徹子の部屋 高橋和也 2016.01.22


全国最多の1万2222件発生し、50人が死亡しています。
また、信号無視による自転車事故では13人が死亡、408人がケガをしていて、いずれも2年連続で、全国ワーストを記録しました。
警察は取締りを強化するということです。
(黒柳)皆様この大家族を支える大黒柱が今日のお客様です。
なんと6人のお子さんがいらっしゃるんですってね。
前の方が妹さんだそうですけども。
もう本当にすごいパパです。
昔は男闘呼組でいらっしゃいまして『ベストテン』でもよくご一緒になったんですけど俳優におなりになってもう本当に評判のいい俳優さん。
高橋和也さん今日のお客様です。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
まあそれにしてもいつの間にか6人もの…6人もの子供のお父さんで。
一番すごい時はびっくりしたのはね2歳から12歳まで。
はい。
2歳おきなんで。
そうだってね。
はい。
2歳から12歳まで。
はい。
その時期はもう今から10年ぐらい前ですか。
そうですよね。
12歳から2歳まで6人がずっといたっていうのね2年おきにちょうどね。
だから奥様いつもおなかが大きいっていう形ですかね?そうですね。
もう常に妊娠と出産を繰り返して。
でもまあ初めはそういうおつもりじゃなかったと思うんですけども…。
今長男がすごいんですよ。
このお若さで長男が21?21歳ですね。
すごい。
それからね次の長女が19歳。
はい。
次男17歳。
はい。
次女15歳。
はい。
三男13歳。
はい。
四男11歳。
はい。
すごい。
本当にすごいですよね。
もう長男は成人したんで働いている。
長女ももうそろそろ…。
働いてます。
そうですってね。
それでボーイフレンドもできたみたいなんですって?そうなんです。
1カ月に1ぺん必ず会いに来てくれっていうふうに約束をしましたら2人で会いに来るようになりましてね。
そう。
ふーん。
一年間ぐらい掛けてやっと仲よくなってきまして。
でも大変だね。
お父さんってそこまでやんないといけない…。
いやあなんか特に長女ですしやっぱり…最初のボーイフレンド…まあ家族以外の男の子を連れてくるわけですよね。
だから僕は最初すごく心配したんですけどまあかみさんのほうがやっぱり落ち着いてましたね。
女は好きな人ができたらどうしようもないんだっていうふうに…。
でもすごいね。
でもあなたはずっと小学校行って子供たちのところの…色んなね運動会でも何でもとにかく小学校ずっと通ってたんで全部が小学校を出ることになっちゃった時もうすごい寂しかったって…。
15年掛かりました。
15年ね。
同じ小学校へずっともう…。
校長先生も何人代わったかわからないですけど。
そう…。
もう長男が入学してから今年末っ子がもう6年生で最後なんですよね。
運動会した時に女房と2人でああもうこれが最後の小学校なんだねって。
15年掛かったんですけど。
ねえ。
ああこれでもうおしまいかと思うとなんかやっぱり寂しくなる…。
寂しかったですねええ…。
いつもかぶさっていたのね何人かはね。
そうなんです。
ですから長男が6年生で長女が4年生で次男が2年生。
その下に次女がいて…。
それがずっと繰り上がっていきますから。
そうですよね6年までね。
そうです。
最初に幼稚園入った時に新任だった先生が主任の先生になってたとか。
ああその間にね。
色んな変化それはあるでしょうね。
でもあなたよく子供のところに行ってたのねそういうふうにね。
運よくスケジュールがたまたまその日に行けることが多かったですね。
子供喜ぶでしょ?お父様が来てくださると。
喜んでました。
絶対ねそうだと思います。
でも今年やっぱり一番すごく…去年の話になるんですけど。
長男が自立をしましてね。
それで初めて家を出て今大阪にいるんですが。
そうなの?えー。
それでまあ…ずっと家族一緒に暮らしてきた中で長男がやっぱり家を…。
21歳?21歳で家を出るっていうことになった時にやっぱり本当にねこんなに寂しいものかってつくづく思ったんですよね。
なんか駅に送りに行ったの?旅立ちの日に家の前でね女房と弟たちが見送って僕が車を運転しましてね助手席に長男を乗せて。
もう女房はそこで泣きだしてるわけですよ。
もう泣いて…。
可哀想。
それでまあ僕はそこはグッとこらえて駅まで送っていって。
「じゃあ頑張ってな」って言ったら「うん。
じゃあいってきます」って言って長男が車から降りて…。
改札のほうに?はい。
改札に行った時にもう僕はもうちょっとこらえきれなくなって…。
何ていうんですかね本人はもう…。
やる気満々?希望に満ちてるから後ろなんか振り返らないんですよね。
もう行く先しか見てないんですけど。
見送る立場っていうのはその背中を見てるともうたまらない寂しさでね。
そうですよね。
大丈夫かなとかね。
心配でね。
それでもう本当に…もう見送ったあと家帰ってきてもう気が抜けちゃいましてね。
女房と2人でもうなんかぼう然と…口も利けないぐらいになって…口を利いたらもう涙が出てくるっていうかね本当にそんな…。
こんなに子供を自立させるっていうことは寂しい…。
うれしいんだけれどもこんなに親として頼りない気持ちになるものなのかっていうのが…。
だってあなたまだ40代だもんね?はい。
46です。
46でもうそれだけ大きい息子がいるっていうのも相当ね…。
別れをね体験しなきゃならないのなかなか大変ですけども。
ええそうですね。
でもまあご自分も若い時やっぱり家を出た?そうですね。
僕も…それこそやっぱり24の時ですかね?ジャニーズ事務所をやめてアメリカへ旅立つ時に父親がね成田空港で僕の出ていく飛行機をフェンス越しにこう…フェンスにつかまって泣いたって…僕の飛び立っていく飛行機を…。
そういう話は僕はその時は知らないわけですよ。
で帰って何年かしたらおふくろがそういうふうに言ってたんですよね。
それでその気持ちがねなんかすごくよくわかりましたね。
でもあれですよねよくさ本当に「親の心子知らず」とかいうじゃない。
そういうの本当に当てはまりますよね。
まさしく。
本当にね。
本当にそのとおりだと思います。
坊ちゃんにしても意気揚々として行く時にお父さんが後ろで涙をこらえて背中を見てるってあんまり思わないじゃない。
そうですね。
きっとね。
少しはわかってはいただろうけどねあなたが涙をこらえてることはね。
あとでわかるんですよ。
自分がその身になった時にね。
またそのお兄ちゃんは下の妹や弟の面倒をよく見てくれたんだって?そうですね。
一時ね中学校の頃はちょっと問題というか学校へ行きたくなくてね。
そう…。
それで学校へ行かない時期があったもんですからすごく心配してね。
でも僕が使わなかったギターを「これを弾いていいか?お父さん」って言うんで「いいよ」って言ったらそれから楽器に興味を持って「学校でバンドを作りたい」って言いだしてそのために学校へ行くようになって。
そうなの?よかったわね。
だから心配した時期もあったんですがでも本当は兄弟のね面倒を見る子で。
いいお兄ちゃん?ええ。
だから弟たちもお兄ちゃんが好きで。
本当だ。
へえー。
いっぱいいるとね。
やっぱり本当に6人いるんじゃ…すごいわね。
10年ぐらい前ですね。
そうね。
まだちっちゃいもんね。
でもまあそれこそ盆と正月に息子さん帰ってくるそれが楽しみっていうか…。
はい。
でも私すごいなと思ったのはあなたのお父様が家を早く建てちゃえと…。
郊外でいいから子供たちが野っ原で走れるようなそういうところに家を建てちゃえってお父様が仰ったんですって?そうなんです。
ですから僕…まだ二十歳の頃だったんですけど父がね「とにかく住む家さえあればね何とでもなるから家を買いなさい」って言って。
僕はだから二十歳の時には家をね郊外に…。
すごい若い時だね。
だけど僕はその時何の意味か全然わかんなかったです。
父がねとにかく…今から何年もすればきっと結婚もして子供もできてその時に必ず必要になるからっていうことだったんですよね。
だから父はやっぱり先見の明があって…。
だから本当にあとになって感謝しました。
その時はわからなかったんですってね。
わかんなかったです。
なんで今家買うのか。
必要もないしと思って二十歳ですから。
そりゃあね。
そう思ってましたけど。
でもその子供たちが野山で走れるような場所だったんで…。
あなたはちょっと通うの大変なんだけど。
そうですね。
もうすっかり電車が…もう慣れましたけど。
そうなの?でも子供たちがそういうところで…野っ原で走れるようなところで育ったんだったらねそれはいいですよね。
はい。
それで『徹子の部屋』にあなたが最初に来てくだすったの25歳の時だったんですよ。
25歳初出演の時の『徹子の部屋』のあなたをちょっと拝見させていただきます。
うわっ。
おお!こんな感じ?「まあ卒業というか新しい道を歩み始めて」「それでまあ色んなことが同時に新しくなっていってずっと付き合ってた彼女と結婚したりそれからまた子供ができて」「あなたの赤ちゃんはそうすると4月に生まれたのでもうなんか…何?」「あなたをお父さんって認識してるようですか?」「ええ。
僕の帰りをやっぱり待ってるみたいで」「本当に?」「夜帰ると起きるんですよね」「やっぱり帰ってきたらすぐ気付くみたいで」「これね。
あら可愛い。
奥様可愛いわね」えー!えー。
最初の子供の話してるんだ?してましたね。
あれ男闘呼組の解散直後のことでしたね。
はい。
あの写真は僕と女房が出会った…。
そうなんですってね。
橋の上で。
奥様が「サインください」って言ったところなんですって?そうなんですはい。
15歳だったんですよ。
女房も15歳で。
そう。
僕まだその頃はジャニーズJr.でマッチのバックで踊る…。
フフフ…。
その橋を渡ってね行くところに彼女が待ってたんですね。
あそこ短い橋のところ?もしかしたら。
そうです。
知ってます。
昔のジャニーズがあって向こうNHKのほうへ行くほうのちょっと短い…。
山手線だか何だかが通るところの上にある橋?あそこ?水無橋はい。
あそこのたもとで彼女が「サインください」って言ったんですよ。
僕まだJr.でしたから「サインをください」って頼んだ方はいなかったんですよ。
彼女が第1号で。
それが…まさか結婚することになるとはその時は思わなかったです。
ただその時はサインしてあげただけだったの?そうです。
それからずっと通ってくるようになりましてね。
だんだん覚えてきて?はい。
追っ掛けファンだったんですけどある日突然フッといなくなっちゃって。
そういえばあの子見ないなと思って。
そしたら今度逆にこっちが気になっちゃいましてね。
追っ掛けの女の子を逆に追っ掛けちゃったという…。
でもまあその子とよく結婚できましたよね?ええ本当にね。
父がねやっぱり…。
僕父の話ばっかりしてるな。
父が新宿で店をやってるものですからそこへやっぱりファンの女の子たちも通うんですよね。
そうすると父が「お前この子知ってるか?」って言うんですよ。
「知ってる」って言うと「あの子はすごくいい子だ」って言うんですよね。
そう…。
僕より先に本当に父が気に入っちゃったというかね。
そう…。
もうあの子は絶対…。
父は将来一也の嫁にしたいなっていうふうに思ってたみたいですね。
えー。
すごいですよね。
お父様に気に入られたっていうことはね。
ええ。
逆に言えばもう本当に僕は父の思うとおりに生きてきたというかね…。
家も二十歳で買い…。
本当にまあ…。
お嫁さんもお父様が目を付けた女の子と結婚し…みたいな。
ええ。
ですからまあこういう僕の何ですか…まあ本当に星といいますか僕の生まれた…。
父がねこうやってつくってくれた道といいますかねそれを一生懸命歩んでやってきたっていう感じですかね。
でもいいお父様いらしてねよかったですよね。
はい。
まあさっき仰ったように2歳から12歳まで全部小学校同じところにみんなが行ってっていうね6人のお子さんがいらっしゃるっていうそういう…。
だからあなたは仕事に行っちゃうけどそのあと奥様は大変だったでしょうね考えてみたら。
いやあもう大奮闘でしたね。
ちょっとやそっとじゃないでしょうよね。
もう本当に今となってはもう感謝の気持ちしかないですね。
うーん。
また男の子多いしね。
そうなんですね。
まあ泥んこになるわケンカはするわ。
とにかく色んなこと毎日何かが起こってるっていう状況の中ではい…20年。
ですから女房には本当に苦労を掛けました。
でもそのお父様があの子はいいって目を付けてくださっただけのことはあったって言うと変だけど…。
そうですね。
やっぱりどっちかっていうと僕はもう…こういう仕事をしてますからすごく感情も起伏が激しいしいきなり怒りだしたり…。
芝居やってる時なんか特にね。
はい。
そういうところを…何ていうんですかねおおらかに見てくれる女房だったんでそういう意味では気が休まりました。
そうね。
でも初めは2人目ぐらいでいいんじゃないのとかっていう感じだったんですって?子供は。
僕がもうほとんど家事を手伝わないもんですからそれでもう怒りましてね。
「もうこれ以上子供なんかつくれない」って言われまして。
大反省しまして。
それから改心して一生懸命家事をするようになりました。
そうなの?はい。
そしたら次も産んでくれた?ハハハ…。
6人全部で産んでくれたってすごい。
それはいいですよね。
そうですか。
実は奥様からお手紙を…。
うわー…。
ちょうだいしておりまして。
あの…こんな可愛いピンクの封筒のお花が付いた…バラが付いてる…。
奥様からいただきました。
ちょっと読ませていただいていいですか?はい。
「和也君へ」「日頃の感謝の気持ちを込めて手紙を書きました」「和也君と出逢って31年結婚して22年」「とても長い年月を一緒に過ごしてきた事に改めて感動しています」「子供が6人もいて毎日が嵐のような日々でしたが仕事が忙しい時も子育てや家事を手伝ってくれて私の事をいつも助けてくれたよね」「和也君ありがとう」「今まで何度も喧嘩したり素直になれずに意地をはってしまう事も沢山ありました」「そんな我が儘な私の隣にいつも和也君は居てくれた」「感謝しています」「どんな仕事でも一生懸命に取り組む姿はとっても尊敬しています」「私と子供達は和也君を尊敬しているし大好きです」「いつも家族の事を気遣い大切にしてくれて本当にありがとう」「ずっとずっと一緒に年を重ねて素敵なお爺ちゃんお婆ちゃんになりたいな」「これからもどうぞよろしくお願いします」「三奈子より」三奈子さん…。
涙出ちゃいます?そりゃあね。
いやあ…。
いやあ…。
奥様お手紙ありがとうございました。
めったにお家の中でお手紙お書きになることもないでしょうから。
めったに書かないです。
そうですか。
じゃあお渡ししておきます。
大事な…。
そんなふうにあなたのことを思っててくださるなんてねありがたいですよね。
いやあびっくりしました。
そうですか。
よかった。
大事にしまっておいてください。
でもお父様がその奥様を見てね「あの子はいい」って仰ったっていうのはとても正しかったですね今思うと。
だからねやっぱり「おやじの小言と冷や酒はすぐに効かずにあとで効く」なんていう言葉があるじゃないですか。
そうそうそうそう。
ああいうのは本当なんだなって思うんですよね。
今になってわかるんですけど本当にその時は全然わからないんですね若い頃。
でもお父様も…。
奥様も成長なすっていったんだろうけどそれにしても「その子はいい子だ」ってお父様が仰ったっていうのがねすごいなと私思います。
はい。
本当本当。
でも男闘呼組解散して一人になって芝居のほうにいったりとか色々心細い時も随分あっただろうけどいつも奥様が支えになってた…?そうですね。
もう本当にこう女房は受け止めてくれる人でしたね。
すごいわね。
同じぐらいの年?同い年です。
わあーすごいね。
そうすると今一番下の子がまあ…もうちょっと大きくなったら…。
12歳。
12歳だからもうちょっと経ったらもうあなたたち夫婦だけの生活がくる。
なんかちょっと想像できないですね。
ねえ。
今からどうしようという感じ…。
そうよね。
でも逆に言うと結婚する前にできなかったこと…なんかわかんないけどやってみたいことあったと思うんだけど。
はいそうですね…。
いや本当にねこんな情けない話なんですけどねウェディングドレスも着せてあげられなかったんです。
あの…もう本当におなかの中に長男がいるってわかってそれで僕その時はちょうどアメリカにいたんですよね。
あらら。
日本にいなかったもんですからとにかくまずすぐ帰らなきゃいけない。
でアメリカから帰ってきまして。
でそれがもう11月だったんですけども1月にはまたアメリカのニューヨークへ戻らなきゃいけない仕事で。
ですからその2カ月の間に結婚式も挙げられなかったし…。
ですから本当に入籍を済ませてそのままその翌日1月の7日に入籍を済ませて8日にニューヨークへ旅立ったっていうぐらいもう大変だったんです。
そういうこともありますんでなんか今更ながらね…。
もししたければ今何でもほら銀婚式過ぎてからの結婚式とかさ色んなのあるじゃないですか今。
そうですね。
銀婚式…銀婚式は25年だけど結婚して。
もうすぐですね。
ねえそうでしょ?そうなった時にさ奥様のしたい結婚式だってできるし。
子供たち6人並べてそんなのいいと思いません?ちょっと結婚式やってみるのも。
うん。
ねえ?わかんないけど。
はい。
まあずっと若い役をいつもやっていらしたんだけど今度『オーファンズ』っていう…あれは孤児っていう意味ですかね?はい。
親のいない子供の話で。
中年の役なんだって?初めて…。
20年前に実はこの『オーファンズ』というお芝居をやらないかというお話をいただいたんですけどもその時は孤児の兄弟のお兄さんの役でオファーをいただいて。
それから…それは実現しなかったんですが20年後にですねこうして今度は中年の…2人の孤児の前に現れるおじさんの役で呼んでいただけることになりまして。
そう。
はい。
何だか感慨深いものがあります。
本当ね。
随分いい中年に写ってますね。
兄弟のお兄さんの役を柳下大君っていう俳優さんで下の弟の平埜生成君というのが…。
下にいる子?はい。
彼が息子と同い年なんですね。
ですからなんか息子と同い年の俳優と一緒に…。
するなんてね。
だからどうしてもライバル同士というかね俳優同士って共演してる時にそういう意識が強かったんですけども今度はもうなんか息子なんで可愛いっていうふうに思うようになりました。
2月10日から21日まで東京芸術劇場シアターウエスト。
それから今度神戸にもいらっしゃるんで新神戸オリエンタル劇場に2月27日から28日まで。
頑張ってください。
ありがとうございます。
でも大変だねセリフ覚えるのはこれから。
もうセリフ覚えが…。
今もうやってる最中でして。
とにかく若いから全部覚えてきちゃうんです。
人のセリフまで覚えてくるんでしょ?向こうはね。
もう本当にね憎らしいぐらいに。
わかる。
ねえそう。
みんな言ってる。
大人の人でね俳優の人。
でもねお子さん元気に育ってねケガもなくよかったです。
奥様によろしく仰ってくださいね。
はい。
どうも。
2016/01/22(金) 12:00〜12:30
ABCテレビ1
徹子の部屋 高橋和也[字]

〜子だくさん…6児の父が妻の手紙に男泣き〜高橋和也さんが今日のゲストです。

詳細情報
◇ゲスト
現在46歳。アイドルバンド「男闘呼組」のメンバーとしてデビューし、解散後もドラマや舞台などで幅広く活躍!俳優・高橋和也さんがゲスト。
◇番組内容
番組に初出演した当時は25歳。長男が誕生し父になった喜びを語っていたが、あれから時は流れ、今では6児の父親に。賑やかな一家の大黒柱として子育てにも奮闘してきたが、最近、成人した長男が巣立つ事になり、見送りの際には自分でも想像もしていなかった感情がこみ上げてきたという。末っ子は小学6年…まだ子育ては続くが、幸せな家庭を築いて来られたのは“ずっと寄り添ってくれた妻の頑張りのお陰”と感謝の気持ちを語る。
◇おしらせ
☆『徹子の部屋』番組HP
 http://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/

ジャンル :
バラエティ – トークバラエティ
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
福祉 – 文字(字幕)

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
映像
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
サンプリングレート : 48kHz

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