損なわれた体の部位を補う新たな科学技術。
近年目覚ましい進化を遂げています。
今世界中の研究者が高性能の補装具の開発に精力的に取り組んでいます。
本物の手のように動く義手。
視力をよみがえらせるインプラント技術。
体の損傷した部分を補う人工臓器。
科学技術の発達は障害を持つ人々の暮らしを快適にする手助けをしています。
一方で病気や事故加齢に対抗するため体の部位を自由に取り替えられる機械のような人間さえ登場するかもしれません。
未来の医療は人間を丸ごと取り替えられるのか。
医療と科学技術の融合はどこまで進むのか。
新たな段階に入った機械による再生医療は人類の姿を変えるかもしれません。
障害克服への希望と倫理的課題。
そのはざまで進行する大変革に迫ります。
毎年事故や病気で手足を失う人は少なくありません。
義足や義手などの補装具は古代から存在し改良されてきました。
とりわけこの20年あまりの進歩は画期的なものです。
最先端の工場で今「筋電義手」と呼ばれる補装具が作られています。
複雑な動きができる筋電義手は世界で毎年10万人近くの人に利用されています。
筋電義手の製造工場で働くマーティン・ヴェルルは生まれた時から右の肘から先がありません。
筋電義手は腕の筋肉を利用して動きます。
筋電義手技術の原則は残っている腕の筋肉を利用して義手を動かそうというものです。
腕を失ったりあるいは生まれつき腕が無かったりしても残っている腕の筋肉を収縮させて義手を動かす事ができる場合が非常に多いんです。
筋肉が収縮すると必ず弱い電流が発生します。
この電流を「筋電信号」と言います。
この筋電信号をセンサーで捉える事で人工の手を開いたり閉じたりできるのです。
筋電信号を捉えるため残っている腕の筋肉に2つのセンサーを付ける必要がありました。
1つは「伸筋」と呼ばれる筋肉で主に手を開く時に用いるものです。
もう一つ手を閉じる時に収縮する筋肉にもセンサーを付けました。
残っている腕の内側にある筋肉です。
センサーはミリ単位の精密さでそれぞれの筋肉に配置されます。
センサーによって捉えられた筋電信号はコンピューターシステムと義手の動力によって動きに変換されます。
筋電義手は腕の筋肉がどれだけ残っているかによって指を別々に動かす事ができます。
こうした最新の義肢は手足を無くした人たちの生活を大きく改善しています。
義肢の反応を速めコントロールを向上させるために筋肉ではなく神経系に直接センサーを結びつける研究も行われています。
この技術は「神経電気技術」と呼ばれています。
イギリスレディング大学のケビン・ワーウィックはこの分野のパイオニアです。
ロボットハンドを動かすために自分の神経に小さな電子チップのセンサーを埋め込むという前例のない実験を行いました。
2002年2時間に及ぶ手術によってワーウィックの左腕の神経に数ミリの大きさのセンサーが埋め込まれました。
非常に小さな電子チップです。
これを私の左腕の神経に入れました。
神経の中に埋め込まれた電子チップとコンピューターをつなげるため電子チップに取り付けられたワイヤが腕の皮膚から出ていました。
実験はそれから3か月あまり続きました。
私の腕の神経系につながったワイヤはここから出ていました。
そして…。
このいかめしい器具を腕に付けました。
腕から出たワイヤをこの器具につないだんです。
この器具は神経系から出た電気信号をコンピューターに送る役目を果たしました。
ワーウィックは腕に取り付けた器具を介してロボットハンドとつながりました。
手を動かすと神経から出た電気信号がコンピューターを経由してロボットハンドに送られます。
私が手を開いたり閉じたりするとロボットハンドも同じ動きをします。
センサーを筋肉ではなく神経につなげる事で反応が秒早くなりました。
しかし実験はここで終わりませんでした。
ワーウィックはロボットハンドを動かすだけでなく手からのフィードバックつまり物をつかんだ感触も得たいと考えました。
そこでロボットハンドに物に触れると反応する電極を取り付けました。
このロボットハンドは指先に小さなセンサーが付いています。
私たちの実験では手を開いたり閉じたりするといった動きだけでなくロボットハンドから感覚的な反応が返ってくる事を重視していました。
このロボットハンドが何かに触れると指先のセンサーから電気信号が送られ私の神経系を刺激しました。
それによってロボットハンドがどれくらい力を入れているか感じ取る事ができたんです。
ロボットハンドによる研究は新しい義手への道を開きます。
物をつかんだ時の感触が得られる義手です。
ワーウィックは更にインターネットを介して遠隔地からロボットハンドを動かし感触を調べる実験を行いました。
私はニューヨークのコロンビア大学まで行き自分の神経系とイギリスにあるロボットハンドをインターネット経由でつなぐ実験をしました。
私がニューヨークで手を開くとイギリスにあるロボットハンドも手を開きました。
ロボットハンドが物をつかむとインターネット経由で私もそれを感じる事ができました。
ロボットハンドがどれくらいの力で物をつかんでいるのかも分かりました。
これは治療の枠を超えて人間の可能性を拡大する技術だと思います。
スイス連邦工科大学ローザンヌ校ではシルヴェストロ・ミチェラが新たな義手の開発に取り組んでいます。
触れたものの感触を患者に伝える事のできる義手です。
指の動きに合わせて人工のけんが張ったり緩んだりします。
特に重要なステップは物をつかんだ感覚が正確に伝わるセンサーを義手に装備する事です。
これはイタリアで開発された義手で指のけんにセンサーが仕込まれています。
そのため物をつかんだ時どれくらいの力を入れているかが分かります。
センサーを配置した人工のけんは電極のついたワイヤで患者の神経とつながっています。
けんが引っ張られると神経に電気信号が送られます。
試作品の性能を確認するため腕を失った男性が実験に協力する事になりました。
目隠しをした状態でさまざまなものを握りその感触を確かめます。
結果は驚くべきものでした。
柔らかい。
硬い。
目隠しをした状態で物の形や硬さを認識する事ができました。
私たちはふだん自分の手で物をつかみ握っている力に関して情報を受け取ります。
被験者の話では実際に触れている感触に非常に近い感じがしたそうです。
自分の手で物をつかめば指先にどれくらいの力がかかっているかをすぐに感じ取れます。
それに近い自然な感覚だったそうです。
1か月にわたり実験に参加した男性は試作品の性能に驚きました。
初めて新型の義手を装着して物に触れた時には驚きました。
何年も感じられなかった感覚を突然感じる事ができたからです。
丸い物柔らかい物硬い物全て義手を通じて感じる事ができました。
本当にビックリしました。
男性が装着した義手はまだ試作品のため実験終了後には取り外す必要がありました。
自然に近い感触を得る事のできるこの義手を長期的に装着できるようミチェラは開発を進めています。
すばらしい義手です。
是非とも使いたいですね。
長年失われていた感覚を取り戻す事ができたんですから。
義肢の感度をより高めるために「人工皮膚」が開発されれば義手全体で物の感触を感じられるようになるかもしれません。
ステファニー・ラクールは人工皮膚を研究しています。
筋電義肢に応用するためのものです。
人工皮膚の試作品です。
伸縮性のあるたくさんの層からできています。
電気を通す物質が含まれていてそれが触感や圧力を感知するセンサーになります。
センサーは髪の毛のおよそ1,000分の1の厚さの金でできています。
金は電気を通しやすい物質です。
更にその性質を損なう事なく形を変える事ができます。
金のセンサーを用いた人工皮膚を使えば義肢の表面全体に触感を持たせる事が可能です。
この人工皮膚を利用した義肢を装着すれば患者はあらゆる動きに対して感覚がよみがえったと感じる事でしょう。
ラクールは数年後にはこの人工皮膚を使った義手の試作品を完成させる予定です。
私たちが手で物をつかむ時指全体の皮膚が物に触れます。
ですから義手用のセンサーも指の表面全体に貼り付けます。
多くの場所にセンサーがあるので物をどこで握っているのかを感知する事ができます。
それによって手の位置や物を握る力を調節する事が可能になります。
全体に触感のある義肢。
最先端の技術が生み出す義肢が完全に手足の代わりとなる日が来るかもしれません。
しかしそれはあくまで人間が義肢を受け入れた場合の話です。
手足を失ったショックで義肢を装着する事に抵抗を感じる人もいます。
最新の義肢を最大限に活用するには義肢を自分の体の延長とみなす必要があります。
体の各部位の姿勢や状態を認識する感覚は「自己受容感覚」と呼ばれます。
認知神経科学者のアンドレア・セリノは手足を無くした人に義肢を体の一部だと思わせるための身体感覚の研究に取り組んでいます。
自己受容感覚とは自分の体が空間のどこにあるかを認識する重要な感覚のメカニズムです。
目をつぶっても私たちは自分の手がどこにあるのか分かりますね。
それは腕の内部筋肉とけんの中にある受容器が手の位置や動きを感じ取りその情報を脳に送っているからです。
筋肉やけんの受容器が捉えた情報はまず脊髄で集約されその後脳の「体性感覚皮質」と呼ばれる領域に送られます。
その結果私たちは自分の体の各部位がどこにあるのか見なくても分かるのです。
私は今自分の手が見えているだけでなく手がどこにあるかを感じています。
誰かが手に触れればそれを感じますし何かにぶつかればその音が聞こえます。
それらの情報は全て同時に脳へ送られ統合されます。
そのおかげで私はこの手を自分の手だと感じる事ができるのです。
自己受容感覚に目や耳皮膚で捉えた感覚が加わる訳です。
義肢になじむ鍵はこうした感覚を活用し脳をだます事です。
義肢から脳に伝わる情報が的確だと脳はそれが自分の体だと錯覚します。
つまり義肢が感覚的情報を脳に伝えられる事が重要なんです。
義肢から感覚的情報を受け取った脳は自分の手が触られたり動いたりしているように感じ始めます。
脳は送られてくるこれらの情報をもとに「この手は自分の本物の手だ」と感じる事になります。
実験の様子を見てみましょう。
被験者が集中しやすいように部屋は薄暗くしてあります。
では君の手を右側に置いて。
左側にはゴムの手があります。
これから彼が君の手とゴムの手を筆でなでます。
君はゴムの手をしっかり見ていてください。
そしてあとで質問に答えてください。
実験の前に被験者の服と同じ色の布でゴム製の手と被験者の体をつなぎまるで本当につながっているかのような錯覚を生み出します。
次にゴム製の手とパネルの影に隠された本当の手の両方に数分間同じタイミングで同じ強さの刺激を与えます。
この間被験者は偽物の手しか見えていません。
しばらくなでたら実験開始です。
では目隠しを付けてください。
これから質問をします。
目隠しをするのは視覚を遮断し記憶を頼りに答えてもらうためです。
では私が「はい」と言ったら右手があると感じる場所を左手で指し示してください。
はい。
ありがとう。
もう一回やります。
はい。
OK。
本当の手が筆でなでられている間被験者はゴム製の手がなでられているのをずっと見ていました。
視覚と触覚からの情報は脳を混乱させ被験者は自分の手の場所を当てられなくなりました。
視覚と触覚からの情報が自己受容感覚に勝ったのです。
ゴムの手が自分の手のように感じた度合いを10段階で表すとどのくらい?8です。
ゴムの手に触れる筆が自分に触っていたと感じる度合いは?4かな。
実験から視覚や触覚の方が自己受容感覚よりも強い事が明らかになりました。
つまり義肢を付けた人も残った手足にそうした刺激を与えれば理論の上では義肢を自分の体の延長だと感じる事ができるという事です。
人間の脳はリアルな刺激を受け続けると自己受容感覚が変化します。
人工の手を本物の手だと感じるようになるのです。
視覚や触覚などの感覚的刺激を利用する事で義肢になじむ事ができれば手足を無くした人の人生は大きく変わるでしょう。
手足を失った人がもっと義肢になじめるよう義肢を通じて神経に刺激を与える研究が進められています。
成果も上がっています。
例えば歩いている感覚がより感じられる義足。
体に完全になじみ感覚までよみがえらせる事のできるこうした義肢の反応の速さと正確さは利用者の生活を変える事でしょう。
一方忘れてはならない他の重要な感覚もあります。
研究者たちは目が見えない人音が聞こえない人が見たり聞いたりできるようにするための画期的な技術開発に取り組んでいます。
パリにある視覚研究所で驚異的な装置が提供されています。
人工の目「バイオニックアイ」です。
セルジュ・ピコーは網膜の代わりに光を受け止めるこうした装置の研究に取り組んでいます。
網膜は光の強さによって神経に伝える電気信号の量を変化させます。
つまり網膜とはカメラのセンサーのようなもので信号はデジタルカメラの画素のようなものです。
通常目が捉えた映像は網膜にある「光受容器」によって電気信号に変換され脳に送られます。
バイオニックアイはその仕組みをまねカメラと人工の網膜をつなぎます。
カメラの映像は電気信号に変換され網膜で解読されます。
バイオニックアイは外部のカメラや超小型のコンピューターとつながっています。
カメラが撮った映像の情報はコンピューターで電気信号に変換され人工の網膜にある電極プレートに伝えられます。
プレートに埋め込まれた60の電極が映像に応じて光を発します。
患者はその明暗を認識する事で物の形を推測します。
バイオニックアイを使用した最初の臨床試験では何人かの患者が視覚的な認識を多少なりとも取り戻す事ができました。
光の点は全部で60個しかありませんがそれらの点滅によってアルファベットを読めるようになった人もいます。
この男性は全く目が見えません。
バイオニックアイの使い方を学ぶためトレーニングを受けています。
完全に見えません。
何もかも灰色っぽいです。
このメガネ型の装置の真ん中にカメラがあります。
男性はモニターに映し出される文字を読もうとしています。
何という文字か読んでみます。
まず全体を眺めて横棒が3つ縦棒が1つ。
これは…「E」ですね。
男性は今街中で訓練を受けています。
自分で横断歩道を見つけて渡る事もできました。
ピコーは今後人工の網膜に取り付ける電極の数を増やし更に精度を高めようとしています。
バイオニックアイの臨床試験が成功を収めたら次はプレートの電極の数を増やしたいと思っています。
そうする事で映像の質や表せる情報量が格段に向上します。
人の顔や歩行中の障害物など複雑な像も認識できるようになるでしょう。
刺激を電気信号に変換し神経細胞に認識させる。
この原理でいけば例え耳が聞こえない人でも音の受容器に直接つなげる装置があれば耳が聞こえるようになるはずです。
アメリカのプリンストン大学では人工の耳が開発されました。
生きた細胞と可塑性物質を合成して作られているため移植する事も可能です。
生物学と工学を応用したこうした研究は「バイオエンジニアリング」。
「生体工学」と呼ばれます。
生体工学は人体の再建において大きな進歩を見せています。
人工臓器もその一つです。
人工臓器は医学を変える可能性を秘めています。
フランスのコンピエーニュ工科大学の研究者セシル・ルガレは生きた細胞と可塑性物質を合成した人工肝臓を開発しています。
人工肝臓を作り本物の肝臓のように機能させるためには大量の細胞が必要です。
使えるのはいわゆる「幹細胞」か生きている人の肝臓から直接採取した細胞です。
ここではそれらの細胞を培養しています。
人用の人工肝臓を作るには100億個以上の細胞が必要だからです。
長持ちし正常に機能する人工肝臓を作るには細胞を塊状にする必要があります。
そこで細胞を振動機にかけます。
細胞を培養液に入れて浮いた状態にします。
シャーレの底につかないよう揺り動かし続けると細胞はその状態を嫌がりくっつき合うのです。
やがて小さな塊ができ細胞どうしが密着します。
2〜3日たつと細胞どうしが強く結びついた塊になります。
数百の細胞が密着してできた塊は細胞間のネットワークを形成します。
人工肝臓を作るにはこうした塊数百万個を更に結合させていく必要があります。
その際内側の塊が圧迫されて死なないように特殊な薬剤で保護してから液体の中に落として硬くします。
うまく結合していれば人間の血液環境を模した「バイオリアクター」と呼ばれる装置にかけた時に細胞が正常に機能するはずです。
このバイオリアクターは肝臓における血液の流れを再現するもので人の血液に似た液体を結合させた細胞の塊一つ一つに浸透させています。
この装置の中に栄養素や酸素を送り込むと代謝や栄養素の運搬などが休みなく行われます。
つまり肝臓と同じ環境を別の形で再現しているんです。
ルガレは数年のうちに人工臓器の臨床試験を始めたいと考えています。
小型の人工臓器を患者の体に直接埋め込むのです。
人工臓器は移植を待つ人々を救う事になるかもしれません。
心臓や腎臓肝臓など臓器の移植を待つ人はたくさんいますがなかなか実現しないのが現状です。
臓器提供者の数が十分ではないからです。
将来的には細胞を使って人工的に臓器を再現し医療の現場に提供する事が望ましいと思います。
人工臓器の登場で人体の再建の可能性には限界がないように思われます。
しかしこの研究は十分な時間をかけ実験と検証を進める必要があります。
革新的な技術が登場したとしても誰もがすぐにそれを享受できるようになるとは限りません。
多くの場合経済的問題が立ちはだかるからです。
筋電義肢を世界規模で製造している会社は数えるほどしかありません。
しなやかな歩行を可能にする油圧緩衝装置付きの義足。
人の生体構造を再現した未来的なデザインの義手は自然な動きをかなえます。
しかしこうした義肢の価格は数百万円もします。
今世界中で患者とアマチュアのロボット制作者が力を合わせて低価格の義肢の製造に取り組んでいます。
舞台は市民によるさまざまなものづくりが行われている工房のネットワーク「ファブラボ」。
フランス北西部レンヌのファブラボで筋電義手のプロジェクトを始めたのはニコラ・ユシェットです。
18歳の時に腕を失いました。
ユシェットが手を失ったころ筋電義手はただ開いたり閉じたりするだけでした。
2011年ユシェットは新たな筋電義手の存在を知ります。
数年前それまで見た事のない義手を目にしました。
5本の指全部を動かせるんです。
見た目は少しロボットっぽいんですが何と言っても性能がすばらしくこれまでの義手の概念を超えていました。
すぐに欲しいと思いましたが値段は2万7,000ユーロもしてしかも健康保険がききませんでした。
ユシェットはファブラボとロボット制作者ガエル・ランジュヴァンの存在を知ります。
ユシェットはランジュヴァンが作ったロボットのような筋電義手が欲しいと思いました。
ファブラボにチャレンジが課されました。
ランジュヴァンは筋電義手に合うようにロボットの手の設計を調整しました。
それぞれの指と皮膚の動きを細かく設計しました。
開いたり閉じたりはもちろん手を使ったさまざまな動作が可能になるようにしました。
制作コスト削減のため必要な部品は全てファブラボの3Dプリンターで作ります。
所用時間は僅か30分。
原料となるプラスチックを熱して溶かしプリンターに流し込むと設計に従って形づくられていきます。
このプラスチックはしなやかでしかもある程度の重さに耐えられる硬さも備えています。
ロボットで試したところ1.5キロの重さを持ち上げられました。
義手の内部には動力やコンピューターのチップや機械部品が入っていて完成品の重さは750グラム程度です。
3Dプリンターを使うのでプラスチックの部分にかかる費用は大幅に安くなり10ユーロ以下で済みます。
部品ができ組み立てが終わると筋電義手の基礎となるセンサーをコンピューターのチップに接続します。
電子チップの価格はおよそ10ユーロ。
プログラミングはファブラボのエンジニアたちが行います。
ほんの数日で驚くほど低価格の新しい義手が出来上がりました。
高価な最新テクノロジーに代わる解決策を見いだすため世界中のファブラボでデータと製造方法が共有されています。
こうした知識が広がる事でより安く体を再建できる日が来るかもしれません。
いくら高性能の義肢でも救えない人たちもいます。
両方の手足がまひした「対まひ」の患者です。
対まひの患者を動けるようにするための研究が進められています。
「エクソスケルトン」と呼ばれる金属製の枠組みでできた強化スーツです。
まひのある人を歩かせるという夢は今や現実のものとなりました。
強化スーツには体の重心の動きを計算するコンピューターとあらゆる地形に適応するためのセンサーが搭載され歩行を支えます。
次の目標は装着した人が考えるだけで動作補助マシンをコントロールできるようにする事です。
イギリスのレディング大学では特別なヘルメットを使って考えるだけでロボットをコントロールする研究が進められています。
ヘルメットが脳が発する電気信号を検知するのです。
プロジェクトを率いるのは認知科学者エティエンヌ・ローシュ。
研究室の学生にヘルメットを装着してもらい実験を行います。
32個の電極が脳が発する電気信号を検出します。
脳全体の活動を調べるため電極はヘルメットの至る所に配置されています。
電極のワイヤはコンピューターに接続しています。
脳の電気信号を増幅させ考えるだけでロボットにアームを動かす指令を送るためです。
右腕を動かしているところを想像して。
考えるだけでロボットのアームが正確に動きました。
体を動かす必要もありません。
動いているところを想像すると大脳が活発に活動します。
その際に脳が発する電気信号は私たちが実際に動いている時と非常によく似ているんです。
驚くべき事に動きについて考える事も動かす事も脳にとってはほぼ同じ事なのです。
アメリカのブラウン大学ではヘルメットの代わりに直接脳に電極のワイヤを接続して実験が行われました。
手足がまひしているこの女性は数か月かけて考えるだけでロボットアームを正確に動かす方法を習得しました。
これらの技術は障害を克服する助けになる一方で社会に大きな混乱を引き起こす可能性もあります。
科学技術によって人間の能力を増強する「トランスヒューマニズム」という考え方があります。
哲学者ジャンミシェル・ベニエはトランスヒューマニズムの専門家です。
人間は病気になり年をとり死んでいきます。
現代の多くの人は人間がそのようなはかない存在である事をひどく残念だと考えています。
そこで科学や技術の進歩によって人間をより完全にしようと主張する人が増えているのです。
その際の「完全」とは病気による苦痛や加齢死など人間であるが故の弱点を全て取り除く事を意味します。
障害者にとって科学技術の進歩はすばらしい事です。
一方で健常者よりも強い「超人的な人間の出現」という新たな問いも投げかけます。
社会は大きく混乱するかもしれません。
最近「サイバスロン」と呼ばれる競技イベントが創設されました。
研究所で作られた補装具の性能を極限まで駆使して行われる新しい種類の競技です。
それはスポーツというより科学技術の祭典になるでしょう。
サイバスロンが華々しい記録を達成しオリンピックに取って代わる日が来るかもしれません。
それはまさしくトランスヒューマニズムが現実化した世界です。
研究者の中には能力を増強した人間が今後10年以内に現れるだろうと予測する人もいます。
ベニエは人間性とは何かが問われていると考えます。
もちろん科学技術で身を固めた人間の方が生身の人間より強いに決まっています。
私たちはかつてチェスのチャンピオンをコンピューターが打ち負かすのを見ました。
それ以来人間どうしのチェスの試合に対する興味がそがれてしまったと思います。
同じような事は今後サイバスロンでも起こり得ます。
それは人々のスポーツに対する観念を変えるでしょう。
生身の人間の挑戦を痛ましいとさえ感じるようになるかもしれません。
障害者にとって有益な科学技術が将来人間を改良するために使われるかもしれません。
そうなれば私たちの体は機械に吸収されていく可能性があります。
レディング大学のケビン・ワーウィックは肉体を人間型ロボットに置き換える事で加齢と病気を克服できないかと考えています。
ロボットに神経細胞を移植する研究は既に始まっています。
エヴァンゲロス・デリヴォポラスは神経細胞移植の専門家で神経細胞を電極に移植する実験の責任者でもあります。
可能な限り実際の体に近い環境を作っています。
これらの細胞は与えられた環境において生命を維持するだけでなく刺激に応じた電気信号を発します。
数百もの神経細胞が移植された電極はコンピューターと接続されています。
コンピューターはWiFiでロボットとつながっています。
ロボットのセンサーが感知した情報はコンピューターを介して神経細胞に送り返されます。
目標は神経細胞にロボットを動かしてもらう事です。
神経細胞はセンサーが捉えた障害物を記憶します。
つまり神経細胞とロボットの間で常に情報がやり取りされるのです。
神経細胞が発する電気信号がロボットに動き方を指示しロボットはその結果を神経細胞に伝えます。
それらの情報は記憶として蓄積されます。
神経細胞に善悪の判断力はないもののある種の学習能力の発達が可能だと主張する研究者もいます。
このシステムはいわゆる脳と同じような構造をしています。
しかしだからと言ってこれが脳と同じ機能を果たせるとまでは言えません。
これらの神経細胞は無機質な機械の中にあっても人間の脳にある時と同じように活動します。
細胞の遺伝子にプログラムされたとおり与えられた刺激に対して電気的な反応を示すのです。
神経細胞とは周囲の環境の変動を検知して信号を送るものだからです。
こうした研究を最初に始めたケビン・ワーウィックはいつか人間の脳を丸ごとロボットの体に移植する日が来るだろうと予測しています。
ワーウィックが想像する未来の人類は金属の体を持ち唯一の生物学的要素は脳といういわば「サイボーグ」のような存在です。
私たちは人間の体が年とともに劣化する事を知っています。
劣化した体なんて要りません。
脳だけを取り出して保存できるようになれば体などいくらでも交換できるようになるでしょう。
脳はロボットの中にあり腕や足は好きな時に新しいものに替える。
そのような事も不可能ではないと思います。
もしあと200年生きられたら私はそうなっていたいですね。
研究によって人類の将来を変えたいと願う人たちがいる一方で障がい者の生活を改善するためだけに研究をしている人たちもいます。
私は超人的な肉体には関心がありません。
私の目標はさまざまな原因で手足を失った人の生活の質を向上させる事です。
そのために役立つ義肢を開発したいのです。
専門家の多くは研究に対して謙虚に取り組んでいます。
近い将来私たちは体のどの臓器にもなりうる細胞を作り出せるようになるでしょう。
ただし人工臓器は自然を再現するものであって自然よりも勝る事はありえないと思っています。
科学技術が発展し手足がまひした人がさまざまな機器を使って活動的に過ごせるようになりました。
それはもちろん喜ばしい事です。
しかし同じ科学技術が全く別の用途に使われる事もあります。
戦場で兵士の戦闘能力を上げるために使われたらどうでしょう。
使われるのは同じ科学技術だという事を忘れてはいけません。
障がい者の生活改善を可能にした革新的な技術。
やがてその技術は人間の限界を超えた「超人的な人間」を生み出すかもしれません。
前例のない技術革新にどのように向き合うべきなのか。
その問いは私たち一人一人に投げかけられているのです。
キリンだ!2016/01/23(土) 19:00〜19:45
NHKEテレ1大阪
地球ドラマチック「義肢がつくるミラクルボディー!?」[二][字]
義手なのに、つかんだ物の感触がわかる!?今、最先端の科学技術により従来の常識が覆されている。障害克服の助けとなる一方で倫理観の問題も。驚異の人体再建、最前線!
詳細情報
番組内容
形や固さを認識できる義手から、人工網膜とPCをつないで視力をよみがえらせるバイオニック・アイまで。損なわれた体の部位を補う新たな科学技術は、近年目覚ましい進歩を遂げている。補装具の性能を極限まで試す新たな競技イベント「サイバスロン」も創設された。近い将来、人間の脳をロボットの体に移植することも可能になるかもしれない。障害者の生活を大きく改善する技術とそこに潜むリスクに迫る。(2015年フランス)
出演者
【語り】渡辺徹
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 宇宙・科学・医学
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ドキュメンタリー/教養 – 自然・動物・環境
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
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日本語
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