どのようにイライラしたかなどを書き留めます。
するとイライラしやすいところが予測でき自分の行動をコントロールしやすくなります。
皆さんもお試し下さい。
いってきま〜す。
その男の行く先にはちょっと変な世界が広がっている。
「この男また来たのう」。
「うちらみたいなんを探し回っとるらしいで」。
「こんなやくざに誰がしたんでえ!」。
(笑い声)福祉施設の職員にしてアート界に揺さぶりをかける異端児。
専門はアウトサイダーアート。
死刑囚や障害者ヤンキーまで。
伝統的な美術の枠からはみ出す人々の表現を世に紹介し続けてきた。
町で見かけたらちょっと引いてしまういびつな表現を求め櫛野は全国を飛び回っている。
お金にも名誉にもならない事に注がれる膨大なエネルギー。
その根底にある彼らの生きざまに魅せられている。
アウトサイダーの表現そして生きざまを追いかけ続ける櫛野。
その先に何が見えるのか。
櫛野の活動拠点は東京から遠く離れた港町にある。
挑戦的なオリジナル企画で度々話題を呼んできた。
この時開かれていたのは「障害
(仮)」展。
純粋頑張るといった障害者像を覆す試みだ。
こちらは30年間ただひたすら自分の食事を描き続けている人の作品。
7年前足が不自由になったが描く方が楽しいとリハビリもせず熱中している。
自称芸人界初の寝たきり障害者。
ヘルパーとコントを繰り広げる。
「どっからでもかかって…」。
はたから見たら狂気にあふれた表現者をこれまで70人以上紹介してきた。
櫛野の生い立ちはアウトサイダーの生きざまと真逆だった。
幼稚園から塾に通い地元で一番の中高一貫校に合格。
しかしいざ入ると自分より優秀な人ばかりだった。
勉強できないやつは何も言うな。
そう自分を責めていた。
もうトラウマになってて。
中高6年間で訳もなく何度も不良にボコボコにされた。
勉強も体力も周りより劣っている自分が嫌になった。
(取材者)自分に自信がないっていうのは結構つらい事ですよね。
そうですね。
やっぱりこう…本当は何かを熱く叫びたい。
だがその一歩を踏み出す勇気もなかった。
とりあえず進学を目指しギリギリ偏差値の足りた福祉系の学科に入学した。
卒業後地元にある知的障害者の入所施設に就職した櫛野。
勤め始めて間もない頃その後の人生を動かす出会いがあった。
武田憲昌さん。
ここで暮らして20年。
写真?これ見せて。
武田さんは何人かのスタッフが大好きで彼らに関するものを集めては身につけている。
毎朝8時半武田さんの日課が始まる。
大好きなスタッフの林さん。
3枚。
(取材者)渡すようにしてるんですか?集めたものは全て自分の部屋に保管している。
2日分が入ってる。
入ってる。
その収集に懸ける情熱に櫛野は驚いた。
スタッフについて書かれたメモからスタッフの足元に生えていた草まで。
ランクづけまでして大切にしていた。
これを続けて20年。
櫛野は世間のまなざしを軽々とかわし自分の欲求を貫くその姿を心底羨ましいと思った。
施設に暮らす人々の常識外れな価値観に魅了された櫛野。
展覧会を企画すると国内外で評判になった。
そして2012年福祉施設の運営で鞆の津ミュージアムがオープン。
櫛野は施設職員という立場で展示を任された。
これをきっかけに施設の外にも足を向け始めた櫛野。
次第に障害者という枠組みは消えていった。
隣町に住む山名勝己さん。
暇さえあれば廃材を集め車や家に取り付けている。
出会いを重ねるほど常識とされる価値観を揺るがす表現にぶつかった。
どうしても僕だと今まで人生歩んできた中でそんな事やめなさいとかこれは評価されてるんだろうかとかこれをやったらお金になるかなとかいろいろ考えてしまうんですけどそういう事を一切考えてないっていうか。
周囲の雑音に対して耳を塞いで自分だけの評価軸を信じて突き進んでるからこそ僕は感動するし彼らに対して憧れを抱いてるんだと思うんです。
常識を破る展示は共感を呼び港町の小さな美術館に延べ2万人が来館。
アートの世界の最前線からも脚光を浴びるようになった。
去年9月勢いに乗っていた櫛野に大きな転機が訪れた。
全力を注いできた鞆の津ミュージアムのオリジナル企画展がなくなる事になったのだ。
福祉施設の活動の見直しでこれまでのような展示は終わる。
櫛野は入所施設の仕事に戻るよう伝えられた。
アウトサイダーアートを紹介し続けるには独立しかない。
しかしそれでやっていけるのか。
そもそもアウトサイダーアートを紹介する事への疑問が頭をもたげてきた。
櫛野展正39歳。
次の一歩を迷っていた。
11月中旬。
櫛野はある人に会いに行く事にした。
これまで何度も断られていたが会ってもよいと連絡が来たのだ。
うわっここですか。
すごいっすね。
ええ?「人間画美術館」。
いや〜怪しいですね。
すごいな。
(チャイム)あどうも初めまして。
前3回ぐらいご連絡させてもらった…。
作者の奥さんが出迎えてくれた。
この家の中はふだん誰にも公開していない。
うわ〜すごい。
うわ〜かっこいいっすね。
すごいですね。
どうも初めまして。
(黒川)こんにちは。
こんにちは。
櫛野と申します。
よろしくお願いします。
黒川です。
お土産頂きました。
メチャメチャかっこいいですよね。
かっこいいでしょ?すばらしい。
本人はいいと思ってやってんの。
いやいいと思いますよ。
すごいですね。
これ描かれてるんですよね?そう。
これ移動美術館なんですよ。
あ〜なるほど。
これ着て歩いてるから。
一体どんな人生を歩んできたのか。
まずは話を聞く。
いつから絵を描き始められたんですか?え〜っとね僕はね普通の人とおんなじようにね小学校では絵を描くなんていうとそれこそ戦争の絵ですよね。
大砲か何かポ〜ンなんて弾まで描いてねこっちでバク〜ンなんてやってね。
黒川さんの人生それは当初戦中戦後を生きた多くの日本人とそう変わらなかった。
(黒川)50周年の時ね。
これはすごいいい記念ですね。
62年にご結婚されたんですね。
(黒川)そうですね。
東京生まれの黒川さん。
高度経済成長期の真っただ中25歳で結婚。
自動車会社の事務職などをしながら妻と3人の子どもを育ててきた。
しかし…。
76年に辞めちゃった?
(妻)3人目がおなかにいたのよ。
そうなんですか?はい今39歳です。
なるほど。
その時はねだから辞めて今度はもう本当に辞めちゃった時は…。
辞めて何されたんですか?辞めて絵描きになったんですよ。
ふ〜ん。
それはでもどうやって食べていってたんですか?それはでも奥様反対はされなかったんですか?うん。
もうやりたいようにやる人だから。
39歳で自分のやりたい事を貫くと決めた黒川さん。
日雇いの仕事などで生計を立て売るための絵は一切描かなかった。
圧倒されますねこれは。
すごい数ですね。
つけました?はい。
ふすまに描いてらっしゃる?そう。
ふすまにも描いててこのふすま入れると描いてあるのあるんですよね。
今日は出してないんですけどね。
え〜すごい。
へえ〜これ相当いいですね。
この六地蔵の絵は。
(黒川)面白いでしょ?躍動感がすごいある。
黒川さんの絵には目が多い。
それは人間が私利私欲に走って人の道を踏み外していないか見つめる目だという。
原点は戦争。
権力者の都合で多くの人が死に苦しむ姿を見て育った。
間違っていると言いたかったが戦後になっても言えなかった。
本当にそれでいいのか。
誰が何と言おうと思いを絵に込める道を選んだ。
なるべく僕も…今もそうなんだけどね最後に後悔しないでね死ねればいいなと思ってんですよね。
今んとこ今はねだからもし後悔するんだったら変えると思うんでね。
今んところ変えるあれがないんで…。
あ〜そうなんですか。
だから満足なんじゃないかね。
お砂糖は?これでもう大丈夫です。
ありがとうございました。
大体目的を達しましたか?もう全然大満足です。
来たかいがありまして本当によかったです。
でも本当にあれですね。
僕も今39で新しく物事を始めようとしてるんですけど。
いい事ですね。
本当ですか?まだ迷いがあるんですよでも。
やるといいですよ。
本当ですか?うん。
いつもは聞き役だがこの日は違った。
僕はねこういう…要するに正当な評価を得てない人の作品にたくさん今まで出会ってきたんですよ。
それでどうしても何かいろんな人たちとこうやってね話をして出会ってきたんでそれを紹介したいなって思いがすごい強くってそれを自分でやろうかなと思ってるんですよね。
いい事ですね。
いい事ですか?ええ。
いい事ですよ。
でもその…何て言ったらいいんですかね?みんながみんな黒川さんみたいに本当は来てほしくないって思ってるんじゃないかなとか本当は取り上げてほしくないって思ってるんじゃないかなという部分もあって…。
それはある人もあるでしょうね。
でも確実に絶対例えばこういう絵をね全国の人が見た時に必ずこの絵に影響を受けてまた何か次のアクションを起こす人とかが…。
いるでしょうね。
絶対いるんですよ。
僕はそこの橋渡しというかパイプ役をしたいなと思って。
いいんじゃないですか?それは。
いいんですかね?すいませんどうも。
ありがとうございます。
また連絡します。
また近々。
すいませんどうも。
ご苦労さまでした雨の中。
失礼します。
(取材者)どうでした?来てみて。
僕も何かねちょっと背中を後押しされた感じですね本当に。
11月下旬。
櫛野は大きな一歩を踏み出していた。
うわっもうロゴが入ってるんですね。
入ってる。
すごい。
独立してアウトサイダーアートの展示場を立ち上げると決めたのだ。
ここで櫛野はある挑戦をする事にした。
自分の価値観を信じアウトサイダーアートに価格をつける。
(取材者)結構責任重大ですね。
お手紙も。
4点送って頂いて。
「これから大変でしょうが前進して下さい。
私でできる事は応援してます」って…。
僕が応援するつもりが応援して頂いてる側なんですね。
今まではアウトサイダーの生きざまを羨んでいた。
今度は自分の生きざまをさらす番だ。
2016/01/25(月) 20:00〜20:30
NHKEテレ1大阪
ハートネットTV「アウトサイダーアートに魅せられて」[字]
障害者や犯罪者など、伝統的美術の枠からはみだす人々の表現・アウトサイダーアート。広島の「鞆の津ミュージアム」を拠点に、その発掘や紹介で注目される櫛野展正に迫る。
詳細情報
番組内容
似顔絵だらけのコインランドリー、昆虫二万匹でできた千手観音、ペットボトルのキャップで覆い尽くされた建物…。障害者や犯罪者など、伝統的な美術の世界の枠からはみだす人々による表現「アウトサイダーアート」。その作品を世に紹介し注目を集めてきた福祉施設職員がいる。櫛野展正。広島県福山市の「鞆の津ミュージアム」を拠点に、アウトサイダーに徹底的にこだわって企画展を開いてきた。その思い、そしてこれからに迫る。
出演者
【語り】風間俊介
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
福祉 – 障害者
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
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