コラム

民主化か軍事化か、制裁解除後のイランの岐路(前編)

2016年01月25日(月)15時58分

 アフマディネジャド大統領は政権運営では、閣僚にずらりと革命防衛隊や関連する組織の司令官や幹部を並べた。当時48歳だったアフマディネジャド氏は、自分と同世代の40代半ばから50代前半の年代の幹部を選んだ。革命防衛隊政権だった。

 イランでは軍や省庁、警察など、政府機関はそれぞれ関連の企業を持ち、独自に事業を行っている。2009年にある建設関係者の話を聞いた時に、アフマディネジャド政権になってから、革命防衛隊系の建設会社が、政府発注の公共事業を請け負う例が増えてきたと話していた。アフマディネジャド大統領は選挙キャンペーンでも、4年の間に全国で橋や道路を整備するなど小規模な公共事業を10万件実施したと宣伝していた。

2009年選挙で、若者に広がった改革派候補を支持する動き

 2009年の大統領選では、ハタミ師やラフサンジャニ師が支援する改革派のムサビ候補を支持する動きが、若者の間で広がり、アフマディネジャド氏の再選を阻むような盛り上がりを見せた。この選挙では私は投票前にテヘランに取材に入った。1週間ほどの間に、テヘランでムサビ陣営のカラーである緑色を付ける車が増え、若者たちによるムサビ候補支持のデモが行われるようになった。目に見える形でムサビ支持が広がるのを目の当たりにした。

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2009年の大統領選挙で、改革派のムサビ候補を支持する若者たちがテヘランの街角でゲリラ的に行ったデモ。緑色はムサビ候補のシンボルカラー(2009年5月、川上泰徳撮影)

 アフマディネジャド氏は1期目で、地方で公共事業をばらまき、民兵組織バシジなどを通じて支持を広げていた。ムサビ支持の動きは改革を求める都市部の特徴だとは思ったが、「政治は興味がない」と言っていた衣料品店の店員が、数日後に会うと手首に緑のリボンを巻いている、というようなことがあった。最初は「アフマディネジャド再選は動かない」と選挙に冷めていた市民の間に、政治変動の予感が広がっていた。

 投票率は85%まで上がったが、開票の結果、アフマディネジャド氏が64%、ムサビ氏は34%の大差で、アフマディネジャド氏の再選が決まった。これに対して、ムサビ陣営は開票の不正を主張し、ムサビ支持者による抗議デモが起き、治安部隊と衝突する騒乱状態になった。イラン革命以来の大規模なデモと言われた。選挙結果には私も疑問を持った。それほどの差がつくはずがなかったからである。

 アフマディネジャド政権は、選挙実施本部長も、警察長官も元革命防衛隊の幹部だった。2009年の選挙では、従来、警察が監督していた全国の投票所の3分の1が防衛隊の監督下に移管された。全国で30万人いるイスラム志願民兵「バシジ」も投票所に動員された。バシジは防衛隊の監督下にあり、普段は公務員などの本職を持ちながら、地域や職場ごとに組織されている。まさに防衛隊「丸抱え」の選挙であり、「選挙の不正」が問題になるはずもないのである。

 ハメネイ師はアフマディネジャド氏の再選を支持した。ハメネイ師は、ムサビ氏支持の動きがイスラム体制への批判となって、若者たちの間に目に見える形で広がったことに強い警戒感を持ったのだろう。しかし、この時にデモ隊に対して、治安部隊とバシジによってなりふり構わぬ暴力的な制圧が行われたことは、イラン社会の亀裂の深さと、イスラム体制の行き詰まりを露呈させる出来事となった。

※後編は1月26日に掲載予定です。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)。
ツイッターは @kawakami_yasu

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