キューバを出発しメキシコに向かっていた北朝鮮籍の貨物船「無頭峰(ムドゥボン)号(6700トン)」が2014年7月、メキシコ湾で航路を外れ座礁した。乗組員33人を乗せたこの船は、メキシコで3200トンの肥料を積み、キューバに戻る予定だった。
ところが船が座礁した位置は、運の悪いことに絶滅の危機に瀕したサンゴが自生する海域だった。このサンゴは鹿の角のような形の非常に珍しいものだったが、貨物船が座礁する際、およそ3700平方メートルのサンゴ生息地が破壊された。メキシコ政府は北朝鮮に対し、損害賠償として1000万ペソ(約6300万円)の支払いを求めた。北朝鮮はメキシコ政府の要求を受け入れて賠償に応じたため、この座礁事故はこれで決着がつくかと思われた。
ところがちょうどこの頃、国連で北朝鮮制裁決議が採択された。安保理の対北朝鮮制裁委員会は「(座礁した)無頭峰号は、違法な武器取引の容疑で国連の制裁対象リストに上がっている遠洋海運管理会社(OMM)が所有する船舶だ」と発表した。国連加盟国は自国の領海で安保理制裁リストに上がっている北朝鮮籍の船が発見された場合、これを抑留する義務がある。そのため当初は賠償金だけを受け取り、北朝鮮に無頭峰号を返還する予定だったメキシコ政府は、その時から国連が定めた「不良船舶」抑留の義務が生じてしまった。
北朝鮮は反発した。現地の大使館関係者に「無頭峰号を最後まで死守せよ」と指示する緊急の電文も送られた。乗組員33人は燃料を節約するため、冷房のスイッチを切った状態で釣りをしながら延命し、抑留中も船室で過ごした。この状態で1年が過ぎ、乗組員らは昨年7月に北朝鮮に戻ったが、今度は「無頭峰号をとにかく取り戻せ」という命令を受けた担当者らがメキシコに入国しようとした。メキシコ政府は彼らの入国ビザを今もまだ発行していないが、この問題はメキシコ政府にとって大きな頭痛の種になっている。