
それは談志がいつ頃の…もう何十年ぐらい前ですかね?さあいつ頃ですか?テレビですから…。
わかんない。
志ん朝師匠とはもうずっとご縁があって。
そういう意味では談志とは…遠巻きに見てたっていう感じですよね?志ん朝さんは私『若い季節』という60年ぐらい前のドラマから一緒でしたからとっても仲よかったんですよ。
「姉さん姉さん」って言ってくださってね。
だから志ん朝さんはよかったんですよ。
だけどあの方は…とにかく怖いっていう感じがありましたから。
でもあれですか?やっぱりそっちのほうが面白そうだと思っていらっしゃって実際弟子になってみたらどうでした?僕ね高校を2年でやめて17歳で入ったんですよ。
それがすごくよかったと思います。
要は今落語家でも大学を卒業してとか脱サラなんて方までいるんですけどね。
これあなた?これ前座ですねはい。
17歳ですから談志の言ってることがそれほど疑問に感じなくて。
言ってることはめちゃくちゃなんですけど大人っていうのはこういう思考方法をするのかとか。
親と学校しか行ってないですから。
あんまり疑わない?はい。
二ツ目になるんですけどね前座終わると。
二ツ目になって世の中に出て苦労しました。
談志みたいな大人はどれだけ探してもいなかったんですよ。
そうでしょ。
落語界にもいなかったんでしょ?落語界にもいないです。
その親鳥が…親鳥から餌をもらってるひなと同じですから親鳥のまねをですね19二十歳でしてまあ世間で評判悪い。
なんて生意気な子供だっていうの…。
そりゃそうでしょう。
あの座り方からしてもねふんぞり返ってるっていう感じですもんねいつもね…。
あそこでねふんぞり返るところがなんかこうねちょっと気弱でいいなっていうふうに思えないと弟子はやってられなかったですね。
すごく覚えてるのは僕親に反対されたんで…新聞配達をしたんですよ親が「出ていけ」って言うもんで。
今考えればすごく感謝してるんですけど。
「新聞配達をやりながら弟子になります」って言ったら「うちは内弟子取らないし」って言ってたのが「親孝行をしなきゃいけないから親の許可がなければ取れない」って…。
イメージと違うかもしれませんけど談志がそう言ったんです。
「親を連れてこい」ってね。
はい。
それで「新聞配達します」って言ったらガラッと変わって。
「偉え」って褒めてくれて。
「お前いいぞ新聞配達なんかな…高校をやめて新聞配達しながら修業をなすったなんてお前お前が何十年か経ったあとな黒柳徹子が“ご苦労なすったのね”なんて言ってお前を見て涙ぐむぞ」と…。
でもあれですよね最後のほう…あなたの師匠である立川談志さんは喉頭がんでしたっけ?だんだん声出なくなってきたんですって?最後はねえー…何ですかここに穴を開けて半年間ですけれども全く声が出なくなった…。
でもあれだけのスタイルを決める方が最後はもう…どんなにこれがつらくて苦しいものか見せてやるぐらい色んなところをお見せになったんですって?あなたにだけかもしれないけど。
いやいやあの…うん…そうでしたね。
そういう意味では美しく死んでいくことはできなかったですね。
本当はねみんなそう思うじゃないですか。
ただ落語家の中でも選ばれている…選んでもらっただけの力のある師匠っていうのは何らかの伝説を残していくと思うんですが談志の場合は死んでいくドキュメントっていうのを…「俺らしいや」とあるお弟子さんに言ったって聞きましたけれども。
「俺らしいや」って?「俺らしいや」っていうのをね。
あんなに喋りたがってる人が…。
その意味でいったらあれですね。
一番あれだったのがこれから…まあ何ていうんですか?気管。
気管に穴開けて呼吸をするっていう手術の前に酸素マスクの中で…。
そうだ。
意識薄れていく中でこうやって首振ってるから「何?」ってご家族が聞いたら落語をやってたと。
その落語が談志の師匠の五代目柳家小さん師匠の十八番の落語だったっていうのはちょっとねまた説明が…。
難しいでしょ?小さんさんとあれして別れた…。
そうです。
最終的には小さん師匠に破門をされたっていうことなんですけれども最後にやってたのがその落語だった。
談志が談志として作った落語ではなくて…。
ちょっとね泣きます。
ちょっと泣きますね…。
それがだから最後にやってるのが…戻っていくってそういうことなのかなって思ったのがその…小さん師匠の十八番をそっくりそのままやってる『蜘蛛駕籠』っていう落語を世の中へ出ていって最初にやって「こいつはうまい。
天才だ」って安藤鶴夫さんに褒められたその落語を最後にやってたんだよって言われて考えてみれば落語をできなくなるところから逆算して一年間ぐらいは…。
声が出ないわけですからね。
はい。
談志が談志として作った落語ではなくて本当に柳家小さん師匠の十八番をやることが多かったというのが僕にとってはやっぱり一番…何だろうな?立川談志をやってみたようなものの最終的には本当に落語が好きで…。
談志の影響でみんなが落語を変え始めたんですよ僕らの時代で勝手に。
ところがどうも僕らの変え方は談志から見ると最終的にはあんまり面白くなかったらしく。
最後に残したのが…「落語は伝統を現代に」とかって言ってた人が「落語は江戸の風が吹かなきゃならない」って言うのは…まあそれを言わなきゃいけない心情を察すると…。
でも最後に声が出なくなっても小さんさんのお得意だったものをおやりになっていたんだとすると本当にあの人はいい人だったんですね。
そこなんですよ。
やっと気付いてくださいました?今気が付きました。
もうねこうのけ反ってるのはね全部ポーズです。
そうなんですね…。
いい人だったんですね。
いい人だったんですね。
生きてるうちにもう少し自分で伝えればよかったのにね。
純粋な方だったんだなと思いますね。
そうですか…。
そうなんです。
あの『赤めだか』っていうドラマも拝見したんですけどあの方のカレーライスの作り方がもう生まれてこのかた見たこともない作り方だったんだけどおいしかったんですって?本当おいしかったんです。
それがすごいですよね。
まず初めていらした日?弟子にしてくださいって行ったらなんか作ってて…。
初め白い色してるのねスープが。
はい。
「カレー作るから」って言ってシチューに色んなものを入れるんですがとても食べられないという感じの雰囲気になっていくんですよ。
なんかザーサイみたいなものとか…。
まず福神漬けとねしば漬け入れてね何やってるんだろうと思ったら「だってお前横に添えてるんだから一緒だろう」って言って。
それからキムチも入れる…。
キムチも入れてありとあらゆる…。
あなたがお土産に持っていった…。
チーズケーキ。
チーズケーキも…。
チーズケーキ入れちゃうんですよカレーの中に。
ぼう然としてたら「何驚いてるんだ?お前」「チーズに小麦粉に卵だろ。
まずいわけねえだろ」。
確かにコクが出たような気はするんですけどね。
そしたら結構おいしくて…。
おいしかったんです。
「お代わりしていいですか?」って言うぐらい…。
なんかねそういう意味では弟子になるようになってたのかもしれません。
あれね…。
もう一回作ったことあるんです。
ドラマはあれだけ…。
2回目はうまいっていう自信を持ってたんでまだ日本にはあまりなかったガラムマサラみたいなものを山のように入れたらとても食べられたものじゃない寸胴鍋を全員弟子が食べさせられて…。
「どうだ?きたか?ちょっとカッカしねえか?」とか言って。
そう…。
でもおいしかったです。
でもそういうところ独創的ですよね。
確かにカレー作るのにチーズケーキ入れたりなんかしないんだけど元々は出発点からいえばねチーズ入れたってメリケン粉を入れたってお砂糖を入れたっておかしくないわけですから分解すればね。
ただチーズケーキをドボッとそのまんま入れちゃうからびっくりするんであってね。
その代わりなかなかできませんよ。
できない?そりゃそうです。
だってとりあえず食べるものですから原形をとどめないぐらいずっと煮込んでますから。
とりあえずもしかすると食べ物っていうのはね異常に煮込むとうまくなるのかもしれません。
何でもかんでもね…。
でもなんかすごい…18キロから19キロ?約20キロ近く…。
痩せました。
そうですってね。
お家でびっくりしたんですって?ええ。
新聞配達であんまりよく寝れなかったのとやっぱり使ったことのない神経使ってたんでしょうね。
とりあえずずっと緊張してるっていうのが…。
でも随分ですよね。
そんな若い時20キロも痩せたら。
なんかすごい…談志って悪い人のように思うかもしれませんけどそういうわけじゃないんですけどね。
食事も不規則でしたしあんまり食べなかったですし。
世の中バブルだったんですよ入り口あの頃。
昭和60年59年。
その時にあの価値観を…。
500円玉1枚あると…300円だと銭湯に行くんですよ。
その…奇麗好きだったんで談志が。
ところが500円玉持つとですね近所の食堂でカツ丼食べられるんですよ。
真剣に考えるんですよ。
カツ丼を食べるか銭湯に行くか。
そんな暮らしをしてたのは落語を語る上では今となってはプラスだったかなと思います。
お話のネタにはなりますよね。
ハハハ…。
何でもネタにならないものはないっていうようなね生活だったでしょうからね。
でもそのまあ何ですか…そのライスカレー…カレーライス召し上がりながら今度母ちゃんの…家に帰って母ちゃんの普通のカレー食べたらなんか味気ないっていうかなんか…。
母親もね…。
可哀想でしたね。
はい。
コクがないと思ったんでしょ?お母様のを召し上がったら…普通のじゃがいもが入って。
何でしょうかね?正しく家庭なりに洗練されたものに疑問を持つようになっちゃったんですね。
そうですね。
ええ。
16…17でね。
ありがたい価値観です。
お父様も怒ったりして…。
でもあれですかね?「稽古をつけてやる」って仰った時お断りになったの?あなたは。
はい。
風邪引いてたんです。
本当に?絶対これうつすと思ったんです。
だからまあ…「風邪を引いてるので改めて」って言ったら「ああそうか」って言ったんですが怒りましてね。
口利いてくれなくなっちゃって。
師匠が教えてくれるんだったらどんなことがあったってそれは教えていただくっていうのが昔風の考えかもしれませんね。
自分のお母さんに電話して「こんな無礼な奴は初めてだ」って…。
誰にもぶつけられない怒りだったんでしょうね。
談志さんってお母様いらしたの?いないと生まれないでしょ?そう…。
だけどあの方そういうふうに見えないじゃない。
何で出てきたんですか?お父さんもいますよ。
桃太郎。
お母さんはねご長命でご存命なんです。
あら!まあお母様お元気で何よりでございます。
本当に?はい。
何歳ぐらい?100歳を超えられました。
(拍手)談志さんのお母様が100歳超えてらっしゃるってすごい…。
ああいう心配な息子さんがいてもそれだけ長命っていうことはよっぽどあれですね色んなところがお強い?そうですね私はですねその問いに関してはどう答えていいかが…。
今一瞬3つぐらい浮かんだんですけど全部答えちゃ駄目だなっていう答えだったんでスルーという…ハハハ…。
そうですか。
でもお元気でね何よりで…。
なんかご報告にいらっしゃる時あるんですか?いやこの頃はお目に掛かっていないです。
でも前座の頃はお母さんが作ってくれるね混ぜご飯がうまいんですよ炊き込みご飯が。
お母さん…師匠の家に来ると炊き込みご飯食べられるって志の輔兄さんも何もみんな楽しみにしてて。
ちょっと考えられないですね。
談志さんにお母様がいらして炊き込みご飯がおいしいから弟子がそっちへ行くなんていうようなそういう…何ていうかそういうものを排除してる人に見えたんでね。
親孝行でしたよ。
談志さん?弟子も親不孝するとものすごい怒ってました。
親孝行?はい。
「俺は親孝行しない奴は絶対許さない」「まあ俺の主義だけどな」って言って。
だから絶対に…だからすごいですよ。
うちの母親…前座の間は盆暮れの挨拶に親が来るんですよ。
家庭訪問の逆みたいなもんで。
すごいね。
その時に落語を…落語会場にうちの親が来て「母親にチケット取ってやるから落語見てもらえ俺の」って言って。
『らくだ』っていう名作を一生懸命やったらうちの母親は落語なんか見たことないんで感動だけは伝えたかったらしいんですけど。
「師匠素晴らしかったです」「師匠の“きりん”」って言ったんですよ。
ハハハ…すごいね。
そしたらうちの師匠が「ううっ!」って言って「お母さんいいセンスだ」とか言って「面白いね」とか言われたけど。
親孝行…まあ見てて親には孝行しなきゃいけないんだっていうのを僕らの世代がわかるぐらいにもう本当に親孝行でしたね。
イメージ変わった。
ええ。
こんな笑っちゃう涙しちゃうそういう事ごとをお書きになった『赤めだか』というご本。
はい。
談志さんとのことなんですけども談志さんとご一緒のとてもいい写真があるんだそうで。
これですね。
これはどういう時のなんですか?これね高座で落語をやった時に呼ばれたんですね。
何を伝えたんですかね?落語をやってる最中にいきなり「おい春」って呼ばれて何かを伝えてもらった…。
これは晩年に近い談志ですね。
これ恐らく僕が…2人でやったのか僕が落語をやって終わったあと出てきてくれたんでしょうね。
後ろにね。
はい。
やっぱり優しいんだなやっぱりね。
なんかあなたは築地のほうに一年間…。
色んなことしましたね。
落語をやらないでシューマイ屋…しかも築地のお魚かと思ったらシューマイ屋さんに行かされたりなんかして。
そういうの全部ご本に書いてあるんですよ。
本当にね面白く読ませていただきました。
これがドラマになったんですけども。
その『赤めだか』っていう題名の「赤めだか」なんですけど言っちゃうとこれつまんないかしら?いえいえ。
じゃあなんで「赤めだか」っていう題になすったかって…。
金魚をね…金魚だと思って飼ってたら全然育たないんですよ。
あなたに「買ってこい」って言ったんでしょ?ええ。
それでなんか買って帰ってきてね…そうです。
1万円もらったっていうやつですか?1万円もらってね焼き肉食べちゃったんですね。
あまりにもおなかが減ってたもんですから。
お釣りで買えるのがね赤めだかっていうちっちゃいのしかなかったんですね。
今考えればそれが嘘だとわかっているのに「イカすじゃねえか」って言ってくれたってことですか。
あそこがいいなと思いましたよ。
この金魚は…。
そう。
そう言われてみればなんか…人としてどうかと思いますけど10代の頃からたとえ相手が談志であれ鮮やかな嘘がすらすら出てくるタイプの子供でしたね。
あなた?じゃあ落語に向いてる。
そうですね。
向いてるんですか?そうですよ。
だって色んなものってそういうふうなことがすらすら出る人が…。
ぜひ一度。
一度伺わせていただきます。
でも今日は本当にね談志さんのいい人だっていうことがわかってうれしかったです。
ありがとうございました。
2016/01/26(火) 12:00〜12:30
ABCテレビ1
徹子の部屋 立川談春[字]

〜“今、1番チケットが取れない”噺家が初登場!〜立川談春さんが今日のゲストです。

詳細情報
◇ゲスト
ドラマ『下町ロケット』では俳優として大活躍!今、日本で1番チケットが取れないといわれるほど大人気の噺家、立川談春さんが初登場。
◇番組内容
高校を中退し“落語界の異端児”立川談志さんの弟子になった談春さん。新聞配達をしながらの修業に関して談志さんは「こういう苦労をすると数年後に、黒柳さんの番組に出て『あなた、苦労をしたのねえ』と涙ぐんでくれるかもしれないぞ」と言っていたが、まさか現実にこの日がくるとは…と語る。そんな談志さんが唯一出演した1990年のVTRを紹介。自由奔放な談志さんと一触即発の黒柳さんとのバトルに、談春さんも爆笑する。
◇おしらせ
☆『徹子の部屋』番組HP
 http://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/

ジャンル :
バラエティ – トークバラエティ
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
福祉 – 文字(字幕)

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
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日本語
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