明治18年9月の事でした
生字幕放送でお伝えしますおはようございます。
井ノ原⇒1月22日金曜日の「あさイチ」です。
もうちょっと3月まであるから2月ぐらいまで五代様いてもよかったのにね。
分かっていたけどもう1か月ぐらいいてもよかったんじゃないの。
本当にね。
これから五代様が見られなくなると思うと。
僕の目線には五代様しか見えていない。
ディーン⇒よろしくお願いします。
天国ということでいいですか?ヘブンで。
おにぎりを有働さんにいただいて。
ありがとうございました。
元気になっていただきたいと思ったのに。
きょうお迎えするとはね。
びっくりぽんですね。
心の整理がまだつかないわ。
でも先ほど大阪で2人が泣いていたシーンとかあれは初めて見るんですか?そうですね。
完パケのデータをもらっていたんですがずっと見る機会がなくて。
今、初めて。
どういうお気持ちですか。
何か本当、五代さんおおきにありがとうっていう感じでしたね。
皆さんから放送前までにすでに550を超えるファックスやメールをいただきました。
30代のファーストペングインさんです。
五代様の最期を見届けるべく初めてドラマのために有休を取りました。
来週から生きていけるか心配です。
すごいね。
来週からさみしすぎてつらすぎて病気になりそうです。
五代様が亡くなってしまうなんてもう二度と私の朝はきません。
きますきます、大丈夫です。
五代さんのプライベートを知りたいということでいただいていましてきょうは特別に無理やり密着させていただいてプライベート映像も。
一瞬ですけれどね。
何これ。
あとでね。
ファックス、メール8時55分までの短縮版です。
錦織圭選手の全豪オープンのために。
8時55分までに、お送りください。
すべてはここから始まったんですよね。
アイタ〜。
痛〜い。
ソーリー。
こげなこつしちょい場合ではなか!あっ、お武家様!なかなか楽しかったど!長旅の疲れも吹っ飛んだが。
グッバイ。
あさを導き、温かく見守ってきた五代友厚。
達者で生きったもんせ。
世ん中はこいから大きく変わっで。
私は…友を守りきれなかった。
そして五代の心の友大久保利通が暗殺されたときのこの場面。
あの五代様に見せてはったまっすぐで偽りのないあのお顔がほんまの大久保利通様いうお人やったんやなぁて。
大久保様の言うてはったとおりこれからも五代様とともに大阪を、そして日本を…!五代様!?許してください。
今、このときだけ…。
今だけ、このまま…。
残された時間を見つめながら最期まで大阪のため日本のために力を尽くすのが五代友厚という男でした。
もし、私が死んだかて五代が作った大阪は残ります。
われわれはいつもそないな仕事をせなあきません。
どうですか、率直にこの役を演じて。
そうですね、僕は五代さんのことを最初知らなかったんですけれどどんどん知っていくうちに調べていくうちになんて偉大な偉業を成し遂げた人なんだとやっぱり彼が人生を通して後世に何を残せるかというのをそこがまずベースにあって自分の人生の時間とか、それを持って生きていたというのがあとから振り返ってみるとはっきり生きざまとして分かるのですごく感動的でもありましたし、この出会いが。
自分も役者としてだけじゃなくて人生、本当に豊かにしていただいたというか。
実在した人物で、しかも激動の時代を生きた人というのは今と感覚は全然違うと思うんですよ。
ファックスもきています。
五代様とディーン様は共通点感じられるところはありましたか。
僕は、あのキャリアであったり学生時代を海外で過ごした期間が長くてこういうふうなライフスタイルとかワークスタイルができるのも自分の民族の先輩に、こういう偉大な方がいて、当時はパスポートもないし国交もないし名前を変えて密航して船に乗って何か月も揺られて、着いた先でも安全保障はない状態で自分の国の形を残すために吸収してそれを持って帰って、そういう自己犠牲というか本当に何を後世に残せるかという部分で自分はそれを享受している側というか共通してるというとおこがましいんですけれど五代さんみたいなほかにもたくさんの日本の先輩方が歴史をつないでいる中で自分はパスポートと飛行機のチケットがあればどこにでも行って仕事もできるし生活もできるという、ありがたいなと思ってますね。
ドラマとして普通に見ていて楽しいけれど、そういうことを考えるとあれもなかったんだ、これもなかったんだ銀行なかったんだとか、いろんなこと勉強になりますけれどそのときの時代にじゃあ銀行を作ろうとか一歩踏み出す、それこそファーストペンギン的な動きというのは本当に計り知れないですよね勇気とか。
そうですよね。
興味とか好奇心とかそれだけでは絶対できないことだと思うので何て言うんですかね。
大いなる愛というかそういう部分に僕もいちファンというか。
五代さんの魅力に触れることができて本当によかったです。
もう出てこないんでしょう。
今でも英語出てきましたね。
ファーストペングインのこと?正しいのは何でしたっけ。
正しく発音すると?ファーストペングイン?よかった。
そのシーンを用意したんで。
かわいい顔したなと思って。
にやっとしたときにかわいいなと思って。
そのシーンを用意しました。
ファーストペングイン。
日本から遠く離れた南極いう氷だらけのところにペンギンという鳥がいてます。
鳥?海の中は危険がいっぱいや。
どんな敵や困難が待ち受けてるかも分からへん。
そんなときに海に群れの中からいちばん先に飛び込む勇気あるペンギンのことをファーストペンギンというんです。
ファーストペンギン?加野屋には、あなたというファーストペンギンがいてた。
恐れを見せず、前を歩む者が。
それは同時に、五代自身の志した生き方でもありました。
簡単には手に負えそうにない。
新しい商いばかりだからこそよけいにやってみとうなる。
これは私の昔からの習い性かもしれんな。
1つのことに満足せず難儀なほう難儀なほうへと行ってしまう。
本当にまだまだなんです!貿易、金融、紡績、鉄道、商船私はまだまだ大久保さんみたいにこの国に何も残せてへん。
本当にこれからなんです!やっぱり前向いたはりますな。
ペンギンはあなた様だす。
これは…?実は、びっくりぽんなお話がありましてな、子どもの教本にペンギンが載ってましたんや。
ほんまですか。
あ、いた。
ペンギンもいますね。
印象に残っているシーンというのでこのファーストペンギンのシーンを挙げてくださったんですけれど、どういう意味で?こう、物語の長い伏線というんですかね五代さんと、あささんとの関係の中でペンギンがすごく象徴的に使われていたと思うんですね。
結局、その最終的に五代さんがやりたかったことのどれだけが実現したかということは分からないんですけれどやっぱり子どもの教本にペンギンの絵が載る。
何かそこですごく自分の人生よかったなと思えたと思うんですよ。
最初、誰も知らなかったペンギンが子どもの教本に載るような時代になった。
そうです。
いろんな産業とか、政治面とか経済面のことでも革新とか改善もたくさんやっていくことも必要だと思うけれど教育ってすごく大事だと思うんです。
五代さんはもちろん深く感じていたと思うしそれがそういう形で身の回りのものに反映されているというのはすごく胸にきたと思うんです。
誰もやったことのないことをいちばん最初にやり続けてそれが性分だという感じだったけれどその生きざまというのはどういうふうに感じました?あれですよね当時、何て言うんですかあれだけ大きな事業であったり影響を与えるような立場にいながら、個人的に周りを引き立たせるためにばく大な借金を残して死んでいったこととか普通はそうならないと思うんです。
自分のために少しは蓄えたりね。
そうですよね。
今、日本の経済であったり特に大阪の関西のほうで形が残っている人たち五代さんがプロデュースしたみたいなところがあると思うんですね。
五代さんは自分が前に出て何かを成し遂げるというよりも自分の持っているアイデアとかアプローチの方法論を適材適所でこの人に託していく。
その中で出会った人があさだったと思いますしそれが土壌になってみんなにそれぞれの花を咲かせてもらおうみたいな形で生きたというのは生きざまとしてシンプルに見えるんでそこは侍だなと思いますね。
あの時代だからこそ生まれてきたスピリットというか。
やっぱり商人の才能とかそういうアイデンティティーってあるじゃないですか。
そういうのとは違う。
根が武士で侍だからこそ経済とか政治の問題と取り組んだときに根っこの部分が違う分変化が生まれるというんですかねだからずっと薩摩の武士として生まれて育てられてというところはことばが関西弁になってからも常に最後まで自分が五代さんを演じるうえでキープしたかったことだったんです。
五代様にはいろいろ質問がきています。
五代様と新次郎様に挟まれているおあささんが羨ましくて特に少しだけこのまま、というシーン、肩を抱かれたときはああ私も、と心の声で叫んでしまいました、40代の方です。
3人でですか?あささんと交代でしょう。
あのシーンはあささんを泣きながらハグするというか。
映像ではそこまででしたけどそのあと本当はなんかあったんですかね。
あのあともし何かあったらその後、気まずいでしょ?あそこはね、クリーンな感じで。
そうですね。
五代さんが、武士が女性の前で涙を見せるというのは特殊な状況だと思うんですね。
親友というか、盟友というか大久保利通さんがいなくなってしまってこらえきれない気持ちというのが。
あささんも最初は嫌がるというか。
人妻ですからね。
それほどのことだったということですね。
そうですね。
本当に五代様はあささんのこと好きでしたよね。
そうですね、可能性を感じていたと思うんですよ。
当時は男性社会ですよね。
女性がお勉強だったりそろばんもやっちゃいけないとか、そういう時代に、それではよくないと五代さんは思っていたわけでそれを改善できるというのは女性自身でしかないわけですよね。
その中であささんとの出会いというのに起爆剤になるという可能性を感じたんじゃないかなと思って。
質問があります。
ディーンさんはおてんばなあさとおしとやかなはつどちらが好みですか。
20代の方からです。
どっちもよさがありますね。
どっちも好き?どういうタイプの人を好きになっているか、今まで。
僕はおてんばなほうが好きかもしれませんね。
逆に引っ張ってもらっちゃうみたいな感じ?そういうときもありますし突っ込みを入れるのが楽しかったりとか。
それから、朝ドラに出演して以降自分自身何か変わったことはありますかという質問です。
そもそも、僕にとって朝ドラというのはとにかくNHKというものが例えば日本大使館に行ったときとか、日本食レストランとかホテルの中で見ることができる唯一の日本の放送。
海外にいるときの話ですね。
そういう感じだったのでまさか自分が、あのNHKの日本大使館とかで書類申請で待っている間に見ていた待合室の壁とかにテレビがついていて、NHKが流れたりしているので日本は今こういうことをやっているんだという感じだったので別世界の感じだったんですね。
だから出させていただいて奇跡みたいな感覚ですね、自分にとって。
ということは、朝ドラも世界で見られるわけですからね。
そういう存在だったんですね。
だからなんて言うんだろうな自分のおばあちゃんだったり日本にいて日本のテレビをつけて日本語で演技をしている孫の姿が見られたらうれしいと思うんですよね。
今までは日本語じゃないせりふで日本以外の電波に乗っている映画とかに出てきたので家族の身近なところで反応が大きく変わったんで。
ありがとうございます。
おばあちゃん孝行できました。
おばあちゃんにも見ていただきたいんですが、どれからいきましょうかね。
最近ディーン様に独占取材をさせてもらった映像です。
都内某所です、忙しい撮影の合間を縫ってディーンさんが向かったのはどこかというと。
ボクシングジムなんですね。
いつからですか、ボクシングは。
アメリカに行ってからやるようになりました。
大学生くらいからですか。
なぜボクシングなんですか。
やっぱり危ない体験が多くて。
海外で。
自分で自分の身を守ることができないとだめだなと思って友達にボクサーがいたりしたので教えてもらったり。
それからずっと続けていらっしゃるんですか。
そうですね、仕事でアクションとかもやるようになってボクシングだけではなくて中華武術だったりキックボクシングだったり趣味と実益を兼ねて。
半端じゃないんですよねパンチといい身のかわしといい。
元日本チャンピオンに今受けてもらってるんですね。
はい。
ああ、ボクシング楽しいっすね。
自分と闘ってる感というんですか集中力養えるし、頭使うし。
こっち来たらこっちとかフェイントで次の次とか。
まあ、ほんとプロの人たちそれで生きてるっていうのは本当に僕は尊敬しますね。
汗をかいている姿がいいよね。
ディーン様。
ディーン様の汗がね。
ボクシングをやると気分が変わりますか。
自分の中に自信ができたりということもありますか。
気分がリフレッシュしますね。
なかなか運動ができないので。
ストレスがたまったなとか疲れているからこそ行こうかみたいな感じですか。
時間があれば。
VTR振るときにさっきから手を広げているんですけれど、それは何ですか。
日本はこんな感じじゃないかと思っているんですか?すみません、なんかやってしまいました。
かわいいよね。
台湾とかそういったものでは求められるんですか?やっぱりやりますね。
やんないときもありますけれど。
それでやったほうがいいかなということでやってくれていたんですね。
プライベートはこれだけではありません。
素顔のディーン様を知りたいということでご友人にお話を伺っていきました。
訪ねたのは大阪のFM局。
あっ、おはようございまーす。
FMCOCOLO、FM802のDJマーキーでーす。
ディーン、おはよう!マーキーさんは大阪の音楽好きで知らん人はいてへん!という人気DJです。
朝ドラ撮影のために大阪に住んでいたディーンさんと去年の10月に知り合い音楽好きどうし意気投合。
2、3日おきに集まっては即興のジャムセッションを繰り広げた仲なんです。
ディーン⇒よくこんな映像が残っていたな。
♪〜ということで俺と俺の友達たちがずいぶん頑張ってくれまして玄米粉で溶いたものとか米粉で溶いたお好みとかを実験して、それをディーンを呼んで食べさせたんですよ。
そしたらこれはいけるということでよっしゃ!という。
大阪来て、やっとお好み食べてくれたということで。
「ぐるぐるぐるぐるグルテンフリー」ってまずはディーンが入れて「おいしーなおいしーな」みたいなことで。
で、俺がぷうっぷうっぷうっぷうって入れてってまたそれを加工して。
あっという間にね、この携帯をぱっぱっぱっぱやってね。
みんなで助けに行って助けにって言ったらおかしいですけどそれは無理やろ!と。
お好み食べられへん人間が焼いたこともない人間がお好み焼いて奥さんに食べさせようっていうのはそりゃちょっと。
そうなんですよみたいなことでね。
なんか約束してるときにきょうどうしてるの?晩ごはん何時にどこそこらへんにしようかって言ったときにですね……みたいな電話がありましてね。
そういう部分っていうのがね当たり前のことなんですけどもすごくなんかねそういうところがぐっときたりしますね。
一生懸命なんですよね。
大阪暮らしでも孤独ではなかったんですね。
いい出会いがありました。
楽しそうでしたね、仲間という感じで。
マーキーさんの年代の方というのはお友達、と呼べる人がいなかったんです。
日本語のDNA上やはりなかなかいなくてマーキーさんたちとはもちろん礼儀とかはちゃんとありますけれど一緒に遊んで友達と呼んでも失礼がないというか仲間というか、帰るところみたいな感じに大阪を感じさせてくれました。
その中でできた曲が「グルテンフリー」です。
生で聴かせてもらえますか?どんな感じですか?携帯の中に入っているんですけれど。
真面目だな。
ビートボックスで。
ぐるぐるぐるぐるグルテンフリーぐるぐるぐるぐるグルテンフリーおいしいなおいしいな、わあみたいな感じです。
やってくれると思いませんでした。
疲れた心にグルテンフリーみたいな。
歌詞、忘れちゃったな。
ここまでくれば十分です。
こんな失礼なことをお願いしてしまって。
小麦粉じゃなくて米粉だ、とか。
♪〜
(「グルテンフリー」)五代様が踊っているという感じがしますけれど音楽をされていたんですよね。
こういう音楽をやっていました。
ビートミュージックというかメロディーとか歌詞をつけて。
すぐ作ってしまうんですか?みんなでそういう感じでセッションをしていたんですか。
そうですね、ノリで。
ところで3000円を拾う状況は何ですか。
これは宗右衛門町ってあるじゃないですか。
そこをぷらぷらしていたら。
パトロールしていたんです。
パトロールですか。
困っている人はいないかなと思ってそうしたらお金が落ちていたんです。
1000円なら分かるけど3000だってどういう感じ。
3000円がぽんと落ちていて誰も気にしないから拾って誰も見向きもしないから交番に持っていこうかなと思って宗右衛門町の交番に持っていきました。
3000円を届けて遅れてしまったんですか。
パトロールは日頃からされているんですか?時間があれば。
意味が分からないんですけれど。
役作りでインスピレーションを感じるパトロールだったりもしますしあとはけんかをしている人がいたら、だめだよみたいな感じで。
お金が落ちていたら拾うしみたいな寒そうな人がいたらジャケットをかけてあげたり。
そういうことが好きなんですか?なんて言うんでしょうか。
家と仕事場の往復だけの人生になってしまうとよくないなと思うんですよね。
だから自分はストリートからサバイブしてはい上がってきたみたいな感じなので忘れてはいけないなみたいな感じで。
でも朝ドラをやっていたら顔も知れ渡っているし。
特に大阪の話だし。
声もかけやすいから。
見つかったら大変ですよね。
そうなんですよ。
あんたあのNHKのあれやろみたいな感じで五代さんやろみたいな感じで。
普通に会話しているんですか?どうやって答えているんですか?そうやね、と答えています。
大変なことにはなりませんでしたか?それも楽しいというかLINE教えてとか。
いきなり言ってくるんですか。
はじめましてと言って名前を聞いて、はじめまして次お会いしたときによろしくお願いしますという感じで。
次にももし会ったらLINEを交換すればいいよね。
マーキーさんの話がありましたけれど聞きたいような聞きたくないような気持ちがありますけれど。
聞きましょう。
奥さんが来てどんな感じで大阪を楽しんだんですか?普通においしいものを食べたりとか買い物に行ったりとか。
普通ですよ。
特に。
お子さんも一緒ですか?そうです。
久々の家族水入らずだったんですね。
日頃、離れて暮らしているからただでさえ大阪で自分の家じゃないところで撮影しているわけですよね。
家族と会えるとパワーをもらえたりしますか?そうですね。
パワーをもらいながらそがれながらという感じですね。
正直な人だな。
2人お子さんがいらっしゃいますしね。
時間があるときに動物園に連れて行ったりとか。
聞きたいような聞きたくないような気持ちなんですけれど奥様は美人で優しい方なんですか。
人によりますね、きっと。
どういうことですか?美的感覚とかそういうことも違いますし。
基準が違いますよね。
ディーンさんにとってはどうですか?ときに優しく、ときに厳しく。
どれぐらいの割合ですか?最近、厳しめですね。
離れていてお子さんが2人いて奥さん1人でみていてそうするとやっぱりストレスもたまってくるでしょうしね。
申し訳ないなと思いながら。
償いはどんなふうにしているんですか?そうですね、やっぱりできればおいしいものを食べさせてあげるとか。
連れて行ったらぐちゃぐちゃになっちゃったんでしょう?お好み焼き。
お好み焼きはできなくて。
質問がきています。
奥様はインドネシアの方ということで、会話は英語でしょうかということです。
そうですね、基本は英語です。
じゃあやっぱりアイラブユーな感じですか。
そうですね。
そうなんですね。
一応確認のためです。
想像したいのね。
妄想のネタが欲しいのね。
そうですね。
聞きたいような聞かないでおきたいような。
ディーンさんのここまでの道のりを、実はきょうはディーンさんが作詞作曲演奏、歌っているという曲に乗せてご紹介します。
かっこいい。
いろいろな経歴をお持ちなんですね。
そもそもITの起業家になりたいと思ってアメリカに留学に行かれたんですよね。
表の理由はそういうことです。
裏があるんですか。
花粉症がひどくて、花粉から逃れるために。
ことしはまずいですよ早めに対策しないと。
今は薬がすごく進歩していますよね。
16年前と比べたら。
大丈夫ですか。
まだ大丈夫です。
薬で抑えているんですか?薬です。
結果的に俳優さんになっていらっしゃるから俳優さんを志して、その間にITとかちょっとこういうこともやってみたいかなという感じではないんですか。
僕は芸能の仕事をしようと思ったのは、それこそ香港に行って…香港のときもそういう感覚がまだ薄かったかもしれません。
台湾に行ってからエンターテインメントというか。
香港のときにはモデルとか映画もちょっとアート的な作品だったので挫折の連続というか目的があって目標があって努力もしたけれどいろんな状況があってアメリカのときは離れなくてはいけなくなってしまって。
ネクストレベルにいこうということで。
9.11があったじゃないですか、あのときにはビザが厳しかったんです。
仕事をする流れになっていたんですけれど永住をしたいと進んでいったんですけれどワークビザが取れなくてそこに時間とかお金をかけて弁護士さんを雇ってやる方法もあったんですけれどそれよりも、その時間とお金を使って次に行ったほうがいいなと思って。
それで香港に行ったんですか。
アジアを回って最終的に香港でスカウトしていただいてモデルが始まりました。
そもそも福島で生まれて千葉で育ってアメリカに行きたいというのは海外への憧れがあったんですか?そうですね、家庭がそういう父親の仕事の関係だったり彼も中国の生まれだったりして日本以外のものがたくさんあったんですね家の中に。
そういうところからあんまり距離を感じていなかったというか。
花粉症以外にも理由があったじゃないですか。
そうですね、表の理由は。
質問がきています。
アメリカ、香港、台湾インドネシアと活躍して日本で活躍されていますけれど感覚的には肌にはどこがあっていますかということです。
どこにもいい点とよくない点というのがあります。
どちらの国がいいとか悪いとかというよりもそのつどそのつどアダプトしてきたので逆にここでなければということがないから定住できないというのがあって。
それでいうとどこでも活躍してきたわけじゃないですか。
どの国でも、アメリカ、香港台湾。
インドネシアに奥さんがいらっしゃるし。
最終的にどこでやっていこうと思いますか。
分からないんですよね、それが1人のときはちょうどよかったんですけれど子どもができて考えが変わってきて1つの場所でちゃんと定住してやっていかないとだめだなというふうに。
無理がかかってっちゃうから。
そうなるとインドネシアに行こうかという話にもなってきますか。
今現在、家はジャカルタです。
ジャカルタと考えていてお仕事をいただけるということはすごくありがたいことだしそれが日本で今お仕事をいただけている状態で自分のキャリアも継続させながら家族と一緒に住めるような形を作りたいなと思っています。
次の質問です。
端正な顔だち、語学堪能武術や音楽の才能もあって完璧ですがディーンさんのだめなところを教えてください、ということです。
ないでしょう。
花粉症とグルテンアレルギーですね。
笑い声
それはだめというかしょうがないでしょう。
だらしないとかはないですか?宿題を次の日にやってしまうとか。
ここを直したいとかそういうところとかありますか。
昔は結構あったんですけどね。
日々毎日だめだなと思っていたんですけど。
主にどういうところですか。
ネガティブだなとかすぐにうまくいかない理由を自分じゃないところに探そうとしていたり20代とかそういうところがあったんですけれど。
いろんなことがどうでもいいやと思ってしまって。
それをそのままにしているということではなくて。
ポジティブということですか?気にしなくなりましたねいろんなことを。
いつごろですか?29歳ぐらいで。
アジア放浪のころですか?一度、台湾で仕事をしていたときに。
1回、休止したときがあったんです。
インドネシアで音楽活動をすることをメインにしていて。
考えを改めて。
今までの自分でよくないところがたくさんあったなと思いました。
あと30秒です。
たくさんリクエストがきています。
朝のあいさつを英語で言っていただけませんか。
ディーンさんどんな香りですかということです。
においをかいでください。
どちらがいいですか?僕はにおいをかぐ。
ジャスミンの香りがした。
2016/01/22(金) 08:15〜08:55
NHK総合1・神戸
あさイチ「プレミアムトーク ディーン・フジオカ」[字]
プレミアムトーク ディーン・フジオカ 【キャスター】井ノ原快彦、有働由美子
詳細情報
番組内容
プレミアムトーク ディーン・フジオカ 【キャスター】井ノ原快彦、有働由美子
出演者
【ゲスト】ディーン・フジオカ,【VTR出演】マーキー,福原力也,【キャスター】井ノ原快彦,有働由美子
ジャンル :
情報/ワイドショー – 暮らし・住まい
情報/ワイドショー – 健康・医療
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
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