美の巨人たち ミレー『羊飼いの少女』農民画家の評価を一変させた代表作 2016.01.23


今夜は美しい夕景からご覧ください。
ここはパリから60キロほど南東にあるバルビゾン村。
豊じょうな田園風景が広がっています。
夕日が染め上げるどこまでも平らな大地。
一枚の絵のよう。
バルビゾンには実はもう一つ名前が。
「画家たちの村」と書かれています。
村のメインストリートがこちら。
ちょっと散策してみましょう。
観光客の少ない冬の時期はとても静かです。
村全体がのんびり。
端から端まで歩いてもほんの15分ほど。
なんとものどかなメインストリートなのです。
通り沿いにあるこちらの三角屋根の建物はある画家の自宅兼アトリエでした。
ジャン・フランソワ・ミレー。
19世紀のフランスを代表する画家です。
生涯のテーマとしていたのが農村を描くこと。
実は代表作であるこの『落穂拾い』や『晩鐘』と並ぶ傑作が更にもう一枚あります。
おや?編み物でしょうか。
傍らには羊の群れが。
実はミレーをフランスの国民的画家へと押し上げたのはこの作品なのです。
当時パリの画壇から絶賛された名画とはいったい…。
そのミレーの傑作はパリのオルセー美術館にあります。
では画家の名前が記された展示室へ。
上段に掲げられていました。
今日の一枚…。
縦81cm。
幅は1mほどです。
広い平原に羊の群れを従えた少女がひとり。
年の頃は十代半ばといったところでしょうか。
少女のそばから片時も離れることなく羊たちは顔を地面にこすりつけ夢中で草を食んでいます。
少女はというとなにやら真剣な面持ち。
実は編み物に熱中しているのです。
まだ覚えたてといったところでしょうか。
右奥には黒い犬が。
どうやら羊たちを束ねているのは少女ではなくこの犬のようです。
朝からずっと羊たちの餌場を求め時おり場所を変えながら少女はゆっくりと平原の向こうの村から歩き続けてきたのでしょう。
雲間から漏れるやわらかな金色の光が大地を照らしています。
農村の午後穏やかに流れる時間。
この作品によってミレーはようやく画家として王道を歩むことに。
そのわけとは?こんにちは。
あら毛糸。
先生また何を始めたんですか?何って次のミステリーを考えているのさ。
編み物で…ですか?今回この名コンビ『羊飼いの少女』の謎にどう迫ってくれるのでしょうか?実はそのミレーの『羊飼いの少女』でね次のテーマを思いついたんだよ。
えっ?いったいどんなミステリーを?この少女何を編んでいると思う?そうですね。
ボーイフレンドのためにマフラーかしら?すると少女は真っ赤なマフラーでなぜか男の首を…。
先生!またネットで叩かれますよ。
最近殺人トリックが安易だって。
ああもう嫌なこと思い出させないでくれよ。
すみません。
そういえばミレーも若い頃世間から相当叩かれていたんですよね?そのとおり。
実はこの絵がきっかけで評価が一変したんだ。
えっ?『落穂拾い』や『晩鐘』じゃないんですか?違うよソフィー。
きっとこの絵にミレーは何か隠しているはずだぞ。
う〜ん…。
早速この場所を取材してきます。
よし。
バルビゾンの取材大いに期待していますよ。
実は意外にも『落穂拾い』の発表当時の評判はさんざんなものでした。
ミレーの作品はフランス国内ではなかなか認められず『晩鐘』を注文したのも実はアメリカ人なのです。
その理由は描き方にありました。
当時単独の人物像として描かれたのは身分の高い僧侶や貴族たちでした。
しかし画家が描いたのはヒザ下に防寒のわらを巻きつけた正真正銘の農夫。
あまりにも真に迫りすぎていたのでしょう。
詩人で批評家のシャルル・ボードレールは…。
そんな酷評を一気に称賛に変えたのが『羊飼いの少女』でした。
ここには実に用意周到な画家の計算があったのです。
果たしてそれはいったい…。
のんびりと週末を過ごすために都会の人々が訪れるのがバルビゾンに隣接するフォンテーヌブローの森です。
豊かな自然は19世紀カミーユ・コローやテオドール・ルソーをはじめ多くの画家たちを魅了しました。
バルビゾンの村にはその足跡が。
画家たちが定宿にしていたのがこちらの当時は40人以上の画家を抱える大所帯だったそうです。
訪れる絵画ファンの目を楽しませているのが壁に残る画家の落書きの数々。
ミレーもその1人でした。
ここバルビゾンで今日の一枚『羊飼いの少女』も描いたんですよ。
フランス北西部ノルマンディー。
イギリス海峡に突き出した岬の断崖沿いに画家のふるさとがあります。
1814年ミレーは農家の8人兄弟の長男として生まれました。
このあたりは寒冷地のため小麦の生育には不向きで代わりに急斜面を開墾した狭い畑でそばを栽培していたといいます。
21歳のとき父が他界。
本来ならあと継ぎとして一家を養うはずがミレーは絵の修業のため故郷を離れパリへ。
しかし虚飾に満ちた都会とは肌が合わず34歳のとき何もない寒村だったバルビゾンに妻子とともに移り住んだのです。
そして描いたのが農民でした。
農民を描くこと。
それは故郷を捨てた画家にとって懺悔に等しいものだったのかもしれません。
いつもこう言っていたそうです。
その思いをまるでチューブから絞り出すようにふるさとで身をもって体験した過酷な農作業にただ黙々と向かう人々を今度は画家としてありのまま克明に描いていったのです。
バルビゾンから戻りました。
おぉ〜!ミレーの取材はどうだった?それがとっても辛抱強い人だったんですって。
ミレーが辛抱強いとは…。
気になりますね。
冬になると他の画家たちは寒さに耐えきれずパリに戻ったのにミレーだけはバルビゾンで制作を続けていました。
それにしても女性が薪を運ぶなんて…。
気の毒だわ。
いやぁミレーは女性の味方だったんだね。
先生なぜです?当時女性っていうのは男性の目を意識して美しく時にエロティックに描くものだったんだ。
しかしミレーの女性たちは違うだろソフィー。
懸命に働く彼女たちを心から称賛していたってことだよ。
つまりミレーの女性画は革新的だったんですね。
あぁ。
それなのにこの少女は?編み物とはなぁ…。
何かあったのかしらミレーに。
この絵の謎が深まってきましたね。
今日の一枚でミレーが描いたのは女性の過酷な労働ではありません。
それは当時画家が窮地に立たされていたからだと研究者は言います。
例えばこの農民がまいているのは雑穀ではなく…。
当時画家は政府から行動を監視されていたといいます。
結局政治的意図はないと判断されたものの作品は一向に売れず一家は追い込まれていきました。
そこでミレーは絵の販売の仲介を頼んでいた親友アルフレッド・サンスィエに手紙を出します。
すると親友から絵を売るためのアドバイスが。
がけっ縁にいた画家はアドバイスを受け入れ50歳を目前にして大きく舵を切ったのです。
そして描いたのがこの作品でした。
見てください先生。
ほら!ミレーは男性の羊飼いも描いていたんです。
お〜どちらも羊飼いが1人。
それに背景は大平原。
右側の黒い牧羊犬も一緒だね。
ええ。
あとから描いたのが少女でした。
ところで親友サンスィエはミレーにどんなアドバイスを?それが「優しく描け」ですって。
優しくとはずいぶん抽象的だな。
そうなんです。
だからって男性をただ少女に変えただけなんて単純すぎません?違うよ。
ここには優しさを表すミレーの仕掛けがぎっしり詰まっているぞ。
えっ?いよいよこの絵の核心に迫ってきたようです。
実はバルビゾンに移り住んだ頃からミレーが関心を寄せていたのが羊飼いでした。
星の運行や天体に詳しい彼らは画家の目に神秘的な存在として映ったのです。
羊飼いとは伝統的に男性の仕事とされてきました。
それをあえて少女に変えた理由があったのです。
では優しさという曖昧なものをどう具体的にミレーは描いていたのか?今日の一枚。
ミレーの『羊飼いの少女』が描かれたのは画家の一家がバルビゾンに暮らし始めて14年後のこと。
パリを捨てたのはこの村が故郷と同じ農村だったからではありません。
起伏のないこの平坦な大地にはミレーにとってある重要なものが。
それは広大な地平線に沈む夕日でした。
だからこそバルビゾンを選んだのです。
画家の口癖は…。
そして夕暮れの大地で神に感謝する人々を。
闇に消えていく神秘的な存在を描いたのです。
ところが今日の一枚は背景は同じ平原でありながらなぜか太陽の位置が高いのです。
では『羊飼いの少女』にミレーが描いた優しさとは?2つの作品を比べると今日の一枚では人も動物も小さくまとまって描かれています。
それによって強調されたのが平原の広がりです。
続いて地面。
男の足もとはぬかるんで歩きにくいうえ羊たちがエサとする草も生えていません。
一方羊たちが夢中で草を食む少女の足もとにはところどころタンポポが。
細かく草花を描きこんでいます。
更に決定的な違いがもう1つ。
ミレーの9人の子供のうち次女ルイーズが『羊飼いの少女』のモデルといわれています。
愛娘が画家のイメージをふくらませてくれたのでしょう。
ではなぜ編み物なのか。
少女が編んでいる奥に描かれているタンポポの綿毛は風にのって飛んでいったのでしょう。
その上では羊たちが丸く重なりあっています。
フサフサとした毛並みはいかにもやわらかそう。
そんな羊たちが与えてくれた毛糸で少女は覚えたての編み物を。
画家はこの世界を構成するすべての要素を緊密に結びつけその連鎖によって生かされるはかない存在として少女を描いたのです。
まるで大地の女神のように優しく。
そのために光と影のコントラストも抑えました。
そして夕日ではなく雲間から斜めにさし込むやわらかな光でバルビゾンの大気を黄金に染め上げたのです。
『羊飼いの少女』はみごと展覧会で一等賞を受賞。
ミレーはついにフランスの国民的画家になったのです。
ミレーもこのはかない少女もの路線で画家として安泰ってわけだな。
先生ところがですねミレーは同じ展覧会にこの『仔牛の誕生』も出品していました。
えっ!?『羊飼いの少女』とまったくタイプが違うじゃないか。
はい。
ちなみにこの作品の評価は最悪だったそうです。
やっぱり。
このまま少女もの路線にしとけばよかったのに。
まったくこれでめでたしとしないところがミレー芸術の奥深さなのかもな。
ええ。
常に芸術家として問題作を提起したかったんでしょうね。
先生と同じじゃないですか。
まあそうだな。
どんなミステリーになるのか心配ですけど頑張ってください。
『羊飼いの少女』のおかげで画家のもとには次々作品の注文が。
ミレーの旺盛な制作意欲は最晩年まで変わることなく生涯このバルビゾンの地にとどまり大地と結びつく人間の気高さを描き続けたのです。
ジャン・フランソワ・ミレー作『羊飼いの少女』。
やわらかな金色の光が降り注ぐ生きとし生けるものたちの命の循環。
農民画家の優しいまなざし。
戦後人口の増加に合わせて建てられた木造賃貸住宅。
2016/01/23(土) 22:00〜22:30
テレビ大阪1
美の巨人たち ミレー『羊飼いの少女』農民画家の評価を一変させた代表作[字]

毎回一つの作品にスポットを当て、そこに秘められたドラマや謎を探る美術エンターテインメント番組。今日の作品は、ジャン・フランソワ・ミレー作『羊飼いの少女』。

詳細情報
番組内容
今日の作品は、19世紀フランスを代表する画家、ジャン・フランソワ・ミレー作『羊飼いの少女』。ミレーを国民的画家に押し上げた代表作です。寒村バルビゾンで農民の普遍的な美を追求するものの評価を得られないミレー。親友のアドバイスがその絵に転機をもたらします。画家の評価を一変させたその言葉とは?男性の仕事とされてきた羊飼いを少女として描いた理由は…?この絵が描かれた地バルビゾンで、画家の思いを探ります。
ナレーター
 小林薫
 蒼井優
音楽
<オープニング&エンディングテーマ>
辻井伸行
ホームページ
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/

ジャンル :
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化

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